今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第91回 2010/11

スペシャル医療クラークの創設とその意義

国立の高度総合医療施設として半世紀以上にわたり、京都伏見の地で医療の中核を担ってきた京都医療センター。赤字が続いた同院の経営改善には、医師や看護師が十分に専門性を発揮できる環境整備が必要でした。そのカギとなったのが、「スペシャル医療クラーク」。独自のカリキュラムで育成し、その高い成果が話題を呼んでいる同院の院長 藤井信吾さんにお話をうかがいました。

独立行政法人 国立病院機構 京都医療センター 院長
京都大学名誉教授
藤井 信吾 氏

国立病院機構 京都医療センター

閉塞感が漂う病院では良い医療は提供できない

私が院長として赴任した平成19年当時、この病院は赤字経営で、新規の設備投資はおろか施設の維持・補修をするための予算すらとれないような状況でした。医師も看護師も一生懸命働いてはいましたが、山積みになった書類の整理などの雑務に追われる毎日でした。長く赤字が続いたせいでしょうか、私がこの病院に来た頃は、「夢も目標も持てない」と誰もが思っているような印象がありました。そんな状態で「良い医療を提供する」ことができるとは思えませんでした。
赤字経営の立て直しが私の第一の使命ではありましたが、そのためにはまず、医療スタッフが夢を持てるような病院になるべきだと思いました。日ごろ献身的に働いてくれるスタッフに報いたい。そのために私には何ができるのか、ということから考えはじめたのです。

赤字経営脱却のキーリソース、それが「スペシャル医療クラーク」だった

赴任してから3年が経ちましたが、これまでに261人のスタッフを増員しました。1年目で赤字から黒字に変わり、人員を増やした今でも黒字が続いています。
ある財界の方と対談した時に、「普通の企業は人員削減で経営を立て直すのに、京都医療センターは逆の手法ですね」と言われました。医療というのは奉仕であり、サービスが基本です。一般企業のようにモノを売って収益を得るのとは違います。毎日の業務で疲弊したスタッフに低レベルな奉仕をされても、誰も元気にはなりません。「奉仕=医療」の質を高めることで患者が元気になり、その結果が収益につながるというものです。そして、ひいては経営の立て直しに繋がるのであれば、奉仕する側の医師を元気にしようじゃないか、と考えたわけです。

医師は毎朝8:30から外来診察を行います。ほかに病棟での業務や手術、学会への出席やその準備など、多忙を極めています。そのうえ、電子カルテを操作しつつ、退院サマリーや診断書などの書類作成もこなさなければなりません。医師には大きな負担となっていました。そこで、この事務的な作業を医師の代わりに行ってくれるような職種を養成しようと考えたのが、「スペシャル医療クラーク」でした。

スペシャル医療クラークに求める資質

従来の医療クラークは、院内の受付業務や事務作業補助を行う職種として、本質的な役割や職務内容についての定義は曖昧なまま雇用していました。単純なマンパワーとして派遣業者から補い、それで事足れりとしていた部分も多かったのです。そこで当院では定義を明確にするとともに、新しい職種としての医療クラークをつくろうと試みました。

なぜ"スペシャル"医療クラークなのかと申しますと、高度な専門教育を受け、それに見合った処遇を受けられるという意味での"スペシャル"なのです。単純に"事務作業を補助する人"と捉えてしまうと少しイメージが違ってきます。また、「一般の事務職より高い時給を払いますから、その分は働いてくださいね」という"裏"の意味もあります。
導入当初からスペシャル医療クラークの方々には、極めて高いレベルを求めてきました。医師を事務作業から解放することを第一の目的としていますが、医師と患者とのパイプ役としての役割も期待しています。すなわち、基礎的な医学知識、語学やパソコンのスキルだけでなく、コミュニケーション能力に長けている、また、自ら能動的に働くことのできる人を採用したいと考えているのです。こういった資質の持ち主が、本当の意味で医師をサポートできる方々なのだと思います。

各診療科によって求められる業務は異なりますし、医師の個性もさまざまです。そんな状況下でも順応し、しっかり仕事をこなせるような人でないと続きません。せっかく養成して診療科に配属したのに、「こんな人いらない」と言われてしまっては、元も子もありません。人格・知識、技能、責任感、コミュニケーションスキル等、スペシャル医療クラークとして求められる人物像の水準は非常に高いといえるでしょう。

スペシャルな人材を育成するカリキュラムとは

スペシャル医療クラークのカリキュラムは最長3カ月。電子カルテの操作や医学的な基礎知識を習得し、各診療科の外来や入院病棟などの診療現場で臨床研修を行います。各月ごとに目標を設けながら、きちんと到達できたかを確認しています。そして、医師や看護師から直接指導・評価を受け、当該科での到達基準を満たした時点でコース終了となります。最終的には、京都医療センター独自の認定試験を合格した方を当院で雇用するという流れになっています。

また、スペシャル医療クラークとなって各診療科に配属されてからも3カ月は査定期間です。医療情報部のスタッフが外来カルテの代行件数や手術同意書の作成件数などを確認するほか、患者さんや医師とどのようなやりとりを行ったのかなど、業務の質やコミュニケーション能力も厳しくチェックしています。

2009年春から導入をスタートして、現在は22名のスペシャル医療クラークが活躍しています。各診療科に1人ずつ配置していますが、どの先生方にとってもスペシャル医療クラークは必須な存在となっているようです。たとえば、「患者さんの患部写真を電子カルテに貼りたい」など、今までやりたいと考えていたけどなかなか実践できなかった事を積極的に行ってくれたり、手術前の準備を前もってやってくれたりと、"打てば響く"ように業務をこなしてくれています。さらには、「電子カルテを自分で入力する必要がなく、外来の時間が短くなった」「書類が整理されて仕事が快適になった」「書類の下書きをしっかり書いてくれるから、確認するだけでよくなった」などの声を聞き、医師の負担が軽減されたことを実感しています。病院全体を揺るがすような変化ではありませんが、ある意味「前進」できたのではないでしょうか。

経営状態が赤字から黒字へ変わった要因の一つとして、医師や看護師が十分に専門性を発揮できるような環境を整えられたところが大きいと思います。黒字経営に転換してからは新しい機材も購入でき、医療の幅も広がっています。現在は緩和ケア病棟やコンシェルジュ付きの個室のある新病棟を建設中です。病院自体も活気づき、スタッフ全員元気に働いてくれています。

今後はカリキュラムの拡充と他院での検証が必要

前述したように、スペシャル医療クラークには能力の高い人材を求めていますので、3カ月間ですべてを習得したスタッフを養成するのは難しいのかもしれません。今後は、6カ月ないし1年など、育成期間をもう少し長くしたカリキュラムも作成し、門戸を広げて幅広い層からの人材を集めようと計画しています。
また、10月には、「医療クラーク推進協議会」を発足させました。今後どのような育成を進めていけばよいのかなどについて考えていきたいと思っています。

スペシャル医療クラークという、これまでになかった職種をつくるわけですから、当院での試みはある意味「挑戦」ともいえるでしょう。高いレベルの人材を育成するには、手間も時間もかかります。もう少し時間をかけ、成果を見極め、ご賛同いただける病院がどれだけ出てくるのか、見守っていこうと思います。あらゆる意見や実例を集積していけば、スペシャル医療クラークの必要性が誰の目にも明らかになるのではないでしょうか。そして、全国の病院でスペシャル医療クラークが活躍し、病院で働く人たちみんなが、夢を見ながら元気に仕事ができるような環境になることを目指していきたいと思います。
「医療に夢を」。医療の現場にこそ、今、未来への夢を描ける環境が必要だと思っています。

田中次郎 氏
【略歴】

1971年 京都大学医学部卒業
1981年 京都大学医学博士
1991年 信州大学医学部産科学婦人科学教室教授
1997年 京都大学大学院医学研究科器官外科学婦人科学産科学教授
2007年~ 独立行政法人国立病院機構京都医療センター病院長
【学会活動】
・日本産科婦人科学会 副会長、会長、監事を歴任後、名誉会員(2007年-。
・日本婦人科腫瘍学会 理事、監事を歴任後、名誉会員(2010年-。
・その他、長野県産婦人科学会会長、日本産科婦人科関東連合地方部会会長、日本癌治療学会評議員、日本不妊学会評議員、日本内分泌学会功労評議員、日本更年期医学会評議員、日本新生児血液学会理事等。
・『Annual Review Course on Gynecologic Oncology and Pathology』 創設。
【Member】
・International Gynecologic Cancer Society(国際婦人科がん学会:President 2010.10- )
・International Society of Gynecologic Pathologist
・Europian Society of Gynecologic Oncology
・American Society of Fertility and Sterility
・Europian Society of Human Reproduction and Embryology
・The Howard A. Kelly Gynecologic and Obstetric Society (The Johns Hopkins University)
【Honorary Member】
・The American College of Obstetricians and Gynecologists(2005-
・The Society of Obstetricians and Gynecologists of Canada(2005-
・The Korean Society of Obstetricians and Gynecologists(2007-
・The Taiwan Society of Obstetricians and Gynecologist(2010-
【役職】
独立行政法人国立病院機構京都医療センター院長
京都大学名誉教授
国際婦人科がん学会理事長
【著書】
『子宮筋腫 専門のお医者さんが語るQ&A 改訂新版』(藤井信吾、折井文香 保健同人社 2007)
『産婦人科手術シリーズⅤ -臨床解剖学と基本手技- 子宮頸癌手術術式・腹式広汎性子宮全摘術』(診断と治療社 2005)
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