今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第109回 2012/06

求められる看護実践能力。それに応えられる看護師になるために

先進医療をはじめとする医療技術の進歩、患者の権利意識の向上などを背景に、今日の医療界の変化は著しく、それは看護界にとっても同様です。より安全で質の高い看護を求める声が高まるなか、看護師一人ひとりの看護実践能力にも注目が集まります。この看護実践能力を高めるために今、看護師には何が必要なのでしょうか。杏林大学医学部付属病院の看護部長である道又元裕さんにお伺いしました。

杏林大学医学部付属病院 看護部長
道又 元裕 氏

杏林大学医学部付属病院
看護部
新人教育システム「アプリコットナースサポートシステム」

看護師は、エビデンスに基づく看護を実践する自然科学者である

看護はバイタルサインズなどの生理現象を取り扱うことから、フィジカルイグザミネーション、フィジカルアセスメントの際に「自然科学」を多分に活用した働きが求められており、私は、看護の仕事の約8割が「自然科学」で成り立っていると考えています。つまり、看護師には“自然科学者”としての専門性も磨いてほしいと思っていますが、100%科学者であるべきかというと、もちろんそうではありません。看護師は感情や考えを持つ“人”を対象としているため、医学的・科学的な側面だけでなく、対象者の思考や価値観、文化的な背景を考慮した看護を提供する必要があります。これらのことから、看護は「自然科学」「社会科学」「人文科学」を基盤とする職業であり、看護師にはこれら3つの科学を活用した看護を実践することが求められます。

“自然科学者”である看護師が、高い看護実践能力を持って看護を行うためには、臨床経験やそれに基づいた臨床的直感がもちろん大切ですが、それ以上に、理論や科学的根拠(エビデンス)に基づいた看護が提供できるようになることがより重要だと考えます。

看護師が、「あれかな?これかな?」「ただ何となくいいと思ったから」と、何の根拠もなくケアにあたるのは適切ではありませんし、占い看護師になってはいけません。何気ないあいさつの仕方から看護ケアに至るまで、看護師の一つひとつの行動は極めて意図的でなければなりません。つまり、看護実践能力の高い看護師とは、常に根拠や情報が整理されており、状況に応じて最適なエビデンスを引き出せる、そしてそれを元にした看護を実践できる看護師であるといえるのではないでしょうか。

看護師に必要な3つのスキルとは?

そこで私は、高い看護実践能力を備えた看護師になるために、身に付けてほしいスキルを次のように示しています。
ひとつ目は、「テクニカルスキル」です。専門的な技術と技能、そしてそれらを支えるインテリジェンスのことです。技術は医学的な技術だけでなく、“患者さんの側に寄り添う技術”、“会話をする技術”なども含まれます。また、インテリジェンスは単なる学識能力ではなく、理論やエビデンスに基づいて整理された“知識”を指しています。例えば、患者さんとどの立ち位置で話しをするのか、どのような言葉を掛けると良いのかといったことを、行き当たりばったりではなく、インテリジェンスを兼ねた正しい行動ができるスキルを身に付けてほしいと思うのです。

ふたつ目は「コンセプチュアル・スキル」です。問題を解決して改善する能力、つまり臨床判断能力を指していますが、なかでも患者さんの重症度や緊急性などを的確に、かつ客観的に評価する臨床推論のスキルがより求められるでしょう。患者さんの症状があと何日続くと危険なのか、臨床経過が患者さんにとって有効か無効なのかといった状況を整理して、問題解決につなげ改善していく、洞察・思考・判断できる力が看護師には必要だからです。
そして3つ目は「ヒューマン・スキル」で、対人関係能力のことです。豊かな表現力を持って患者さんや他職種スタッフとコミュニケーションをはかれるかどうかは、チーム医療を行う現場の一員としてだけではなく、一人の社会人としても当然求められるスキルです。

以上の3つのスキルを積み重ねることで、あらゆる状況に対応したエビデンスが蓄積され、根拠ある質の高い看護を提供できるようになるのではないでしょうか。

学校教育の実情と杏林看護部独自のサポートシステム

これら3つのスキルは、新人もベテランも関係なく備えてほしい能力です。しかし、新人看護師の場合、看護実践能力を育てるためにまずは「テクニカルスキル」の向上を優先すべきでしょう。技術的なスキルが備わっていないと看護職として不十分という理由もありますが、学校・大学教育を終えて入職する看護師のなかには、血圧も測れないような状態で入ってくる人もまれにいるからです。「血圧も測れないのに働いているの?」と驚く方もいらっしゃるかもしれませんが、残念ながらこのような現状がないとは言い切れません。原因は学生の能力というよりも、学生時代に臨床の経験を積めないという、学校・大学教育の前に立ちはだかる壁にあるようです。

かつては、学生時代のうちに技術を習得できる、臨床の場が多く用意されていました。しかし現在は、インフォームド・コンセントの採用という背景もあり、臨床実習を受け入れる病院が減少していたり、実践できる技術に限りがあったりと、学生の臨床のチャンスがあきらかに減っているのです。臨床の場がないのですから、先に述べた2つ目のスキルである「臨床推論」の力を十分に養うことは難しくなります。ですから、新人看護師を教育する立場にある人は、そのような現状があるということを踏まえて、「ゼロからテクニカルスキルをトレーニングしよう!」というくらいの気概を持って新人指導をしてもよいかもしれません。

私が勤める杏林大学医学部付属病院では、看護部独自の新人看護職員教育システムとして「アプリコットナースサポートシステム(ANSS)」を導入しています。教育担当者だけでなく、技術指導をするメンター、2年目看護師が担当するエルダーも指導チームとなって新人教育を進めています。特徴的なのは、新人看護師が学ぶべき技術項目と進行状況が確認できる「スケジュールパス」を、指導チームのメンバー全員が把握しながらサポートする点。さらに、一部の教育担当者だけでなく、すべての看護職員がそれぞれに役割を持ちながら、新人教育のバックアップを行っている点も特徴といえます。また、具体的な指導項目においては、技術や知識を確実に習得できるよう、段階を踏んだシステムを組んでいます。基本的なベッドメーキングやリネン類の交換などを行う「環境調整技術」、車椅子での安全な介助・移送などを行う「活動休息援助技術」など、基礎的な技術指導から丁寧に行っていますので、新人看護師は次の行為に自信を持って進むことができ、着実に看護実践能力を高めています。

エビデンスを活用し、看護実践能力をさらに高めるために


最後にエビデンスに基づいたより良い看護実践のために、参考にしていただきたいことをお話ししたいと思います。それは「いつも疑問を投げかけるスタンスであれ」ということです。看護実践にエビデンスを結びつける手掛かりは、看護師の皆さんのなかの疑問や葛藤にあるのです。日々、実践している看護業務に疑問を持ち、客観的に物事をとらえ、背後にある意味や事実から生じる問題の特定などに心がけること。このようなスタンスがあるかどうかで成果は大きく変わることでしょう。

そして、最良のエビデンスを選択するには、看護職としての知識と判断力、そしてモラルを備えていることが必要です。そのためにまずは、自分のなかに「常に学習する文化を形成する」ことが大切です。個人的な所感かもしれませんが、最近は自ら学習し、自己研鑚に努める人が少なくなっていると感じます。現代の複雑多岐にわたる看護・医療の現実を、看護師の皆さんはどうやって学習をしているのでしょうか。知識を積み上げることで洞察力が磨かれ、自然と患者さんの状態を推察できるようになるのです。ですから、ぜひ専門書籍や商業誌、学術誌などの文献を大いに活用して学んでいただき、豊富な知識を習得してほしいと思います。

とはいえ、臨床の現場は理論通りにはいきません。一人ひとり患者さんが異なるように、状況も変わります。どのような場面にも対応できるようになるためには、知識(インテリジェンス)と臨床実践を繰り返すしか方法はなく、この繰り返しの鍛錬こそが看護実践能力の高い看護師になるための道筋です。先に紹介した、看護師に必要な3つのスキルを高めていただき、より良い看護の提供に努力を惜しまない看護師になってほしいと願っています。

道又 元裕 氏
【略歴】

東京女子医科大学病院集中治療室勤務、日本看護協会看護研修学校集中ケア認定看護師主任教員、校長を経て、2008年より杏林大学医学部付属病院勤務
インタービューTOPへ
ページの先頭へ戻る