今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第90回 2010/10

てんかん治療への意識向上を目指して

脳の神経細胞が過剰に興奮することで、強いひきつけを起こしたり、転倒しガクガク震えるような発作を起こすてんかん。「名前は聞いたことがある」という人も多いでしょうが、治療への取り組みについてはあまり知られていません。最前線のてんかん治療ついて、東北大学の教授であり、今年3月に大学病院としては全国初のてんかん科の科長に就任された中里信和さんにお話をうかがいました。

東北大学病院てんかん科 科長
東北大学大学院医学系研究科運動機能再建学分野 教授
東北大学加齢医学研究所神経電磁気生理学分野 教授
中里 信和 氏

東北大学てんかんプロジェクト

国や医師に軽視されがちなてんかん治療

てんかん患者は全国に100万人と言われており、医療関係者だけでなく世間一般にも広く知られている脳の病気です。独自に行ったアンケート調査では、一般の方でも98%の人がてんかんを知っており、学校や職場で実際に発作を見たことがあるという人は50%にのぼるという結果が出ました。多くの患者がいて、ポピュラーな病気であるにも関わらず、世の中ではあまり大きく取り上げられていないという「ギャップ」が、てんかん治療における大きな問題と言えます。

そして、この「ギャップ」には、大きくふたつの問題が含まれています。  ひとつは、てんかんを熟知している専門家が少ないため、専門医ではない医師が安易にてんかん患者を診断してしまうこと。てんかんの診断はとても難しく、患者に毎日接している私でも誤診することがあるくらいです。倒れたり、けいれんを起しているからって、「てんかんだ」と勘違いし、脳波を取らず、病歴も詳しく聞いていない状態で薬を出している事例をよく耳にします。てんかんはきちんとした治療をすれば良くなる病気ですが、不適切な治療を行ったり、放置してしまうと、一生悩み続けることにもなります。人の人生を左右するような重大な決定をしているのに、頭痛や肩こりを扱うように簡単に診断し、その診断の重さを十分に理解していない可能性があります。

もうひとつの問題は、100万人もの患者数を抱え、もはや国民病とも言えるこの病気に対して、国による積極的な介入がなされていないことです。まれな病気でも何億という研究費が投入されている一方で、てんかんは患者数が多いのに当たり前とされているためか、研究費はごくわずかなものです。乳幼児や高齢者だけの病気ではなく、どの年代の人が発症してもおかしくないのですから、国としてきちんと取り組まないと、医療費だけでなく就業の問題などで国としての経済損失は大きいはずです。ありふれた病気として、世間一般だけでなく、国や医師にも軽視されている風潮そのものに問題があるのではないでしょうか。

てんかん治療に積極的に取り組む海外の動き

アメリカやイギリスなどの欧米諸国では、てんかんに対する医療体制が整っており、看護師さんにも多くの権限が与えられています。

たとえばイギリスの"Epilepsy Helpline"が良い例でしょう。これは、「てんかんなんでも相談電話」のようなもので、てんかんに関するホットラインのことです。1988年に有料で始まったこのサービスは、寄付金を集めるなどし、1994年にイギリス全土を対象としたフリーコールサービスとなりました。まだ24時間体制ではありませんが、平日の午前9時から午後4時半(金曜日は午後4時まで)の間、てんかん専門の看護師さんが電話で相談にのってくれます。自分や家族の病状についてはもちろん、「てんかん患者だけど、車の運転はしてもいいのか」「妊娠した時に胎児に影響はないのか」など日々の生活についての悩みや急な発作時の対応についてなど、あらゆることを相談できます。また、150以上の言語を通訳する機能があるのも、このシステムの素晴らしいところです。

ヘルプラインスタッフである看護師さんは、厳しいトレーニングを受けており、発作に対する処置をアドバイスしたり、症状の様子からてんかんかそうでないかを判断したりと、ドクターに相談することなく、自分だけで6割程度の内容に応じることができるそうです。また、専門のドクターの指示が必要と判断した場合は、ドクターの指示を仰いでから電話をかけ直すことや、緊急事には救急車を手配することもあり、各医療スタッフとの連携も充実しています。

次に、アメリカの取り組みについてお話ししましょう。昨年行われた「アメリカてんかん学会」には医師だけでなく、多くの看護師さんも来場していました。プログラムの一部である『Nursing Research』では、看護師さんがてんかん治療に関する研究発表を行っていました。学会に来場するだけでなく、ドクターと肩を並べて看護師さんも参加しているという、日本にはないアメリカならではの姿が印象的でした。また、『Epilepsy Self-Management』も興味深いものでした。これは、「生活習慣をどうするか」、「発作の前兆時にどう対応するか」などについて、医師や看護師に毎回相談するのではなく、てんかん患者自身が勉強し、管理していくことについて考えるという内容です。学会というと医学的な難しい論文を発表するようなイメージがありますが、アメリカの学会では"患者さんのケア"という、最も根本的かつ重要なセクションを取り上げています。そして、そこに大勢の看護師さんが参加していることから、いかに深く治療やケアに関わっているかという、その積極性が伺える学会でした。

東北大学病院にてんかん科を新設した背景とは

2010年3月、大学病院では全国初となる「てんかん科」を東北大学病院に新設し、てんかん科科長に就任しました。それまでは民間病院の副院長を務めながら、てんかん外来に携わっていたのですが、少々"やりにくさ"のようなものを感じていました。その病院は、脳の専門病院としては全国でもトップクラスでしたので、脳の病気であるてんかんに関しても非常にレベルの高い治療が行われてきました。しかし、合併症を引き起こすてんかんは、整形外科や皮膚科などの他科との連携が欠かせないため、脳外科と神経内科中心の病院であるその民間病院では、よその病院に患者さんを紹介する必要がありました。私は、以前からてんかん治療における"チーム医療"の必要性を強く抱いていましたから、さまざまな科の医師や看護部、検査技師、ソーシャルワーカー、薬剤師さんといったコメディカルの人たちと連携した治療を行うには、大学病院のような総合病院が理想的と考えていました。

また、これまでの経験から、学会や医師会、全国の皆さんへの情報発信は、大学からの方が受け入れられやすいと感じていたので、社会的な活動をする意味でも、大学でのてんかん科開設を望んだのです。

てんかん患者と向き合う東北大学病院での取り組み

「てんかん科」と標榜して半年が過ぎましたが、今でもまだ、けいれんを起こした患者さんを診て欲しいという院内の救急紹介が目立ちます。やはり、「けいれん=てんかん」と考えている医師や看護師さんが多いのでしょう。しかし、これは間違った解釈なのです。緊急を要するけいれんは、糖尿病や髄膜炎などのてんかん以外の病気が原因で起こることが多いですから、てんかん科よりは救急医療として診る方が患者さんのためになります。「基本的には、てんかんという疾患だけで救急となるケースは少ないですよ」と周囲に説明し続けているところです。

8月からは「1時間外来」を始めました。てんかんを診断する為には病歴や症状などを詳しく聞く必要があるので、初めての患者さんの診察には、少なくとも1時間くらい時間をかける必要があると思います。他の病院でてんかんと診断され、治療をしてこられた患者さんのお話を1時間かけてじっくり聞くと、10年も前の古い治療法を続けている患者さんや薬を変えれば発作が抑えられる患者さん、もっと早く手術をしていたらずっと楽だったのに、という患者さんが大勢いらっしゃることがわかります。実はてんかんではない方もいて、「もう検査の必要はないですよ」と帰すことも少なくありません。

また、初診の患者さんを、私がてんかんと診断した場合でも、「あきらめないで、私たちと一緒に治療し、普通に生活できるようにやっていきましょうね」という話も1時間あればできるんです。これからの検査や治療についてきちんとお話すると、単にショックを受けるのではなく「ちゃんと治療すれば幸せになれるんだ」と安心して帰って行かれます。
そして、9月からは入院もスタートし、ビデオ脳波モニタリングユニットが稼働し始めました。これは患者さんの脳波をとりながら、昼夜問わずビデオでモニタリングするというものです。発作を起こす瞬間の表情や体の動きを観察すると同時に脳波を記録します。記録を分析していくと、てんかん発作とそうでない発作を区別できたり、発作タイプを診断分類できるようになりますから、タイプ別に適切な処置を行ったり、薬を処方することができるようになります。

実は、入院をスタートさせる前に、看護師さんたちから多くの不安の声があがっていました。「発作を起こしたら、すぐに駆けつけないと大事に至るのでは」とか、「看護師の少ない夜勤時に発作が起きても、対応できるか不安だ」等々です。しかし、てんかん発作そのものが命を脅かす原因になるということは極めて稀なので、落ち着いて対応すれば大丈夫なんです。私たちはモニタリングの結果を見ながら、看護師さんも含め、定期的に症例検討会を行っています。一点を見つめたまま10秒くらい静止するのも発作ですし、もぞもぞ動いてボタンを外したりするのも発作です。いろいろな発作があることを知り、その様子を見ることで、「この発作にはこう対処すればいいね」とわかってくるのです。多くの症例を見ることで、各医療スタッフの頭の中に、教科書にはない知識がどんどん蓄積され、診断や治療の精度の向上につながっています。初めは不安を抱えていた看護師さんたちも、てんかんへの理解が深まり、今では患者さんを幸せにしたいと心から思いながら看護していると思います。

てんかん治療をもっと積極的に、そして専門スタッフの育成を

東北大学病院では現在、モニタリング用の機械が2台設置されていますが、年内には全6台の導入を予定しています。専属の脳波技師も現在4名、来年の春には7名になります。欧米のてんかんセンターに比べるとまだまだ小規模ですが、良い傾向にあるのではないでしょうか。とはいえ、まだまだ大勢の患者さんがてんかんに苦しんでいるという現状があります。

日本では、看護師さんが医師の指示なくできることは限られています。また、ローテーション制度があり、数年で勤務部署を異動するようになっています。看護師さんが専門性を高めたいと思っても、システムがそれを阻んでいるのです。これでは、いつまでたっても求められるニーズに応える、高度に専門家された看護師さんを養成することはできません。てんかんに限った話ではありませんが、看護師さんが専門性を高められるチャンスがあってもいいのではないでしょうか。もちろん、厳しい試験を設ける必要がありますが、看護師さんの医療行為に対する権限の幅を広げるような制度を作るべきだと思います。てんかんの専門医を増やすことも必要かもしれませんが、前述したアメリカやイギリスで活躍する看護師さんのようなてんかん専門のスタッフが誕生すれば、医師と連携しながらこれまで以上にハイレベルな診察や治療を行うことができると思います。また、何度も申し上げるようですが、てんかんの診断は決して簡単なものではありません。専門的な見地から診断しない限り、安易に治療を開始しないでいただきたいと思います。少しでも診断に迷いがあったり、治療を続けているのに発作が残っているのであれば、必ず他の科の医師などに相談や紹介する癖をつけてほしいと思います。そうして、日本のてんかん治療の精度の底上げを図っていければと思います。

東北大学病院での取り組みは、スタートしたばかりで日々問題や課題とのぶつかりあいですが、てんかん治療への着実な一歩となっていると実感しています。まずは、てんかん科そのものが世の中に認知されることを目指し、全国の病院にてんかん科が開設されたり、てんかん診療のネットワークが強化されるような活動を行っていきたいと思います。そして、てんかんに関する国全体の意識が高まることを願っています。

中里 信和 氏
【略歴】

1978年 岩手県立盛岡第一高等学校 卒業
1984年 東北大学医学部医学科 卒業
1984年 東北大学医学部脳神経外科 研修医
1988年 東北大学医学部 助手(脳神経外科)
1989年 カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)医学部研究員
1992年 財団法人広南会広南病院脳神経外科 医師・医長
1996年 東北大学医学部 助手(脳神経外科)
2000年 財団法人広南会広南病院 臨床研究部長
2008年 財団法人広南会広南病院 副院長
2010年 2月~ 現職
【主たる学会活動】
・国際臨床脳磁図学会 初代理事長(2006-2009年)、第1回大会会長(2007年)
・第11回国際生体磁気学会 事務局長(2008年)
・日本生体磁気学会 副会長(2009-現在)
・日本てんかん学会東北地方会 事務局長(2006年-)
・日本脳神経外科学会 評議員(1992年-)
・日本脳神経外科コングレス機関誌「脳神経外科ジャーナル」審査委員(2005年-)
・日本生体医工学学会機関誌「生体医工学」編集委員(2001年-)
・日本臨床神経生理学会 評議員(1997年-),機関誌「臨床神経生理」編集委員(2003年-)
・日本てんかん外科学会 世話人(2008年-)
・ 第27回日本脳電磁図トポグラフィ研究会 会長 2010年
【役職】
東北大学病院てんかん科 科長
東北大学大学院医学系研究科運動機能再建学分野 教授
東北大学加齢医学研究所神経電磁気生理学分野 教授
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