今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第118回 2013/02

ホスピタルアートで温かな療養環境を

入院生活で不安な患者さんや、緊迫した仕事環境で働く医師や看護師、コメディカルのスタッフらの心を癒すとして、ホスピタルアートが注目を集め始めています。療養環境にアートを取り入れることによって、患者さんや院内にどのような変化がもたらされるのでしょうか。ホスピタルアート活動を通して温かな療養環境づくりをサポートしている、ホスピタルアートラボ代表の高橋雅子さんにお話を伺いました。

Wonder Art Production Hospital Art Lab
ARTS for HOPE
代表/アートプロデューサー
高橋 雅子 氏

Wonder Art Production Hospital Art Lab
ARTS for HOPE

閉ざされた空間に大きな疑問を感じた


私が代表を務めるWonder Art Production(ワンダーアートプロダクション)内に設立した、NPO任意団体のHospital Art Lab(ホスピタルアートラボ)では、全国の病院で、患者さんを対象にしたホスピタルアート活動を実施しています。床に敷き詰めた大きな紙に、絵の具やクレヨンを使って自由に絵を描く「ハッピーペインティングプロジェクト」や、色とりどりの布を組み合わせて人形を作る「ハッピードールプロジェクト」など、子供から高齢者まで誰もが楽しめるプログラムを展開しています。

また、院内の壁や天井に絵の具で絵を描いて、病院施設をアートで温かみのある空間にリノベーションする活動も行っています。 私はこの活動を開始する以前は、キュレーターとして美術館運営や美術展の開催などに携わっていました。「病院にアート届けたい」と思ったのは、1994年に大病を患った母親の看病で、私も病院に寝泊まりをしたことがきっかけでした。当時の病院は、普通の住居にある温かみが全く感じられない、緊張感が漂う閉ざされた空間。医師、看護師、コメディカル、事務スタッフなども、決して働きやすい環境ではなかったはずです。「こんな病室で患者さんが元気になれるのだろうか……」と大きな疑問を感じた私は、この無機質な空間に少しでも“色”があれば、患者さんの気持ちを和らげたり、前向きな気持ちにできるんじゃないだろうかと思いました。

当時の日本には「ホスピタルアート」という言葉はまだありませんでした。精神科で作業療法的にアートを取り入れることはありましたが、「楽しい」というよりは治療のイメージが強かったので、私が目指す活動とは異なっていました。海外の情報を調べたところ、Foundation for Hospital Artという団体があることを知り、2002年頃から「ホスピタルアート」を名称に活動をスタートさせました。

患者さんの笑顔があふれ、院内も和やかな雰囲気に


「ハートフルプロジェクト」in 埼玉県済生会栗橋病院 病院の廊下に患者さん、病院職員の皆さんとハートの絵を描き、完成後参加者と記念撮影した様子。
前例のないことですから、当初はなかなか病院に受け入れられず、「ここは治療行為をするところですよ」と叱られたこともありました。実際の活動に結びつくまでには数年かかりましたが、2002年、済生会栗橋病院での「ハートフルプロジェクト」を皮切りに、全国の病院にホスピタルアート活動が広がっていきました。 栗橋病院では、患者さんの待合スペースのタイル壁に、アクリル絵の具を使ってタイルの1枚1枚にハートを描いていきました。無彩色で冷たい印象だった壁が、パステル調の壁に大変身。患者さんや病院スタッフが一緒になって仕上げ、完成した時は、みんなでハイタッチをして喜びました。その後も、受付カウンターにアーティストが「心つなぐあなたの笑顔」と描いたパネルを展示したり、小児科のプレイルームの壁面や天井に大きな空とカラフルな花や虫を描いたりと活動は続きました。 院長や副院長も白衣を着たまま、ペンキだらけになって子どもたちと一緒に絵を描いてくださいました。子どもたちにとっていつもは怖そうな先生でも親しみやすくなるのでしょう、先生の背中におんぶされながら、みんな楽しそうに過ごしていました。また、参加した医師や看護師、コメディカルの方々や事務スタッフの皆さんが、「先生」「看護師さん」ではなく、「○○さん」と名前で呼び合っている姿を拝見していると、立場や肩書を超えた一人の人間同士の心の通い合いを感じられ、病院内のコミュニケーションの広がりにこの活動の意義を改めて確信できたプロジェクトでした。

「決まりごと」がないことが「決まりごと」


「Happy Doll Project」in 聖路加国際病院 全国の病院を横断している一大アートプロジェクト。
私たちのホスピタルアート活動には「決まりごと」はありません。何故ならば、患者さんが自分で考えて自ら絵を描いたり、人形を作ったりすると、目がいきいきと輝くようになるからです。無表情や無反応な認知症の患者さんも、作りたいものを自分の手を動かしながら作ると、2時間の活動の間にどんどん表情が変わっていきます。ある病院の院長は「短い時間でこんなに変化があることに驚いた」とおっしゃっていました。 病院での生活は、与えられるもので過ごしたり、治療を待ったりと受け身になることが多く、患者さんの自発的な行動がかなり制限されていると思います。そのため、私たちは布やボタンなどたくさんの材料やカラフルな絵の具などを用意しますが、何を作るかは参加者にすべてお任せしています。描くことを指導するのではなく、患者さんをサポートするのが私たちスタッフの役割なのです。 


「Happy Doll Project」in金沢医科大学病院 リハビリセンターや心療内科などの患者さん、病院職員さんとの制作風景。
ホスピタルアート活動に参加してくれる子どもたちは、難病を患っている子や、寝たきりの子、火傷で手がただれて指がなくなった子などさまざまです。いつもは病室でおとなしくしていなければいけない子どもたちも「今日はいいんだね!」と、紙の上に転がって大はしゃぎで色を塗ります。意識がない子もお母様と一緒に車いすに乗って参加してくださり、手に直接絵の具を付けてペタペタと紙を塗ったり、手に筆を持たせて一緒に塗ったりしています。中には、ふと気づくと子どもが自分で筆を握っていることもありました。認知症の方も、病気を患う子どもも、何かを自分で「作る」ということは、いつもと違う感覚を覚え、達成感や喜びを感じられるのだと思います。

病院を飛び出して銀座でも作品をお披露目


作品はピンクと黄緑のボードに飾って展示。
皆さんと一緒に作ったカラフルでかわいい作品は、2メートル位の高さのピンクと黄緑のボードに飾り付けて、エントランスホールに展示させていただくこともあります。入院患者さんだけでなく、外来患者さんやお見舞いのご家族の方たちにも見ていただけるので、病院内が明るく楽しい雰囲気になります。また、皆さんが感想を書き込めるように感想ノートも設置しています。患者さんからもたくさんのコメントをお寄せいただいていますが、特に印象に残っているのは、看護師さんからのメッセージでした。 「ずっとまんねりで仕事をしていたけれど、患者さんたちが頑張っていることが伝わる作品を見て、やっぱり原点に立ち返って命を守るために、もう一回誠意を込めて働こうと思いました」 
​また、夜勤明けの医師からは、 「すごく疲れていたけれど、元気が出た」 手作りの作品が病院スタッフの気持ちをほぐし、院内を温かな雰囲気に改善していることを実感しました。


銀座和光のショーウィンドウに飾られた約450体の人形。
 また、2010年11月30日~12月25日の約1ヵ月間、銀座和光のショーウィンドウに患者さんたちの作ったHappy Doll作品が展示されました。普段は病院で闘病生活を送る子どもたちの作品が、クリスマスの銀座と街の人々の心を温めました。

日本だけでなく海外の病院へも届けたい


日本でもホスピタルアートの認知度が高まりつつあり、私たちの活動にご賛同いただいた多くの病院からお声を掛けていただいています。現在は、全国のボランティアの方々にサポートいただきながら活動を進めていますが、スタッフを増やすことが急務の課題となっています。アーティストやアートの素養のある方はもちろんですが、特別な資格がなくても、人に対してやさしい気持ちで接することができる方であればぜひ参加いただきたいと思います。

活動を開始してから約10年が経ちました。病院の療養環境もずいぶんと変わりましたが、さらに患者さんにとって居心地の良い環境に改善されることを願ってやみません。今後も全国の医療現場へ、明るい刺激をもたらすホスピタルアート活動を届けたいと考えています。また、海外の病院で取り組まれているホスピタルアートについての見識も深め、良い点を取り入れながら、私たちの活動も成長させていきたいですね。そして、チャンスがあれば今後も海外の病院での活動を展開していきたいと思います。

高橋 雅子 氏

【略歴】

米国州立Western Michigan University卒業 美術館学芸員を経て独立 1999年 Wonder Art Production設立 2004年 Hospital Art Lab設置 2011年 東北大震災の被災地支援団体ARTS for HOPE設立
【役職】
代表 アートプロデューサー
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