今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第106回 2012/03

静岡発の介護マークを全国へ 「介護する人にやさしい社会」を目指して

妻、夫、両親など家族や大切な人々を介護する"介護者"。介護の現場は自宅だけではなく、一歩外に出ると、トイレ介助や下着購入などの際に周囲から誤解を受けることも少なくありません。主に認知症の方の介護者が社会に受け入れられ、より介護しやすい環境となるよう、静岡県では「介護マーク」の普及に力を入れています。そのパイオニアとしての道のりや実績などについて、静岡県長寿政策課課長の大石玲子さんにお尋ねしました。

静岡県 健康福祉部 長寿政策局 長寿政策課 課長
大石 玲子 氏

静岡県
静岡県(介護マーク)

きっかけは認知症介護家族との意見交換

2009年7月に、介護に携わる家族の方々と静岡県との間で定期的に行っているタウンミーティング(意見交換会)で、日ごろ困っていることについてお聞きしたことが、「介護マーク」誕生のきっかけです。そこで男性介護者のご苦労について、次のような切実なお話がありました。それは、「妻が認知症で、サービスエリアや駅でトイレに付き添ったとき、周りから不審な目で見られてしまった」ということでした。また、奥さんの下着を購入する際も、同じような状況になったということでした。「さり気ない形で、介護中であることを周囲に知ってもらいたい」という切実なご要望をいただいたのです。それで、「介護マーク」作成の検討が始まりました。

予算も確保した上で事業実施が決まり、2011年2月に「介護マーク」を公表しました。マークは、介護していることが一目でわかるように「介護中」の文字を入れ、人が人を支えるデザインを表しました。大きさは名刺より一回り大きな縦69ミリ、横97ミリです。名札のようにケースに入れて首からかけるだけで、ひと目で介護中であることを周囲に伝えることができます。マークのデザインは、若い人にもわかりやすいように静岡デザイン専門学校の生徒にアイデアを出してもらい、家族介護者の意見もお聞きした上で選びました。

また、普及啓発事業を始めるにあたって、「全国初」と情報発信することで大きなインパクトを出せれば、と考えていました。介護中であることを表示するマークの作成に関して、他の都道府県で実施例があるかどうか厚生労働省に確認し、各都道府県にも照会した結果、似たような事例はないことがわかったのです。その後は、この取り組みをどうやって知ってもらうかに重点を置きました。

「全国初」の取り組み、民間の力を借りて普及啓発

行政としては広報誌やホームページに情報を掲載する、各市町の公共施設にポスターを貼るぐらいの活動に限られてしまいます。そのため私たちは、普及啓発の強化に向け2011年3月から、民間企業や団体に可能な範囲内で協力していただく「介護マーク普及協力事業所」の指定を始めました。例えばある企業では、従業員の方々が営業活動で顧客を訪ねる際、チラシやポスターを持参してPRするとともに、関係のある企業に対しては社内での周知をお願いしてくださっているそうです。スーパーやコンビニ、金融機関、郵便局なども含め、県内での普及活動はますます盛んになり、タクシーの組合では介護マークのシールを車内に貼ってもらう予定です。

続けて2011年4月から、県内市町と協力して介護マークの配布を開始しました。県庁や出先機関に加え、区役所や県内35市町の高齢者担当窓口、126カ所の地域包括支援センターを通じて配っています。高齢者だけでなく、障がい者担当窓口で対応するケースもあります。5月からは「ふじのくに企業介護マーク等理解促進事業」として、民間企業に委託するかたちで、企業から商店まで計3607軒を普及啓発のため訪問。半年間の活動を通じ、2983軒にポスターを掲示していただいた実績があります。さらに54の事業所を新たに普及協力事業所に指定し、電車の中づり広告やラジオの番組内で宣伝してもらえる機会にも恵まれました。

介護関係者に強くPR、デイサービスにも活用を


当県は高齢者介護に関連する団体と良好な関係にあります。例えば特別養護老人ホーム運営関係者による老人福祉施設協議会、認知症のグループホーム協議会などには、既に介護マークの周知にご協力いただいています。今後はさらに掘り下げて、各協議会傘下の介護事業所や現場の職員の方々にPRし、デイサービスで働く人たちにも利用者の散歩の際などに活用していただければと思います。
一方、「介護マーク普及協力事業所」の中で、介護関係の事業所は特別養護老人ホームなどわずか6件しかありません。介護業界のコネクションは、やはりその業界にいらっしゃる方が一番よくご存じでしょうから、こちらから積極的に働きかけてPRをお願いしていきたいです。私たち県職員が進んで外に出て、広報する必要もあると考えています。

静岡県内では、介護マークを「県民誰もが知っている」という状況を目指し、普及啓発を通じて、介護で苦労している方々を支える社会づくりを推進したいと考えています。全国普及に関しては、この4月から介護マークの配布を開始する県や区役所、市町もいくつかあると聞いており、静岡発のこの試みを一段と広く浸透させるため、引き続き普及啓発の努力を続けていきます。

実は2011年12月13日に、当県の大村慎一副知事(当時)が厚生労働省に藤田一枝政務官をお訪ねし、介護マークの全国普及に関する要望書を提出いたしました。すると、先駆的な取り組みとして評価され、同省が同日付で全国の都道府県に事務連絡を出してくれたのです。事務連絡では当県の取り組みを簡単に説明し、介護マークの資料を添付した上で、各市町村への情報提供などを通じて周知に協力していただけるよう、お願いしています。この事務連絡は、全国的な普及を図る上で大きな効果を発揮していると考えられます。

県内で確実に浸透、介護者にやさしい社会づくりに貢献


2012年1月にインターネットによるモニターアンケートを実施し(638人が回答)、介護マークの周知度を調べた結果、「意味も含めて知っている」が約40.1%、「見たことがある」が50%近くでした。この数字は予想より高く、それまで続けてきたPR効果がかなり発揮されたと考えられます。介護マークを知ったきっかけのうち、県や市町の広報誌が最も多く53.7%で、テレビ40.2%、新聞36%と続きました。新聞やテレビで取り上げていただいたおかげも大きく、パブリシティーによる周知効果の高さを感じています。

また、「将来、必要だったら入手したい」と答えた人が約85.4%と高く、介護マークを必要としている人がまだまだいることがわかったのは大きな収穫です。マークを付けている人を見かけた際、「困っているようなら、助ける」と答えた人は69%に上りました。介護者にとってやさしい社会づくりに、介護マークが役立っていることを実感しています。
介護マークは既に約1万3000セットを配布しており、このうち約5000セットが、京都府に本部を置く公益社団法人「認知症の人と家族の会」で役立てられています。本部を通じて各都道府県の支部に配布されたそうです。同会では毎年、国に対しての要望を行っており、2011年4月に提出した要望書の中に、当県の介護マークの全国普及を盛り込んでくださいました。

2012年2月現在、「介護マーク普及協力事業所」の数は140にまで増えました。普及が進むに連れ、介護マークを利用する方々の声を聞くことが増えてきました。マークのおかげで介護中であることが周囲に理解され、公共の場で困る場面が少なくなったそうです。例えば認知症の妻を持つ男性の場合、奥さんのトイレ利用時、以前ほど周りの目が気にならなくなったと聞いています。公共交通機関で席を譲ってもらえる、認知症の事情を詳しく説明しなくても、周りの人たちが手助けしてくれるようになったなど、環境の変化も生まれています。普及が促進された今になって考えると、介護マークが「どうして、これまでなかったのか?」という疑問も浮かびますが、やはり、こういったマークを求める人たちは潜在的に多かったのですね。

高齢者、障がい者、子どもの相談をワンストップで

介護行政の今後について、静岡県としましては、県民が若いときから生きがいを持ち、なるべく要介護状態にならないよう、生き生きと暮らしていける社会づくりを進めていきたいと思っています。また、高齢化率の上昇とともに一人暮らしのお年寄りの数も増加し、この10年間で2倍近くとなっています。行政や民間企業、各種団体が連携し、高齢者や障がい者の方々を皆で見守り、サポートする社会を構築したいと考えています。いわば、地域の「絆づくり」です。住み慣れた地域で年齢を重ね、いつまでも元気に暮らすという社会の実現が、今後の介護行政の大きな柱になっていくでしょう。

このほか「ふじのくに型サービス」として、垣根のない福祉サービスの実現を目指しています。現行の行政の福祉サービスは高齢者、障がい者、子どもと、それぞれ専用の相談窓口が設けられています。ですが、ひとつの家庭で介護や子育てなどいくつかの課題を抱えているケースも見られ、相談内容によって異なる窓口に行かなければなりません。当県が理想とするのは、地域包括支援センターで相談を一括して受け付ける「ワンストップ相談」です。この相談窓口ひとつで、関連する施設などと連携して対応できる体制を描いています。既に県内の富士宮市と掛川市では取り組みが始まっており、ほかの市町にも同様のサービスが広がっていけば、と考えています。

大石 玲子 氏
【略歴】

1976年4月 静岡県庁に採用(生活環境部統計課) 様々な職場を経て
2003年4月 健康福祉部 子育て支援総室 子育て支援室主幹 兼保育係長
2006年4月 健康福祉部 健康福祉総室 疾病対策室専門監 兼感染症対策係長
2007年4月 県民部 県民生活局 男女共同参画室長
2009年4月 厚生部 長寿政策局 長寿政策室長
2010年4月 健康福祉部 長寿政策局 長寿政策課長
【役職】
静岡県健康福祉部 長寿政策局 長寿政策課長
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