今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第133回 2014/05

看護・介護職の腰痛は身体の使い方を変えれば解消できる

多くの介護職や看護職の皆さんが抱えている腰痛は、職業の特性上もはや解決できない問題なのでしょうか。筋力を鍛えれば大丈夫、福祉器具を利用すればOK、2人介助で問題解決!……。「これらでは本質的な解決にはなりません」と話す、理学療法士・介護福祉士の岡田慎一郎氏に、腰痛の原因と対処法についてお伺いしました。

理学療法士
介護福祉士
介護支援専門員
岡田 慎一郎 氏

古武術介護の提唱者 岡田慎一郎公式サイト

深刻な現場スタッフの腰痛問題

私は、武術研究家の甲野善紀氏との出会いをきっかけに、古武術の身体運用をはじめとするさまざまな分野から身体の動きと発想をヒントに身体介助技術の改善を図っています。現在は介護分野だけでなく、医療やリハビリ、育児支援教育など幅広い分野に発展させ、講習会や講演活動、書籍の執筆などに携わっています。

10年前までは、介護福祉士として障害者施設や高齢者施設に勤務していました。その頃と比較しますと、今の患者さんや入所者さんは介護度の高い方が増えている印象があり、働くスタッフの皆さんの身体にも大きな負担がかかっているようです。そのような環境で働く介助者は、身体を痛めやすい状況にさらされる傾向にあります。例えば、被介助者の移乗動作に無理な力を入れてしまい、手首を痛め腱鞘炎になっている人も少なくないでしょう。手首が使えないと肘で吊り上げるようになり、やがて肩を痛めます。その結果、腰で吊ってしまうことで負担がかかり、腰痛につながる……。私自身、腰を痛めて辞めていく同僚を何人も見送った経験があります。介護職や看護師の腰痛は、介護・看護の現場でも深刻な問題となっています。

「介助技術を磨けば腰痛にならない」は大間違い


皆さんは、介助技術を磨けば腰痛にならないと思っていませんか? 実はその思い込みが大きな間違いなのです! ベッドや車いすの移乗などの介助で肩や腰などを痛めてしまう人は、技術そのものが悪いのではなく、普段の動作が身体を痛めやすい状態になっています。そのような方は、介助でなくても、例えばデスクワークでも身体を痛めているでしょうね。

常に痛めやすい身体になってしまった理由は、私たちの生活スタイルの変化に起因するところも大きいようです。日本の生活様式は、和式から欧米型のスタイルにすっかり様変わりしました。椅子に座る欧米型生活ではは、股関節の可動域が約90度あればほとんどの生活動作がこなせます。洋式トイレに座る、ベッドに座るなど股関節を90度曲げるだけで、暮らせてしまうのです。それに対して和式生活の場合、寝て起きて、立つ座る、また和式便座を使用するときなど、股関節90度では動作は行えず、120~130度以上の可動域が必要になります。つまり、和式生活の方がより動きの幅が大きくなり、使用する筋肉も増え、動きの巧緻(こうち)性も生活の中で養いやすいのです。

股関節は骨盤と脚がつながっている部分で、曲げたり伸ばしたり、広げたり閉じたり、回したりと、下半身で一番自由に動かせる関節です。股関節をきちんと動かせば、それに伴いたくさんの筋肉が使われます。反対に、股関節をうまく使えていない状態ですと表面だけの筋肉で力任せに動作をしてしまい、身体に負担がかかりやすくなってしまうのです。土台となる下半身をしっかり使えているかどうかで、介助技術の良しあしはまったく変わってきます。不安定な状態でいくら介助技術を磨いても技術として成り立ちませんし、腰痛の問題は一向に解決されないのです。

自分の動きの“質”を変えれば腰痛も解消!

病院や福祉施設の現場で看護師・介護福祉士やリハビリ職の働く姿を拝見しますと、ほとんどの方が骨盤の位置が高いたまま介助している傾向があることに気づきます。骨盤の位置をしっかりと下げて、股関節をきちんと使っている人はあまり見かけません。いわゆるこれが、腰を下げるというポジションです。医療・介護職の皆さんは、解剖学や運動学の授業で、筋肉や関節の合理的な使い方について一通り学んでいらっしゃるはずなのに、ご自分の動作にはなかなか生かせていない、もったいない状況なのです。

介助する側が効率の良い動きをすれば、おのずと被介助者一人ひとりに合わせた介助技術を提供できるようになります。私はこれまでの経験を通して自分自身の合理的な身体の動きを追求してきましたから、「この方はここが足りないから動きにくいんだ。ではこういう介助をしよう」と、相手に合わせた介助方法をすぐに提供できるように努めています。自分の動きの“質”を変えることに気付いてからは、腰痛や、身体を痛めることとはなくなったばかりか、自分自身で技術も創り出せるようになりました。

身体は3つのパーツを意識して動かす


肩の力を抜き、全身をリラックスさせた「自然体」の立ち方。骨盤と腰骨がまっすぐになるイメージ
では、実際の介護現場ではどのように身体を使えばいいのでしょうか。答えは「全身をくまなく連動させること」です。全身を、下半身、上半身、体幹部と3つのパーツに分けて考えるとシンプルです。

まず、下半身は先にもお話ししましたように、股関節をしっかり動かすことが大切です。「土台として安定させながら動かす」という、矛盾したことを両立できていることが理想的な下半身の状態です。上半身は、相手との接触点です。接触点が手先、腕先になってしまうと、どうしても手首や肘、腕、肩を痛めやすくなるため、背中と腕をきちんと連動させて使うことが大切です。そして、最後に重要なのが体幹部です。上半身と下半身がいくら良い動きをしても、それをつなぐ体幹部――言い換えますと“姿勢”――が崩れると、上半身と下半身が分断されてしまい、腰に負担がかかります。肩の力を抜いて全身をリラックスさせた自然体を保つことで骨盤と腰骨がまっすぐになり、動きやすい上に身体に負担がかかりません。カーブを描くように積んだ積み木のように、骨盤の上に腰骨が積まれているようなイメージです。


(左)お腹から上半身を曲げる腰を痛めやすいかがみ方。腰に負担が集中してしまう (右)股関節から上半身を曲げる、腰を痛めにくいかがみ方。腰をしっかり落とし、下半身が安定している
介助はまっすぐな姿勢ではなく、ほとんどの動作がかがんだ状態で行われます。例えば、バイタルの測定やおむつ交換、体位交換などはわかりやすい例ですし、デスクワークも座っている時間がないため立ちながら記録作業をすることも多いでしょう。人はかがむときにお腹から曲げてしまいがちなのですが、この動作がまっすぐな骨盤と腰骨のポジションを崩してしまい、腰を痛めることにつながるのです。

何も持たない状態ですと負担を感じにくいのですが、物を持ったり、長時間におよんだりすると負担が集中してしまいます。では、どういう状態がおすすめなのかと申しますと、両足のつま先を広げて股関節を緩め、その状態でお腹を曲げずに股関節から上半身を曲げます。やってみると意外と難しいですが、意識することで身体が少しずつ改善されていくでしょう。ちなみに、お腹に1~2本の線が横に入っている人は、お腹から曲げている可能性が高い方なので、腰痛のリスクが高く要注意です!

スマホで自分の姿をチェックして新たな発見につなげてほしい

私が7年に渡って毎年新人研修をさせていただいている小倉第一病院では、参加しているスタッフが自身の動きを、支給されているiPadで動画撮影し、進歩の度合いを常に確認できるようにしています。自分では腰を落として動作しているつもりでも、「こんなに腰が高かったの!」と皆さん一様に驚かれます。この取り組みはとても効果的でした。今はスマホで簡単に撮影できるので、一度ご自分の状態をチェックしてみることをおすすめします。負担の大きい動きをしていたり、腰痛の原因がわかったりと、これまで気付かなかったことが発見できるかもしれません。

誰よりも人間の身体に触れる機会が多い介護職や看護職の方が、自分の身体に関心を払わないというのは実にもったいないことです。まずは自分の身体をよく知り、合理的な動きが出来るベースを築くことが、より良い介助の提供をする何よりの近道だと思います。

岡田 慎一郎 氏
身体障害者、高齢者施設に勤務し、独自の身体介助法を模索する中、武術研究家の甲野善紀氏と出会い、古武術の身体運用を参考にした『古武術介護』を提案したところ大きな反響を呼んだ。近年は介護、医療、リハビリ、育児支援、 教育など、幅広い分野で身体を通した発想と実践を展開させ、講演、執筆、企業アドバイザーなど多岐にわたる活動を行う。

著書
『古武術介護入門』『古武術介護実践編』『腰痛のない身体介助術』(医学書院)、『家族のための介護入』(PHP研究所)、『介護福祉士実技試験合格ガイド』(晶文社)など多数。 ユーキャン通信講座「古武術介護講座」、NHK学園通信講座「古武術式カラダ使いこなし入門」の監修、株式会社JTBベネフィットのアドバイザーを務める。
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