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2018/5

経営者と介護職員に真の共感が生まれる“想い”の伝え方とは

人手不足の問題は、多くの介護福祉施設が抱えている悩みです。職員の集団退職によって倒産する法人も後を絶ちません。人材確保は、安定的な経営を維持するための要ともいえるのです。介護職が夢や目標を持ちながら生き生きと働き続けるために、経営者が今、真っ先に取り組むべきことは何なのでしょうか。介護職にスポットライトをあて、毎年多くの感動を生み続けている日本最大級の介護イベント「介護甲子園」を運営する、日本介護協会の理事長 左敬真さんにお聞きしました。

左 敬真

一般社団法人日本介護協会 理事長

説得力のある“想い”は、現場経験から生まれる

前編では、事業所の職員や就職を希望する学生さんたちへ、経営者が“想い”を伝えることの大切さをお伝えいたしました。後編では、その伝え方についてお話ししたいと思います。

当たり前のことですが、まずは経営者が現場に入ることが大切です。現場経験がないと、説得力のあることを何も語れないわけですから。現場に入って何をするのかというと、ネタづくりです。例えばそのネタが、現場で汚れまみれになって大変そうなエピソードだったとしても、「あはは、楽しいね」と話していると、人は、「なぜ、そんなに汚いことをしていても楽しんで仕事をしているんだろう」と思い、介護の仕事に興味を抱きます。まずは、経営者が自らの体験からネタをつくり、それを元に想いを語るのです。

そして事業が拡大してくると、経営者の想いが全体に伝わりにくくなりますから、次は自分の右腕となる経営幹部を育てる必要があります。そして、経営幹部が経営者の想いを現場に伝えるというサイクルを生み出すことで事業は継続していくのです。たとえ、何らかの理由で経営者のバイタリティやモチベーションが下がってしまうときがあっても、幹部たちがしっかりと発信してくれるので安心です。そのような体制づくりは、小さな事業所が、中規模、大規模に成長するために欠かせないプロセスなんですね。そして最後のステップが、他産業へ人が流れないような強いビジネスモデルを打ち出すこと。新卒者を採用できる魅力ある法人になり、想いを伝えながらしっかりと新卒者を育てていくことが大切なのです。

 

経営者と職員は対等でこそ共感が芽生える

想いを伝えるためのコツは、経営者も職員も“イコール”であるということを意識することです。介護は人材パワーによって成り立つ仕事ですから、職員が満たされていないと、おじいちゃんやおばあちゃんを満足させることはできません。ですから、職員が経営者の想いを聞いてくれたのならば、今度は彼らの想いや希望を聞いてあげなければいけません。そうした相関関係が成り立ってこそ、真の共感が生まれるのだと私は思っています。また、物事を語るときの主語は「私」ではなく、「我々」という立場で話すことも重要です。例えば、職員に対して「私はいい車に乗りたい」と話しても、みんな「あなたにいい車に乗ってもらうために仕事をしているわけじゃない」と思いますよね。そうではなく、「我々みんなで豊かに、幸せになろうよ」と話せば、きっと想いは伝わるはずです。

そして、伝えるためのツールをうまく活用することも、これからの経営者には必ず求められるスキルです。介護業界の人にはアナログ派が多く、ITリテラシーが全体的に低いと感じます。そのためか、ホームページがあっても読みづらく、事業所の特徴や力を入れていることなど何を打ち出しているのか非常にわかりにくいものが多いです。介護業界といえども、他産業とフィールドは同じ。最近では、ハローワークの求人募集だけでは人が集まりにくくなっていますから、人材確保のためには、あらゆるツールを駆使して想いを伝えなければいけないのです。経営者がIT活用に遅れていると、事業自体も遅れている気がするんですよね。

ですから、ホームページはもちろん、経営者がSNSやブログなどを活用して、きっちりと事業所の情報を打ち出していくことが欠かせません。もちろんそれなりの予算が必要になりますから、計画もあらかじめ立てておく必要がありますが、とにかく自分たちの情報をどんどん外部へ発信していくべきだと考えています。

 

水準の高い日本の介護を多くの人に伝えていきたい

私がアジアの国々の介護現場を視察して感じたのは、高齢化が進んでいるものの、ノウハウがあまり確立されていないということでした。例えばタイでは、要介護5の高齢者が、鉄板のようなものの上に寝かされていました。その理由を聞くと「掃除がしやすいから」だと言うんですが、完全に職員目線の介護が行われていますよね。それから、食事介助の場面にも遭遇しましたが、高齢者が寝ている状態で食べ物を口に運んでいたんです。一生懸命にお世話をしようとしているんですが、口に入れる角度がわからない、嚥下の知識がないという状態でした。

日本の介護水準はとても高く、介護職の皆さんのレベルを再認識したとともに、介護甲子園などを通して日本の介護のすばらしさを我々がもっとアウトプットしていかなければならないと強く思いました。今後、日本でもヨーロッパ諸国なみに消費税が上がっていきます。そうしたときに、国民が「介護職に消費税を取られていてはやっていけないよ……」となっては困ります。どれだけ税金が上がったとしても、「安心だからあなたたちに任せる」と言ってもらえるようにしていかないといけないと思います。

最近は、介護職が起こした事件などネガティブなニュースも多くなっていますが、それだけが介護職のブランド価値だとは決して思ってもらいたくありません。とはいえ、メディアが以前より注目してくれるようになったということは一つのメリットとして捉え、これからもポジティブな発信をし続けて、日本の介護のすばらしさを多くの人に伝えていきたいと思います。そして、介護職を誰にとっても“憧れの職業”にしていきたいですね。

左 敬真

一般社団法人日本介護協会 理事長
株式会社いきいきらいふ 代表取締役

1977年、東京生まれ。設計士を目指して大学院へ進んだが、高齢者の住環境を視察するために介護施設を訪れた経験をきっかけに、介護業界に進むことを決意。2002年に大学院卒業と同時に企業した。現在、「自分の受けたい、家族に受けてもらいたい介護」を理念に、全国初の入浴特化型デイサービス「いきいきらいふSPA」を展開中。業界内外から注目を浴びている。

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