インタビューアーカイブ

2018/4

増え続ける高度不妊治療を取り巻く現状・課題、そしてこれから(後編)

晩婚化・晩産化がすすんでいることもあり、ますます注目される体外受精。「卵巣年齢がわかる」とされるAMH検査の意義や、流産を回避できる検査として注目されている着床前スクリーニング(PGS)、「着床の窓」を確認するためのERA(子宮内膜受容能検査)など、体外受精にまつわるトピックスとその取り組み状況について、国内屈指の高度不妊治療専門病院である加藤レディスクリニックの加藤恵一院長にお聞きしました。

加藤 恵一

加藤レディスクリニック 院長

AMHによって不安を煽るのではなく、正しい説明を心掛けてほしい

前編はこちら

高度不妊治療が一般化し、増えてきたなと感じるのが、漠然とした不安を抱えてやってくる患者さんです。「テレビや雑誌で卵子が老化すると聞いて急いで来た」「タイミング法も人工授精もやったことがないが、とにかく心配で受診しようと思った」という方が多くなってきたように感じています。

不安に思って受診される患者さんのなかで特に多いのが、「他院でAMH(抗ミュラー管ホルモン)を調べたが数値が低く、閉経が近いと思った」という方。AMHは成長途中の卵胞から分泌されるホルモンで、この数値を調べることによって残りの卵胞数がわかるとされています。雑誌などのメディアでは「卵巣年齢がわかる」などと表現されること多く、数値が低い(卵巣年齢が高い)=妊娠のチャンスが残り少ない、妊娠の可能性が低いと考える方が多いようです。

私は、他の要素に問題がなく、AMHの値だけが単独で低い場合は、それほど切羽詰まった状態ではないのではないかと考えています。AMHの値が低く、月経周期も不規則で、FSH(卵胞刺激ホルモン)が上がっている、など複合的に状態が悪いのであれば厳しい状況だと言わざるを得ませんが、AMH単独で少し低い程度なら、焦って悲観することもないかと思います。実際に当院の患者さんで、他院で3年ぐらい前にAMHを測って「数値が低いから、あと半年ぐらいで閉経するでしょう」と言われたけれど、3年経った今も順調に生理を迎えている、という方もいらっしゃいます。

実は当院でも、2017年からAMHの計測を始めました。理由は、AMHと体外受精の予後に関係がないということを調べるためです。これまでも「関係ない」と言い続けていたのですが、それをきちんと調べてみようと思い、データの収集を進めています。ちなみに「AMHと自然妊娠の予後には相関がない」ということは、私たちがAMHの計測を始めた直後ぐらいのタイミングで海外の研究機関から発表されているようです。

クリニックで簡単にAMHを測ることができる機器が発売されたこともあって、無責任にAMHを測って、結果だけを渡す病院が多すぎるように思います。病院側はきちんとした説明を行い、正しい情報を伝えて、いたずらに患者さんの不安を煽ることがないようにしなければならないと考えます。

 

流産を回避できるとされるPGSは、決して魔法の検査ではない

最近、メディアなどで取り上げられることが多い「着床前診断」。体外受精によってできた胚を移植前に検査するもので、染色体構造異常または遺伝子疾患による流産を回避する目的で行われるPGD(Preimplantation Genetic Diagnosis)と、すべての染色体異常が調べられるPGS(Preimplantation Genetic Screening/2018年4月現在、日本では臨床研究段階。臨床応用は認められていない)があります。

現在行なっているPGSの臨床研究の対象になる患者さんは「なかなか着床しない人」と「流産を繰り返す人」になりますが、前者の患者さんに対してはあまり意味がないのではないかと感じています。それは、検査をした結果、「着床する卵がありませんでした」で終わってしまうことも多いからです。一方、後者の場合は、流産する卵を移植することを回避できるため有意義だと思いますが、だからといって何事もなく無事に出産できるとは限りません。

「PGSを行えば必ず出産までたどり着ける」と考える患者さんもいらっしゃるようですが、「魔法の検査」のような認識で受けてはいけません。医療提供者も患者さんも、理屈をよくわかった上でやらなくてはいけないと思いますね。「検査の先」をしっかり考えることなく、よくわからないまま実施して、説明もなく「ただダメでした」とならないよう、十分に配慮する必要があると思います。

 

一人でも多くの患者さんに、妊娠・出産を経験してもらいたい

AMHの測定、臨床研究としてのPGSとともに当院で取り組んでいるのが、ERA (Endometrial Receptivity Array/子宮内膜受容能検査)です。これは胚を移植するタイミングと、子宮内膜が胚を受け容れる状態になったタイミングが合っているかを調べるもので、いわゆる「着床の窓」が開いている最適な移植日がわかるようになる検査です。同時に、内膜炎についての研究も進めていこうと考えており、現在準備を進めている段階です。

高度不妊治療には、さまざまな検査や処置が伴います。多くの検査を行い、あらゆる治療を行っても、結果が出ないというケースも少なくありません。また、不安や焦りを抱えた患者さんも多くいらっしゃいます。だからこそ、あれもこれもとやるのではなく、適切な検査や治療を見極め、必要な説明をしっかりと行い、治療を進めていくことが欠かせないと思うのです。

もしかしたら今後、ES細胞やiPS細胞の研究が進み、その患者さんの若い状態の精子や卵子が人工的に作られるようになって、劇的に治療成績が向上する時代がやってくるかもしれません。理論上、不妊の人がいなくなる可能性もありますよね。しかしそれは、まだ先の話。当面は、多くの検査や治療を取捨選択しながら、高い技術力による最適な治療と、正しい説明を続けていくしかないのだろうなと思っています。

一人でも多くの方に、妊娠・出産をしていただきたい。また、国力を維持するという意味でも出生数を増やすお手伝いができれば嬉しいですね。初診でいらっしゃった患者さん、皆さんが出産を迎えられるといいなと思いながら、日々の診察に向き合っています。

 

加藤 恵一

加藤レディスクリニック
院長

2000年
金沢大学医学部卒業、
金沢大学医学部産科婦人科学教室入局
2001年
国立金沢病院勤務
2002年
国立病院東京災害医療センター勤務
2005年
New Hope Fertility Center勤務
2007年
加藤レディスクリニック勤務
2011年
加藤レディスクリニック診療部長
2013年
加藤レディスクリニック院長に就任

―所属学会等―
日本受精着床学会 理事
日本A-PART 理事
日本産婦人科学会 専門医
日本生殖医学会 専門医
臨床遺伝専門医
American Society for Reproductive Medicine
European Society of Human Reproduction and Embryology  など

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