今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第31回 2005/11

病院の中を、「笑い療法士」が闊歩する日を夢みて

医療の高度化が進みさまざまな新薬も開発される中、最近、笑いの医学的効果に注目が集まっています。今回は、笑いと健康の問題にお詳しく、お忙しい診療の傍ら「日本笑い学会」の浜松支部長としてもご活躍の井上邦雄さんに、お話しをうかがいました。

独立行政法人労働者健康福祉機構
浜松労災病院副院長(形成外科部長・中央手術部長)
日本笑い学会浜松支部 支部長
井上 邦雄 氏

日本笑い学会浜松支部
日本笑い学会

1枚のパンフレットから「日本笑い学会」入会

私は大阪の生まれですので、お笑いに潜在的に興味があると言っていいでしょう。10年ほど前、ある製薬会社のパンフレットに、笑いと健康について書いてあるのを見つけました。その中には、後でお話しするノーマン・カズンズや、NK細胞活性化、伊丹仁朗先生のお話などが出ていました。そしてパンフレットの最後に、「日本笑い学会」(以下笑い学会)という学会が'94年にできたということが出ていたのです。これは面白そうだなとすぐに入会し、'95年7月に大阪での総会に出席したのが「日本笑い学会」との関わりの最初になります。

笑い学会の会員の中には医療関係者も多く、おそらく20数%を占めていると思います。さまざまな会員が、笑いに対していろんな分野からアプローチをしています。医学的なアプローチ、看護師さんの看護面からのアプローチ、社会学者による人はなぜ笑うのかというような理論、比較人類学の立場から笑うのは果たして人間だけだろうかということを研究なさっていたり、いわゆるコミュニケーション論をやっている方が異文化コミュニケーションの1つとして、英語落語をやっていたり、本当にさまざまです。

学会の集まりに出席しているうちに、10人集まって申請すれば支部が作れるという笑い学会の規則があることがわかって、'01年の春に浜松労災病院の職員と職員のOBたち12人で申請して浜松労災病院支部を作りました。これは笑い学会の職域での支部としては2つ目、病院の支部としては最初のものでした。
ところが、病院の職員というのはたいへん忙しくて、なかなか決まった時刻に一度に集まることができません。また浜松労災病院支部という名前ですと、病院の職員でないと入れないのではと遠慮する方も多く、病院の中だけの支部では行き詰まりを感じてきました。それで、'03年に浜松労災病院支部を発展的に解消し浜松支部として再出発したのです。現在は遠慮がちだった方たちの入会もあり、だいぶ会員が増えてきました。

笑いの医学的効果について

笑いの医学的効果については、私自身は病院の診療に日夜追われている状態で、笑った前後で検査データがどう変わるかというような研究をする余裕がありません。しかし、さまざまな研究がありますのでその一端をご紹介します。

まず第一に挙げなければならないのは、アメリカのジャーナリスト、ノーマン・カズンズの貢献です。この方は、評論雑誌「サタデーレビュー」の編集長を30年も勤めた人で、自分が強直性脊椎炎という難病にかかり専門医から回復の見込みはないと言われた時、それでは自分で治そうと決意して見事にその難病から生還を果たした人です。
彼の病気は、身体全体の関節の骨が火がついたように痛むという激烈なものだったのですが、彼の考えた方法は炎症を止めるためのビタミンCを大量に飲むことと、「笑い」でした。こっけいな映画を見て、十分間お腹をかかえて笑うと、少なくとも二時間は痛みを感ぜずに眠れることがわかったのです。それで、笑いが身体に好い影響をおよぼしていると感じて、積極的に笑いを取り入れるとともに、それを科学的に実証し始めるのです。愉快な小ばなしを聞く直前と、その数時間後の血沈の測定をする。そうすると必ずいい成績が出ている。こうして笑いが身体にいいということを医学的な根拠があると証明したのです。そしてこの体験を'76年に、医学の専門家以外の論文が掲載されることはほとんどない「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」という権威のある医学雑誌に発表しました。その後、この論文は'79年に少し解説を加えて『笑いと治癒力』として出版されています。

日本でもいろいろな方が研究を始めています。伊丹仁朗先生はがんや難病の治療をしているお医者さんですが、ボランティアの方々にお願いして吉本新喜劇で3時間思いっきり笑ってもらい、その直前と直後の血液成分に変化がないかどうか調べました。着目した成分の1つがNK細胞(natural killer cell)。NK細胞はがん細胞が発生するとそれを見つけて破壊してくれる、がんに対する防御機能を持った細胞です。その結果、笑った後はNK細胞がもともと弱い人は正常域に、正常範囲の人もさらに強くなっていることがわかりました。伊丹先生はこのような実験をしながら、ユーモアトレーニングなどユニークな試みを通じ、心や脳の働きを活用してがんや病気の治療効果を高めようという研究をなさっています。
この他、DNA解明の世界的権威である筑波大学名誉教授の村上和雄先生は、糖尿病の患者さんに昼食をはさんで難しい講演を1時間聴いてもらった前後と、吉本のお笑いを1時間聴いてもらった前後での血糖値の測定をしました。そしたら笑った後の血糖値が大幅に下がっていたのです。このことから、ご自分の専門である遺伝子の分野で、笑いが良い遺伝子のスイッチをオンにするのではないかと述べておられます。
他にもたくさんの方が笑いと健康の関係について研究や実践をされており、これからいろいろ実証されていくのではないかと思っております。

難しかった病院内での実践

医者は絶対笑ってはいけないという人もいますね。でも私は患者さんの気持ちをリラックスさせる意味で笑顔とか笑いは大切だと思っています。患者さんは緊張してこられますから、リラックスして聞いてもらったほうがこちらの説明がよく頭に入るんです。笑うと脳の回路のどこかが活性化されて記憶力がよくなると言っている人もいますからね。

ただ、急性期病院の場合は診療科によっても違いますが、心臓外科など緊急度が高かったり重症の患者さんも多く、確かに笑ってはいられない場合が多いです。そういう意味で、今までは病院、特にドクターは笑いとは遠い位置にいたかもしれません。
実は私の専門である形成外科の場合、患者さんの顔のほくろや傷跡などをきれいにする手術をします。傷跡をきれいにするためには、抜糸後約3ヵ月はしっかりテープ固定をするのです。傷のところを密着して動かないようにするために。だけど口の周りなどはよく動きますね、話すと動く、食べると動く、笑うと動く。それで患者さんに必ずこう言います。「傷のところに緊張がかからないようにするのが目的だからあまり笑わないように」と。これは自己矛盾なんですね。

言語以外のコミュニケーションによる笑い効果

浜松市内のすずかけ病院という療養型病院の看護師さんが、私の講演を聴いて会員になってくれました。その人に、知り合いの人でチンドンをやっている人がいるという話をしたら、それは面白そうだということになり、その方を招いて病院でチンドンの練習をしたんですね。今ではもう年に4、5回、病院の中をチンドン行列をして回るようになっています。

その病院には認知症とか脳梗塞の後遺症で笑えなくなっている人、言葉が通じない方がたくさんいます。ただでさえ老人は表情が乏しくなっていますし、認知症の方は表情がほとんどなくなって笑うことを忘れてしまっています。でも、こういう方々はチンドンを見ると笑い出すことがあるんですね。
コミュニケーションには言語によるものと言語以外のものがあります。言語以外のコミュニケーションとしては、笑顔もその1つですし面白い格好などもそうですね。言葉が通じる人には言葉による笑いが存在します。しかし、認知症の方などは、訪問看護師さんにテープとかCDを渡していくら落語を聴いてもらっても、わからないから笑わないんですね。ところがチンドンを見ますと面白い格好や鳴り物で笑い出す、チンドンと一緒にリズムをとって笑い出す、太鼓のばちを渡すと一緒に太鼓をたたいて笑い出すのです。

現在、音楽療法というのがあります。性格的な問題がある子供や認知症の患者さんに音楽を聴かせて良くするという治療法です。実はチンドンもその1つでリズムとか音、メロディ、昔聴いた音楽ということで思い出すとか、患者さんに良い影響があります。
それからリハビリテーションとしての理学療法、作業療法、言語療法など、いろいろな療法があってそれぞれ資格があります。理学療法士、作業療法士、言語聴覚士がそうですね。音楽療法士は、資格としてはまだ認められてはいないのですが、音楽療法という分野は確立しています。そしてもう1つ、いずれ「笑い療法」というのが必要とされる時期がくるのではないでしょうか。願わくば、「笑い療法士」という資格ができて、将来、国家資格を持った笑い療法士が病院の中を闊歩しているというような状況を期待したいですね。

予防医学の面で役立つかもしれないし、リハビリテーションに役立つかもしれません。糖尿病に本当に笑いが効くと実証されれば、運動療法が確立しているように、笑い療法が確立されるかもしれないと思っています。

井上邦雄 氏
1973年、京都大学医学部卒業後、同医学部附属病院研修医(皮膚科)。1975年、同病院(皮膚科)医員。この間、主に形成外科の診療に従事。1977年、同病院(形成外科)医員。1977年、浜松医科大学医学部助手(皮膚科学講座)。1982年、同医学部附属病院講師(皮膚科)。この間、専ら形成外科領域を担当。1992年、浜松労災病院形成外科部長。2000年、同病院中央手術部長(兼務)。2004年より現職。2005年、静岡産業保健推進センター 産業保健相談員(兼務)
【資格等】
医学博士
日本形成外科学会専門医
日本熱傷学会認定医
労働衛生コンサルタント
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