今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第34回 2006/02

ナースは患者の権利擁護者(アドボケイト)であれ

05年4月からの個人情報保護法完全施行により、日本でも事実上カルテ開示が義務化されました。ますます患者の権利への配慮が必要な時代になってきています。今回は長くNHK 記者として働き、NHKスペシャルやクローズアップ現代などの報道番組で、海外や日本の医療の現場に密着取材をした経験から、ナースは患者の権利擁護者(アドボケイト)たれと主張する隈本邦彦さんにおうかがいしました。

北海道大学
科学技術コミュニケーター養成ユニット 特任教授
隈本 邦彦 氏

北海道大学
北海道大学  科学技術コミュニケーター養成ユニット(現 CoSTEP)

ナースが患者の権利を守らなければ誰も守れない

私がなぜナースは患者の権利擁護者たれと主張するかというと、専門知識を持っていてしかもベッドサイドにいるという二つの条件を満たしているのは、ナースだけだと思うからです。医師には専門知識がありますが、ベッドサイドにはあまりいません。患者の家族はベッドサイドにいるけれども、専門知識がありません。患者さん自身もあまり専門知識を持っていません。そんな状況の中では、専門知識を持ちベッドサイドにいるナースが守らなければ、誰も病院の中で患者の権利を守ることができないということになります。だから私は、ナースが患者の権利擁護者であってほしいというふうに願っているわけです。

アメリカでは看護教育のごく初期の段階で「ナースは患者の権利擁護者(アドボケイト)である」ということを教え込むそうです。日本の看護教育でも「いつも患者さんのためを思って行動しなさい」と教えていると思いますが、それが「本当の意味で何が患者さんの利益になるのかちゃんと見極めて行動しなさい」というような具体的な教え方になっているかどうか疑問です。

ナースに全幅の信頼をおくアメリカの患者

私は、アメリカ・テキサス州のある病院で、抗がん剤の臨床試験を受ける患者さんに密着取材をしたことがあります。その患者さんが病室で十分な説明を受けた後インフォームド・コンセントの書類にサインしていくのですが、その書類の最後のページには「本人」と「研究者」の他に「研究者ではない第三者=証人」がサインする欄がありました。そこでちゃんと説明が行われたかどうかの証人というわけですが、患者さんの求めに応じてそこにサインしたのは、なんとその病棟のナースだったのです。
私たちはびっくりしました。私たちから見ると病棟のナースは「医療側の人」です。医療側の人が本当に第三者になり得るのだろうか?と。

そこで私は、その患者さんに「証人というのは、ふつう弁護士や家族になってもらうのではないんですか」と聞きました。するとその患者さんは「いいえ。そんなことはないですよ。だってナースは私たち患者の味方でしょ」と言うのです。私はその後、臨床試験の研究チームに加わっているナースにも「こういうことは普通なんですか?」と聞いてみました。そうしたらそのナースは「私たちは看護教育の初期に<あなたたちは自分たちの仕事を通じて患者の権利を守っていくのだ>ということをたたきこまれています。だから患者さんが私たちのことを信頼してくれるのは当然だと思います。臨床試験の研究チームに私たちナースが関わるのも、被験者である患者さんの権利を守るためです。別にそんなに驚くことではありません」とあっさり言われてしまいました。
それ以来、私は、日本でも看護教育の初期の段階で「あなたたちは患者の権利を守る職種なのだ」と教えこんでほしいと言うようになったのです。

患者の権利を守るための仕事とは

患者の権利を守るための看護師の仕事の中で、皆さんがすぐにできることとして「通訳」としての仕事があると思います。
例えば医師が「いい薬が出たので化学療法を受けてみませんか」というような簡単な説明をして、患者がすぐに「はい」と答え、そのまま治療に入っていくといったケースがあります。この二人、一見コミュニケーションができているように見えますが、実はまったくコミュニケーションができていないのです。この医師は、日本語ではあるけれども患者には伝わらない、いわば「医師語」を話しています。この医師が口にした「化学療法」という言葉の真の意味は、おそらく患者には理解できていません。抗がん剤の承認が臨床試験の第2相終了段階で出る日本では、固形がんに対する「化学療法」というのは、まだ実験的な治療であり、特に発売直後には肝心の延命効果の証明は不十分な状態といえます。しかしそういった医学的な背景を十分説明した上でなければ、いい薬ですよ、化学療法をやりましょうという言葉を聞いた患者は「ああいい薬だからすごく効くのだろう」と受け止めている恐れがあります。そして患者の多くは、内心もっと質問したいと思っても「お医者様は忙しそうだから」とあきらめて「はい」と治療に同意しているのです。この「はい」は、いわば「患者語」です。

ナースはまず「医師語」を日本語に直し、患者に伝える通訳の仕事をして欲しいのです。そして医師にちゃんと疑問点を聞くことができず、不本意な「患者語」をしゃべっている患者たちの気持ちを医師に伝えていく仕事もしてください。ナースは専門知識を持っているから「医師語」が理解でき、ベッドサイドにいるから「患者語」を聞くことができます。まさにナースは「通訳」として適任なのです。
ただ、注意しなければならないポイントがあります。まじめで熱心なナースほど、医師が治療方針をこうと決めたら、つい患者さんを励ましてそっちのほうにもっていきがちだということです。それはパターナリズム(悪いようにはしないから私にまかせなさいという父権的な態度で患者に望むこと)的な医療に陥っている可能性があります。患者が、治療を怖がったり疑問を持ったりしたときには、むやみに患者を励ますのではなく、なぜそんな患者がそう考えたのか、医師の説明の仕方に問題があったのではないかなどと、「患者の権利を守る立場」で疑問をもってほしいと思います。

本当のインフォームドコンセントとは

私は'05年9月まで25年間、NHK記者として働いていました。その間NHKスペシャルやクローズアップ現代などのドキュメンタリー番組をいろいろ作ったのですが、常にテーマとしてきたのは「患者の権利」でした。
その番組の取材で海外の病院の実情、国内での患者の権利の研究者の取材もたくさんしました。その結果、日本ではまだまだ患者の権利がないがしろにされていて、特に、知る権利や自己決定権、自分が納得した治療を受けるという権利が十分保障されていないと考えるようになりました。本当の意味でのインフォームド・コンセントが定着していないということです。

医師は、診療の結果、これまでの経験や最近の医療データなどをもとに「こういう治療法が最善ですよ」という提案をします。ただそうやって提案した治療に同意してもらうためだけの説明をいくら丁寧にしても、それはインフォームド・コンセントをとるための説明ではありません。自分の提案する治療法のプラス面だけでなく、副作用などのマイナス面も具体的に示し、治療しないで様子を見るということも含め他の選択肢もあることを告げた上で、自分が提案する治療に同意するかどうかを聞く相手に訊く。それが本当のインフォームド・コンセントなのです。
WHOの1989年の決議にあるインフォームド・コンセントの定義によると
(インフォームド・コンセントとは)『威嚇または不適当な誘導なしに、患者が理解できる言葉で、以下のことを説明した後に、自由に行なわれる同意をいう。①診断の評価 ②医師が推薦する治療(処置)の、目的・方法・期間・期待される利益 ③他の治療法(無治療の可能性を含む)④医師が推薦する治療(処置)の、予想される苦痛・不快・副作用』とあります。
これがインフォームドコンセントの基本理念なのです。

自信を持って患者を守るために

患者の権利についてよく理解しているナースは、医師が患者に行う説明を横で聞いているだけで、それが真のインフォームド・コンセントの考え方にかなった説明なのか、自分のやりたい治療に有利な情報だけ出して不利な情報はあまり言わないパターナリズム的な説明なのか、その違いがわかるはずです。
そんなナースになるためには患者の権利について相当勉強していなければならないでしょう。「本当にこれでいいのかなあ」とうすうす疑問を感じている程度では、とても患者の権利を守ることはできないのです。また患者の権利についての知識だけではなく、どう行動したら権利を守れるのかという具体的な方法についても訓練をしておくことも大切です。

その方法として看護教育に取り入れて欲しいのは、患者の権利についてのケーススタディです。例えばカルテ開示について考えましょう。ある医師が「私は信頼関係のある患者さんにはカルテを見せますよ」といっている場合、あなたはどう考えますか? これは実は間違いなのです。逆です。患者にカルテを見せることによって「私たちはあなたに隠し事はしていません」とアピールでき、ようやく患者から信頼をもってもらえるのです。看護学生たちにはこんなケーススタディをたくさんやってもらいたいと思います。

さらに私が薦めたいのは、さまざまな患者の権利団体との交流です。日本にはたくさん患者会や患者の権利団体があります。病気と戦いながら患者の権利の実現に頑張っている人たちの声をぜひ直に聞いてみてほしいと思います。

個人情報保護法で明確になった患者のプライバシー

実は日本では、'05年4月に完全施行された個人情報保護法によって、事実上カルテ開示が法制化されています。個人情報保護法第25条には「個人情報を収集している民間の事業者は、その中身が見たいと本人に言われたら速やかに見せなくてはいけない」と規定されています。この個人情報は、病院で言えば「カルテを含むすべての医療情報」のことです。このことを院内掲示などで知らせている病院もありますが、「サービスでカルテを見せますよ」ではなく、「法律上見せなければいけないことになっています」ということをちゃんと言うべきだと思います。

日本ではまだ、がんという病名を伝えるとき、特に進行がんであった場合には、まず家族を呼んで本人に告げていいかどうか聞くというような、伝統的なやり方をしているところがあります。ところがその病名がHIV感染だった場合はどうでしょう。例えば奥さんがやってきて「私は十分話を聞いているので夫のHIV検査結果を教えてください」と言っても誰も教えないでしょう。なぜならHIV感染という病名は、非常に重要なプライバシーだということを皆教えられているからです。でも実はそれはがんという病名でも同じなのです。病名はどんな病名でも常に患者にとってのきわめて高度なプライバシーです。本来ならそれを本人が知った上で、それを家族に告げたいかどうか聞くべき問題なのです。

よく、がんということを知らされない権利もあるのではという人がいますが、それは誤りです。知る権利はその人の権利ですからその人が任意に放棄することができるということなのです。ですから「私は詳しく知りたくない、先生にお任せします」と言う人もいていいわけです。
同じように「お任せします」でも、知る権利が保障されていないという状態と、権利が保障されているけれどもそれを自由に放棄できる状態とは全然意味が違います。あの人には告げるがこの人には告げない、そういうことを医療者が勝手に判断してやっているとすると、たとえそれが「患者のため」を思ってやったことであっても、患者の権利を侵害していることになる。そこをわかっていただきたいのです。

隈本邦彦 氏
1980年上智大学理工学部卒業後NHK入局。金沢放送局勤務を振り出しに、NHK報道局特報部、社会部(厚生省担当)、科学文化部記者を経て、科学文化部デスクを歴任。'96年静岡放送局放送部副部長。'00年名古屋放送局報道部副部長。'05年6月NHKラジオセンターチーフディレクター。'05年10月より現職。 

藤田保健衛生大学客員教授。藤田保健衛生大学付属病院看護部研修講師。
平成13年度文部科学省「看護学教育の在り方に関する検討会」委員
【主な制作番組】
プライム10「あなたは生命(いのち)を選べますか?~ここまできた胎児診断~」
NHKスペシャル「院内感染~脅威の細菌MRSAを追う~」
NHKスペシャル「カルテは誰ものか~開かれた医療への模索~」
NHKスペシャル「新薬はこうしてテストされる~臨床試験の舞台裏~」
NHKスペシャル「アトピー性皮膚炎と闘う」
【著書】
「今日の癌化学療法」(分担執筆) 中外医学社(1996)
「アトピー治療最前線」NHK取材班(共著) 岩波書店 (1997)
「看護師のための『患者の権利講座』 」 日本看護協会出版会 (2006年2月出版予定)
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