今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第97回 2011/05

癒しの環境づくりで、「笑い」が溢れる日本に

「笑い」は免疫力を高め、病気の治療や予防に効果があるといわれています。忙しいという印象が強い日本の医療や福祉の現場では、あまり「良し」とされていなかった「笑い」ですが、最近はその効果が認められ、治療や看護に「笑い」を取り入れる施設が増えつつあります。「笑いには癒しの環境づくりが欠かせない」と話す、文京学院大学大学院客員教授であり、癒しの環境研究会世話人代表でもある高柳和江さんに、「笑い」と「癒しの環境」についてお話をうかがいました。

文京学院大学大学院 客員教授|癒しの環境研究会 世話人代表
株式会社癒しと健康研究所|笑医塾 塾長| 医学博士
高柳 和江 氏

癒しの環境研究会
笑医塾

阪神淡路大震災で被災者のこころを癒した生花

1995年1月、生花の生産で全国的にも有名な千葉県和田町(現在は南房総市)で、私は「笑い」についての講演をしていました。講演は終始和やかな雰囲気で、参加いただいた皆さんは笑いながら聞いてくださっていましたが、「皆さん笑っていらっしゃいますが、神戸の人は笑っていないんでしょうね」と私が言った瞬間、笑いがピタッと止んだのです。その日は、阪神淡路大震災が起きた4日後でした。

和田町の皆さんは神戸の人のことを思って胸を痛めていらっしゃいましたが、「寄付をしたし、他に何をすればよいのかわからない」とおっしゃっていました。そこで私が、「お花を贈られてはいかがでしょうか」と提案したところ、その日の夜中のうちに100Kgの生花が用意され、翌日には神戸に届けられました。その後も2回目は200Kg、3回目は100Kgと贈り続けられました。救援物資としては食料や水が求められているなか、生花は本当に必要なのだろうかと迷いもありました。しかし、神戸の人たちは「こころが癒された」「亡くなった方へたむけるお花がなくて困っていた」と喜んでくださいました。

大震災のような衝撃的な出来事によって負ったこころの傷が引き金となり、さまざまなストレス障害を引き起こすPTSD(心的外傷ストレス障害)は、今では広く知られていますが、阪神淡路大震災の当時はあまり取り上げられず、「こころのケア」については今ほど重要視されていませんでした。しかし、生花を贈ることで聞こえてきた神戸の人たちの喜びの声を通して、「こころのケア」の大切さ、そして「こころを癒すもの」の必要性を痛感したのです。

患者さんの「自己治癒力」向上のために、「癒しの環境」が必要

私が最初に医療や福祉に「癒し」が必要だと感じたのは、クウェートで10年間小児外科医として働き、1987年に帰国したときでした。
クウェートは砂漠に囲まれていて、日中の気温が50度以上もある国ですが、病院には必ず木が植えられ、芝生も広がっており、癒しの環境が整っていました。そのような環境で治療されているクウェートの患者さんは、いつも笑っていて、「手術をしたのだから助かる!」と、前向きなのです。人々が生きようとする意欲、病気を絶対に治すという気概である「自己治癒力」がとても高いのだと思います。個人的な感想ですが、日本の患者さんと比べ、クウェートの患者さんのほうが早期に治癒すると感じられました。ずっと何故なのかを考えていましたが、日本へ帰国し、その原因のひとつと思われることがわかりました。

帰国した当時の日本の病院は、周りに木々や芝生がなく殺風景な印象で、「こんな環境で病気が良くなるはずがない」と感じる施設ばかりで、癒しの環境が見受けられない状態だったのです。そのような場所では患者さんは、病気を治そうという前向きな気持ちを保つことも難しいでしょう。クウェートの人々を見ていて感じた自己治癒力を日本でも高めるために、「癒しの環境」が必要だと思ったのです。

「笑い療法士」が全国に「笑い」を届け、自己治癒力の向上を目指す

医療と福祉における「癒しの環境」づくりを目指すために、1994年12月に「癒しの環境研究会」を発足させました。医師や看護師などの医療従事者や病院の建築家、そしてインテリアやアート関係の方々など、さまざまな分野で活躍されているメンバーが集まっています。私たちは「自己治癒力を高めるためにどうすればよいのか」と、それぞれ異なる立場から意見を交換し、日々研究しています。

私たちは、癒しの環境には「ハード」と「ソフト」と、それを「つなぐもの」の3つが必要だといつも伝えています。ハードは高度な医療設備や芝生が広がるスペース、森、木々などのことです。入院中に散歩ができる庭や、病室から見える緑があれば、患者さんの気持ちも落ち着きます。ソフトは医療従事者のあたたかいこころや、やさしい言葉、笑顔などです。最近は設備が充実し、緑にあふれた病院が増えてきたので、ハード面は整ってきたと思います。しかし、ハード面の充実だけでは患者さんの自己治癒力は高まりません。忙しい業務に追われる日本の医療の現状では、ソフト面の充実がまだ不十分なのです。

近年、ストレス解消や免疫力の向上に「笑い」がもつ力が役立つと、さまざまな研究結果で報告されています。癒しの環境研究会では、ハードとソフトをつないで癒しの環境を充実させるものとして、音楽や絵画などとともに「笑い」を重要視してきました。そして、2005年に中央群馬脳神経外科病院の理事長であり、噺家でもある中島英雄先生を委員長として、笑い療法士認定評価委員会をつくり、「笑い療法士」を養成する活動をスタートさせました。  笑い療法士とは、「笑いをもって自己治癒力を高めることをサポートする人」のことで、患者さんだけでなく、笑い療法士の周りの職場の人や、道を歩いている人、スーパーで買い物をしているときに出会った人たちの「笑い」を引きだす役割を担っています。また、社会全般に「笑い」を広げ、実際に笑いを提供している人を発掘することも役割としています。現在は、医療や福祉に携わる方々や学校の先生、一般の方などさまざまな人が認定を受けており、全国で520人の笑い療法士が活躍しています。

笑い療法士が活動を進めるにあたり、「笑いは5段階で進んでいくということを押さえてください」と指導しています。それは、「安全」、「リラックス」、「効率」、「元気になる」、「生きる歓び」です。まず、笑いには安全や安心が必要です。人は安全な状況でないと笑えません。例えば、ピストルを突き付けられながらでは笑えませんよね。そして、リラックス。安全な状況でコーヒーを飲んだりしてリラックスしているときは、自然と笑いが出るものです。次に効率です。リラックスできる病院の待合室で、例えば3時間待たされたら笑えなくなりますよね。人が何故落語を見るのかというと、必ず笑えるからで、効率が良いからなのです。そして、笑っているうちに元気になり、最後には生きる歓びにつながっていきます。
私たちは、こうして引き出された「笑い」が本当の「笑い」だと思っています。この原則を理解した笑い療法士が日本に「笑い」を広げ、日本人の自己治癒力の向上を目指して現在も活動しています。

職員研修で病院全体に「笑い」があふれる茨城県土浦協同病院の取り組み


土浦市真鍋町の土浦協同病院では、2009年5月より「ほほえみの太陽プロジェクト」が始動しています。同病院の藤原院長と協力して職員研修を行い、やさしい言葉と自然な笑顔で患者さんに接する「笑医(わらい)セラピスト」の養成に取り組んでいます。職員研修には、医師や看護師だけでなく、栄養士、薬剤師、施設課の方など、全領域のスタッフが参加し、私が提唱する「ほほえみの太陽メッセージ」を元に、患者さんの自然な「笑い」を引きだす知識と技術をお伝えしています。そして現在は、職員約1,200人のうち300名以上が研修を受け、笑医セラピストとして患者さんと接しています。

その他の取り組みとしては、ステーションでアロマをたき、始業前に職員同士がアロマでマッサージし合い、リラックスできる環境をつくることです。また、リハビリの職員は白衣ではなく、ピンクや黄色の花柄のスクラブスーツを着用しており、職員は白衣ではなく、ピンクや黄色の花柄のスクラブスーツを着用院内はとても明るい雰囲気で、患者さんからも「看護師さんたちに話しかけやすい」、「イメージがとても良い」と好評です。

ほかにもたくさんの笑医セラピストの活躍もあり、同院の患者さんと職員はとても仲が良く、院内には自然と「笑い」があふれています。 この度の東日本大震災の際、この病院では震度5程度の大きな揺れがあったそうで、患者さん全員を安全に外へ搬出する必要がありました。本来なら病院全体がパニックになっていたかもしれませんが、楽しいスクラブスーツを着たスタッフたちが「大丈夫ですよ」とあたたかい声をかけながら、患者さんのケアをしたので、全員が落ち着いてゆっくりと避難できたそうです。普段から患者さんと職員の良い関係が築かれており、患者さんの信頼を得ていたからだと思います。

医療や福祉の現場職員の笑顔で、患者さんは幸せになれる

前述したように、患者さんの「自己治癒力」を高めるために、医療や福祉の現場には「癒しの環境」づくりが欠かせません。土浦協同病院での事例のように、現場職員自身が環境作りに取り組み、まずは医療者自身が幸せでいられるように努力していただきたいと思います。医療や看護を提供する側の人たちが笑顔でないと、患者さんを幸せにすることはできません。

私は、「癒しの環境」づくりに貢献するであろう「笑い」を通じで、これからも活動を続けていきたいと思っています。こころを癒す「笑い」はとても大切です。自然と溢れ出る「笑い」は、患者さんの病気や怪我を治す手助けになるだけでなく、日本全体を明るくしてくれると信じています。

高柳 和江 氏
【略歴】

2000年 産業医科大学医学部卒業
【役職】
神戸大学医学部卒
順天堂大学外科専攻生。徳島大学医学部医学博士課程(第一外科学)修了
1977年 クウェート国立アル・サバー病院小児科シニアレジデントから、同病院のコンサルタント担当
1980年から7年間クウェート国立イブンシナ病院小児外科部長を務める
延べ10年間にわたるクウェート勤務の後、帰国
1987年 医療法人亀田総合病院小児外科医長、亀田総合病院院長補佐 順天堂大学小児外科非常勤講師を務める。
小児外科から、しだいに医療管理学へとシフトが変化していく
アイオワ大学医学部大学院医療管理学講座特別聴講生、同大学付属病院院長付き研究員を務める 1992年 日本医科大学医療管理学教室准教授
同大の医療管理学教室は「日本初」の組織 文京学院大学大学院経済学部 
客員教授として医療管理を教える 放送大学客員教授として「患者による医療」「かしこくなる患者学』担当。
視聴率第2位。 2009年4月-2011年4月 東京医療保健大学教授
【役職】
文京学院大学大学院経済学部 客員教授 放送大学 客員教授
日本医科大学教育推進室 非常勤講師 順天堂大学小児外科 非常勤講師
【資格・学会活動】
・イギリス小児外科学会会員
・アメリカ病院管理学会会員(日本で4人目)
・癒しの環境研究会 世話人代表
・笑医塾 塾長
【著書】
『ほほえみ処方箋』(株)エディターズサード、2009年
『笑いの医力』西村書店、2008年
『ドクター和江の元気な病人になる秘訣』海竜社、2005年
『生き方のコツ』飛鳥新社、2004年
『砂漠とハイヒール・ドクターカズエが見たアラブ』春秋社、2003年
『死に方のコツ』小学館、2002年
『癒しの国のアリス』医歯薬出版、2001年
『かしこくなる患者学』放送出版協会
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