今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第16回 2004/08

医療事故を減らすには、人手不足の解消を

医療者の懸命な努力にもかかわらず、医療事故は後を絶たない。ヒューマンエラーなどさまざまな原因があげられる中、その最大の原因は過剰な病床数に起因する人手不足であると明快に指摘し、政策提言を行っておられる濃沼信夫さん。今回は、その論拠について詳しくおうかがいしました。

東北大学大学院 医学系研究科  教授
濃沼 信夫 氏

東北大学大学院医学系研究科

養成数は足りているのに人手不足

医療は人で担われていることを考えると、その人手が不足すれば医療事故のリスクが高まることは容易に想像できます。現在の医療事故対策は、システムや医療機器によって生じるミスを防ぐことと、ヒューマンエラーなど人間の注意力を改善することが中心です。もちろんそれは大事なことですが、多くの事故の背景となっている、臨床現場の人手不足にこそ十分な対策を立てなければいけません。

人手不足が深刻であることは、多くの医療従事者の共通認識と思いますが、その根拠となるのが国際比較です。OECD(経済協力開発機構)は、すべての先進国と一部の中進国が加盟する国際機関ですが、OECDのヘルスデータは世界という視点からわが国の医療を見るのに大いに参考になります。わが国の人口当たりの医師数、看護師数、薬剤師数はほぼ世界の水準にあります。
すなわち、養成数が足りないからではなく、病床数が多いから人手不足になるのです。病床数が世界水準の数倍多いので、1病床当たり、入院患者1人当たりでは世界水準の数分の1という手薄い人員配置となるのです。人手不足の原因がきちんと解き明かされれば、養成数を増やせばよいという単純な解決策は取りえないことがわかります。

病床数、職員数、平均在院日数は入院の3要素とよばれますが、わが国は世界水準に比べて病床数が数倍多く、職員数が数分の1と少なく、平均在院日数が3~5倍長いという特異な医療パフォーマンスになっています。病床数が多いから職員数が少なくなり、職員数が少ないから在院日数が長くなるという構図です。

医療の指標には普遍性がある

病床数が多いと安心のように見えますが、必要以上に病床があると医療に大きな歪みが生じます。人手が不足して医療事故のリスクが高まり、思うようなケアを提供できないため、患者の満足も得られません。在院日数が長引くと、患者さんと医療者と負担が増すだけでなく、離床や社会復帰の遅れで十分なアウトカム(治療成績)が得られない恐れがあります。

先進諸国の病床数は、医療制度がさまざま異なっていても、人口当たりでみると同じくらいです。経済水準、生活水準に大きな違いはありませんから、病気の発生も同じくらい。治療方法もほとんど変わりませんから、必要となる病床数も同じくらいになるわけです。すなわち、先進諸国は、病床数が人口千人当たり7~8床、看護師数が入院患者1人当たり1.3人程度(患者さん1人に看護師1人以上)、平均在院日数が10日程度です。

病床数、平均在院日数など、医療を規定する指標は、先進諸国の間では医療制度が異なっても、かなり普遍的な数値になることがわかります。ところが、わが国だけは先進国の中でこの普遍的な数値(世界標準)から大きくはずれています。急性期の病床数は人口千人当たり10床(慢性期などを含めた病床数では16床)、看護師数が入院患者1人当たり0.5程度(患者2人に看護師1人)、平均在院日数が31日という状況です。

病床過剰は医療バブル

わが国の病床数は欧米諸国に比べてどうして多すぎるのでしょうか。今から30年位前は、わが国も欧米とほぼ同じくらいの人口当たり病床数でした(職員数、平均在院日数も)。その後、欧米は医学の進歩に合わせて病床を削減していきました。医学の進歩で入院が必要となる患者が減るとともに、限られた病床を効率的に利用するようになったからです。

一方、わが国は世界の潮流とは異なり、病床を増やし続けました。病院のない地域に新たに病院が建てられれば住民の拍手喝采を受け、規模の小さな病院で病床が増えれば病院のサクセス・ストーリーとなったからです。そして、医療需要を超える供給量が整備されることとなりました。これは、医療におけるバブルとみることができます。
わが国では過去30年ほどの間に病床数は2.4倍に増加しました。同じ期間に医師、看護師、薬剤師等の医療従事者の養成数もかなり増加しましたが、病床数が大幅に増加したために、1病床当たり、すなわち1患者当たり職員数はほとんど増加しませんでした。患者2人に看護師1人という現行の水準は、30年前とほとんど変わっていないということです。この間の医学の進歩は著しく、患者のケアなどにより多くの人手が必要となっているにもかかわらず、です。

欧米諸国でも、病床数が多かった時期があります。現在ほど進んだ治療手段がない時代には、医療にとって病床は不可欠の存在だったのです。例えば結核に対しては安静と栄養が唯一の治療法などという時代、病床がないと医療ができなかった。ところが現在ではさまざまの強力な治療手段を手にしており、かつて入院が必要となった疾病そのものが減少したことに加えて、そうした疾病も、短期の入院、または外来や在宅での治療が可能となっています。
こうして、欧米では医学の進歩を素直に反映させる形で病床を削減していったのです。例えば、わずかの期間にスェーデンは1/3、イギリスは半分に減らしました。入院需要が減っているのに、無駄に病床を抱えることは、医療の質と効率にマイナスになると考えたためです。日本でも医学の進歩は当然あったのですが、それに見合うようなベッドのダウンサイジングが行われなかったのです。

在院日数短縮と病床減少は連動

医学の進歩で在院日数は確実に短縮します。平均在院日数30日が15日となると、病床数はそれまでの半分で済む計算になります。平均在院日数が半減しても、病床を削減しないとすれば、病床を倍増したと同じことになります。すなわち、延べの入院患者が倍増するわけです。倍増した入院患者に職員数はそのままで対応するとすれば、仕事はきつくなり、事故のリスクも高くなります。

在院日数が半分に短縮したのであれば、病床数を半分に減らすことで、結果的に患者1人にこれまでの2倍の人手を投入することが可能になります。病床数が半分になるのですから、1病床当たりの診療単価は2倍に引き上げることが可能(国レベルでの政策決断)となります。医療費は単価×量ですから。これで、病院経営も国民医療費も患者負担も影響せずに、今の2倍の手厚い医療を実現できることになります。

入院医療の3要素である、病床数、職員数、平均在院日数はお互いに関連しあうことが分かります。平均在院日数の短縮化は、最近の最優先の医療政策課題となっており、診療報酬でも強い経済的動機づけがなされており(在院日数が長いと診療報酬が少なくなる)、医療現場はその対応に追われているのが現状です。医療の質を低下させることなく、在院日数の短縮化を進めるには、それに見合う病床数の削減と診療単価の引き上げが必要です。

患者を不安にさせない早期退院

欧米諸国の平均在院日数は10日程度で、わが国の3分の1も短い。従って、わが国で長い在院日数の短縮化は当然のことなのですが、早期退院の意義が入院患者に十分理解されず、追い立てられて退院という印象をもたれることが少なくありません。

欧米で早期退院が可能となっているのは、病院は本当に必要な時に短期間利用するところという意識が定着していることに加え、入院中に手厚いケアが受けられて満足度が高いこと、退院後のアフターサービスが確保されていることからです。退院後、具合が悪くなれば近隣のホームドクターにフォローしてもらえますし、場合によれば再入院も可能です。

わが国では、これまでの長い入院になれた患者の意識を変えるための教育活動が欠かせません。何よりも、疾病ごとに最適な在院日数(世界標準)の入院医療が医学的にも優れた治療結果となるという点を理解してもらうことです。長い入院は回復を遅らせ、併発症などを誘発しかねず、社会復帰も遅れることで患者の負担は増大することです。
入院中に今の数倍の人手をかけることができれば、患者1人ひとりに個別のサービスやケアが提供でき、退院後のセルフケアについても十分な時間をかけて指導できるでしょう。人手が増えれば患者の不安を解消する手段はいくらでも考えられます。
さらに、地域での医療連携のシステムを構築することも重要です。患者居住地の診療所や訪問看護ステーションなどと連携をとり、退院後のフォローを確実に行うことです。そうすれば、患者は安心して早期退院の恩恵にあずかれるでしょう。

患者が制度を変える時代に

医療安全に対する不安、質・サービスへの不満、医療費支払いの負担感増大と、患者の医療に対する見方は以前に比べて格段に厳しくなり、その傾向は今後も強まるでしょう。そして、患者の不満や不安は、医療現場や医療行政に大きな影響を与えつつあります。医療事故が社会問題化することで、現場ではその対策に大きなエネルギーを投じることになり、行政は矢次ぎ早に安全対策を打ち出すようになっています。

各種の世論調査に共通する医療に対する患者の3大不満は、親切さ、素早さ、安全さです。これらはいずれも人手不足によって生じるものです。医療従事者はすべて、親切に、素早く、安全に業務を遂行しているはずなのですが、人手不足のために患者にはこれと逆の受け取られ方をしているわけです。

医療の生命線は人手であるという原点に立ち、医療制度改革の核心は人手不足の解消であることを、患者、国民によく理解してもらうことが重要です。患者や国民が制度を変える大きな力をもつ時代にあることを考えると、医療現場の最大の悩みの原因を解き明かし、世論に訴えかける努力を惜しむべきではありません。当事者が透明性と説明責任を果たすことは、医療のやり方だけでなく、医療の制度についてもいえることです。

濃沼 信夫 氏
1975年東北大学医学部卒業。同年、武蔵野赤十字病院勤務。1978年フランス政府給費留学。1981年厚生省入省。保険局医療指導監査官、大臣官房国際課課長補佐等を経て1988年よりWHO本部事務局(ジュネーブ)。1989年国立がんセンター。1990年より現職。
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