今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第130回 2014/02

丹波地域の医療再生の裏にあった 医師と患者、そして第三者の協働

兵庫県立柏原病院の小児科の危機を救った「県立柏原病院の小児科を守る会」。地域医療再生の成功例として全国の病院から注目を集めています。医師の疲弊を助長させていた不要不急な夜間救急の利用である「コンビニ受診」を大幅に減少させるなどの成功はどのようにしてもたらされたのか。兵庫県立柏原病院 地域医療連携部長 兼 診療部小児科部長の和久祥三さんにお話を伺いました。

兵庫県立柏原病院
地域医療連携部長 兼 診療部小児科部長
和久 祥三 氏

兵庫県立柏原病院
県立柏原病院の小児科を守る会

医療崩壊の背景にある医師と患者との対立

今まであたりまえに提供されていた医療が消滅する。「医療崩壊」は、ほとんどの地域にとって目を背けることのできない大きな問題です。その要因はさまざまありますが、勤務医の過酷な労働から起こる医師と患者の対立もその一つと言えます。

ほんの数年前まで、「医療費は日本を亡ぼしかねない。医療費高騰の原因の一つと考えられる医師数をこれ以上増やさないでおこう」といった内容の政策が堂々と述べられていました。そのためOECD加盟国の中でも日本の医師数が少ないことは有名です。加えて、地方にもこれまで多くの病院がつくられてきたため、それぞれの施設に医師が分散されてしまい、少人数で24時間体制を守らなければならない状況に陥っていました。

しかし、病院は経営維持のために、少ない人口(患者)を病院間で奪い合い、医師の労働環境を無視したサービスの向上に努めていました。そのため医師は、当直明けで36時間勤務は珍しくなく、外来・入院・救急・緊急手術はいつも綱渡り……過酷な労協環境の中で当然のごとく疲弊していきました。こうした現状を病院へ申し出ても聞き入れてもらえず、そうなると医師は立ち去るしか選択肢がありませんでした。一方、患者さん側にとってはサービス競争中の病院が点在しています。サービスが気に入らなかったら無謀な注文やクレームを残し、他の病院へすぐに移ったり、不要不急の軽症にもかかわらず救急医療を求めるコンビニ受診が増加したりと、全国に「湯水のごとく医療をむさぼる文化」が育ってしまいました。

その結果起こったのが、医師と患者の対立です。医師不足のため充分な医療が提供できなくなり患者の不満が高まる一方、医師は、医療に対する患者の高すぎる期待と理不尽な要求に応えられない……。本来は敵同士でない医師と患者のこうした構図が、全国のあちらこちらの病院にあったのです。その原因は、国が医師の労働状況の実態を把握する努力も国民にきちんと伝える努力もしてこなかったからです。正確な情報共有ができないため、すべて現場にしわ寄せがきていたのです。

「県立柏原病院の小児科を守る会」が救った当院の小児科

私が勤める兵庫県立柏原病院の小児科も、以前は同じような状況下にありました。私も過酷な環境の中で、懸命に丹波地域の小児医療の継続に取り組んでいました。しかし、医師は減る一方。とうとう私一人が実働医という状況を余儀なくされ、不眠不休の状態でこれ以上安全な医療を提供しつ続けることは難しいと判断した私は、退職を決意しました。それは、丹波市内で唯一、小児の入院を扱う(小児2次救急)病院の閉鎖を意味していました。

2007年、このような危機的な事態を救ってくれたのが、「県立柏原病院の小児科を守る会(以下、守る会)」の活動でした。守る会は、丹波地域の医療に危機感を持ち、当時、当院でも取材を続けていた丹波新聞社の記者足立智和さんの働きをきっかけに、地域のお母さん方によって結成された市民団体です。丹波地域の小児科医療の事情や医師の過酷な現状を知ったお母さん方は、
「コンビニ受診を控えよう」
「かかりつけ医を持とう」
「お医者さんへ感謝の気持ちを伝えよう」

をスローガンに、ビラや小児救急について詳しく書かれた小冊子の作成や、講演活動を通じて啓蒙活動を進めていきました。丹波地域の小児科医療の深刻な事情や医師が過酷な勤務に苦しんでいること、また、自分たちの安易な判断によるコンビニ受診が、医師を苦しめる一因になっていること、そして、医師と患者さんはパートナーなのだということも広く伝えていったのです。守る会の活動に感動した私は、柏原病院に留まることを決意しました。


  • 小児科外来の窓口には守る会によって「ありがとうポスト」が設置されている。カードに書かれた医師への感謝のメッセージは、小児科前の廊下にいつもびっしりと掲示されている。

  • 和久氏は、「ありがとうメッセージ集」にカードを1枚ずつ貼って、大切に保管している。

「県立柏原病院の小児科を守る会」のホームページからは、どんなときに救急車を呼べばよいのかわかる、「受診の目安チャート図」をダウンロードできます。また、「子どもの応急処置」「粉薬の上手な飲ませ方」などがわかりやすく解説された『小児救急冊子』、「こどもを守ろう お医者さんを守ろう」と書かれたステッカーなどを購入することができます。 → http://mamorusyounika.com/joho.html

コンビニ受診が減少し、重症者の対応に専念

守る会の活動は、実際の医療現場に大きな成果をもたらしました。それはコンビニ受診の件数にも表れました。コンビニ受診のおおまかな指標の一つとして、時間外に受診した患者の入院率で予想することもあります。(注:入院率のみで厳密に適正受診を判断することはできません)

これまでの時間外小児救急外来での入院率は一般的に、5~10%程度と言われています。つまり、時間外に100人の患者が来た場合、5~10人程度は適正受診だったが、それ以外は入院が不要な患者だったとみることができます。ところが、守る会の活動以降の当院では、時間外受診者は1/2~1/4に減少し、その入院率は20~30%になりました。地域住民に「コンビニ受診を控えよう」という理解が広まっていることが実感できます。

コンビニ受診が減少してきた頃、近隣で小児科の入院を受け持つ病院が少なくなってきていました。そのため、当院に入院患者が集中するという事態になっていましたが、それに耐えられたのもコンビニ受診が減っていたからだと思います。以前は重症者の処置をしている最中に、待合室から元気にはしゃぐ患児や「まだか?」という患者さんのご家族の声が聞こえることもありましたが、今はまったくありません。守る会の活動のお陰で、地域の皆さんが協力してくれるからこそ、重症者の対応に集中することができるようになりました。処置の最中、守る会皆さんの顔が浮かびます。「守る会のみんな、ありがとう」という気持ちになり、日々の診療のモチベーションにもつながっています。

私の考えを変えた一冊の本との出合い

守る会の活動は、その後さまざまなメディアでも取り上げられ、私も多くの取材を受けました。「奇跡」などともてはやされたのですが、私は複雑な心境でした。なぜならば、この活動は小さな地域だったから成し得たのであり、たまたまコミュニティがしっかりしていたため成功したのではないかと考えていたからです。ところが、ある本との出会いをきっかけに、その考えは一変しました。

井上孝代先生の『あの人と和解する―仲直りの心理学(集英社新書)』には、「トランセンド法」というカウンセリングの方法が記されていました。トランセンド法は、対立する双方の問題を解決するために「妥協点を見いだす方法ではない」、「第三者(仲介者)が両者の考え・言い分を十分に聞き、対話することによって、二者のゴールを乗り越えたレベルの新たな解決地点(超越点)を見いだそうとするものである」と説明されています。私はすぐに「これって、守る会と私と足立記者のこと?」と考えました。居ても立ってもおられず、著者にメールで確認したところ、「トランセンドの発想を活かした創造的な取り組みであると実感致しました」とのお返事を頂きました。

問題解決の方法を広く知ってもらいたい

守る会の発足以前、足立記者によって行われたお母さんたちの座談会では、医師や病院に対する不平や不満の意見にあふれていました。先にもお話ししましたが、まさに医師と患者の対立です。このように双方の要求の方向性が異なりかけ離れている場合、お互いの気持ちや背景を理解しあうためには話し合いを持てばよいのですが、直接的な交渉は受け入れがたいことがあり、一方、仲介者の言葉は受け入れやすい場合があります。丹波地域の例は、このトランセンド法という解決方法を知らぬ間に実行していたのです。
この方法は、世界の紛争を治めるときにも用いられる方法でもあり、国連でも採択されているカウンセリング方法なのです。このような普遍的な方法で丹波医療が再生したのであれば、他の地域でも応用できるはず。井上先生のご著書との出合いによって、守る会の成果に勇気を持つことができ、現在は、あらためて全国に皆さんに私たちの活動を知っていただきたいと思っています。

丹波の「丹」にはいくつか意味があります。その一つは「まごころ」です。丹波は「まごころの里」です。日本人の心の崩壊が危惧される現代に、丹「まごころ」の波を発信でき、どんなに小さくてもよいので、皆様の心の中に希望の灯がともれば幸いです。

和久 祥三 氏
【略歴】
丹波市出身 兵庫県立柏原高等学校卒業 金沢医科大学医学部卒業 神戸大学医学部附属病院小児科教室に入局 研修医時代(1994年から1997年)に一度、兵庫県立柏原病院で研修・勤務 その後、済生会兵庫県病院、県立広島病院新生児科などを経て、2004年より8年ぶりに再び兵庫県立柏原病院へ就任 現在、金沢医科大学医学部臨床教授、高知大学医学部非常勤講師も務める
【資格】
日本小児科学会認定小児科専門医 PALSプロバイダー
【所属学会】
日本小児科学会 日本新生児・未熟児学会 日本周産期・新生児医学会 日本小児救急医学会 日本プライマリ・ケア連合学会
【主な著書】
『こうすれば医療崩壊を防げる』洋泉社、2008年、本田宏編著(共著) 兄弟で絵本出版『いつもいっしょ』丹波新聞社(イラスト担当)
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