今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第116回 2012/12

スピーチロックなどの虐待防止に対する高齢者福祉施設の取り組み方

―高齢者が自分らしく尊厳をもって暮らせること― 福祉サービスにおいて何よりも大切なことです。しかし介護現場では、「それはしてはダメ」と利用者の行動を制限する“スピーチロック”やベッドに縛りつけるなどの身体的拘束、つまり“虐待”が行われているとの報告も。高齢者虐待について社会福祉学の視点から研究を行っている、日本大学文理学部社会福祉コースの教授山田祐子さんにお話を伺いました。

日本大学文理学部社会福祉コース
教授
山田 祐子 氏

日本大学文理学部社会学科
神奈川県「高齢者・家族の心に耳を傾けるケアをめざして」(2009年)

高齢者福祉施設における虐待の現状

高齢者福祉施設等における施設職員による高齢者虐待は、2006年に施行された「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下、高齢者虐待防止法)で禁止されています。ところが、神奈川県の「身体拘束に関する実態調査(2007年)」では、ベッドを柵(サイドレール)で囲んだり、ミトン型の手袋を着けさせるといった行為があるとの報告がされており、緊急やむを得ない場合はあるにせよ、実際には何らかの身体拘束が行われているのが現状です。
また、三重県松阪市で、グループホームの利用者に対するハラスメントと思われる場面を、介護職員が携帯電話で動画撮影してインターネット上に掲載するという、信じられない虐待事件も2010年に発生しているのです。 高齢者虐待防止法では、高齢者を65歳以上の者とし、「虐待」を次の5つの類型に分けて定義しています。

(1)身体的虐待
(2)介護・世話の放棄・放任
(3)心理的虐待
(4)性的虐待
(5)経済的虐待

今回は、(3)心理的虐待にあたる「言葉による拘束=スピーチロック」を中心に、虐待が起こる背景や高齢者福祉施設における防止策への取り組み方についてお話ししたいと思います。ちなみに、「スピーチロック」とは、利用者に対して「これをしてはダメ」「がまんして」と、言葉によって行動制限を強いること意味します。普段何げなく発している言葉が、実は虐待行為になっていることがあるのです。

職員のストレスや倫理観の欠如が要因の一つ


では、なぜ虐待が起きてしまうのでしょうか。
私は、2007年に組織された神奈川県の高齢者虐待防止部会で委員長を務め、「高齢者・家族の心に耳を傾けるケアをめざして~施設職員のための高齢者虐待防止の手引き~」(2009年3月)の作成に携わっていました。その後、県内施設に不祥事が発生したため、神奈川県が県内全施設の職員全員および施設管理者を対象に「人権に関する一斉検査(対象施設905施設、回収率90.7%)」を実施しました。その結果から見えてきたのは、虐待が起こる背景には「組織運営の健全化」や「負担・ストレス・組織風土の改善」、「チームアプローチの充実」、「倫理観と法令遵守を高める教育の実施」、「ケアの質の向上」といった、大きく分けて5つの課題があるということでした。

介護現場では人手不足が深刻化しており、職員も負担やストレスからついイライラしてしまい、乱暴な言葉使いになったり、利用者の行動を制限するような言葉を発してしまう場合がみられます。スピーチロックに相当する不適切な言葉だと認識していても、つい使用してしまう状況もあるといった結果が示されました。また、言葉使いや悪態を職員同士で注意し合ったり、虐待に対する活発な意見交換が行われないといった、チームアプローチが不足している組織風土にも問題があるようです。

以上のような理由も虐待につながる要因の一つではありますが、4つ目の「倫理観と法令遵守を高める教育の実施」の項目は、より大きな要因と言えるでしょう。先にお話ししました松阪市での虐待事件でも示されるように、職員個々の資質にも問題が広がっています。虐待への認識が不十分であったり、捉え方に個人差があることも、結果的に虐待を招く要因になっています。実際、神奈川県の調査でも「虐待や不適切なケアへの共通認識が不十分、意識のずれ、捉え方の違い」の項目に多くの回答が寄せられました。また、「悪気なく気がつかないで人権侵害・虐待を行っている」に対する回答も多く、職員の倫理観の欠如や、虐待に対する教育の不足がうかがえる結果になりました。

「高齢者の気持ち」を虐待かどうかの判断基準に

虐待に対する解釈について、高齢者虐待防止法では先にお話ししましたように5つに分類されていますが、あまりにも簡潔に示されていることもあり、個別事例の判断が非常に困難であると指摘されています。虐待にあたるかどうかの現場レベルでの判断が難しく、また職員によって高齢者虐待防止法の捉え方に違いが生じていることもあり、施設での方針の統一や指導が困難であることが課題として挙げられます。とはいえ、「ここからは虐待になる」と定義したところで、「では、虐待でなければ何でもやってもいいのね」となっては本末転倒です。

神奈川県でもどのような行為が虐待にあたるのかと基準を明確にしようと取り組みましたが、福祉サービスの基本理念からするとやはり「高齢者の嫌がることは絶対にしない」という考えから虐待を意識することが大切であるということに至りました。そのため神奈川県では、高齢者やご家族が不快に感じることは何か、ということに焦点を置いた調査を実施し、その“生の声”を虐待の「判断の手がかり」として手引きに示すことにしました。

スピーチロックも相当する「心理的虐待」では、次のような例が挙げられています。

・認知症老人に対して、「同じ事を何回も言わない」「何回言ったらわかるの?」「さっきトイレに行ったばかりでしょう」などと言葉を荒げて言う。
・上から物を言う。高齢者(=年長者)を敬う態度から遠い。
・「何やってるんだ」「何ぐずぐずしているんだ」など、乱暴な言葉使い。
・「早く食べて」と急がせる言葉を言う人がいる。
・エアコンの温度を下げたら「勝手に下げないでくれ」と言った。
・同じことを何度も言ってしまう人に、「うるさい」と言う。
・化粧をしている母に対し、眉の書き方がおかしいと平気で言う。

 など 高齢者虐待防止法の定義にはあてはまらない内容も挙げられていますが、高齢者が不快や悲しみを感じる行為は、何らかの権利侵害を犯しているといった視点で虐待を考えていただければと思います。

虐待を組織全体の問題として捉えなければ解決には至らない

高齢者福祉施設が虐待やスピーチロックの防止に取り組もうとしたとき、個人レベルの意識改革や努力では限界がありますし、根本的な解決にはなりません。虐待を行ってしまった職員一人が、「今後の発言や言葉づかいに気をつければよい」「原因はストレスのせいだから休暇をとればよい」といった、いわば対症療法的な考え方で解決しようとするのは大変危険なことです。大切なのは「なぜ、虐待が起こったのか」と原因を探り、職場環境に何か問題はなかったかと、組織全体の問題として捉えることなのです。

つまり、施設の適切な組織マネジメントが期待されるところであり、それを担う施設長や管理職の役割は非常に重要だと考えます。虐待やスピーチロックに対する施設の方針をきちんと定めて職員全員で共有したり、不適切だと思われる言葉や行為をお互いに注意できるような職場環境をつくるなど、組織のトップとして問題解決に取り組む姿勢が求められています。ユニークな例としては、「明日できることは明日やろう」を施設の方針にして、利用者を最優先に考えてケアにあたることを徹底している施設があります。その日中に仕上げなければいけない業務を抱えていると、どうしても利用者に「ちょっと待ってて」などと言ってしまうものです。

こういった働きかけがあるかないかによっても、職場環境がずいぶんと変わるものです。施設長や管理職の皆さんには、虐待を職員一人の資質に帰すのではなく、「組織が変わらなければ解決できない問題」と捉えて取り組んでいただきたいと思います。

専門職としての自覚を持ち、虐待にきちんと向き合おう


もしご自分が虐待やスピーチロックをしてしまったら、まずは冷静に状況を分析して、その原因を考えてみましょう。「とっさにあんなことを言ってしまったのはなぜだろう?」、「自分だけの問題だけではなく、客観的な理由があったのでは?」と思い返してみてください。
そして、上司や先輩、施設の指導員に相談してください。相談もしないというのは、自分の介護の在り方に疑問を感じていないということですし、もしくは向き合わなければいけない問題を先送りにしているということです。そのような姿勢は専門職としての意識が乏しいと言え、望ましくありません。きちんと自分の行為に向き合い、そして報告し、施設全体で問題解決に取り組んでほしいと思います。あなたのその悩みは、施設の課題とも言えるのです。

山田 祐子 氏
【略歴】

日本女子大学文学部社会福祉学科卒業
日本女子大学大学院文学研究科社会福祉学専攻博士課程前期終了(社会学修士)
その後、日本女子大学非常勤助手、共栄学園短期大学研究助手、浦和短期大学、日本大学文理学部専任講師、助教授等を経て現職
【役職】
日本大学文理学部社会福祉コース 教授
 【専門領域】
社会福祉学、高齢者福祉、ソーシャルワーク
【学会等】
日本高齢者虐待防止学会事務局長・理事 (財)
日本社会福祉士会虐待対応ソーシャルワークモデル研究会委員(2007年~)
神奈川県あんしん介護推進会議高齢者虐待部会委員長(2007年~) 他
【高齢者虐待の研究について】
1994年に日本で初めての高齢者虐待の全国調査を実施(高齢者処遇研究会、1994)、1996年高齢者虐待の電話相談を開始、1997年日本で初めての施設における高齢者虐待の調査を実施している。以来、高齢者虐待について社会福祉学の視点から研究を行っている。また実践的な研究も行い、マニュアルの作成、研修に多く携わっている。
【近著】
『高齢者虐待の予防、早期発見、早期対応への考え方―認知症介護従事者用マニュアル』日本介護支援協会、2009年
『神奈川県施設職員のための高齢者虐待防止の手引き~高齢者・家族の心に耳を傾けるケアをめざして平成21年3月』神奈川県、2009
『平成21年度神奈川県 市町村養介護施設従事者等による高齢者虐待相談・通報への対応マニュアル』神奈川県、2010
『平成22年度厚生労働省老人保健健康増進等事業:市町村・地域包括支援センター・都道府県のための養護者による高齢者虐待対応の手引き』(社)日本社会福祉士会、2011
『平成23年度厚生労働省老人保健健康増進等事業:市町村・都道府県のための養介護従事者等による高齢者虐待対応の手引き』(社)日本社会福祉士会、2012
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