今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第96回 2011/04

末期だけでなく、早期から関わり患者さんを支える緩和ケア

全国の病院に緩和ケア病棟が増え、日本人にも広く知られるようになってきた「緩和ケア」。一般的には「末期がんの患者を対象とした医療」というイメージが根強く残っていますが、実はその認識は正しくありません。「緩和ケア」の正しい内容とは? そしてケアのために現場ではどのような取り組みをしているのか……。聖路加国際病院緩和ケア科医長の林章敏さんにお話をうかがいました。

聖路加国際病院 緩和ケア科 医長
林 章敏 氏

聖路加国際病院

治療と緩和を並行して行うパラレルケアが求められている

一般的に「命が終わりに近づいたがん患者のための医療」と思われがちな「緩和ケア」ですが、実は末期であるかどうかは関係ありませんし、がんやエイズだけが対象になっているわけでもありません。あらゆる病気やけがなどから生じる痛みや息苦しさ、身体のつらさ、こころのつらさを和らげるための医療であり、それらの問題が生じているのであれば、早期からでも治療を受けられます。また、患者さんの苦痛を事前に予防するという側面もあります。
当院でも、化学療法を終えられた末期の患者さんが入院されるケースもありますが、化学療法を受けながら、緩和ケアの外来にこられる方が約半数いらっしゃいます。ほかにも、術後痛や慢性疼痛で来られる方などさまざまです。早期からの緩和ケアで症状が楽になって退院された方も大勢いらっしゃいます。

1990年に世界保健機関(WHO)が発表した定義によると、「緩和ケアは終末期の患者さんのためのケア」とされていましたが、2002年に改定された現在は「生命を脅かす病気によって起こる問題に対処するのが緩和ケア」とされています。終末期医療と考えられていた緩和ケアですが、世界的にも「早期から関わる治療」へと変化しています。治療を終えてから緩和ケアへ移行するのではなく、化学療法などの治癒医療と並行して緩和ケアを提供する「パラレルケア」が求められています。

早期緩和ケアで、がん患者の生存期間の延長が報告された

20数年前になりますが、私はホスピス医になろうと働き始めました。当時は、終末期医療として患者さんの治療にあたっていましたが、痛みや息苦しさが和らいでいく患者さんを見ていると、末期の人だけでなく、治療中の患者さんへも緩和ケアを提供したらどうかと思うようになりました。痛みを我慢すると身体にとってストレスになり、かえって体力を消耗してしまいます。ですから、早期から患者さんの苦痛を和らげながら治療に取り組んだ方が、きっと良い結果につながると思ったのです。

また、2010年に発表された肺がん患者を対象とした研究結果では、緩和ケアにより生存期間が延長し、患者さんのQOLが改善されたと報告されています。これは、アメリカのマサチューセッツ総合病院(MGH)とハーバード大学医学部のDr.Jennifer Temel氏が率いる研究チームによるもので、がん治療の早期過程において、緩和ケアを受けるグループと受けないグループに分けて観察を行った研究です。すると、早期に緩和ケアに関わったグループの患者は、不安やうつ症状を訴えることが少なく、3カ月程度の生存期間の延長が見られたのです。
私自身の経験からも、緩和ケアは早期から提供されるべきだと感じていましたが、改めてデータで示されるとその思いが強まり、早期から関わることの重要性を確信しました。

患者さんの"気がかり"が私のいちばんの気がかり

患者さんが初めて外来に来られたとき、「今いちばん気がかりなことは何ですか?」とお聞きしています。"気がかりなこと"というのは、つらいことだけとは限らず、楽しみにしていることかもしれません。たとえば、「孫の結婚式に出たいのだけれど、出席できるかが気がかり」ということもあり得ます。その場合、私たちも結婚式の出席に向けて患者さんをサポートをしていくわけです。「どこがおつらいですか?」という聞き方では発見できない患者さんのお気持ちですよね。

緩和ケアというのは医療だけを提供するのではなく、医師や看護師、ソーシャルワーカー、チャプレ(牧師)、カウンセラーなどのチームが一体となって、患者さんやご家族の生活やお気持ちまでをも支える行為だと考えています。私たちは、身体的・社会的・精神的・スピリチュアルの4つの視点を持って患者さんと接しています。
まず身体的な面では、患者さんの痛みや苦痛を和らげて命を支える治療を提供します。さらに、腫瘍が骨に転移した患者さんに対して、痛みが出る前にビスホスホネート製剤という高カルシウム血症に対する薬を投与し、痛みを予防したりもします。また、「眠れない」とお悩みのご家族に対しても、具体的に休んでいただくことをおすすめしたり、ちょっとしたマッサージをして差し上げることもあります。

社会的な面でいちばん問題となるのは家族間の関係性や経済的なことだと思います。この問題に対してはスタッフが話し合いの場を設定したり、ソーシャルワーカーが支払いの具体的な手立てをお伝えし、介護保険などの社会資源の活用をおすすめしたりします。
そして、精神的な面では患者さんとのコミュニケーションを基本にしながら、寂しさや不安などの感情の変調に対するサポートをします。「私の気持ちをわかってもらえた」と患者さんやご家族に思っていただけるよう、相談にのったり、傾聴しながら関係づくりを進めています。うつやパニック障害などに対しては、薬を用いたりしてお気持ちを安定させる対処もしていきます。

最後にスピリチュアルの面についてです。スピリチュアルという言葉を定義すること自体が難しいと思いますが、私のなかでは「生きる支えを失ったときに感じるこころの痛み」と理解しています。家族や仕事など、人それぞれに生きる支えがあるでしょうが、あるときそれを失うと、生きる意味や目的がわからなくなることがあります。そのような状態になった患者さんをどう支えていくかというマニュアルはありません。私は患者さんの"こころの痛み"にも耳を傾けることを意識しています。生きる希望を見失ってしまわれる前に、喜びや楽しさ、そしてご自分の生きる道を見出していただけるような関わりをしていくこと、「スピリチュアルコミュニケーション」を普段から心がけています。

専門スタッフの養成が今後の課題

現在、緩和ケア病棟は全国に222施設あり(2010年11月現在)、緩やかではありますが年々増え続けています。また、2007年に施行された「がん対策基本法」によって、がん診療連携拠点病院のすべてに緩和ケアチームの配置が義務づけられ、日本の緩和ケアに対する取り組みが強化されています。しかし、専門医となると全国に24名ほどで、今後はスタッフの養成にも力を入れる必要があると感じています。

日本緩和医療学会では、すべての人が『いつでも、どこでも』質の高いケアを受けられることを目指し、2008年に「日本緩和医療学会PEACEプロジェクト」を立ち上げました。「がん対策基本法」で定められた義務のひとつである、がん診療に従事するすべての医師を対象とした「緩和ケア研修会」を実施しています。これは、緩和ケアに関する基本的な知識と技術を身につけることを目標としています。
また、日本ホスピス緩和ケア協会では、2011年6月の完成を目指して、緩和ケア病棟で緩和ケア医師を養成するプログラムを、私も一員となって作成しています。

これらの取り組みが全国で普及すれば、緩和ケア病棟で緩和ケアを専門とする医師が増えていくと期待しています。将来的には、大学などで緩和ケアを扱う学科などができるとよいかもしれません。しかし、緩和ケアについて伝えることは知識や研究だけではありませんので、教室だけでなく現場で見聞きしてもらいながら、スタッフを教育できる環境を整えることが今後の課題でもあります。

患者さんの"うれしい"を大切にして支えていきたい

先ほど、最初の面談で患者さんに"気がかりなこと"をお聞きするとお話ししました。最近始めたこととしては、最後に「最近、何かうれしいことはありましたか?」とお聞きするようにしています。そうすると、患者さんの表情がパーっと明るくなるんですよ。お伺いするとすぐに答えられる方もいらっしゃいますし、しばらく考えてからいろいろなことをお話しくださる方もいます。いちばん多いのはご家族のことで、「子どもや孫が会いに来てくれたことがうれしかった」とおっしゃっています。

"うれしい"という気持ちはとてもステキな感情だと私は思うのです。生きる支えを失われた方であったとしても、日々過ごすなかで少しでも"うれしい"と思えることがあれば、きっとよい表情に変わっていかれると思うのです。  患者さんがうれしさを感じられるようなことが少しでも増えることを願っていますし、私たちも緩和ケアを提供しながら、患者さんに"うれしい"と感じてもらえるような関わり合いを築けていけたらよいなと毎日思っています。
 

林 章敏 氏
【略歴】

1982年 宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校卒業
1988年 宮崎医科大学医学部(現 宮崎大学医学部)卒業
1988年 淀川キリスト教病院内科研修
1990年 (英国オックスフォード、マイケルソーベルハウスにて研修)
1994年 淀川キリスト教病院消化器内科医員
1995年 日本バプテスト病院ホスピス医長
1998年 日本バプテスト病院ホスピス長
2002年 (オーストラリア、メルボルン Monash Universityにて研修)
2003年 日本バプテスト連盟医療団訪問診療部長、コメディカル部長等兼務
   (同志社大学大学院神学部非常勤講師、京都大学医学部非常勤講師を兼務~2004)
2004年 聖路加国際病院 緩和ケア科医長
2007年 広島大学大学院非常勤講師を兼務
2008年 東京医科歯科大学講師を兼務 現在に至る
【役職】
聖路加国際病院緩和ケア科 医長
【資格】
・日本緩和医療学会緩和医療専門医
・厚生労働省「終末期医療に関する調査等懇談会」委員
・日本ホスピス緩和ケア協会理事
・日本緩和医療学会代議員(専門医認定・育成委員会委員、輸液ガイドライン改定作業部会委員)
・日本死の臨床研究会世話人
・JPAP幹事 ・東東京緩和ケアネットワーク代表幹事
・東京がんマネジメント研究会代表世話人
・多施設緩和ケア研究会常任世話人
・城南緩和ケア研究会世話人
・アジア太平洋ホスピス協会会員
・日本サイコオンコロジー学会会員
・日本内科学会会員
【著書】
『心に残る最期のとき』あ・うん、2010年
『がん性疼痛ケア完全ガイド』(編著)照林社、2010年
『いつでもどこでもがん疼痛マネジメント』(編著)学研、2008年
『死をみとる一週間』(編著)医学書院、2002年
『誰でもできる緩和医療』(編著)医学書院、1999年
『がん医療におけるコミュニケーション・スキル-悪い知らせをどう伝えるか』(共著)医学書院、2007年
『ハリソン内科学 日本語版』(共訳)MEDSI、2009年  他
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