今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第127回 2013/11

「食べること」で生きる力を与えたい

高齢で寝たきりの患者さんのリハビリテーションで最も大切なものの一つが、摂食・嚥下(せっしょく・えんげ)障害に対するリハビリです。「食べること」は生命維持の基本であるだけでなく、患者さんに生きる力を与えるために欠かせません。そのため、食べる専門器官「口腔」のリハビリは重要な医療行為なのです。その専門クリニックが東京都小金井市にあります。今回は、口腔に対するリハビリテーションがどのように「介護予防」に役立っているか、また「口腔ケア」とはどういうものかを伺いました。

口腔リハビリテーション多摩クリニック 院長
日本歯科大学 教授(大学院生命歯学研究科臨床口腔機能学)
菊谷 武 氏

口腔リハビリテーション多摩クリニック

患者さんに合った「食べ方、食べさせ方」を指導

「口腔リハビリテーション」という言葉を初めて聞くという方がほとんどではないでしょうか。私が院長を務める口腔リハビリテーション多摩クリニックは、おそらく世界初で唯一の口腔専門のリハビリテーションクリニックとして、昨年10月17日にこの地、JR東小金井駅前に誕生しました。私は東京飯田橋にある日本歯科大学附属病院で長く口腔リハビリテーションの外来を行ってきました。そして、今般、独立した大学附属のクリニックとして、この地(東京都小金井市)に開設しました。

当クリニックの診療内容は、赤ちゃんからお年寄りまで全ての年代を対象に、摂食・嚥下障害、言語障害のある人たちの機能回復を目指してリハビリテーションを行っています。食べる機能に関しては、患者さん個人個人に合った「食形態」「食べ方、食べさせ方」「姿勢」の指導、機能訓練を行って、機能の獲得や回復、維持を目指します。現状では口から食べられない人でも、口の機能を維持して、再び食べられる時の準備のために口腔ケアや機能訓練を積極的に行います。つまり、口から食べられる機能を維持することで、それ以上、介護状態を悪くしないことをはかる「介護予防」ということになります。

患者さんに合った指導が行える訪問診療が主体


当クリニックでは外来診療と訪問診療を半々の割合で行っています。スタッフは歯科医師、医師、歯科衛生士、管理栄養士、言語聴覚士、医療事務職などです。リハビリテーションを、それも口腔リハビリを訪問で診療することには大きな意味があります。人が食事を摂る場所はほとんどが自宅です。さきほど述べた「患者さん個人個人に合った食形態や食べ方、食べさせ方、姿勢」を指導するには、自宅・家庭の環境の中で行うことが最も重要なのです。自宅で誰が食事を作り、患者さんの食事を介助しているのかも、訪問診療でなければ把握できない情報です。例えば、外来に患者さんが来た時、介助のため同行してきた方が娘さんで、当然日常的に介護しているものと思い、食べさせ方の指導を行うが、自宅で実際に食事を介助しているのはお嫁さんだった。これでは指導する意味がありません。

こうしたことから、自宅で食事介助を行う人に対して、その環境に合った指導を行うことが大切なのです。 では、外来には意味がないのかというご質問があるかと思いますが、外来には外来の重要性があります。造影剤入りの検査食を用いてレントゲン透視下で嚥下機能を調べる「嚥下造影検査」は、嚥下機能を評価するうえで最も重要な検査ですが、これはクリニックでしかできません。この検査はポイントごとに行う必要があるので、定期的にクリニックの外来を受診してもらいます。この外出機会が寝たきり状態を少しずつ改善していく効果もあります。

誤嚥による肺炎発症を防ぐのが「口腔ケア」の最大目的


長年、口腔機能に関する臨床研究を行っていく中で、人が生きていくための口腔がいかに重要な器官であるかを再認識してきました。呼吸すること、食べること、話すことには「口」が重要な役割を果たします。しかし、現在の医療では意外にないがしろにされている感が否めません。例えば、寝たきりの高齢者の対する「口腔ケア」と言っても、単に口の中を清潔にするという認識がまかり通っているのではないでしょうか。

寝たきりの高齢者の場合、多くは「咀嚼障害」「嚥下障害」、すなわち食べること、飲み込むことが困難な状態にあります。そうした患者さんは常に、食べ物や異物を誤って気管に入れてしまう「誤嚥(ごえん)」のリスクを背負っています。誤嚥は肺炎を起こして重篤な状態に陥る危険性もはらんでいるため、医療従事者はこのことを常に念頭に置いておく必要があるのです。 ご存じの通り、人の口の中はばい菌でいっぱいです。歯には粘着性の強い「不溶性グルカン」あるいは「バイオフィルム」というものが張り付きやすいのですが、これがばい菌の“巣”なのです。このばい菌が唾液に誤って嚥下されて、肺に入って肺炎を起こす。低栄養状態で抵抗力が落ちている高齢者の患者さんの場合、これが起こりやすいのです。
そうした状態であるにも関わらず、単純に口腔内を清潔にするだけの口腔ケアでは、ばい菌が誤嚥されるリスクがきわめて高い。嚥下障害を持つ患者さんは健常者が行う“うがい”が困難だからです。うがいが出来ないといつまでも口の中に細菌が残りそれを誤嚥すると、肺炎が起こる恐れもあります。これで起きる肺炎を私たちは「口腔ケア関連性誤嚥性肺炎」と名づけました。

これを防ぐため、当クリニックが行う口腔ケアではバイオフィルムの“破壊”と“回収”を徹底的に行っています。ばい菌の巣であるバイオフィルムを歯ブラシで徹底的に破壊し、その破壊したバイオフィルムを速やかにふき取ったり、吸引器で吸引したりして回収する。嚥下障害の患者さんがいる家では、この吸引器を持つところも少なくないので、これを使用し、持っていない家では徹底的に拭き取る。これが誤嚥性肺炎を予防する口腔ケアの基本であり、最も効果のある方法です。

「食べること」を切り口に地域の医療、介護、福祉の専門職をネットワーク化へ


菊谷氏の著書。看護師さんには『基礎から学ぶ口腔ケア』がおすすめ。
「食べること」は摂食・嚥下障害を持つ高齢の患者さんに楽しみを与え、生きる力を与えることができます。また、介護や食事を介助する家族には「食べさせることができた」ということから、萎えがちな気持ちを励ますことができ介護の“やる気”を持続させることができます。人にとって「食べること」はそれほど大切な行為であるのです。

また、医療や介護、福祉に関わる専門職にとっても「食べること」は最も重要なキーワードです。歩けるようにするためのリハビリや褥創のケアなどはある特定の専門職が携わらなければ効果的に行えないリハビリテーションですが、「食べること」についてのリハビリテーションは全ての職種に共通したテーマであり、連携することでより効果的に患者さんを支えることができからです。

そのため、当クリニックでは訪問診療の時、できるだけその患者さんを担当しているケアマネージャーや介護ヘルパーといった人たちと協働しながら、目標や訓練の方法を情報共有するようにしています。 国は2025年までに「地域包括ケア」を確立しようとしています。地域包括ケアにおいても「食べること」は最も注目すべき切り口だと考えています。地域の医療、介護、福祉の専門職が、「食べる」「食べさせる」ということを“旗頭”に集まり、独自のネットワークを作る。これこそ地域包括ケアの理想的な姿ではないかと思います。

菊谷 武 氏
【略歴】
1989年 日本歯科大学歯学部附属病院高齢者歯科診療科入局
2000年 附属病院 口腔介護・リハビリテーションセンター センター長
2005年 同大学、助教授
2007年 同大学、准教授
2010年4月 日本歯科大学附属病院 教授
2010年6月 大学院生命歯学研究科臨床口腔機能学 教授
2011年1月 東京医科大学兼任教授
2012年10月 日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック院長
【資格】
日本摂食・嚥下リハビリテーション学会認定士 日本老年歯科医学会指導医・認定医 日本障害者歯科学会指導医・認定医
【所属学会】
日本摂食・嚥下リハビリテーション学会 日本老年歯科医学会 日本老年医学会 日本障害者歯科学会 日本静脈経腸栄養学会
【主な著書】
『基礎から学ぶ口腔ケア 第2版:口をまもる 生命をまもる』学研メディカル秀潤社、2013年
『「食べる」介護がまるごとわかる本』メディカ出版、2012年
『図解介護のための口腔ケア』講談社、2008年
『ベッドサイドの高齢者の診かた』南山堂、2008年
『介護予防のための口腔機能向上マニュアル』建帛社、2006年
『上手に食べるために』医歯薬出版、2005年
『かむ・のみこむが困難な人の食事』女子栄養大学出版部、2004年 他
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