今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第95回 2011/03

アルコール依存症患者の心を知り、回復を目指す

「アルコール依存症」は飲酒のコントロール喪失と病的な飲酒欲求を引き起こす薬物依存の一種です。単にお酒をやめられなくなるだけではなく、身体的・精神的な合併症をも引き起こすため、深刻な問題となっています。さらには、飲酒運転や暴力などの社会的問題につながることもしばしば。東京アルコール医療総合センターの垣渕洋一さんに、アルコール依存症の実態と回復への取り組みなどについてお話を伺いました。

医療法人社団 翠会 成増厚生病院 精神科医局長
東京アルコール医療総合センター センター長
精神保健指定医 医学博士
垣渕 洋一 氏

翠会 成増厚生病院
東京アルコール医療総合センター

アルコール依存症患者のほとんどが治療を受けていない

「アルコール依存症患者の99%の人は治療を受けていません」。
これは少々おおげさな表現かもしれませんが、私が患者さんにアルコール依存症についてお話をするとき、このように説明をしています。
どこまでを診断に含めるかにもよりますが、現在、アルコール依存症患者数は推定80万人。予備軍を含めると400万人ともいわれています。多くの人が「自分は依存症だ」ということに気づいていないか、放置しながら生活をしている状態で、日常生活に支障なく仕事もきちんとされている人の中にも、アルコール依存症が多く潜んでいるのが現状なのです。

通常、苦痛や不便を伴う病気やけがを患っている方の場合、それを取り除くために病院へ行かれますが、アルコール依存症の場合は他の病気やけがと比べて、「自分は病気である」という意識が低くなりがちです。そして、お酒が好きで飲んでいる人や精神的な理由から強迫的に飲んでいる人にとって、「お酒を飲んではいけない」と言われるであろうと予測できる病院などへは自ら行きたがらないのです。ここに、多くの患者が治療をせず、予備軍が増え続ける原因がはらんでいます。

頑固で完璧主義な人に多いアルコール依存症

改めてアルコール依存症の定義をおさらいすると、「飲酒に伴う問題が起きていることを理解していても、自らの意思で飲酒をやめることができない状態」を指します。「飲酒に伴う問題」とは、家族への暴力などの「家庭内問題」、無断欠勤などの「職場トラブル」、飲酒運転や他人への暴力などの「社会的問題」等が挙げられます。また、お酒が肝臓へ与える影響は大きく、肝炎や肝硬変などの原因となる可能性については広く知られていますが、他にも多くの合併症を引き起こします。糖尿病・骨粗鬆症・動脈硬化・心筋障害などの身体的な症状や合併症のほか、あまり知られていませんが、うつ病や認知症などの精神的な合併症にも関係が深いのです。

また、症状の始まりはゆるやかで、依存症とはっきり気づくまでにそれなりの時間経過があるという特徴も挙げられます。例えば、20代から10年間飲み続けて30代半ばには依存症になったとしても、まだまだ体も丈夫ですし、身体的な合併症も起こっていないから気づかない。しかし、50代や60代になって体に症状が表れた時にはかなり進行していた、というケースがしばしばあります。

アルコール依存症になるきっかけは人それぞれで、年齢や男女差にも特徴があります。若い世代の場合、思春期の親への反抗心からであったり、女性に多いですがうつ病や摂食障害などの精神障害の自己治療のためにお酒を飲み続け、依存症になるケースが見られます。一般的には、大学生や社会人になって社交飲酒の機会が増え、お酒の好き嫌いに関わらず、飲んでいるうちに止まらなくなった……というものです。

そして、高齢者のアルコール依存症も増えています。男性の場合、定年退職後に時間をもてあまし飲酒量が増えるケース、女性の場合は子どもが手から離れた頃に、寂しさや喪失感をお酒で紛らわして依存症になるケースです。
また、女性は男性に比べてアルコールに対して肝臓や脳が弱いため、男性の半分の量で依存症になるといわれています。ですから、男性に比べて女性の方が低年齢で発症するという特徴もあります。

では、アルコール依存症患者の性格などに共通する特徴はあるのでしょうか。 現在の研究結果では、病前に共通した性格は「ない」とされていますが、臨床経験上、依存症患者の認知行動には共通のパターンが認められると思います。アルコール依存症患者は「意志薄弱だからお酒に頼っている」と思われがちですが、どちらかというと頑固で完璧主義、自分のやり方にこだわりがあるため人の話をあまり聞かず、対人関係が不器用な人が多い傾向にあると感じています。

"教育入院"で回復へ導く

アルコール依存症は、今のところ完治しない病気とされています。患者の皆さんの最終的な希望は「再び楽しく、ほどほどにお酒を飲めるようになる」ことです。ですから、私たちは「完治」の代わりに「回復」と呼んでいます。

当院では24時間、365日対応の電話相談を行っており、年間約2,000件の相談が寄せられています。そのうちの9割はご本人以外のご家族や企業の産業医などからです。ですから、入院される患者さんも「人に言われてしぶしぶやってきた」という方が少なくありません。そういった患者さんは、まずご自分が病気であることを受け入れ、断酒や節酒を続けるための動機づけ、回復までの行動の習慣化が必要となります。

入院中は「教育入院」といって、知識提供のための勉強会やさまざまなプログラムに取り組んでいただいています。例えば、きちんとした生活をするためには食生活を正さなければなりませんので、クッキング教室を通して簡単なおかず作りにチャレンジするような作業療法を交えることもあります。再発防止のために重要な断酒会やAA(アルコホリクス・アノニマス)などの自助グループへの参加も行っており、夜は地域にある集まりに、皆さん歩いて出かけていらっしゃいます。

依存症を減らすためには、教育現場での取り組みが求められる

増え続ける患者数に対して、これまで行ってきたような治療はこれからも必要ですが、そもそもアルコールを摂取する前の段階で、アルコール依存症患者を出さない取り組みが必要ではないかと私は考えています。
それは、アルコールや薬物に関する教育を学校などで取り入れることです。 特に中高生の頃に、多量飲酒による体へ与える恐ろしい影響についてや、お酒の飲み方についての教育がもっとなされていれば、20歳を過ぎてからのお酒との上手な付き合い方を身につけられるのではないのでしょうか。また、あまり率直にものを伝えられない国民性である日本人は、コミュニケーションを円滑に進めるための道具としてお酒を用い、さらには、お酒に頼りすぎている場合もあることにも疑問を感じます。

依存症の人の多くは他人と対等な関係を"しらふ"で結ぶことを苦手とする人が多いことからも、思っていることを相手に伝えるトレーニングのようなものやアルコールそのものに対する教育が学校でも取り入れられると、アルコール依存症患者の減少につながるのではないでしょうか。

早期介入・早期回復のための病々連携・地域連携

いま、アルコール依存症患者への早期介入・早期回復を目指すための活動として「三重モデル」が注目されています。これは、「三重県アルコール関連疾患研究会」が中心となって1996年から始めた活動で、2010年に「第62回保健文化賞」を受賞しました。精神科と内科の専門医が連携して治療にあたるためのネットワークを構築した活動は、現在は看護師、保健師、ソーシャルワーカー、消防士まで参加しており、地域ぐるみで依存症の解決に取り組んでいます。
当院は、従来より地域の保健所や企業の健康管理室との連携にも力を入れており、社員や市民向けの講演会などの啓発活動を行っています。それに加えて、「三重モデル」を参考にして、近隣の総合病院と連携を2011年よりスタートさせました。当院のスタッフを消化器内科に派遣し、総合病院のスタッフと一緒に患者さんのカンファレンスを行います。消化器内科にも依存症予備軍が多く潜んでいるため、専門医の治療が必要な人は当院へつなげるという仕組みをとっており、専門医の早期介入につながることを期待しています。

今後は、これらの活動を通じてアルコール依存症患者への早期介入、早期回復につながる活動を広げていきたいと考えています。

医療従事者がアルコール依存症患者に接するには

アルコール依存症患者と接する際に「対応が難しかった」と感じていらっしゃる医療従事者の方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。特に救急のスタッフなどは、酔って暴れる患者さんに体当たりで接したり、わがままばかりで言うことを聞かない患者さんの対応をする場面も少なくないと思います。

私から申し上げたいのは「依存症の人もきちんと治療をすれば回復する」という部分にぜひ目を向けていただきたいということです。  患者さんはご自分で、人に迷惑をかけている、悪いことをしていると「わかっているけどやめられない」のです。医療従事者の皆さんには、そういう"依存症ゴコロ"に共感していただきたいと思います。家族や周りの人間から「わかっているなら飲むのをやめろ」とさんざん言われているのです。ご家族の気持ちと同じ立場で接してしまうと、「家族と同じだ」と患者さんは壁を作ってしまうでしょう。

当院では、患者さんが最初に来られたときは「ようこそおいでくださいました」と伝えています。依存症患者は周囲の偏見やお酒を飲みたいという欲求を押さえて入院されるわけです。皮肉としてではなく、その我慢や努力の気持ちをねぎらう意味で申しているのです。「この医師ちょっと違うな」「この病院いいかも」と少しでも思っていただけるとよいですよね。

患者さんの依存症ゴコロをくみ取って、「理解されている」と患者さんに思ってもらえるような対応ができれば、きっと良い関係を築けることと思います。治療を続ければ回復するのです。ぜひ、患者さんと正面から向き合い、心から理解してあげていただきたいと願っています。

垣渕 洋一 氏
【略歴】

1990年 筑波大学医学専門学群卒業
1994年 同大学大学院博士過程修了 同大学附属病院などでの研修の後、2002年より成増厚生病院にて勤務 臨床の傍ら、日本精神科看護技術協会、日本精神病院協会、地域の保健所、自助グループなどで講師としても活動中
【役職】
東京アルコール医療総合センター長 成増厚生病院精神科医局長
【資格】
厚労省精神保健指定医 日本精神神経学会認定専門医・指導医 医学博士
【著書】
「職場のメンタルヘルス相談」(共著)商事法務研究会、1992年
「変わる若者たち 青年の家の現状と課題第22集」(共著)社団法人・全国青年の家協議会、1994年
「メンタルケースハンドブック」(共著)中央法規出版、1994年
「介護福祉士試験」(共著)一ツ橋書店、2003年
「セルフケア・シリーズ アルコールこうしてつきあう」(監修)保健同人社、2008年
「実践 精神科看護テキスト 薬物・アルコール依存症看護」(共著)精神看護出版、2008年
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