今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第28回 2005/08

医療福祉分野で学問や業界の枠を超えた研究開発を

欧米とは比較にならないスピードでばく進する日本の高齢化社会。年金問題を筆頭に問題が山積しています。医療の分野もむろん例外ではなく、難問を数多く抱えているといってよいでしょう。今回は、医療・福祉設備に関してさまざまな問題を扱っている日本医療福祉設備協会の会長、馬杉則彦さんにこれからの医療・福祉設備についておうかがいしました。

日本医療福祉設備協会会長
湯河原厚生年金病院院長
馬杉 則彦 氏

日本医療福祉設備協会

病院設備の研究や改善をめざして発足

日本医療福祉設備協会(以下、協会)は、日本病院設備協会の名の下に、1953年(昭和28年)という戦後復興がようやく始まったばかりの時期に創設されました。このような種類の団体としては非常に古い歴史を持っています。

しかし、取り扱う対象が従来の純粋に病院の設備であった時代から、より幅の広い領域に徐々に広がって来たために、協会の活動内容が多様化して「病院設備」という言葉では表現しきれなくなって来ました。そこで'99年、「医療、福祉および保健」への拡がりを表現するのにふさわしいものとして、日本医療福祉設備協会と名称変更し、協会の目的を「医療、福祉および保健に関する設備・機器の研究、改善ならびに普及を図ること」としたのです。

当初は、病院管理および病院建築の研究者が病院設備に関して研鑽しようという熱意から発足しました。そして、病院諸設備の技術開発を推進し、患者の健康回復への最適な環境づくりに努力して来ました。'72年には技術の向上、啓蒙のために日本病院設備学会(現、日本医療福祉設備学会、以下学会)を立ち上げ、現在、ますます多くの課題の下に研究や研修を行っているところです。
また、'74年には学会に併設して展示会を開催しました。この病院設備展は隆盛の一途をたどり、日本能率協会との提携から、'78年には名前も HOSPEX JAPAN と改め、'96年からは展示場のメッカ東京ビッグサイトで開催されることとなり、当協会の目玉の一つとなっています。

時代の変化と共に変わる病院設備

戦後の日本の病院の変化を示すのに、病院建築・設備を例に引くのはたいへん当を得たものかもしれません。というのは、戦後、この協会が発足してしばらくは医師が病院で誰よりも偉い人であり、その他の今日で言うコメディカル、ナースなどは従属的な存在でした。

今日のように、大きな病院でナース出身の副院長がいくらでもいるというようなことは考えられない状況でした。また、患者さんはいわば医師の言うなりになっていたといっても過言ではないでしょう。したがってその頃の病院設備は、現在とは格段に異なり、病院というよりは一般のビルとしての機能(しかも、医師が使いやすい機能)をもつことが先決でした。

私どもの協会の機関誌「病院設備」をひもといてみますと、50年前には病院の「照明」、「空調」、「放射線設備」、「電気設備」、などの表題が多くを占めています。ITも初期の段階では病院の事務処理、患者さんのモニターなどに限られていました。やっと'81年に「ME機器」、翌年に「ナースコール」の特集が組まれました。医師だけではなくナースを中心とするすべての医療従事者の使いやすさが要求されることを予測した企画であり、当時からするとかなり斬新なものでした。このように、病院設備学会は常に諸外国の設備を参考にしながら、病院設備の啓蒙をはたして来ました。

学際的業際的な考え方が必要なこれからの設備

当協会の構成メンバーは実に多職種の方々からなっています。病院その他の医療、福祉施設の経営者、医師、看護師、設備管理者、栄養士、技師(士)や、関係分野の学識経験者、建築・設備設計者、施工者、さらにメーカーや商社など、医療、福祉および保健に関する設備・機器に関係のある方々を会員として幅広く構成されています。まさに学際的業際的な協会といえるでしょう。
どうしてこのような構成になっているかと言いますと、医療・福祉施設の設備・機器は、多分に多面的な要素から研究される必要があるからです。なぜなら、医療に関わる職種が多種多様であり、使用目的が大きく異なっていたり、治療の目的によっても変わってきたりするからです。

また近年になって非常な速さで発展してきたIT化は、設備や機器を単体として捉えるのでなくシステムとして捉えることを要求するようになりました。もはや、一職種の人がその専門のものだけを研究・開発していることは許されない時代となったのです。今後は学問や業界の枠をとりはらった研究や開発がますます必要になるといえるでしょう。

医療界の変容と今後のあり方

今、医療界全体が非常に難しい時期にきています。病院経営が難しくなって新しい病院を作ることも少なくなってきます。たとえばご存知のように国立病院というのは独立行政法人化して、国からの援助から外れました。全国的な組織の病院、厚生年金病院とか労災病院、社会保険病院なども、とにかく国からの予算ではできないので、公的な病院はこれから縮小の時代になります。今後は公的なもの私的なものを含め、生き残りをかけるにはリストラクチャーをしなくてはいけないでしょう。

ただし、日本は高齢化社会の進行に伴い、介護を中心とした老健施設とかそれに類するものはますます増えるでしょう。規模がそんなに大きくなく、ケアを重視した施設が主になると言えます。また、医療も急性期中心だったのが療養型に移行せざるを得なくなります。そうなると、設備も大きく変わらざるを得ません。
より患者さん主体の病院設備、福祉機器といったものが開発されなければなりません。ITやロボット技術の進歩をうまく応用して、少子高齢化の時代に即した設備・機器というものが、患者さんを中心とした医療、福祉の世界でどのように役立つか注目すべきでしょう。

ロボットに関しては、私が学会長であった2001年の学会ではロボットの特集を組み、展示場のテープカットは私とロボットで行いました。今後、介護ロボットが実際に活躍する場が出てくれば、病室の設計やさまざまな機器の配置等も当然変わってくるでしょうし、それもそう遠くない将来と思われます。
当協会に加盟している会社も今まではハード設備の会社が多かったのですが、そのような会社自身がソフト的な方にシフトする傾向が出てきたのと同時に、新しくできたソフトだけの会社、たとえば医業コンサルティングの会社などが増えてきました。これは医療状況の劣悪化の中で、「経営」という視点から医療全体を見ざるを得ない状況に追い込まれてきた結果といえましょう。 

本年11月に開催される当協会の学会および併設のHOSPEX JAPAN 2005は医療情報のオーソリテイー、名城大学の酒井順哉教授が学会長となり、「ロボット」、「医療情報」、「病院感染」、など盛りだくさんのプログラムで開催されます。医療・福祉関係者の方々、業界分野の方々にとって、これからの医療・福祉のあり方を学問と業界の枠を超えて考える良い機会となるのではないでしょうか。
(詳しくは、協会のホームページをごらんください。)

馬杉 則彦 氏
1939年、東京生まれ。1965年、東京大学医学部卒、脳神経外科専攻。1991年、横浜労災病院副院長。2003年、日本医療福祉設備協会会長。2004年、湯河原厚生年金病院院長。
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