今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第15回 2004/07

ITは手段であって、目的は医療を良くすること

国の方針ともあいまって医療のIT化がどんどん進んでいます。医療のIT化の目的はそもそも何か。医療者側、患者側にとってどのような影響があるのか。今回は日本医療情報学会で長くご活躍の井上通敏さんにおうかがいしました。

大阪大学名誉教授
医学博士
日本医療情報学会 代表理事
井上 通敏 氏

パターナリズムを崩す医療の情報化

医療に限らず情報化とは何かということですが、私は、情報化というのは「世の中が見えるようになることであり、その結果、自分で判断し、自分で選択できるようになること」だと思います。この情報化を医療に当てはめて考えてみましょう。
今までの医療では、医師が一方的に「あなたはこういう病気です」、「こういう治療をします」と言って、患者さんは医師に任せきりにするいわゆる「パターナリズム」がまかり通っていました。ところが医療の情報化が進みますと、患者さんたちも医学のこと、医療のことを知ることができるようになってきました。

病院の得意分野は何か、ガンについての手術件数や、場合によっては5年生存率までインターネットで公表している病院もあります。そういうことを患者さん側が簡単に知ることができるようになったのです。そうすると「パターナリズム」が段々崩れてくるわけです。これが情報化社会の特色であり、医療における情報化の重要なポイントだろうと思います。
そういったことを念頭に置いて、医師が勝手に進めるIT化や病院経営者のためのIT化ではなくて、患者さんから見たIT化を進めなくてはいけない。それが今求められている医療におけるIT化だろうと思います。

ITを活用して医療を良くするという意味

それでは医療におけるIT化は何を目的としているのかというと、一言で言えば、ITそのものは手段であって、ITを活用して医療を良くすることです。医療を良くするという意味には大きく分けて3つあります。
1つは医療の質、医療の安全性も含めた質を良くすること。2番目は医療の効率を良くするということ。3番目は医療の透明性を向上させること。この3つをIT化で実現することによって医療を進歩させる、それがIT化の目的なわけです。

実はここからがなかなか難しい。何故かというと、コンピュータは、どのような仕事をさせるのか(仕様書)をわれわれ人間が明確に示さないと働いてくれません。コンピュータに「医療の透明性を向上させよ」と言ってもコンピュータにはなんのことか皆目わからない。ですから、コンピュータを活用する人間が、まず医療の透明性とは何かについて大いに議論し、合意した上で仕様書を書くことが必要です。
例えば、ガンの治療についてはどういう情報を示すことが望まれているのか、医療を受ける患者さんはどういう情報公開を望んでいるのか、といったことを示してあげるとコンピュータは働けるわけです。

医療の質の向上に欠かせない品質管理

不況下で、勝ち組企業と負け組企業に分かれたと言われます。勝ち組はどういう企業かというと、1つは、消費者中心に考えて、商品を開発し、営業活動をした会社。もう1つはいち早くIT化を行ない、市場調査や品質管理を徹底して品質とサービスを良くして生き残った会社と言えるでしょう。おそらくその2つが今生き残っている企業の必要条件だと思います。

消費者中心というのは、冒頭に申し上げたパターナリズムの終焉→患者中心の医療と同じことです。
品質管理というのは、自動車でも家電でも、要するに製品のバラツキが少ない、仕様書通りに作られていることです。ITで生産工程の品質をコントロールし、製品のバラツキを少なくした企業が消費者から信頼を受け成長しているのです。

医療における品質を医療におけるバラツキが大きいか小さいかという視点で眺めてみると、ベテランの医師と医師免許とりたての医師、都会の巨大なガン治療専門病院と僻地のガン治療、格差がないかどうかです。この格差、バラツキがあまりに大きいと、日本全体の医療の質という観点から質が良いとは言えない。一つの病院においても診療に大きなバラツキがあればその病院の診療の質はよいとは言えない。そこで、このようなバラツキをどのようにして縮少するかを考えた時に、非常に有力な手段としてITの活用があるのです。

現在、どんな田舎にいても色々な医学情報をインターネットで知ることができるようになりました。最新の技術や、こういうガンの時にはどういう手術や治療法を選ぶかということを、世界のどこにいても知ることができます。
情報化というのは世の中が見えるようになることだと、最初に申し上げましたが、突き詰めて言うと、自分が行った医療はこうだということが鏡に映すように見えるようになる。同時に他人がやっている医療と同じ鏡で比較することができる。自分より良い結果を出している医師がいることがわかる。そうすると腕を磨こうと努力をしますから、キリがピンに近づいて段々バラツキが小さくなってきます。これが医療のIT化の大きなポイントだと思います。

鏡の役割を果たす電子カルテとネットワーク

鏡の役割を実現するのが、電子カルテでありネットワークです。電子化しないと鏡に映せないし、ネットワークを作っておかないと他と比較することはできません。
電子カルテはまず医療の情報、診療行為のドキュメントを電子化することによって、自分の姿を見ると同時に他人の姿も比較して映せるようにする道具だと考えたいのです。しかし、電子カルテは「鏡の役割」だけではもったいなくて、もっと踏み込んで医師の判断や評価を助けることができると思っています。
例えば、病名を電子カルテに入れようとすると、その病名が本当に正しいかどうか、 "狭心症"という病名を付けた時に、胸痛があるかどうか、胸痛に対してニトログリセリンが効くかどうか等々、一連の確定診断のためのプロセスがあります。少なくともその幾つかをチェックした上での狭心症という病名かどうかを、電子カルテが聞きだすようにすれば、その診断の信憑性がでてきます。
また、仮に狭心症でこういう場合には、こういう治療法が第1選択ですということをコンピュータ画面に出すことは簡単なので、それに従うかどうかは別にして、そういうアドバイスを次々にやっていくことも可能です。
そうすると、電子カルテを使うことによって、免許取りたての医師がベテランの先生と同じとはいかなくても、それに近いことができる可能性があるわけで、これも医療のバラツキ、格差を縮めることになります。

単に情報を電子化するということだけではなくて、医療の行為、医師の意思決定をコンピュータが支援する。それをしなければ電子カルテの意味はあまりないと思います。

医療のIT化にともなう影の部分

これまで述べたのは、ある意味で医療のIT化の光の部分といえるでしょう。当然ですが影の部分にも留意する必要があります。
医療に限りませんが、IT化が進めば進むほどプライバシーの保護が大きな問題です。とくに医療の情報はプライバシーそのものです。ここで詳しくお話できませんが、技術と教育の両面から十分な対応をしなければなりません。医療の対象は人間であり生命であるからIT化には限度があるという指摘も多くの方から寄せられます。患者さんは一人ひとりDNAが違いますから、同じ病名でも出てくる症状も違えば、治療法も違うかもしれない。手術や化学療法を拒否する信条の患者さんもいる。さきほど申し上げたITでバラツキを小さくするというのは、そのような患者さんの選択肢を奪うものではありません。そういう誤解をされないようにIT化を説明し推進する必要があります。

ITに要する莫大な経費の問題があります。どの産業でもITのために売上の5%ぐらいはお金を使っています。ですから医療は30兆だとすると、1兆5千億ぐらいはITに使いたいのですが、今はまだ3-4千億程度です。それだけのお金を出すゆとりが医療費にはない。医療のIT経費を誰が負担するか、その辺りをこれから詰めていかなければなりません。そのためにはITによって医療が良くなることを証明していく必要があります。

もう1つ影の部分は、情報が見えるようになったと言いましたけれども、良い病院と悪い病院、良い医師と悪い医師というのが段々見えるようになってきています。ところが今の保険制度では、どの病院にかかっても、どの医師にかかっても一緒です。支払うお金も病院が得る収入も同じです。
しかし一方では見えているので、「あそこが良いよ」ということになれば、患者さんはみんなそこに殺到するでしょう。つまり、見えるようになると、当然、市場原理が働きます。それに対してどういうふうに対応するかを議論する必要があります。

患者さんが殺到する病院や医師はプレミアムを取るとなれば、お金持ちは良い医師にかかれて貧しい人はかかれないという問題がでてきます。情報化が進んで透明性が増すと必ずそういう問題が残ります。
これからは、このような情報化の影の部分についても考えておかなければいけないと思います。

井上 通敏 氏
1937年大阪生まれ。 1962年大阪大学医学部卒業。1967年同大大学院終了。 1971年、大阪大学講師。 1989年、大阪大学教授(医療情報部)。1996年、国立大阪病院院長。2003年、同病院名誉院長。2001年~2004年、日本医療情報学会会長(理事長)。
【著書】
『インテリジェントホスピタル』(メディカルレビュー社)、『21世紀の病院医療』(編集 南江堂)、『医療情報』(共著 篠原出版)など多数。
インタービューTOPへ
ページの先頭へ戻る