今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第92回 2010/12

高齢者のこころと向き合い、豊かな社会を築くために

医療機器の開発などにより、医療や介護における高齢者の身体的な支援体制が充実してきた一方、"こころ"という心理的な面でのサポート体制はまだまだ少ないと言われています。学生時代から病院や施設を訪問され、多くの高齢者の"こころの声"に耳を傾けてこられた、上智大学総合人間科学部心理学科教授であり、臨床心理士・保健学博士でもある黒川由紀子さんにお話を伺いました。

上智大学総合人間科学部心理学科教授・臨床心理士・保健学博士
黒川 由紀子 氏

上智大学総合人間科学部心理学科

心理学の分野では対象外とされてきた高齢者

高齢者に興味を持ち始めたのは心理学を学んでいた大学時代で、私はこれまでに数えきれないほどの高齢者の方々にお会いしてきました。卒論のテーマを「高齢者」に決めたこともあり、都内の老人ホームを回りながら、いろいろな方にお話を伺っていました。

当時の老人ホームは、複数の人たちと同じ部屋で暮らすような施設が多かったのですが、そこを「天国だ」とおっしゃる方もいれば、「恥ずかしい、落ちぶれてしまった」と思われる方もいたりとさまざまでした。同じ環境であっても受け止め方が全然違うものなのだな、と思ったことが印象に残っています。人間の心理というのは、あるポイントの状況や感情でわかるものではなく、生涯という長期スパンでとらえないとわからないことがたくさんあると感じ、「高齢者に会って話を聞いてみたい」、という素朴な興味から理解が深まっていきました。心理学の分野では、子どもや青年など若い人に興味を持つ研究者が圧倒的に多く、高齢者は研究の対象ではないという傾向がありました。ですから、高齢者に興味を持っていた私は、当時は「変わり者」と見られていたようです。

こころのケアの専門家として高齢者と向き合う

現在は個室のある老人ホームも増えましたし、時代の要請もあって「高齢者を大切にしよう」という風潮も高まっています。昔と比べたら、高齢者にとっては暮らしやすい世の中になっているのかもしれません。とはいえ、「死」や「病気」といった普遍的な不安や悩みは時代が変化しても尽きないものです。その他、私がお会いした方の中には、「家族へ迷惑をかけているかもしれない」と気にされる方や、将来に対する漠然とした不安を感じている方など、人それぞれにさまざまな想いを抱えていらっしゃいます。

何よりも大切なのは、ご本人がお話ししたいと思っていることをじっくりとお聞きすることですが、臨床心理に携わる者としては、心理検査やアセスメントツール、専門的手法を用いて関わっていくことがあります。例えば、"回想法"という手法です。「平凡でつまらない人生だった」と思っている方に、ご本人が生まれてからこれまでに至る過去をお聞きすることで、「それなりに意味のある人生だったんだ」と人生を肯定的にとらえられるようになる場合があります。

また、皆さんがご自分の気持ちや考えをすべて言葉にして、要領良く伝えられるわけではないので、そういった語られない言葉に耳を傾けることも専門家として大切にしています。言葉を交わすのはもちろんですが、時には絵やコラージュなどの非言語的なツールを使いながら、その方の胸の根底に眠っている不安や希望や怒りなどを探り、受け取ることも行っています。  そして、患者さんがどのように変化し、改善されていったのかということを測定するために「人生満足度測度」や「QOL(quality of life)」などの指標を用いて評定することもあります。

医療現場から届いた、高齢者のこころの声

ある認知症の患者さんが「お医者さんが自分を見てくれない」と泣いていたことがありました。「付き添いの家族ばかりに話をして、自分には何も聞いてくれない。自分はまだ話せるし、伝えたいこともあるのに無視される……」と悲痛な思いをお話ししてくれました。
認知症やうつ病の患者さんというのは、医師が診断したりアセスメントするよりも、ご自分のことをわかっていらっしゃいますし、我々が思っている以上に、こちらの態度や行動を敏感に感じ取っているものです。

また、ある老人病院に入院されている方にお聞きしたお話です。ある日、私に「今の看護師さんはかわいそうだ」と言ったことがありました。どういうことだろうと思い、詳しく聞いてみると、「現代の看護師さんの仕事は細分化され複雑になっている。それに、業務が正しく遂行されたかどうかの評価ばかりされているし、忙しすぎる」ということでした。その方の病室には、ときどきイライラして看護師が入ってくることがあるそうで、そんな時この方は「上司に怒られたのだろうな。自分がなぐさめてあげよう」と思うそうです。

高齢者の方にお話を伺っていると、"生きていく中で培ってきた人を見る目"というものを感じ、ハッとさせられることが実に多いのです。人生の師である高齢者の声にはいろいろなメッセージが含まれていると思います。この声に真摯に向き合い、ご自分の診察や看護が煩雑になっていないかと、今一度考えてみていただきたいと思います。
仮に、認知症やうつ病などで理解力や認知力の機能が低下しているとしても、付き添いの家族ではなく、きちんとご本人と向き合い、顔を見ながらじっくり話すということがとても大切なのです。

あらゆる分野で高齢者をスタンダードに

高齢者と向き合えていないという意味では、「高齢者のスタンダード」が少ないという問題もあると思います。医療や看護の世界では若年層をスタンダードとすることがまだまだ多く、診断基準や薬の開発などにおいて、高齢者は例外的に扱われてきました。例えば、体に症状として表れやすい高齢者のうつ病は、「典型的でないうつ病=非定型うつ病」としばしばされていますが、これから4人に1人は65歳以上という超高齢社会を迎える日本において、高齢者を非定型扱いとしていても良いのでしょうか。高齢者対象の治験を積み重ねるなど、医療の分野での高齢者のスタンダードを築くことが急務だと感じています。

また、医療だけに限らず、衣食住のあらゆる分野においても高齢者のスタンダードを作っていくべきだと私は思っています。服や化粧品などはどうでしょうか。これらは、若い人をターゲットに作られているものが多く、各企業は「若年層に支持されるものを」と開拓しています。しかし、高齢者向けに開発される商品があっても良いのではないでしょうか。例えば、老人ホームに入られた方の衣類というのは、介護のしやすさを優先したものが多く、マジックテープを使っていたり、おしゃれな感覚がまったく無いようなものが多いように思います。そして、介護に邪魔という理由からか、女性の場合はブラジャーをとられてしまうことがほとんどです。施設に入っても、おしゃれをしたいと思う方は大勢いらっしゃると思いますし、下着などの肌に一番近いものへの配慮が足りないように思います。機能性の高い衣類などはずいぶんと揃ってきていますが、デザインや着心地の良さということになると、依然として未開拓な部分があると思います。

このように、さまざまな分野において、高齢者の気持ちに配慮した観点からの開発が進んでいくと、より快適な暮らしを提供していけるのではないでしょうか。

触れ合う場を増やし、高齢者とともに豊かに暮らす

現在、私のゼミでは、地域の高齢者の方を大学にお招きして、学生との交流会を企画しています。学生からの発案だったのですが、地域の方は快くお引き受けくださいました。交流会の後には学食での食事会も予定しています。このように、身近なところで高齢者と触れ合えるような機会が増えていくと良いと思います。

また、高齢者との関わりのなかで大切なのは「普通に接する」ということです。高齢者だからといって特殊なことをする必要はなく、会えば挨拶をしたり、時間があれば立ち止まって話をしてみたりすれば良いのです。もちろん、耳の遠い方にはゆっくりと大きな声で話をし、一緒に歩くときは歩行に気をつけながら歩くなどの配慮は必要です。それから、「本音で話す」ということも大切です。医療の現場であっても、普段の生活の場であっても、出会った高齢者としっかり向き合ってお話ししていただきたいと思います。そして時には、言葉にならない高齢者の「こころの声」にも耳を傾けるような気持ちを持って、高齢者と接していただければと思います。

黒川 由紀子 氏
【略歴】

上智大学大学院修士課程修了
上智大学大学院博士課程満期退学
保健学博士(東京大学・医学部)
臨床心理士
お茶の水女子大学学生相談室、東京大学医学部精神医学教室、大正大学等を経て、現在、上智大学総合人間科学部心理学科・同大学院教授
高齢者認知症研究・研修センター 客員上級研究員
【著書】
『回想法ー高齢者の心理療法ー』(誠信書房)
『百歳回想法』(木楽舎)
『老年臨床心理学(共著)』(有斐閣)
『老いの臨床心理(編著)』(日本評論社)
『回想法と認知症』(金剛出版)
『認知症と診断されたあなたへ(編著)』(医学書院)
インタービューTOPへ
ページの先頭へ戻る