今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第123回 2013/07

看護学を工学的視点から考える看工融合で広がる看護教育の可能性

看護学における課題やニーズに対して、工学的アプローチから解決を図る大阪大学大学院医学系研究科のロボティクス&デザイン看工融合共同研究講座では、看護学と工学を結び付けた、新たな視点による研究開発が行われています。大阪大学大学院教授で医学博士の大野ゆう子さんと、大阪大学大学院特任研究員で保健学博士の武田真季さんにお話を伺いました。

大阪大学大学院 教授/医学博士
大阪大学大学院 特任研究員/保健学博士
大野 ゆう子  武田 真季 氏

大阪大学大学院

看護学と工学、双方の学問分野に共通するもの

大野 看工融合は看護学と工学を融合させた新しい分野で、看護工学とも呼ばれています。2010年4月に日本初となる両分野の共同研究講座、ロボティクス&デザイン看工融合共同研究講座(以下、R&D研究講座)が大阪大学大学院医学系研究科に発足しました。この研究講座では数理保健学が専門である私と、医工学がご専門の山田憲嗣先生(大阪大学特任教授)とで連携を図りながら研究を行っています。

看護学と工学はかけ離れているように感じるかもしれませんが、双方の共通項はたくさんあります。 まず、看護というものを家族単位で考えるとわかりやすいのですが、子どもが風邪をひいたらしいとお母さんが気付いたとします。するとお母さんは、病院に連れて行く、薬を飲ませる、服装を暖かくするなど、手厚くお世話します。病院における看護師と患者さんの関係性も同じですね。食事や衛生の管理、薬はきちんと飲んでいるか、発熱していないかなど、1日も早く患者さんの状態が回復するように患者さんを見守ります。お母さんと看護師という立場の違いはあっても、看護は「誰か=あなたのため」という、二人称の世界です。これは大阪大学名誉教授で世界的に有名な工業デザイナーである川崎和男先生がおっしゃられたことですが、これを基盤とする、個別性のあるものです。

工学はどうかと申しますと、実は看護と同じで「誰かのため」のもの。例えば補聴器は、元をたどれば日常生活に差支えないようにと生まれたはずです。工学も、家族単位に置き換えて考えるとわかりやすいのですが、例えば自分の親が高齢になって聴力が衰えたとしたら、それを助けるものを作りたいと考えて補聴器が作られていく。このようなことは医療機器のみならず、何か課題があって、それを解決したり、より快適にしたいという思いが工学の根本にはあります。 工学は、看護ほど個別性はないかもしれませんが、「誰かのため」「何かのため」といったように、対象が明確であることに変わりありません。より良くしようという意識を持ち、そのために行動していく。双方の学問のベースとなっているのはその点ですし、親和性が高いのです。

これからの時代の看護を考える

大野 看護学は応用の学問です。生理学、生物学などはもちろんですが、患者さんの容態を観察する、つまりモニタリングでは工学的な視点も必要です。観察の指標、間隔、方法が適切なものかどうか、例えば、微細な痛みの原因や薬が効いているかどうかなど、さまざまな身体事象について顕微鏡レベル、化学構造式レベルのことにまで至ります。 そのような観点で考えると、今の看護教育では「薬を飲んだかどうかの確認をしましょう」「患者さんの状態を3時間ごとに観察しましょう」といったいわゆる業務は教えますが、「なぜ、そうしなければいけないのか」「やらないと、どうなるのか」「そもそも3時間で適切なのか」ということにはなかなか至らないのが現状です。

例えば、呼吸状態で、もし浅い呼吸だと酸素と二酸化炭素の入れ替えは充分に行われていないわけですから、呼吸数は正常の範囲だったとしても、浅い呼吸だったらその異常に気付けなくてはなりません。薬についても、業務としては処方された薬を正しく服薬させることが仕事でも、看護学とすれば薬理動態から考えて服薬の内容が今の患者状態に適切か、検討できる力が必要です。このように「この状態は科学的にどうなのか」という点を掘り下げることも看護教育で行う必要があるのです。 看護というものをさらにサイエンスとして育て、今の時代に合わせて発展させ、もっといろいろな機器を適切に導入すれば、これまで3時間ごとなどと言っていた部分は必要なくなるかもしれません。そのかわり、何をアラームとして考えなければいけないのか、異常の発現を見過ごしてしまわないためにどういう警報で本人や看護師に知らせなければいけないかといった研究が必要となります。それを担うのがR&D研究講座の役割だと思っています。

互いの専門性を活かしながら共同で課題を解決していく

大野 R&D研究講座の主な目的は、看護学におけるさまざま課題について、工学的な視点を取り入れて研究開発を行うことです。所属する研究員や学生のバックグラウンドは、看護学、工学、理学療法、法学など多岐にわたります。

武田 私は学部で看護学を学び、研究ではがん予防をテーマに分子生物学的な観点から細胞を用いた実験研究を行っていました。そしてR&D研究講座発足と同時に、看工融合研究に携わるようになりました。この研究講座では臨床に近いところで研究できますし、従来にはない、新たな角度から看護に貢献できるのではないかと感じました。

大野 工学系出身者ですと、例えば臨床工学や生体工学を学んできた人がいます。国際交流も盛んで、臨床工学技士を養成する中国の大学を卒業した海外の学生もいます。

武田 この研究講座に入ったばかりの頃、工学系出身の人と話していると専門用語などがわからなかったこともありました。でも、次第に理解できるようになりました。

大野 工学系出身者にしても同じようなとまどいがあるかと思います。例えば工学系の人が新しい機器を開発し、看護系の人に評価を求めたとします。先ほど看護の個別性についてお話ししましたが、看護側の「誰かのため」とは、個別性、すなわち患者さん一人ひとりであるとか、かなり限定されたもの。ですから、そういった機器を看護の視点で見ていくと「こちらの患者さんは大丈夫だけれど、あちらの患者さんにはここをこうしたほうが良い」といった意見が出てきます。でも、工学側としては「個別性も大切だが、一般的にはどうか」を知りたいのです。安全性を守った上で、広い範囲に対応できるものを作る必要がありますから。

武田 そういった意味では、同じ研究講座に所属しているという仲間意識や連帯感があることは、研究にも良い作用があります。これが所属学科や研究講座が異なる場合、工学系分野についてわからないことを質問したくても、どうしても遠慮が出ると思うのです。逆のパターンもあるでしょう。でも、専門は異なっても同じ目的を有して研究しているので、納得できるまで話し合えます。

現場で役立つものを開発し、医療環境の改善につなげたい

武田 私は現在、主に洗髪ロボットの研究・評価に携わっています。美容院に水圧で洗う装置がありますが、このロボットは人間の手で洗われるのと同じような感覚が得られるのが特徴です。看護師の業務の中で洗髪は、中腰の姿勢が続いたり、患者さんの体位を変えたりと、看護師自身の身体に負担がかかりますが、洗髪ロボットによってそうした負担が軽減できるのではないかと期待しています。
さらに患者さんにとって、日常生活では毎日のように洗髪することが普通なのに、入院中は回数が限られてしまいます。こうしたシステムによって回数を増やせるという利点が生まれます。実用化できれば看護師にも患者さんにもメリットがあるのではないかと考え、看護の立場から評価を行っています。

大野 例えば洗髪ロボットで負担を減らしたり、業務システムを整えたりできれば、看護の質は向上できると考えています。看護は看護師一人ひとりの経験値など、どちらかといえば人的な部分で評価されることがあります。ベテランの人と同じように新人ができるかといったら、どうしても難しい面があります。もちろん、経験値は大切ですが、工学でサポートできることもあるのです。

武田 そうですね。患者さんの療養環境も向上するはずですし、病院の評価にもつながると思います。R&D研究講座では、ほかにも転倒転落などの危険行為を事前にキャッチして看護師に連絡するための転倒転落予知システムの開発、排尿を感知して被介護者の効果的なおむつ交換を促すために、紙おむつに内蔵可能な小型失禁センサの開発なども行っています。

看護教育の幅を広げ、学びの選択肢を増やす


大野 この研究講座は今年で4年目を迎えました。これまでを振り返ってみると、看護学の中だけで考えていたら難しいことも、工学的なセンスを併せ持つことで可能になることがまだまだあると実感しています。 それから、看護教育の可能性も広げられると感じています。実は、過度に緊張してしまったり、恐怖を抱いてしまったりして、どうしても現場に出られないという学生がいるのです。今の看護教育の体系ですと、看護学を学ぶこと自体を諦めるしかなくなってしまいます。教育カリキュラムが国家試験受験を前提としているためです。看護師を志す思いやりや優しさがあるのに、将来の道が閉ざされてしまう。これはあまりにも残念なこと。しかし、看工融合では「看護学=看護師」以外のルートを明示できるのです。看護を学ぶ学生の選択肢を増やせますし、ゆくゆくは看護学そのものの発展につながると考えています。

大野 ゆう子 氏
【略歴】
1979年 東京大学医学部保健学科卒業
1981年 東京大学大学院医学系研究科保健学専攻修士課程修了
1985年 東京大学大学院医学系研究科第一基礎医学専攻博士課程修了
【役職】
大阪大学大学院 教授 日本学術振興会奨励研究員(東京大学)
日本学術振興会特別研究員(文部省統計数理研究所)
国立がんセンター研究所疫学部研究員
東京都神経科学総合研究所主任研究員
【研究内容・専門分野】
看護業務/患者行動計測と分析(タイムスタディ)、数理保健学、フェノメナルデザイン(医療の場/「雰囲気」の科学)、看工融合研究の推進

武田 真季 氏
【略歴】

2008年 大阪大学医学部保健学科看護学専攻卒業
2010年 大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻博士前期課程修了
2013年 大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻博士後期課程修了
【役職】
大阪大学大学院 特任研究員
【研究内容・専門分野】
がん予防研究、看工融合研究
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