今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第85回 2010/05

輝ける病院になれれば、選ばれる病院になれる

長野県松本市にある社会医療法人財団慈泉会相澤病院は、「エクセレント病院」「マグネットホスピタル」として、全国の病院の中でも高い評価を受けています。しかし、過去には赤字が続き、経営危機に陥ったこともありました。院長・理事長就任直後から手腕をふるい、全国トップクラスの病院に成長させた相澤孝夫さんに、病院経営のこれから、そして患者さんのための医療とは何か、お話をうかがいました。

社会医療法人財団慈泉会
相澤病院 院長・理事長
相澤 孝夫 氏

社会医療法人財団慈泉会 相澤病院

経営改善より、職員のモチベーションを上げることが先決だった

私が相澤病院の院長・理事長となったのは平成6年のことです。当時、この病院は赤字経営が続いていた上、ちょうど厚生省(現・厚生労働省)が診療報酬を引き下げてきた時期でした。しかし、私は厳しい経営状況よりも、職員がこの病院での仕事に対して目標を持てず、いきいきと過ごせていないことのほうが問題だと感じていました。

もちろん、医師も看護師もみんな頑張って仕事に取り組んでいましたが、聞こえてくるのは「大変だ」「疲れた」という声がほとんどでした。たとえば、看護師が日々の業務の中で医師に確認したいことや相談したいことがあっても、スムーズに意思の疎通が図れないために前に進めず、停滞してしまう。何をするにも手間がかかりすぎていた上、職員同士のコミュニケーションがうまくとれていなかったことがマイナスの声につながっていたのです。たしかに忙しい仕事ではありますが、職員の一体感がなく、この状況をなんとかしようという気概もありませんでした。そうしたことが積み重なって、一時期は看護師が大量に辞めてしまい、一病棟を閉鎖してしまったこともありました。

こうした問題を解決するために真っ先にしたのが、病院の方向性を定めることです。当時、「まごころ込めた医療を行う」「地域の方々に信頼される医療を行う」といったような病院理念を掲げていました。しかし、どの病院でも同じようなことを理念としていますし、一般論にすぎません。「まごころ込めた医療とは何か」「地域の方々に信頼されるためにどうすればいいのか」――。その先を示して相澤病院として進むべき道、やるべきことを具体化したのです。具体的な方針が定まっていれば、職員一人ひとりがその方針に従って、自主的にものごとを判断し、行動できるようになる。そうすると自然に個々の責任感とモチベーションがアップしていき、明るく活気に満ちた病院になると考えたのです。

職員がこの病院で前向きな気持ちで働くことができれば、患者さんにとって魅力的な病院になれる。患者さんに選ばれる病院になれる。そうすれば、赤字は必ず黒字に変わるだろうという思いがありました。

他にはない、相澤病院独自の方針と理念

こうした考えのもと、私がまず「相澤病院が目指すべき具体的方針」として打ち出したのが、「救急医療を中心とした急性期医療を行うこと」。たった今困っている患者さんを助けること、これこそが医療の本質だからです。平成14年に病院の増改築をした際、救急外来の入口を正面玄関の隣にしたのですが、それは患者さんが夜でも来やすく、入りやすくするためです。相澤病院の理念の表れと言ってもいいかもしれません。

とはいえ、ひとくちに救急医療と言っても人によってとらえかたはさまざまですから、より具体的に「相澤病院が目指す救急医療とは何か」を明示することが必要でした。そこで、「私たち相澤病院は、365日24時間、どんなに小さな訴えであろうと、ここへ来た人は救急患者として診察する」ということを決めたのです。

それからもう一つ、方針に掲げたことは「患者さんの病気だけを診るのではなく、人という存在を大切にしながら全人的医療を行うこと」でした。これは近代医学の欠点なのですが、「患者さん自身ではなく、病気だけを診て治す」という側面があります。しかし、臓器が動いているだけで生きているのではなく、社会や他人と関わりながら暮らし、それに左右される「心」を持っているのが人というものです。それを忘れてしまっては相澤病院が目指す全人的医療は実現できません。ですから、私は職員に「人」を大切にするやさしさを持っていてほしいと考えています。医療をやっていく上でやさしさや感受性は不可欠です。常に豊かな感受性を自分で育て、人としても成長してほしいと願っています。

組織を動かすために欠かせない二つの能力

とはいえ、私が院長・理事長就任当初からすぐに病院の改革が進んだわけではありません。まずは、病院の将来に危機感を抱き、私の考え方や方向性を理解してくれる改革の「仲間」を見つけることから始め、仲間とともに病院改革のためのアイデアをどんどん考えていきました。例えば、当時過酷な労働条件の中でとても厳しい仕事を任されていた看護助手たち。彼らに少しでも明るい気持ちで働いてもらうため、看護助手という名称を「さわやかサポート」へと変更しました。ちょっとしたことですが、これによって職場全体の雰囲気が明るくなり、医師や看護師がさわやかサポートのスタッフに敬意を持って接するようになりました。病院改革のためにやるべきことを小さなことから提案し、実現していくことで、業務がうまく回るようになったり、経営も改善してきた。この事実は職員の成功体験にもつながり、少しずつ病院が良い方向に変わっていきました。

そして平成10年、相澤病院の方針を確固たるものにするために、大幅な人事制度の改編に踏み切りました。それまでの制度はあくまでも医療行為をスムーズに進めるためのものになっており、「患者さんが求めている医療の実現」「病院で働く人が前向きになれる環境作り」といった、本来最も大切にすべき「病院に関わる人」のことが二の次になっていたのです。

理念に基づいた人事制度にすることで、職員全員の価値観や判断基準を一定の方向に向けることができます。しかし、医療業界を取り巻く環境が変化し続けることを考えると、制度に完璧なものはありません。ですから、この病院の人事制度や人事考課は毎年のように変わりますし、少しずつでも改革してきた相澤病院にとって、同じことをやり続けるのはこの病院の「文化」ではない。このことを職員全員が実感しているからこそ、よその病院よりも2倍、3倍のスピードで成長することができたのです。

病院に関わらず、組織を動かすために欠かせない能力が二つあります。一つは「リーダーシップ」です。単に「組織のトップ」という意味ではなく、組織として進むべき道を明確にし、なおかつ「楽しく仕事ができそうだ」「業務がはかどりそうだ」といったように、そのリーダーの下にいる職員が何かしらのメリットを感じたり、モチベーションが上がったりと、「その人についていきたい」と思ってもらうことが必要です。

しかし、リーダーシップだけでは組織はうまく回りません。そこでもう一つ重要となるのが「マネージャーシップ」です。これは職員が気持ちよく働けるルールを作り、そのルール通りに組織が動いているかを逐一チェックし、また、何か問題があればどうすればいいのかを考え、改善していくことです。
リーダーシップとマネージャーシップを両立させなければ、組織は良くなりません。リーダーシップだけでは日々の業務が円滑に進みませんし、マネージャーシップだけですとルールにがんじがらめになり、組織が停滞してしまうのです。

魅力的な病院になることで、患者さんに選ばれる病院になれる

今、医療を取り巻く環境には問題点もありますし、経営面でご苦労なさっている病院が増えているのは事実です。少し不謹慎なたとえなのですが、私は「恋愛もお金も同じ」だと考えています。恋愛は、つかもうとすればするほど逃げてしまうでしょう? でも、自分には何ができるか、何をすべきかが見つかれば輝けるし、人も寄ってくる。病院経営も同じで、その病院らしい魅力があれば、診てもらいたいと思う患者さん、働きたいと思う職員が集まってくる。そしてその結果として、経営も改善されるのです。

先の病院理念の話のように、他の病院と同じことを考えていても魅力的な病院にはなれません。各々の病院がするべきことを探り、立ち位置を見極める。そして、患者さんが何を望んでいるのかを知る。それさえできれば輝ける病院になれるはずです。
私は相澤病院を、患者さんもそのご家族も、働く人も含め、ここに来た人すべてが幸せになれる病院にしていきたい。そのために、これからも変わり続けることでしょう。

相澤 孝夫 氏
【略歴】

1947年 長野県松本市生まれ
1973年 東京慈恵会医科大学卒業
1973年 信州大学医学部第二内科入局
1981年 相澤病院副院長就任
1994年 医療法人慈泉会 理事長就任、同相澤病院院長就任
【役職】
社会医療法人財団慈泉会 相澤病院 院長・理事長
日本内科学会認定内科医
日本消化器病学会指導医・専門医
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