今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第13回 2004/05

日本の医療の現状を変えるのは一般国民

医療事故が多発し医療のあり方が声高に問われる中、日本の医療を変えるには患者になり得る全ての人が発言することが重要とおっしゃる井部俊子さん。医療の現状と今後について看護の観点からおうかがいしました。

聖路加看護大学学長
博士(看護学)
井部 俊子 氏

聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)

社会情勢の変化がもたらす医療への影響

医療は社会情勢の反映と言われますが、看護職のおかれている現状もまさにそういうことが言えると思います。少子高齢社会、グローバル化、テクノロジーの飛躍的発展等々、そのどれもが医療に反映し看護職に影響を与えています。とりわけ少子高齢化と、医学・医療技術の進歩は、看護に大きな変化をもたらしているといえるでしょう。

医学の進歩によって、提供される看護が大きく変わったことを示す典型的な例として、白内障患者のケアが挙げられます。
1970年代では、白内障患者の視力回復のための水晶体摘出手術には、数週間の入院が必要でした。現在は「日帰り手術」が可能となっています。白内障患者は一般に高齢者が多く、しかも視力が低下しているため、手術前の入院生活への適応や安全への配慮が必要で、このことは現在も変わりません。しかし、70年代当時、手術後1週間は患者は頭部の両脇に砂のうを置いて仰向きの状態を維持し安静にしておかなければならず、このためナースは全身清拭、ベッドでの口腔ケア、食事の介助、排尿・排便などの介助を行う必要がありました。現在ではこのようなケアは不要となり、白内障患者の看護ケアは入院から外来へ大きくシフトしています。

医学・医療技術の進歩による恩恵と課題

老化・痴呆、がん、感染症、臓器移植、遺伝子治療など、いわゆる先端医学の進歩にはめざましいものがあります。医学の進歩によって医療は進化し、患者は病気の診断や治療に大きな恩恵を受けることができるようになりました。しかし、このような医療の進化は恩恵と同時に、人類にさらなる課題を提起していることもまた事実です。
例えば、先天性疾患や極小未熟児などの救命や延命率の向上は、「後遺症なき生存」を目指していますが、後遺症が避けられない場合も多いのが現状です。また、これまでは、難治性疾患に対する移植や実験的治療は、すべての治療を行った後に残された選択肢とされてきました。しかし、生体肝移植などは児の病状が悪化してしまう前に行わないと、手術自体がたいへん難しくなるという現実があります。さらに、各病院のスタンダードや治療方針も医師によって異なることが多く、家族はこうした「不確かさ」を前にして、どのような意思決定をしたらいいのかたいへんな選択を迫られることになります。

変化する医療現場と看護の課題

老化・痴呆、がん、感染症、臓器移植、遺伝子治療の解明と克服に取り組み、ハイテク技術を駆使した検査法や治療技術が実施される医療現場における看護の課題は、以下の4つにまとめられると思います。

1つ目は先端医学が人を対象とした臨床研究に移行するにつれ、看護職は実験的な研究や治療に関する倫理的判断のセンスを鋭敏にしておく必要があるということです。看護職の人間観は、生物体としての「ヒト」ではなく、全体性としての「人間」だといえるからです。
2つ目は、ハイテク装置の中で、診断・治療を受ける人々への"ヒューマンなケア"の提供です。MRI装置の中で、患者が恐怖感に襲われるということはよく聞きます。医療現場が機械化されればされるほど、看護職による人間的な接触、人間的なケアの提供が求められるといえます。
3つ目は、インフォームドコンセントやマスコミなどにより提供される健康情報を前にして、患者やその家族の、不確かさの中での意思決定をどうサポートしていくかということです。
4つ目は安らかな死への援助。医療が高度化・複雑化していくことで、人々は治療に果てしない期待を持ちますが、死は人間にとって必ず訪れる終結です。看護職のみが知っている"安らかな死"や"その人らしく死ぬ"ことの本当の意味を世に伝え、そのためのケアを提供することが今後ますます必要となると思われます。

患者は医療チームの一員

私が今いろいろなところで進めようとしているのは、患者は医療チームの一員であるということです。医療チームは医師と看護師とその他の専門職だけではないと思います。患者という専門家がちゃんとチームに入らないとその人にとって良い医療はできません。そのためには、医療者はできるだけ患者という専門家が判断できるように、情報をわかりやすく提供する必要があります。診断や治療のことだけではなく、看護職はどういう時間帯でどのように入れ替わっているかや、誰が受け持ちでその受け持ちはいつ替わるのかなど、身近なこともできるだけ細かく知っていただくことが必要です。そうすれば、例えば家族はいつ来れば担当のナースに会えるか、担当のナースにはどういう内容の会話ができるのかということなどがわかりますから。

私は、レイ(※)エキスパート「普通の人がエキスパートである」という言葉を援用して、「患者という専門家」と言っていますが、患者或いは一般の人たちは医療職にない発想をします。自分の身体のことや病気について、医療職の見方とは違う解釈を必ず加えます。
私は、それは重要なことだと思っています。看護職はそういう解釈や、その人が持っている人生観を理解することを大事にしなくてはなりません。そういうことはあり得ないとか、それは科学的でないと言うのは多分医師の役割だと思います。「そういうふうに思ってつらいですね」、というのが看護職なのです。患者は困っていることをちゃんと表明し、医学書や看護の本にないようなその人が思い煩っていること、期待していることを、同じ土俵の上で同じ重要性を持って議論されるということが重要なのです。素人が何を言うではなく、素人だからこそ考えていること、気がついていること、それを他の医療職が承認していくことが重要だと考えています。

医療の枠組みは国民が決めること

医療はたいへんなスピードで進化し続け、ミリ単位で薬をコントロールしなければならないような、複雑かつ高度な治療様式が医療の中に持ち込まれてきています。しかし残念ながら、人員も含め医療体制が世の中の変化に追いついてないのが現状です。結局それを第一線でカバーしているのが看護職であり、そのしわ寄せが実は医療事故であったりするのではないかと私は思っています。

看護職に人をどれくらい置くかといったことは、結局のところ国民が決めていることと言えます。ですから、日本の医療費そのものをどうするか、医療費の枠組みの中でマンパワーに払うお金をどうするかなどは、国民運動をしていかなければならないことだと思います。
患者さんは一時的に患者になるので、病院を出るとできるだけ忘れたいというのが本音かもしれません。排尿の介助というような病院での思い出は、なるべく早く忘れたいというのが一般的なのではないでしょうか。しかし、医療制度改革で述べている「患者本位の医療」とは一体どういうことなのかということを、患者を体験した人から発言してもらう必要があると思います。患者になる可能性のある全ての人々が日本の医療の現状を考えていただきたい。病院に入ったときだけ、人が不足しているとか、ナースコールを押しても来てくれない、という苦情を述べるだけでは医療の現状は変わりません。

私が一番頼りにするのは、一般の方々です。一般市民の人たちが医療はこうあってほしいと発言をし、それが政策などに反映していく必要があると思います。大事なのはその時に、医療者も頑張っていますので、医療者をけなすことで提案するのではなく、医療者を励まして政策に反映させられるような賢い方法をとっていただきたいと思います。そうしないと若い世代が医療、特に看護職に来なくなりますから。看護職は非常に魅力があり価値のある仕事ですが、若い人がその魅力を知らないうちに職場から去ってしまうことをとても残念に思っています。

編集部注
※ レイ(lay):専門家でない,素人の

井部 俊子 氏
1969年聖路加看護大学衛生看護学部卒業後、1987年まで聖路加国際病院看護婦として勤務。1982年聖路加看護大学大学院看護学研究科修士課程終了。1990年聖路加看護大学大学院看護学研究科博士課程入学。2001年博士号(看護学)取得。1987年から1990年まで日本赤十字看護大学講師。1993年より2003年まで聖路加国際病院看護部長・副院長。2003年より聖路加看護大学教授(看護管理学)。2004年より現職。現在、日本看護協会監事、日本医療機能評価機構理事、日本病院管理学会理事、日本看護科学学会理事、厚生労働省薬剤師問題検討会委員等々数々の役職につかれ幅広くご活躍中である。
【主な著書・論文等】
『看護という仕事』(日本看護協会出版会、1994)、『マネジメントの魅力』(日本看護協会出版会、2000)、『医療機関におけるリスクマネジャーの機能に関する研究』(厚生科学研究(医療技術評価総合研究)2001)、『看護婦の卒後臨床研修はなぜ必要か』(看護展望、26(5)、17-23、2001)、『学習する組織の構築と看護管理者の役割』(看護管理、12(7)、505-512、2002)他多数。
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