今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第88回 2010/08

高齢者の生活を支援する「都市型見守りプロセス基盤事業」と今後の展望

平成22年版『高齢社会白書』によると、65歳以上の人口が22%を超え、5人に1人が高齢者という「本格的高齢社会」を迎えている日本。25年後には3人に1人が65歳以上という指標も出されています。高齢者が健康的な生活を送れる社会をつくるために、私たちは今、どのような取り組みをしていけばよいのでしょうか。慶應義塾大学医学部の教授であり、高齢者向け「都市型見守りプロセス基盤事業」の総括事業代表者でもある信川益明さんにうかがいました。

慶應義塾大学 医学部
東京電力先端医療科学・環境予防医学寄附講座 教授
日本健康科学学会 会長 医学博士
信川 益明 氏

日本健康科学学会

生活支援の社会的機能と生きがいづくりの必要性

医療や介護について考えるとき、「病気を治す・介護する」ということに注目しがちですが、まずはその前の段階である「日々の生活」にこそ目を向けるべきなのです。生活に対する高齢者の不安や悩みなどに、医療、介護、福祉や生活支援サービスなどの各分野全体で応えるような、地域で「見守る仕組み」が必要だと考えます。

病気を患っていない方や、介護を必要としない高齢者にとって、日常のささいなことの中には、たくさんの困りごとがあるのです(とりわけ一人暮らしの方に多いでしょうが)。「電球が切れてしまったけど交換ができない」、「食事の買い物をしたいけど重い荷物を持てないから一人では行けない」、「風邪気味だから薬をのみたいけど、自分ではどの薬をのんでいいかわからない」、というようなことが挙げられるでしょう。

また、あまり外出されない方ですと、「わざわざ出かけるところもないし」と、どんどん家にこもりがちになり、他人との交流が希薄になっていく傾向にあります。家から出なくなると、足腰が弱くなり、ますます出かけなくなります。そうすると、食事の買い物にも行かなくなりますから、偏った食事内容になったり、「1日1食しか食べない」、なんて人も出てくるでしょう。また、人と話をする機会がないと、万が一心筋梗塞などで倒れてしまった場合、発見が遅れてしまうというような重大なことにもなりかねません。

これらのことから、高齢者が健やかな生活を送るためには、ふたつのポイントがあると言えます。ひとつは、日々の食事や生活面を支援する社会的機能の必要性。もうひとつは、自ら外へ出たくなるような生きがいづくりの必要性です。

このふたつを実現するためには、不安や悩み、ふだんの生活を把握しながら高齢者を見守る人の存在、また、医療、介護、福祉や生活支援サービスなど各分野の連携が不可欠だと思います。例えば、ある高齢者の具合が悪くなり、かかりつけの診療所へ行ったとします。短い時間の中での医師との会話は、症状についての話だけで終わってしまい、「この一週間何を食べたのか」など、衣食住についての細かい話まではできないはずです。しかし、具合が悪くなったのは、もしかしたら毎日の食事に原因があるかもしれないですし、ほかのところに悩みがあり、不調を引きおこしているのかもしれません。つまり、不調の原因を考えるときには、多角的に捉えることが重要だと申し上げたいのです。そのため、生活を見守っている人からの情報や、在宅ケアを受けているのであれば、ケアマネージャーなどの意見も医師に伝えるなどして、生活面全般から総合的に診断する必要があると言えます。

プライバシーなどの法律上の問題はあるにせよ、そういった各機関が連携しながら、高齢者の生活を支援し、「人と話すのが楽しい」、「趣味に夢中」などの生きがいをつくってもらえるような、一体的かつ継続的な支援を提供していくべきなのです。

地域見守り支援システムの実証事例とは

経済産業省の平成21年度地域見守り支援システムの実証事業として、「新宿生活見守りネットワークコンソーシアム」(代表団体 慶應義塾大学医学部、総括事業代表者 信川益明)は、「新宿における都市型高齢者向け見守りプロセス基盤事業」を行いました。これは、前述したような高齢者のニーズを形にした、在宅高齢者見守りのための医療・福祉・生活支援等の連携システムの構築であり、医療連携、生活支援、生きがいづくりを実現することを目的としています。病院・診療所、介護や福祉などの在宅ケア施設、民間の配食センターなど、さまざまな分野との連携システムの構築を目指しています。

活動拠点は、新宿区神楽坂に開設した「ふれあいセンター神楽坂」。このセンターは、週に4日(火曜日~金曜日10時~15時)開館し(経済産業省の事業終了に伴い平成22年2月10日に閉館)、行けば誰かと話ができる、高齢者の定期的なふれあいの場として機能させました。また、「見守りコーディネーター」がセンターを訪れる高齢者の生活情報をヒアリングし、健康状態や生活支援に関するニーズの把握に努めました。見守りコーディネーターは、特に医療・介護的な資格を必要としているわけではなく、高齢者の話をきちんと聞き、訪れやすい雰囲気づくりができるような方々を「新宿生活見守りネットワークコンソーシアム」で雇用しました。

センターを訪問された高齢者との話の中で、医学的なアドバイスが必要となった場合、医療や介護連携ネットワークである診療所などに相談します。その他、医師や管理栄養士、調理師などで構成される生活機能支援部会による食事レシピ(飲食店用、弁当・配食向け用)の開発、医療関係者による健康調査、医学的側面・心理的ケアに対するニーズ調査、評価するための指標=ヘルスアセスメントの構築などを行いました。

生きがいづくりの場となった「ふれあいセンター神楽坂」と今後の課題

このような機能を持たせることで、高齢者にとってのふれあいセンターは、単なるふれあいの場では終わらず、新しい友人や趣味と出会うことができる"生きがいづくりの場"にもなったと言えます。無料で実施した落語観賞会やストレッチ教室、パソコン教室などのイベントに参加し、楽しみを見つけた方もいらっしゃいました。他にも、ここで出会った友人たちと、電話をするようになったり、一緒にごはんを食べたりするようになった方もいらっしゃいました。

今回の事業成果から、「ふれあいセンター神楽坂」のような場を提供することは、高齢者にとってニーズの高いものだということが明らかになりました。全国には類似するコミュニティーの場がいくつか存在しますが、医療や福祉、生活支援などの各分野が連携した体制での実証例は未だ少なく、日本全体の動きとしては、まだまだ小さなものだということが言えるでしょう。また、ふれあいセンターを訪れる対象者に対する課題も残ります。今回は初めての試みということもあり、「ご自分で活動のできる健康な方」を対象としました。

しかし当然ながら、健康な方ばかりではなく、健康状態に不安を持たれている方やご自分では外出が困難な方もたくさんいらっしゃいます。こういう方々にも応えていけるような仕組みづくりも新たに考えていくことが必要です。
さらに、高齢者にとって一番のきがかりである医療や介護に対する万全なフォロー体制も不可欠です。今回の事業では実施されていない、24時間、365日、いつでも見守ることができる体制づくりも、今後の大きな課題となっていくでしょう。

採算のとれるビジネスモデルの構築が重要

では、今後どのように取り組みを進めていけばよいのでしょうか。
私は、今回の「ふれあいセンター神楽坂」のように、高齢者が安心して集まれる場所を増やすことから始めるのがいいのではないかと考えています。狭い場所でもあっても、週に2日だけ、火曜の13時から16時の間だけ、など短期間・短時間でもいいと思うんです。地域の住民や企業の皆さんの中から「よし! やってやろうじゃないか」という人が出てきて、最初のきっかけを作ってほしい。そういう場所があれば、高齢者が外出するきっかけにもなりますし、グループの中に身をおいて、お互いに見守ることができるようになるではありませんか。

といいましても、人が集まれば家賃や光熱費などの費用がかかりますし、完全なボランティア事業として継続させるのは難しい。たとえ国や行政から補助金などが出ているとしても、いつ途切れるかわかりませんから、頼りきった運営ではあまりにも危険です。 

つまり、最初は行政の事業だったとしても、最終的に自分たちで運営を継続させるような仕組みづくりが必要となってくるでしょう。例えば、ふれあいセンターに集まった皆さんに協力してもらい、高齢者向けの新商品のマーケティング調査を行ったり、ある製品のアンテナショップとして場所を利用してもらったりしながら収益を得る。こうしたことで、収入を確保し、センターの運営を維持していけば"採算のとれるビジネスモデル"として発展していくのではないでしょうか。そして、成功事例として確立すれば、近隣の地区などにも「高齢者が生きがいを持って健やかに暮らせる地域づくりに積極的に関わりたい」と思う人や企業が増えていき、最終的には全国的な広がりをみせていくはずです。

高齢者を中心とした地域づくり、そして「都市開発」へ

30年くらい前にヨーロッパにおいて、老人ホームとその近隣に、幼稚園や小学校、病院や介護施設がある地域があることを知りました。さらに、周辺には買い物施設や郵便局等、生活に関わる施設が集まっていました。もし病気になったとしても、近くには病院や介護施設があるから安心ですし、ちょっと外に出れば、幼稚園や小学校の子どもたちとふれあうこともできる。高齢者を中心とした、地域全体で見守る仕組みが確立しており、先進的な地域計画(都市計画)に則ったシステムだと感心させられ、その当時、将来、高齢化社会を迎える日本においても不可欠な仕組みであると思いました。

これは、「本格的高齢社会」真っただ中の現代に必要な"都市開発"の良い例だと言えます。日本でもデベロッパーが個別に開発している地域がありますが、もっと国全体の問題として捉え、国や大手企業が積極的に都市開発に介入していくべきだと思います。「土地があるからマンションを1棟建てる」といった短絡的なことではなく、高齢者を中心とした地域づくりや開発を行っていくべきではないでしょうか。高齢者のニーズを的確に把握し、地域や企業が医療や介護などの分野と連携しながら街づくりをしていく。それがゆくゆくは採算のとれるビジネスとなり、都市開発へと続いていくような構造ができあがるとよいと思います。
「国がやればいい」などと思わず、一人ひとりの意識に変化が起こっていけば、高齢者にとってはもちろん、ご自分にとっても住みよい街づくりが進んでいくことでしょう。

信川 益明 氏
【略歴】

1982年 慶應義塾大学大学院医学研究科予防医学系博士課程修了、医学博士(慶應義塾大学)
1995年 厚生省国立医療・病院管理研究所客員研究員
1999年 日本健康科学学会会長
2008年 慶應義塾大学医学部東京電力先端医療科学・環境予防医学寄附講座教授。日本医師会認定産業医
【社会的活動】
農林水産省「食」に関する将来ビジョン検討本部委員、厚生労働科学研究費補助金評価委員、経済産業省総括事業代表者、新宿区地域保健体制整備協議会委員/ 在宅療養専門部会長、健康食品認証制度協議会委員会委員。
日本健康科学学会会長、(社)新宿区医師会理事(かかりつけ医、往診支援事業担当)/ 医療生活機能研究会会長、(財)日本健康・栄養食品協会理事/ 専門委員、(社)日本医療福祉設備協会理事/ 第40回学会長、(社)日本健康・栄養システム学会理事/ 第10回学術大会長、(社)日本医療・病院管理学会理事、日本プライマリ・ケア連合学会評議員、(社)日本交通科学協議会評議員、日本診療情報管理学会評議員/ 学会誌編集委員。(財)日本医療機能評価機構評価調査者、星薬科大学大学院講師、(財)救急振興財団救命救急東京研修所講師、(財)国際医学情報センター客員研究員、International Journal of Healthcare Technology and Management・Editorial Board Member等。
特定非営利活動法人東京オリンピック・パラリンピック招致委員会 参与、日本学術会議法医社会医学研究連絡委員会 委員、(独)日本学術振興会科学研究費委員会 専門委員、埼玉県病院経営健全化推進会議 委員、川崎市住宅供給公社日進町計画共同事業者選定委員会 委員長、武蔵野市地域医療システム調査研究委員会 副委員長、済生会横浜市東部病院経営と質の会議 委員、などを歴任。
【著書】
『新よくわかるサプリメント 医者と患者のための完全マニュアル第4版(監修著)』(三宝社)
『医療科学第2版(編著)』(医学書院)
『看護大事典第2版(責任編集著)』(医学書院)
『最新医学略語辞典第5版(共著)』(中央法規出版)
『改訂7版救急救命士標準テキスト(共著)』(へるす出版)
『食品保健の科学(共著)』(丸善)
『ごみの百科事典(主査著)』(丸善)
『サプリメントと栄養管理(共著)』(日本医療企画)
『食品機能素材Ⅲ(共著)』(シーエムシー)
『医療原論(共著)』(弘文堂)
『新版 医療情報 医療情報システム編(共著)』(篠原出版新社)
『プライマリ・ケア医の一日(共著)』(エルゼビア・ジャパン)
『医療・病院管理用語辞典(改訂第3版)(共著)』(エルゼビア・ジャパン)
『医療安全用語辞典(共著)』(エルゼビア・ジャパン)

【役職】
慶應義塾大学 医学部
東京電力先端医療科学・環境予防医学寄付講座 教授
日本健康科学学会 会長 医学博士
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