今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第94回 2011/02

臨床美術をとり入れた、笑顔あふれる暮らしを

絵を描くなどの創作活動によって認知症の予防・改善に効果があると注目されている「臨床美術」。全国では千葉や広島をはじめとし、いくつかの病院や福祉施設への導入が進みつつあります。臨床美術の生みの親の一人である木村クリニック理事長の木村伸さんに、臨床美術の魅力や可能性、そして今後の展望などについてお話を伺いました。

日本臨床美術協会 理事
木村クリニック 理事長
木村 伸 氏

日本臨床美術協会
木村クリニック

認知症改善のために開発された臨床美術

認知症患者に対するこれまでのリハビリには、主にリアリティ・オリエンテーションや回想法、行動管理、音楽療法などの手法が用いられてきました。これら認知症に有効とされる様々な治療方法の要素に、"楽しみながら想像力を発達させる"といった創作の要素をプラスしてカリキュラムを作成した手法が「臨床美術」です。美術創作を主軸としながら、絵画、彫刻、紙細工、コラージュなどの創作活動全般を行い、認知症の予防や改善を目的に日本で開発された芸術療法のひとつです。

2004年、内閣府認証の特定非営利法人「日本臨床美術協会」が発足しました。また、2009年7月には「臨床美術学会」が設立され、同年11月、東京で第1回大会が開催されました。同大会では韓国、中国、フィンランドからも研究発表が行われ、臨床美術は国内だけでなく海外へも拡がりをみせています。

確信のないスタートと驚くべき効果

臨床美術の始まりは、彫刻家の故金子健二氏が子どもを集めて造形教室を行っていたことがきっかけでした。その内容は、単に塗り絵やお絵かきを楽しむのではなく、プロの芸術家が持つテクニックを組み入れたメニューで、子どもたちの心身の発達を目指すというものでした。そこで培ったメニューを認知症治療へ応用できないかということで、1996年に金子氏、ファミリーケアアドバイザーの関根一夫氏、脳神経外科である私の三人がチームとなり、臨床研究をスタートさせました。

正直に申し上げて、「結果が必ず出る」という確信はありませんでした。当時は、認知症についての知識や情報が少なく、誰もが「本当に認知症に有効なのだろうか」と心の中で思っていたと思います。ところが、「話をしても通じないのではないか?」、「絵を描かせてもじっとしていないだろう」という我々の予想を大きく裏切る結果となったのです。 "造形の力"なのでしょうか、実際に行ってみるとふらふら歩き回ることもなく、認知症患者はどんどん創作活動に夢中になっていきました。

また、付き添われるご家族に対しても明るい兆しが見られました。創作活動には、患者さんだけでなく、ご家族にも参加していただきます。最初は「えっ! 自分たちも?」と戸惑いを感じる方が多かったのですが、カリキュラムが始まり20~30分もすると、創作にどんどん引き込まれていくのです。そして帰る頃には、介護に悩んでいるような暗い表情を見せていたご家族も、すっきりした顔で去られるのです。

我々は、臨床美術は認知症患者だけでなく、ご家族へのサポートにもつながるのではないかと可能性を強く感じました。当初、まずは1年続けてみようと始めた活動でしたが、今後も続けていくべきだと考えたのです。

臨床美術士の普及と課題

2002年より日本臨床美術協会では、専門的な訓練を受けた合格者を「臨床美術士(クリニカルアーティスト)」として資格認定する制度を設けました。1~5級までの資格が設定されており、2009年現在では約2,700人(述べ人数)の資格認定者が全国で活躍しています。また、臨床美術士養成講座は芸術造形研究所や東北福祉大学などで開催されており、年齢、経験に関係なく、誰でも受講することができます。

全国的な拡がりを見せているとはいえ、十分な理解を得て、社会的に認知してもらうためにはまだまだ時間が必要だと感じています。また、国家資格のあるアメリカやイギリスのようにアートセラピストが病院での治療に加わるような社会的システムが、日本では未だ整っていません。収入面での安定が得られない臨床美術士を主軸に生計を立てることは、現状難しいのです。臨床美術士の育成はもとより、臨床美術そのものの社会的認知の向上が今後の課題と言えるでしょう。

患者さんだけでなく、家族のケアにもつながる臨床美術のカリキュラム

1回のカリキュラムは複数の患者さんとそのご家族が集まり、2時間に渡って行われます。最初の30分は歌を歌ったり、リアリティ・オリエンテーションの時間にあてます。また、子どもの頃の思い出を話し合うなど、いわゆる回想法の手法を用いることもあります。そして、残りの1時間半は創作活動を行います。

臨床美術の創作活動は、対象物を単に見て創るのではなく、右脳を使った作品づくりにポイントがあります。
たとえば、りんごの絵を描くとします。まず、りんごを手に持ち、重さを感じ、匂いをかぎ、触りながら絵を描いていきます。五感をフルに使い、そこで感じたイメージを絵にしていきます。ほかには、「手を見て描く」というテーマが与えられたとします。ふつう、手のようないつも見ているものは、爪はここにある、しわはここにある、といったことがわかるので、ある程度見なくても描いていけるのです。ところが、皆さんにも試してみていただきたいのですが、「手の隙間(手の外側の空間)を描いてください」というと、人は隙間をじっくり見るのです。隙間を描いていくと手の形になりますが、手の外側に意識を向けないと描けません。それから、逆さまにした絵を模写するといったメニューもあります。正位置の絵を見た場合、一度見ればある程度描けるかもしれませんが、逆さまだと何度も見ないと描けませんよね。

臨床美術は"楽しみながら"創作することが大切なので、うまく創る必要はありません。絵を描きたくない気分の時は描かなくてもよいのです。「心が解放されて自由に描いている人の絵は、いきいきとして本当に美しい」とかつて金子氏が言っていました。患者さんが創作に集中することで、脳の活性化につながり認知症の症状が抑えられたり、気持ちに落ち着きが見られるようになります。それだけ"創作"には力があるのだと思います。また、ご家族も一緒に参加されていますので、患者さんと家族間のコミュニケーションにつながったり、ほかの家族との絆が深まって良い相談相手になるなど、家族の心のケアという側面においても力を発揮しています。

すそ野の広い臨床美術。今後は子どもたちへも普及させていきたい

埼玉県のある小学校では臨床美術が授業に組み込まれています。自由な時間ですので、子どもたちはのびのびと自分を表現します。ほめられた子どもは自信を持ち、発言が少なかった子どもがよく話すようになるなどの変化が見られました。

認知症改善のためにスタートした臨床美術ですが、このように近年は多方面への普及活動が進んでいます。多くの可能性を秘めた臨床美術ですので、認知症患者だけでなく、今後は子どもたちへのアプローチにも力を入れていきたいと考えています。
また、臨床美術を最初に立ちあげたものの責任として、臨床美術士の社会的地位向上と認知を高めることへも取り組みたいと思います。現在は、デイサービスで臨床美術を行うために、介護保険を使ったモデル事例を作ろうと動き始めています。さらに将来的には、誰でも気軽に参加できるサロン的な施設をつくり、臨床美術を楽しめるスペースを設けたいと思っています。収益を確保できる仕組みを構築して、臨床美術士が活躍しやすい環境を整えることも私の勤めだと感じています。

病気を早く治療するために「あれはダメ」「これはダメ」と制限をしながら、体や心に負荷をかけるような治療では、本当に豊かな生活を送っているとは言えないのではないでしょうか。最先端の技術を用いた治療も必要ですが、臨床美術といった患者さんの感性や豊かさを広げるような治療方法も医療の世界には求められているのだと思います。 
人生に楽しさをプラスするもののひとつとして臨床美術を生活にとり入れてもらえるよう、多くの人に伝わることを願っています。

木村 伸 氏
【略歴】

1981年 日本大学医学部卒業 日本大学医学部脳神経外科学教室入局
1987年 脳神経外科認定医取得
1988年 大宮市医師会市民病院脳神経外科開設時に医長として就任
1995年 認知症外来を始める 臨床美術を始める
2000年 一心会伊奈病院勤務
2003年 木村クリニック開設 通所リハビリ「アール・ブリュ」開設
【役職】
1988年~2002年 日本大学医学部脳神経外科学教室 講師
1998年 東北福祉大学感性福祉研究所 研究員 ME学会 理事
2001年 日本臨床美術協会 理事
2003年 明治大学 非常勤講師
【資格】
脳神経外科学会認定医 医学博士
【著書】
『臨床美術のすすめ』共著
『実践! 脳リハビリ』共著
インタービューTOPへ
ページの先頭へ戻る