今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第132回 2014/04

高齢化社会におけるプライマリ・ケアを支える家庭医

家族の健康を管理するかかりつけ医である「家庭医」。ファミリードクター、ホームドクターとも呼ばれる家庭医は、2017年の専門医制度の新設を前に、地域医療を担う専門医として注目が集まっています。高齢者医療においても重要な役割をもつ家庭医について、ご自身も家庭医であり、現在は主に東京大学 医学教育国際研究センターで講師を務める孫 大輔氏にお話を伺いました。

東京大学 医学教育国際研究センター 講師
みんくるプロデュース 代表
孫 大輔 氏

東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター
みんくるプロデュース

ヨーロッパでは国の管理する家庭医がプライマリ・ケアを担う

家庭医は、地域に住む人々のかかりつけ医として、患者さん本人だけでなくその家族の健康までも管理し、患者さんの生活スタイルに合わせた医療を提供する医師です。
また、あらゆる病気やけがの初期診断と治療を行い、必要に応じて適切な専門医療機関と連携します。内科のみならず、小児科、整形外科、精神科などにわたるさまざまな疾患を総合的に扱うことも役割のひとつです。 海外では「family doctor」などと呼ばれています。イギリス、フランス、ドイツなどの先進国では30年ほど前から、国が管理するGP(General Practitioner=総合診療医)を各地域に配置しています。

イギリスを例にしますと、患者さんは病気やけがをしたとき、救急の場合を除きまずGPに診察をしてもらいます。そして、必要に応じて適切な専門医療機関の紹介を受ける仕組みになっています。GPは、どのような症状の患者さんであっても対応できる、幅広い知識や技術を有していなければなりません。そのため、先進国ではGPを育成する研修システムが整っています。

2017年、日本でも「総合診療専門医」が新設

日本では、ヨーロッパに類似する制度はなく、地域で開業している内科や小児科の専門医がかかりつけ医としてプライマリ・ケアを担っている状況です。そのため地域によっては、例えば、内科や小児科の医師は足りていても整形外科医や精神科医は不足するなど、地域ごとに医師の数に偏りが生じています。このようなばらつきを解消するため、以前から日本でも、プライマリ・ケアを行う医師は内科や小児科だけでなく他の診療科目も幅広く診察できるようになるべきだという考えがありました。

そしてここ数年でようやく、家庭医・総合診療医を制度化しようという動きが日本でも広がり、2017年には、新しい専門医制度が新設されます。循環器内科医や消化器内科医、皮膚科医、精神科医などの各種専門医と同様に、「総合診療専門医」というプライマリ・ケアの専門医、つまり家庭医に相当するカテゴリが生まれる予定です。

脱病院型の医療に応えるために家庭医に求められること

近年、家庭医の需要が高まる背景のひとつに高齢化があります。高齢化が進むにつれて在宅医療のニーズが高まり、今後はより脱病院型の予防・介護を重視した医療が主流になることが考えられます。そのような状況に応えるのが家庭医です。 在宅医療は病院での治療とは異なり、検査や治療に使える機材が限られるため、家庭医は問診と診察からきちんと診断し、少ないリソースで治療する技術が求められます。

さらに、あらゆる臓器に精通し、ケアができる知識を身に付けていなければなりません。なぜならば高齢者の場合、複数の臓器が同時に変調をきたすこともしばしばあるため、一部の臓器を治療しただけでは対応が不十分になる可能性があるからです。 また、在宅医療においては、医師と多職種間との協働が重要になります。各職種がそれぞれの得意分野を活かし、相互に補完し合いながら患者さんの状況に合わせた最適のケアを提供します。
例えば、理学療法士はリハビリのほかに、ご自宅に伺い転びやすい場所や手すりがあった方が良い場所などを調べる「家屋調査」をすることがあります。そして、患者さんのADL(日常生活動作)やご自宅のつくりに合わせた家屋の改善を提案します。ケアマネージャーは、患者さんの生活や経済的な状況に合わせてケアプランを立て、さまざまな介護サービスを調整します。 各職種が把握した患者さんの生活情報を考慮して、医師は最適な治療やケアを提供します。家庭医は他の医療従事者の力を借りることで、より良い在宅医療を進められるのです。

家庭医は「風邪で来た人を風邪で終わらせない」

「風邪で来た人を風邪で終わらせない」。まさに家庭医を象徴する言葉ではないでしょうか。家庭医の専門性は、ひとつの分野に特化した専門医とは異なり、医学的な視点に加えて、心理的、社会的な側面などからも診断・治療するところにあります。患者さんが訴える症状だけではなく、生活習慣や仕事、生きがいなども聞き取り、家族の健康情報や経済状況などのあらゆる情報からその患者さんに最も適した医療を提供するのです。

例えば風邪で受診した患者さんに対し、元々の持病であるぜんそくなどが悪化しないように心がけて生活しているか、年齢で起こりやすい病気の予防をきちんと行っているかなど、受診した疾病以外の健康状況も確認します。20代の方ならば、喫煙やアルコールの量を指導したり、「会社でストレスを感じていませんか?」などとメンタルヘルスを探ることもあります。

患者さんの「家族図」を作成し、受診した本人以外の健康情報も把握することで、より的確な診療ができるように努めることもしばしばです。 患者さんとの会話を通じて生活スタイルを把握し、患者さんの痛みに“共感”することで、より患者目線の医療の提供が可能です。患者さんやご家族の満足度の向上につながることは、私たち医師もうれしく、やりがいを感じる部分ですね。ほとんどの医学は、病気が各臓器にどのような変化をひき起こすのかという病気中心の学問ですが、家庭医は「病が患者にどのような影響をおよぼすか」という人間中心の考え方で医療を提供しているのです。

プライマリ・ケアの魅力を多くの医師に伝えたい


私は現在、東京大学医学部でプライマリ・ケアの教育にも携わっています。「地域医療実習」では在宅医療の現場に学生が赴きます。また「プライマリ・ケア研究会」という月1回の勉強会では他大学の学生も受け入れ、家庭医療・総合診療について学べる機会を提供しています。また大学外での教育活動として、「地域診断」という地域の健康課題を見つけるフィールドワークへ学生を連れて行くこともあります。学生との関わりの中で感じることは、専門医や最先端の研究などに魅力を感じる学生が多い傾向にあるということです。

プライマリ・ケアは、海外では学問領域としても「家庭医療学」「地域医療学」として確立しており、大学が教育と研究の拠点となっています。私は教育活動を通じて、医療者の卵たちにプライマリ・ケアが実践面でも研究面でも魅力的な分野であること、専門医療と同じようにとてもやりがいのあるものであることを伝えています。数年前と比べると、家庭医を希望する学生も増えたように感じます。

これからの日本において、家庭医の需要はさらに高まっていくでしょう。学生の育成だけでなく、すでに現場に出ている医師の皆さんにも研修を促して、プライマリ・ケアの能力を身に付けてもらうことが、家庭医の増加につながります。患者さん中心のケアを提供できる医師が増え、地域住民の健康がますます向上するといいですね。 冒頭でもお話ししたように、日本でも2017年には新しい専門医制度が新設されます。単に海外の制度を真似るのではなく、日本の文化にあった医療制度を根付かせていかなければなりません。日本の社会や文化に適した、国民にとって真に役立つ家庭医が広まってほしいと願っています。

市民・患者と医療者を対話でつなぎ、コミュニティ(地域)の健康を考える
みんくるプロデュース
孫氏は現在、「みんくるプロデュース」の活動も行っています。患者さんのヘルスリテラシー(医療知識や予防意識)の向上を目的として、2010年8月に発足した団体です。主な活動内容は、患者さんと地域の方々、そして医療者が対話を通じて医療や健康について考える、カフェ型ヘルスコミュニケーション「みんくるカフェ」の開催です。そのほか、保健医療分野のファシリテーターの育成、医療系の学生と地域住民による地域診断などの活動を行っています。

孫 大輔 氏
【略歴】
2000年東京大学医学部卒。一般内科研修、腎臓内科研修を経て、2004年より東京大学大学院医学系研究科博士課程に進学し、慢性腎臓病の基礎研究に従事。2008年に医学博士号を取得した後、医療生協家庭医療学後期研修プログラムにて総合診療/家庭医療の研修を行い、2011年に家庭医療専門医取得。2012年より現職。大学にて学生教育と研究に従事しながら、家庭医/総合診療医としての臨床を続けている。
【役職】
東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター講師
【資格】
日本プライマリ・ケア連合学会 家庭医療専門医 日本内科学会 総合内科専門医 日本腎臓学会 腎臓内科専門医
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