今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第41回 2006/09

医療安全の確保は看護師の人員確保と患者さんの認識から

医療事故の多発により国民の医療不信が増大したことから、厚労省は2001年に医療安全対策検討会議を設置し、この5年間にさまざまな対策を打ち出してきました。今回は看護職のヒューマンエラーにお詳しい楠本万里子さんに、主に看護職が係る医療安全の現状や問題点、今後の課題などについておうかがいしました。

社団法人 日本看護協会
常任理事
楠本 万里子 氏

日本看護協会

医療事故多発の背景にある入院期間の短縮化と患者の高齢化

医療事故が多発するようになった原因として、一つには医療の高度化、複雑化に加えて入院期間の短縮化があげられます。今までは手術を受けるとなると、1週間くらい前に入院して心身共にベストな状態で手術が受けられる準備を病院の中で整えたわけです。必要な検査を終え、手術の日には家族の誰が来院するのかなど、その人と家族の状況、手術を受ける心理状態までみんな分かった上で手術が進められました。

 それが今は、手術を受けられる準備は外来と自宅とでします。入院したら明日手術ですとか、外来や検査室で手術を受けて日帰りすることもあるなど、ものすごく高速回転の状況になっています。
 それに加え、患者さん側の高齢化という要因が看護業務を複雑化しています。お年寄りは住み慣れたところでは支障なく日常生活を送っている方でも、環境が変わると認知の低下が起こりがちです。それで、いろいろな説明がよくわからず栄養チューブや点滴チューブを引き抜いたり、トイレの行き帰りに迷ってしまったり、ベッドでの生活に慣れず寝返りや移動の際に転落したりということが起きます。その結果、本来の病気にさらに合併症が加わり、健康状態が一層悪化します。

 このように入院期間の短縮は、看護師が、患者さんの普段の健康レベルを詳しく把握し、少しの変化も見逃さず察知し重症化を予防するということや、入院生活や退院に向けた相談・指導を十分に行うことを困難にしています。そして、患者さんとご家族の医療への不信・不満を募らせ、一方で医療従事者のストレスも増大という悪循環を生み出しています。

ナースのヒューマンエラーの三大要因

新聞で報道されたような、女性の患者さんに気管切開するはずが、男性の患者さんにされてしまうという間違いがなぜ起こるのか、不思議だと思われるでしょう。しかし医療現場には、ヒューマンエラーが起き易い環境要因が山ほどあるのです。このことは、今年8月に公表された(財)医療機能評価機構の平成17年度医療故事例収集事業報告でも、ヒヤリ・ハット事例の発生原因の多い順は「確認を怠った」「観察を怠った」「判断を怠った」であることでも明らかです。

看護師が係るヒューマンエラーの要因は大きく3つあります。多重課題、作業中断、時間切迫です。多くの現場で看護師は複数の患者さんを受け持ち、個別的なケアを計画的に進めようとしますが、その間も医師から指示が出たり、他の患者さんから呼ばれたり、面会の方から声をかけられたり、電話に出たりと、あれもこれもしなければならない、多重課題を抱えています。

2つ目の作業中断とは、たとえば、看護師が複数の注射薬のミキシング、つまり点滴の中に数種類の薬剤を入れる作業をしている途中でナースコールが鳴ると、作業を中断してそちらの用を済ませ、また先ほどの作業を続ける状況です。遅れを急ぐ気持からの作業の手順や確認の不確実さなどで、薬剤の量や種類を間違えやすくなります。看護師の仕事はこのような作業中断の連続です。

もう一つは「時間切迫」です。病院では多くの患者さんの手術や検査をあらかじめ決められたスケジュールで進めています。看護師は、このスケジュールに支障が出ないように決められた時間までに粛々と患者さんの準備を進めなければなりません。頭の中はこの患者さんを手術に出す前に体をふいて、その次にバイタルサインをチェックして、その間にあの患者さんの点滴を交換して・・などと、分刻みの作業行程を組んでいます。そして多くは交代勤務ですので、交代時間までに次の人に迷惑がかからない程度に仕事を終えなければならないなど、常に時間に追いまわされているのです。

もちろん、これらの要因は、一般の人々の生活にも時々あることですが、看護の現場では常態化していて、この環境ゆえにミスが置きやすく、その影響が患者さんの命に直接及んでしまうことが問題なのです。

医療事故の最大の原因は人員不足

医療事故の種類は、相変わらず転倒・転落、薬剤、チューブ・カテーテル類、人工呼吸器や輸液ポンプの操作などが報告されています。これらの事故の根本原因として人員不足が深く関係しています。欧米先進国に比較して四分の一、五分の一という看護職をはじめとして、医師も少ないのが日本の現状です。

最近、米国医学研究所(Institute of Medicine:IMO)の「ナースの労働環境と患者安全委員会」の報告書『患者の安全を守る―医療・看護の労働環境の変革』が出版されました。それには、患者の安全を決定づけるナースの役割と、高い水準の看護人員配置がより安全な患者ケアをもたらすということを実証する研究成果が多く示されています。

この中で、アメリカのペンシルベニアで行われた研究で、正規の教育を受けたレジスタードナースの配置が多いほど合併症の発生が少ないことや、一人の看護師につき患者が一人増えると死亡率が7%上昇するなどの結果報告があります。この研究の成果などを根拠にして、アメリカのカリフォルニア州では常時5対1という看護配置基準を法制化しました。現在、アメリカの12州で看護師は常時配置5対1の実現に向けて闘っていると聞いています。日本の看護配置基準はまだ最高が7対1で、それも7%の病院が実現したにすぎませんので、まだまだ手厚いという状況とは言えません。

誤解を生んでいた看護配置2対1の表記

今回の診療報酬改定でやっと看護配置基準が引き上げられ、7対1という基準ができました。今までの最高の配置基準が2対1という表記でしたので、7対1では後退ではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。実はこの表記の仕方が誤解を生んでいたのです。7:1はこれまでの表記にすると、1.4:1になります。2対1というのは、500床の病院があったら250人のナースがいるということですが、この250人は外来や病棟、休みの人、研修に行っている人、会議に出席している人、管理者などを全部含めた数字なのです。

2:1は実質10対1、2.5対1は実質13対1なのです。ある国会議員に「患者2人に1人もの看護師がいるのにまだ増やせとは」と言われた時に、私たちも「はっ」と数字のマジックに気付いたのですね。今度の診療報酬の改定で、やっと、日勤、準夜勤、深夜勤ごとに看護師一人が受け持つ患者数を病棟ごとに表示することになりました。これで特に、夜勤の手薄な看護配置の実態が広くお分かりいただけるようになります。7:1の届け出はこの5月1日時点で、まだ280施設ですが、急性期医療を担う病院の65.8%が10:1以上を届出ていますので、看護のより手厚い配置が予想以上に進んでいると考えられます。

医療安全対策の現状

医療安全対策に関しては、平成14年に厚労省の医療安全対策会議から「医療安全推進総合対策」が出され、昨年7月にそのバージョン2である「今後の医療安全対策について」が提言されました。

前者には、医療安全の全体像として、人とモノとシステムの関わりと共に、医療関係者が何をすべきかを整理したグランドデザインが示されました。「今後の医療安全対策について」には、今後5年間程度の医療安全のあるべき姿と、短期的に達成する事項が診療報酬での評価などを含め提言されています。安全管理体制の充実や行政処分を受けた医師等の再教育受講、医療安全支援センターの法制化は、今回の医療法等の改正にも盛り込まれています。
今回の医療法改正では、受け手の権利を保証する医療ということが、医療提供の理念の一つにあります。患者さんや国民が「安全で安心な医療を受ける」には、適切な情報を得て自分で選び決定し、自分自身を守る責任もあるという自覚をしていただく、言い換えれば、医療従事者と患者さんが協働して安全で満足のいく医療を進めていくことが重要です。

医療機関での医療安全体制整備は診療報酬算定に係る基本的要件になり、ペナルティが課されるよりも厳しい対応になります。各施設での医療安全推進の要となる医療安全管理者の専従配置が診療報酬で認められたので、今後の急増が予測されます。厚生労働省では、その質担保のための教育の指針等を検討しています。

課題は管理者の意識向上と患者さんの病院を選ぶ目

医療安全対策推進はまずは病院のトップ管理者の医療安全に関する意識向上を図り、その意識を持続させることが大切です。それから様々な医療従事者内部の努力もさることながら、患者さん・国民も医療安全文化が根付いている病院を選ぶ目を持つことが重要です。患者さんに「聞き逃したことはありませんか」と必ず一言声をかけましょうと決め行動している病院も増えています。患者さんとのコミュニケーションを大切にするという、医療の原点に少しづつ戻っていると感じます。患者さんたちにもぜひこの流れに乗っていただきたいと思います。

患者さんやご家族には、できるだけ聞きたいことを整理しメモなどにして医師や看護師に尋ねることを習慣にしていただくと良いでしょう。セカンドオピニオンを取ることは当然の権利ですし、診療報酬上でも評価されようになりましたので、「もうちょっとお話を聞きたいのですが」や、「念のため診断を受けたいのでどこかありますか」など、遠慮なくおっしゃっていただきたいと思います。

今、私たちはやっと、看護職の配置と作業環境改善が医療の安全確保、ひいては良質な医療提供につながるということに関心が寄せられ、制度上の明確な動きとなってきたことに大いに励まされております。私たち看護職に寄せられた期待に応えていけるよう、これまで以上に頑張らなければと思っているところです。

楠本 万里子 氏
1951年三重県出身。国立京都病院付属看護助産学校助産婦科、明治学院大学社会学部社会学科卒業。国立京都病院、同看護助産学校、厚生省健康政策局看護科勤務を経て、1995年、日本看護協会中央ナースセンター勤務。1999年、日本看護協会出版会勤務後、2001年より現職。
【日本看護協会での主な担当事業】
・医療・看護の安全対策事業
・看護職賠償責任保険制度の運用に関すること
・看護マンパワー確保に関すること
【協会外での活動】
・厚生労働省医療安全対策検討会議委員
・厚生労働省医療安全推進会議ヒューマンエラー部会委員
・厚生労働省医療機関における個人情報保護のあり方に関する検討会委員
・(財)日本医療機能評価機構 医療安全推進連絡協議会幹事委員
・(財)医療関連サービス振興会評議員
・(財)医療情報システム開発センター評議員
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