今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第112回 2012/08

安全・安心な観光地を目指した「観光医療」の取り組み

皆さんは「医療観光」をご存じでしょうか。当サイトのアンケート調査によると(結果発表はこちら)、「知らない」もしくは「言葉を知っているが、詳しくは知らない」と答えた人は87%にものぼり、まだ一般的に認知されていません。しかしこの話題に関して、日本の医療界、経済界ではここ数年、かなり熱い議論が交わされています。さらに、医療観光とは視点が異なる「観光医療」という取り組みもあります。今回は、「観光医療」にスポットをあて、国際観光医療学会の寺野彰理事長に、医療と観光を結び付けたこれらの取り組みについて伺いました。

一般社団法人 国際観光医療学会 理事長
学校法人 獨協学園 理事長
獨協医科大学 名誉学長
寺野 彰 氏

国際観光医療学会
獨協医科大学日光医療センター

医療を受け、観光を楽しむ「医療観光」が世界中で増加

近年、医療と観光を結び付けた新しい医療サービスを、海外からの渡航者に提供する動きが世界各国で広がっています。自国では受けられない「質の高い医療」や「低コストの医療」などを求めて海外へ渡航する“医療ツーリスト”が年々増加しており、その数は年間600万人程度*(2008年)と推計されています。先進国であるタイやインド、その他韓国、台湾、シンガポールなどのアジア諸国でも盛んに取り組まれています。

日本でも「医療観光」の名称で(その他「医療ツーリズム」「メディカルツーリズム」とも呼ばれている)、外国人への医療・観光誘致の計画が急ピッチで進められています。2009年の内閣府発表の「新成長戦略(基本方針)」に盛り込まれているほか、経済産業省、厚生労働省、観光庁などの関係各省庁も力を入れて取り組んでいます。「医療」を主体として観光客を呼び寄せる「医療観光」は、医療技術の向上や観光産業の活性化における経済的効果を期待できるものとして注目されています。

*出所:日本政策投資銀行

より良い観光のために医療環境を整える「観光医療」

そのような医療観光とは異なる視点で、医療と観光を結び付けた取り組みもあります。日本には素晴らしい観光資源が豊富にあり、海外からもたくさんの旅行者が訪れます。観光客に安心して旅行を楽しんでもらうためには、快適な宿泊施設などあらゆる体制を整えておかなければいけませんが、そのひとつに「医療」体制もあります。

観光地周辺の医療施設の役割には、観光地やホテルなどで働く人たちの健康を守ることと同時に、観光客の医療面での安全・安心を守ることも挙げられます。例えば、SARSや鳥インフルエンザなどが発症したら観光地は壊滅的なダメージを受けますから、海外から持ち込まれる輸入感染症には特に目を光らせなければいけません。また、観光客が急性の病気にかかったり、怪我を負うこともありますから、日本人はもちろん外国人観光客にも対応できる医療体制を整えておく必要もあります。観光客の健康状態を把握し、医療や健康面をサポートすることは、観光地の健康維持を担う医療施設として重要な役割であり、ひいては地域貢献、観光地の活性化につながるのです。

つまり、医療を前面に押し出している医療観光とは少々意味合いが異なります。恵まれた観光資源があり、安心して過ごせる観光地だからこそ客を呼び込める。つまり、より良い観光の実現のための医療観光の整備と捉え、私たちはこれを「観光医療」と呼んでいます。

学会を設立して「観光医療」を考える

観光医療の取り組みは、今注目を集め始めています。私が名誉学長を務める獨協医科大学は、附属病院である日光医療センターを有しています。当センターがある日光エリアには、世界遺産に登録されている日光東照宮をはじめとし、鬼怒川、川治、湯西川、川俣などの温泉郷や、足尾銅山などの風光明媚な観光地が多数あり、毎年多くの観光客が国内外から押し寄せます。先ほども申し上げたように、観光地には輸入感染症や観光客の健康管理など、医療にまつわるさまざまな問題が潜在していますから、私たち医療従事者もそれらの問題解決に取り組む必要があるのです。

そこで、観光と医療に関して国際的な視野から討議を行い問題解決に努めようと、2010年5月、日光医療センターを中心に「国際観光医療学会」を設立しました。医学会というと医師や看護師などの医療従事者によって構成されるのが一般的ですが、本学会は観光を主なテーマにしている性質上、自治体や医療産業企業、ホテル、旅行業者なども会員である点が特長と言えます。日光エリアの観光地からスタートした学会ですが、現在は東京、京都、和歌山など全国各地に会員が増えており、会員数は400~500名にまで増えています。

本学会の主な活動に、毎年1回開催している学術集会があります。全国から医療関係者、民間企業、旅行会社、メディアの方々にお集まりいただき、特別講演や懇親会を行っています。2010年の第1回集会では、中国の上海同済大学附属同済医院長である王樂民先生が来日され、特別講演を行っていただきました。中国は今、急性期や慢性期などの病院だけでなく、緩和ケアなどの療養環境、高齢者施設などの整備にかなり力を入れています。

そのため、日本の医療や観光に非常に興味を持っているようで、本学会にも積極的にご協力いただいています。学術集会の際には、互いの国の医療界・看護界の状況などの情報交換をしたり、輸入感染症への取り組み方の意見交換などを行っています。また、日本での健康診断に対する中国人のニーズが高いということも聞いているので、日光医療センターや獨協医科大学での人間ドックやPET検査を紹介するなどしています。このような学術集会は、観光医療を国際的に考える、またとない機会となっています

「医療通訳」の整備は重要な課題

観光と医療を結び付けた医療サービスには、さまざまな課題も浮き彫りにされてきており、学会でもテーマとして取り上げています。混合診療による保険制度の崩壊、富裕層のみの医療の充実、医療の株式会社化による外国企業の参入、法的契約書の整備の必要などが挙げられますが、私が一番注目している課題の一つが、外国患者の通訳をする「医療通訳」の整備です。

日本のように隣の国の言葉もわからない国というのは、世界的にみても珍しいことだと思います。中国や韓国の人のほうが、日本語がわかる人が多いかもしれません。日本が医療や観光でアジアの中心を担うためには、特に中国、韓国、東南アジアの言葉の問題は避けて通れない重大なことなのですが、まだまだ国内の体制は整っていません。日光医療センターも、年々アジアからの観光客が増えています。英語はもちろんですが、中国語については中国語を話す看護師がいますので、中国人の対応に問題はありませんが、韓国語に関しては準備が不十分で、今後の検討課題だと思っています。当センターも含め、全国の医療施設で医療通訳を配置するなど、外国人が安心して受診できる体制を整えていかなければいけません。

外国人患者と接するために


日本における観光医療の分野は、今後ますます拡大することが予想されます。医療従事者の方々にとっても観光医療がより身近な話題になるでしょうし、外国人の患者さんに接する機会も増えると思います。そこでここでは、来たる日のために進めてほしい“準備”をいくつかお伝えしたいと思います。

一つ目は、観光に関連した疾患がどのようなものがあり、どう対処すべきかを心得て、それらのエキスパートになっていただきたいということ。例えば、輸入感染症にまつわる疾患やそれが発生した場合の対処などのことです。二つ目は、外国人患者との意思疎通を円滑に行えるよう、特に医師・看護師は語学に精通しておくこと。三つ目は、広い視野で外国人患者に対応できるよう、宗教、文化、社会的背景などの理解を深める勉強をすること。食べてはいけないもの、やってはいけないことなど国ごとに違いますからね。あとは、普段から積極的に外国人と交流するよう努めていただきたいと思います。「田舎にいるから機会がない」「苦手だからなるべく避けたい」ではなく、病院に外国人を招いたり、場合によっては留学してみたりと、自発的な努力が必要でしょう。

福祉と医療の連携で高齢者の観光医療も活発に

日本の観光地は温泉が豊富ですから、治療目的に来られる方も含め、国内外から問わず高齢の観光者の割合が高いところも多いでしょう。このような現状を踏まえると、医療と福祉の連携が強化されれば、高齢者でも安心して旅行ができるため、観光地ももっと発展することでしょう。現在は、医療と福祉が連携した観光への取り組みはあまり聞きませんが、「高齢者の観光」にまつわる医療についても議論する必要があると思っています。

観光医療の推進には、観光地がある全国の医療機関との密接な結びつきが欠かせませんから、医療従事者の方々にはぜひ国際観光医療学会にご参加いただきたいと思います。世界各国の旅行者に日本の素晴らしい観光地に足を運んでもらえるよう、「観光医療に力を入れよう!」といった気概を持って、医療面でのサポートに力を発揮していただきたいと願っています。

 

寺野 彰 氏
【略歴】

1966年 東京大学医学部卒業
1996年 獨協医科大学消化器内科教授
2002年 獨協医科大学病院長
2004年 獨協医科大学学長
2006年 獨協学園理事長兼務
2011年 獨協学園理事長
【役職】
獨協学園 理事長 獨協医科大学 名誉学長
【著作】
『シンプル内科学』(総編集)南江堂、2008年
『医療は負けない! モンスターペイシェントとどう向き合うか』医学評論社、2011年 他多数
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