インタビューアーカイブ

2017/7

看護師の最大の使命は患者さんの生活を支援すること(後編)

これからの医療提供のあり方の方向性を描くために設置された「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」。有識者による活発な意見交換が行われ、2017年4月に閉会を迎えました。構成員の一人である熊谷雅美さんに、検討会での内容をふまえながら、済生会横浜市東部病院 副院長 熊谷雅美氏にこれからの「看護師の働き方」についてお聞きしました。

熊谷 雅美

済生会横浜市東部病院 顧問(前 副院長兼看護部長) 日本看護協会 常任理事

地域における看護に必要な「推論能力」を養う教育を

前編はこちら

タスク・シェアリング、タスク・シフティングを推進し、地域で活躍できる看護師を育てるためには、「まず教育の見直しを行う必要があるだろう」と、検討会では話が進みました。

人は地域に生まれて、地域で暮らし、地域で亡くなっていきます。つまり、地域での暮らしが主軸にあり、時々、病気になって病院に行くわけです。そのように考えますと、看護師は「人が暮らすということはどういうことなのか」「病気になったら病院では何をすべきなのか」といった視点をもつ必要があります。しかし、今の看護の基礎教育では病院実習がメインになっているため、〝地域における看護〞という視点が不足しているのです。

また、看護には推論能力が欠かせません。これは、ある急性期病院の看護部長さんのお話ですが、その病院では患者さんのご自宅をよく家庭訪問されるそうです。訪問した看護師は「患者さんの暮らしが思っていた以上に理解できた」と喜び、さらに看護師としての五感の働きが断然変わったと言うのです。例えば、病院で歩いている高齢者の方とすれ違ったときに尿の臭いがしたため、「あ、きっとうまくできていないんだな」と気になったそうなんです。その感覚はすごいと思いませんか?

なぜなら、病院では廊下で患者さんとすれ違っても何も思わないのがふつうだからです。臭い一つで患者さんの生活を推測できる。一度でも地域を経験すると、ふだん使っていなかった五感が働くようになるというよい例だと思いました。

また、こんな例もありました。ある慢性心不全を抱えたおばあさまの話です。年齢を重ねると心筋機能が弱くなっていきますが、今はよく効く薬もあるため、いったん入院してもまたご自宅に帰ることができます。しかし、そのおばあさまは何度も入院を繰り返すために、ある日看護師が家庭訪問をしたそうなのです。すると、おばあさまのご自宅の前には長い坂。とてもではないけれど、おばあさまの心機能に耐えられるレベルではなかったことがわかったそうです。実際に暮らしを目で確かめたからこそ、「家を移らなければならない」ということが見えた。患者さんの〝生活〞をふまえて病気を考える視点がいかに大切であるかがよくわかります。

地域をベースに看護をするということは、患者さんの生活を知り、そこからさまざまなことを推論する力が必要なんですね。そこに対応していくためには、卒前教育のうちから地域での看護に対応できる能力と視点を養う必要があります。今こそ教育カリキュラムの見直しをすべきときだと考えています。

 

今までの医療にサヨナラし 広い視野で看護を提供してほしい

検討会を振り返ってあらためて思うことは、医療の主役は患者さんであるということです。報告書にも次のように書かれています。

  • 医療が医療従事者だけで完結する時代は終わりを告げ、患者や住民との協働が不可欠な時代に入った。
  • もはや医師のみが何でもやる時代ではなく、様々な職種をどのように組み合わせてベストな結果・価値をもたらすかをデザインする時代に移行している。※一部抜粋

医師だけでもない、医療従事者同士で決めることでもない。私たちは医療・看護のプロフェッショナルとして、患者さんと一緒に「どういう暮らしをしたいのか」ということを本音でディスカッションしながら病気と向き合っていく、そういう働き方をしていく必要があると感じています。ですから、看護師も自分の病院のことだけを考えればよいという時代ではもはやないんですね。病気になった一人の患者さんが入院し、再び地域でご本人が希望するような暮らしに戻っていただくためには、自分の病院の機能だけでは完結しません。ほかの施設との連携が欠かせない。つまり、地域全体が一つの病院ととらえる必要があるのです。

特に看護管理者には、視野を広げてほしいと思います。各病院や施設とどのように連携すればよいのか、地域に必要な看護師は何人で、どのようなスキルを高めたらよいのか……。最終的に、地域をデザインしていくような感覚で看護を考えていってほしいですね。もちろん、現場の看護師も同様です。
自分の病院での治療のことだけでなく、患者さんの暮らしにまで目を向けていただきたい。「どんな症状がありましたか?」「いつからですか?」といういつもの声がけに加えて、「どんなふうに暮らしていますか?」と患者さんに聞いてみてはいかがでしょうか。そんな視野の広い看護師になってほしいと願っています。

看護という仕事は、ひと言でいうと大変です。しかし、人の人生に触れることができるという大きな醍醐味もあります。患者さんの生き様から学ぶことも多いですし、自分の人生もとても豊かになる素晴らしい職業です。ぜひ自分らしい働き方で、充実した看護を提供してほしいと思います。

新たな医療の在り方を踏まえた 医師・看護師等の働き方ビジョン検討会報告書は、次のURLからダウンロードできます。

熊谷 雅美

恩賜財団 済生会横浜市東部病院
日本看護協会 常任理事
済生会横浜市東部病院 顧問(前 副院長兼看護部長)

略歴】
済生会神奈川県病院での臨床経験後、看護基礎教育や衛生行政などを経験。2003年済生会神奈川県病院看護部長。2006年済生会横浜市東部病院看護部長。2007年同院副院長兼看護部長。
2003年横浜国立大学大学院教育研究科学校教育臨床修了(教育学修士)、2013年東京医療保健大学大学院医療保健学研究科修了(看護マネジメント学修士) 2013年認定看護管理者
2009年~厚生労働省 新人看護職員研修に関する検討会委員
2010年~厚生労働省 医道審議会委員

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