今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第86回 2010/06

「新型うつ病」の正体、そして治療の方法とは

最近よく耳にするようになった「新型うつ病」という言葉。では、その正体はいったいどのようなものなのでしょうか? 「新型うつ病」と呼ばれる傾向の詳しい内容、こうした傾向が見受けられるようになってきた背景、そして治療のために医療従事者はなにをすればいいのか……。日本うつ病学会の理事長であり、防衛医科大学校精神科教授でもある野村総一郎先生にお話をうかがいました。

日本うつ病学会 理事長 防衛医科大学校精神科教授 防衛医科大学校病院副院長
野村 総一郎 氏

日本うつ病学会

「新型うつ病」という病気は存在しない

最近メディアを賑わせている「新型うつ病」という言葉。「聞いたことがある!」という方も、きっと少なくないことでしょう。しかしこれは、あくまでメディアが作り上げた「はやり言葉」に過ぎません。新たに新型うつ病という病気が発見されたわけでもなければ、登場したわけでもない。もちろん、新型うつ病の定義や診断基準なども存在しないのです。
ただし、うつ病の傾向や特徴が少しずつ変化してきたという事実は申し上げることができると思います。皆さんもご存じの通り、今までは真面目で几帳面、責任感が強く勤勉な方がうつ病になりやすいと言われてきました。その真面目さ、責任感の強さゆえに自分を責めてしまい、やがて疲れきってしまう、というイメージです。ところが、こうしたメランコリー型のうつ病が徐々に少なくなって、ここ数年の間で、新しいうつ病の傾向も見受けられるようになってきました。

たとえば、「仕事をしていないときは元気だけれど、仕事中だけうつ病になってしまう」というタイプ。「自分はうつ病だ」といって休みを取り、気分転換のためと称して旅行に行ってしまったり、クラス会を主催したり……。このようなうつ病患者さんはメランコリー型の患者さんと違い、他罰的・外罰的な性質を持っていたりします。もちろん全部が全部というのではないのですが、責任の所在が自分ではなく常に外に向かっていて、自分の周りの人やもの・ことが悪いと考える傾向があるのです。もちろん中心にあるのはゆううつ感だし、孤独感や寂しさを抱えていることも確かで、うつ病の診断基準にも該当するのですが、かつてのうつ病イメージとはニュアンスが違う面があるわけです。

新しいタイプのうつ病が見られるようになってきた背景とは

新しいタイプのうつ病が目立つようになってきた理由は、主にふたつほど挙げられると思います。
ひとつは、うつ病の範囲が広がったこと。1980年頃に「真面目だとか几帳面だとかいった性格に関係なく、症状さえ当てはまればみんなうつ病」という、アメリカ流のうつ病の定義が日本に入ってくるようになりました。これが徐々に浸透し、定着したことによって、爆発的にうつ病と診断される患者さんが増えたのです。「症状さえあてはまればうつ病」なわけですから、当然、いろいろなタイプのうつ病患者さんが現れます。生真面目、几帳面な方だけでなく、様々な性質を持った、より多くの人がうつ病と診断されるようになり、新しいタイプのうつ病の傾向が見られるようになってきたといえるでしょう。

もうひとつの理由は、日本人の国民性が変化したこと。医療というよりは歴史の話になってしまいますが、その昔、日本には、倫理や道徳がなく、なにが正しくなにが間違っているのかさえわからない戦国時代という激しい内乱の時代がありました。これに対する反省という意味合いもあったのでしょうか……、徳川時代の初期に、儒教――特に朱子学の思想が取り入れられ、やがて官から民へとその哲学が伝わっていきました。
それは「個人と社会のつながりを考え、なにが正でなにが邪かを議論し、そして正しいことを実践しよう」という方向です。これは武家社会の論理であって、庶民を支配しやすい社会構造を作ったとも言え、それはそれで問題を含んでいます。しかし、これが広がることで、他人への気配りや正義を守ろうという意識が生まれ、やがて真面目で遠慮がち、周囲の人を立てて一歩下がるという日本人の国民性が築かれたと言える面があるのです。

長い間日本人の根底にあったこの儒教的な考え方が、文化や経済状況の急激な変化に伴って、ここ数十年の間で崩壊してきたように思います。そして、今現在、それに替わるような社会規範と言うか、時代をリードする思潮が提供されないということ。そのことが結果的に、ある意味わかりやすいメランコリー型のうつ病だけでなく、複雑で混沌とした、まるで時代の迷いを反映したような新しいうつ病の傾向を生んでいるのだと思います。もちろん、私はここで社会原理を確立すべしと主張しているのではなく、うつ病の病像変化の背景にあるものを考察しているだけなのですが。

爆発的に増加したうつ病患者とどう向き合い、医療行為を行うか

新しいタイプのうつ病患者さんを治療する際、我々医療従事者がもっとも気をつけなければならないのが「薬に頼り過ぎないこと」。メランコリー型のうつ病患者さんは、症状が改善してくると自分の病気と向き合うようになり、いつしか前向きに病気を治そうという気持ちを持ってくれるようになります。一方、他罰的・外罰的な傾向を持つうつ病患者さんは、症状が改善してきても、なかなか自ら「治そう」という意識を持ってくれないように見える場合もある。そうこうしているうちに、医師もついつい「薬さえ出しておけばいい」という考えに陥ってしまい、治療が進みにくくなってしまうケースもあるのです。  メランコリー型であろうとなかろうと、うつ病の患者さんに対しては対話型の丁寧なケアをする必要があると思います。高い技術を持った医師が細やかな気配りをし、コミュニケーションを取りながら一緒に治療への道を歩んでいく。それが本来の治療のありかただと、私は思っています。

ただ、「そうも言っていられない」というのが、多くの精神科医の本音なのではないでしょうか。先にも述べた通り、ここ数年でうつ病の患者さんは爆発的に増加しました。1日100人以上の患者さんがやってくる病院も多く、「とてもじゃないけど、ひとりひとりにアドバイスなんてしていられない!」というのが多くの病院の現状だと思います。
そこで欠かせないのがコメディカルの参画です。臨床心理のプロやケアマネージャーといったスタッフの力を借りて、チームでうつ病のケアを行っていけば「なんでもかんでも精神科医がやらなきゃいけない」という現在の状況は改善されることでしょう。臨床心理に関する国家資格が存在しないことや、資格を持たないスタッフとどう連携するかなど課題は山積みですが、国、病院、医療従事者が一体となって早急にコメディカル参画の仕組みを固めることが重要だと思います。

圧倒的に人手が足りない、時間がない、あまりにも壮絶な忙しさに、医師自身がボロボロになってしまう……。まずはそういった状況を変え、精神科医が余裕を持って治療に当たることが丁寧なケアにつながり、より効果的にうつ病の治療を進めることができるようになると思います。

看護師、介護施設関係者、臨床心理士、精神科医への細やかな教育が急務

増加の一途をたどるうつ病患者さんをケアするためには、医療従事者へのトレーニングも欠かせません。日本うつ病学会や医師会などで、うつ病に関するセミナーが開催されていますが、精神科に関わる方だけでなく、他科の医師、看護師さん、臨床心理士、介護施設にお勤めの方にも、ご参加いただきやすい仕組みをさらに作っていかねばなりません。

特に介護施設で働く方には、うつ病治療に対する正しい知識を身につけていただきたい。……といいますのも、介護ヘルパーさんが、お年寄りの自殺を防いだり、うつ病を快方に向かわせるケースだってあるんです。一人ひとりの方と密接に関わる職業だからこそ、しっかりうつ病について知ってもらいたいと思いますし、また介護施設のマネージメント層の方には、積極的に教育を行っていただきたいと思います。

では、肝心の精神科医の教育はどうでしょうか?
「もともとその道のプロであり専門家なのだから知識も豊富で技術も高く、当然、学会やセミナーなどで最新の情報を入手しているはず」、患者さんの中にはそのように考えている方もいらっしゃいますが、現状は、精神科医の全てが積極的に最新情報を知った上で、適正な技術の習得に努めているとも言えない面がある。

一部には、外部情報を取り入れる余裕の無い場合もあって、本当に教育を施さなければいけないのは、そのようなケースだと私は思います。話が戻ってしまいますが、そのためには精神科医が余裕やゆとりを持って知識や技術の習得、治療に専念できるような仕組みづくりが必要です。薬だけに頼らない本来の医療を実践できるようになれば、多くの医師が精神医療のやりがいに気付くはずです。それが、意識の高まりにつながり、やがて精神医療全体の底上げに発展すると考えます。

うつ病は変化し続ける「時代の病」

本当の意味でのうつ病は、時代の要請に応えよう、時代が求めている人物像に近づこうという思いから生まれる病気ではないかと考えています。ですから、その時々の風潮や文化の影響を常に受けますし、国民性が変化すればうつ病の傾向も変化します。これからもきっと、うつ病の傾向は変化し続けることでしょう。「新型うつ病」という言葉だけがひとり歩きしているようですが、常にうつ病は、新しいタイプへと変わっていく病気です。そこを理解した上で、これまで述べた、コメディカル参画の体制作り、教育をしっかり行うことが大切です。刻々と変化するうつ病に高い技術と意識で立ち向かう。これが、我々のなすべきことだと思います。

野村 総一郎 氏
【略歴】

1949年    広島県生まれ
1974年    慶應義塾大学医学部卒業
       藤田学園保健衛生大学助手を経てテキサス大学・メイヨ医科大学精神医学教室留学
1988年    藤田学園保健衛生大学精神科助教授就任
1993年    国家公務員等共済組合連合会立川病院(神経科部長)で「疲労外来」を開設
1997年    防衛医科大学校精神科教授就任
2006年    日本うつ病学会理事長就任
【役職】
日本うつ病学会理事長
防衛医科大学校精神科教授
防衛医科大学校病院副院長
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