今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第12回 2004/04

クリニカル・ガバナンスの導入でより良い病院づくりを

近年、経営不祥事が相次いだのを機に、一般企業ではコーポレート・ガバナンスの考え方がクローズアップされています。今回は、そのコーポレート・ガバナンスを病院にも取り入れるべきだとして、日本版クリニカル・ガバナンスを提唱する武藤さんにおうかがいしました。

国立長野病院 副院長
医学博士
武藤 正樹 氏

信州上田医療センター

病院は誰のためのものか

企業の一連の不祥事から、コーポレート・ガバナンス(企業統治)という考え方が取り入れられるようになりました。企業は一体誰のものか、ということが問い直されたのです。そして実は株主のものだということで、改めて企業のあり方が論じられたわけです。簡単に言ってしまうと、同族会社などが典型的なのですが、日本の会社の経営は内部に閉じられています。それで、会社や組織のあり方、株主総会や役員会、監査役のあり方が問題になりましたし、ディスクロージャー(情報開示)への流れも大きなものになりました。これがコーポレート・ガバナンスの大きな視点ということができます。一言で言えば株主が経営を監視する仕組み。顧客の視点、株主の視点が非常に重要視されてきたわけです。
クリニカル・ガバナンスはまさにその医療版といえます。端的に言えば、「医療は誰のためのものか」ということです。

これまで、医療の現場では医療事故などいろいろな問題を隠してきました。TVドラマの『白い巨塔』でやっていたような、隠蔽体質とか患者さんを置き去りにした古い体質がいまだに残っているところもあります。では医療はいったい誰のものかというと、とても簡単で、患者さんのためのものなんです。ですからクリニカル・ガバナンスは患者の視点を取り戻しましょう、外部の評価を入れましょう、それから医療における監査、クリニカル・オーディットと言いますが、診療の質をチェックしましょうということなのです。それには企業の場合と同じように、やはり外部の審査機構と内部の監査が重要になってきます。

発端となったブリストル王立小児病院事件

クリニカル・ガバナンスはイギリスのブレア政権から始まったのです。きっかけはブリストル王立小児病院で起こった、国中がひっくり返るような騒ぎになった事件です。どういう事件かといいますと、難しい手術ではあるのですが、小児の心臓外科手術でなんと38人手術して20人が亡くなっていたことが明るみに出たのです。それを告発したのは麻酔医でした。2人の心臓外科医を告発し、病院の管理責任者に訴えたのですが、最初は聞き入れられなかった。最終的には英国医道審議会にかけられ、この2人の医師は診療停止処分、医療管理者が責任を問われることになりました。日本でもつい最近同じような事件がありましたね。

医療というのは常に新技術の開発というチャレンジの歴史を背負っていて、特に心臓病などはチャレンジの部分が非常に大きい。私たち医師はついそういう部分に目を奪われて、高率な死亡ということになかなか気がつかないとも言えます。実は心臓手術のうちでも、バチスタ手術*1などは死亡率が40%なのですが、そういう手術も場合によっては許容されているわけです。
ブリストル王立小児病院事件はたいへんな衝撃で、これでイギリスの医療はずいぶん変わりました。たとえば心臓手術であれば、全国の心臓手術の死亡率を測定してナショナルデータベースを作り、その指標に対してそれぞれの病院の死亡率と比べるようになりました。これが非常に重要なことで、外部のデータベースや標準がなければ内部の評価はできないわけです。日本もこれからそれをやり始めようとしています。

クリニカル・ガバナンス、10のポイント

現場レベルで求められるクリニカル・ガバナンスには、10のポイントがあります。主なものを説明しますと、1つめはEBM(科学的根拠に基づく医療)を普及し、それを支援しようというもの。いまEBMは全世界的な傾向ですが、知識の量が爆発的に増えています。それにも関わらず一般のレベルまでその知識が普及するには時間がかかっている。その普及スピードを早くするために、エビデンスのデータベースをつくっていく必要があります。さらに重要なのはインターネットで瞬時にアクセスしてエビデンスを検索する、そういう技術が必要になってきます。エビデンスデータベースを構築したら、いかに瞬時に結果を引き出すか、それが重要なのです。
2つめは、良質の診療、アイデア、イノベーションの体系的な普及。3番目がクリニカル・オーディット、臨床審査です。これがまさにコーポレート・ガバナンスで言う外部監査にあたります。医療の質に関する監査機構で、CHI*2のメンバーが行います。表面だけではなく、死亡率とかいろんな診療のインジケーターを使って、診療のアウトカムを見ます。そしてチェックし改善命令を出す。それには外部の標準、スタンダードが必要です。スケールがなければ、病院の質の測定は無理な話ですから。日本にはまだこれがありません。
4つめが臨床指標、クリニカル・インジケーター。これによって診療の質が病院によってばらばらだとか、いろんなことがわかります。定量的なインジケーターによく使われる再入院率というのがあります。これは1回退院したけれども48時間以内に戻るのがどれくらいかを現したもので、それは明らかにケアの質が悪いということが言えるわけですね。また、心臓発作入院後の死亡率のベンチマークなどを見ると、病院によって死亡率がずいぶん違うということが一目でわかる。患者さんの立場になれば、死亡率が低い病院を選びたいということになります。企業健保なども、会員には死亡率の低い病院にかからせたいというような使い方ができますね。クリニカル・ガバナンスはこの臨床指標を非常に強調しているのです。
5番目が臨床的なリスク削減計画、医療安全ですね。医療安全の取組は、とにかく定量的に測っていくこと、それとインシデント報告を重視したんですね。あとは、訓練を受けた看護師さんを使ったカルテの調査。事故頻度のベースラインデータといって、どれくらいの頻度で事故がおきているかを調査しています。これは日本でも始めていますが、アメリカ、イギリス、オーストラリア、デンマークなどいろいろな国でやっていて、だいたい平均死亡事故率が0.4%です。入院回数×0.4%が死亡事故にあって、その半分、全体の0.2%が予防可能な事故で亡くなっていることがわかっています。つまり10000人の入院があると、そのうちの20人は事故で亡くなっていることになります。薬の副作用などもありすべてがエラーというわけではないのですが、本来の治療目的以外の理由で亡くなっているわけです。

あとは割愛しますが、クリニカル・ガバナンスは、制度的なフレームで言うと大きく3段階のレベルに分けて実行されました。1番目が国レベルで、国立最適医療研究所(NICE)が作られ、国レベルの基準の設定、指標の設定を行いました。2番目が病院や開業医さんなどの現場レベルで、いままで説明した10のポイントがこれにあたります。そして3番目のレベルとしてCHIがあり、臨床現場でモニターや監査を行います。
 

日本での実現の可能性

イギリスも1998年から始まったばかりですから、クリニカル・ガバナンスの評価がまだ定まってはいませんが、イギリスの場合、国営医療なので国のトップダウンでこういうことができます。しかし、日本の場合は民間の医療が多いですからなかなかそうはいきませんが、公的な病院ならモデルとして導入できるのではないでしょうか。
また、10のセットがありますが、モジュールとして個別の導入は可能だと思います。具体的に、全体をセットで持ってくることはできないが、まず部品に学びましょうという動きはあります。例えば臨床指標などもそうですし、国立病院ではこれから臨床指標を測定して全国150の病院間比較をしてみようなどと部分的には勉強しているのです。それから、約9200ある全国病院の中のグループ病院、たとえば国立、公立、日赤、済世会など、そういうグループ病院の中からベンチマークなどをやっていくことができると思います。ですから、全国一律でとはいきませんが、まずは公的な病院でモデル的に導入する、そういうやり方でできるのではないでしょうか。

編集部注
※1.バチスタ手術:拡張型心筋症に対する心筋切除縫縮術
※2.CHI:Commission for Healthcare Improvement:医療改善委員会

武藤 正樹 氏
1949年生まれ。神奈川県出身。1978年新潟大学大学院医科研究科終了後、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中1986年~1988年までニューヨーク州立大学家庭医療学科に留学。1988年厚生省関東信越地方医務局指導課長。1990年国立療養所村松病院副院長。1994年国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長。1995年国立長野病院(旧)副院長。1997年より現職。
所属学会 医療マネジメント学会理事、日本外科会会員
著書 『薬剤のQOL評価と応用』(薬事時報社1997(共著))、『基礎からわかるクリティカルパス作成活用ガイド』(日総研出版1997(共著))、『みんなのこんな病院あったらいいなが実現する本』(日総研出版2001(共著))、『新たな医療連携の実践』(じほう2001(共著))、『急性期病院のあり方と外来分離』(じほう2003(共著))、『初心者のためのクリティカルバリアンス・マネジメントガイド』(ビーイング・ネット・プレス2003(訳書))、『地域医療支援病院と医療連携のあり方』(じほう2004(共著))
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