今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第43回 2006/11

EBM、EBNにはクリティカルな視点を持って。原点を「患者の語り」に求める

最近、医療界ではEBM(Evidence Based Medicine=根拠に基づいた医療)やEBN(Evidence Based Nursing)という言葉があちこちで見られ、何か心強い印象を受けます。しかし、エビデンスに基づく医療、エビデンスに基づく看護とは本当はどんなことなのでしょう。今回は看護師の方々が本当の意味のEBN思考を身に付けることが大切と主張される、別府宏圀さんにおうかがいしました。

新横浜ソーワクリニック院長
医薬品・治療研究会(TIP)代表
DIPEx-JAPAN設立準備会代表
別府 宏圀 氏

新横浜ソーワクリニック
医薬品・治療研究会(TIP)
DIPEx(「患者の語り」のデータベース)日本語ゲートウェイ

本来の意義と乖離した日本のEBMの現状

EBMの思想的基盤を築き上げた功績によって、コクラン・ライブラリーなどにその名前を冠しているアーチー・コクランは、次のような内容の言葉を残しています。「私たちが、それぞれの専門分野におけるランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)をきちんと批判的に吟味し、定期的に見直す作業を怠ってきたという指摘は、まさに医療専門家に対する痛烈な批判と受けとめるべきである」と言うのです。

私がメタアナリシスやコクラン・センターのことを最初に日本に紹介したのはもう14年も前のことになりますが、いまではEBM・EBNという言葉が日常的に語られるようになり、国の医療政策の中にもとりいれられるようになったのですから、振り返ってみると感慨深いものがあります。しかし、他方では、言葉の浸透した割には、日本の医療現場がそれほど変わっていないことに、ある種のもどかしさや疑問も感じます。ガイドラインひとつをとってみても、本当にこれでエビデンスと言えるのだろうかという内容のものが少なくないからです。

実際にコクランのレビュー・グループに参加して、コクラン・ライブラリーが作られて行く過程を目の当たりにして感じたこととくらべると、日本で作られるガイドラインやシステマティク・レビューにはどうも詰めの甘さが見られます。その基本的な違いはどこにあるかというと、結局は総説(レビュー)に対する評価の厳しさに大きな差があるように思われます。日本では総説というと原著論文と比べて一段価値の低いもの、オリジナリティーの乏しいものという印象を持っている人が多いのではないでしょうか。レビューを行う場合は、該当する問題に関して書かれた沢山の論文を収集し、それらを分析して、現時点における評価をまとめ上げるわけですが、下手をすると手頃な数の論文を通覧して、多少目新しいこととか、自分の予想や価値判断に合った論文を恣意的に選んで結論をまとめ上げ、それに多少の考察を加えて出来上がる手軽な作業と誤解しているような論文をみかけることがあります。

しかし、本当の意味でのシステマティック・レビューは、まず膨大な数の論文収集作業に始まる、とても根気の要る仕事です。システマティック(組織的、体系的)という言葉にふさわしい徹底した調査が必要になります。自国語や英語で発表された論文だけでなく、比較的まれな言語で書かれた論文も読まなければなりません。正式な論文としては発表されていないが学会抄録や単行本に掲載された研究、製薬会社などが独自に行った研究、小さな研究会での発表など、さまざまな手段を使って、見落としはないかどうかを丹念に調べます。また、これとは反対に重複した論文がないかどうかもチェックしなければなりません。同一研究を複数の異なる論文として発表する例があるからです。
次に行わなければならないのが、個々の研究論文の中身を批判的な目できちんと読み、取捨選択する作業です。自分の好みで選ぶのではなく、明確な基準をあらかじめ作っておき、それをもとに「これはこういう点が抜けているからまずい、こうだから良い」という目で選びます。したがってシステマティック・レビューを行う場合、実際に論文を書く時間と比べて、準備に要する時間のほうがはるかに長くかかります。

EBNに大切なのは疑ってみる知性

医学は経験科学の世界です。ですからエビデンスと言っても、これは正しくこれは間違っているという明確な境界線が引けるわけではありません。現時点で入手できるデータを総合すると、ここらまでは確かだろう、ここはまだはっきりしないという流動的な部分が常に残されています。ですから、批判的な目をもたないでただ素直に論文に書かれていることを信じ込まないでほしいのです。他人から与えられた基準をもとに、それに合うから正しい、外れているから間違いだと判断するのは科学ではありません。常に疑うことが、科学の基本なのですから。明治維新以降、ただひたすらに欧米の学問を吸収し、追いつけ追い越せで進んできた日本では、先生から教わったことを早く覚え、能率よく身につけることが大事でしたから、エビデンスもまた他人から与えられる尺度に過ぎなかったのです。
治療をしたり看護をしたりする時にも、人から教えられて「これが正しいのだ」と覚えるのではなく、どう考え、どう判断するかが問題なのです。すべてを自分で点検するというのは難しいとしても、教えられたこと、読んだことをもう一度自分の頭で考え、咀嚼しなおして受け入れる習慣をつけてほしいのです。メタビューのグラフや95%信頼区間などというものを見せられると、ついついそれがエビデンスだと信じたくなりますが、大事なのはそれがどんな材料をもとにどのようにして導き出されたかを考えることです。沢山のRCTを集めると、そこには優れた論文も怪しげな論文も混ざっています。きちんと、その研究論文の中身を吟味し、取捨選択を行わなければ、そこから導き出された結論も間違ったものになりますが、それでもメタビューのグラフは書けるし、95%信頼区間も算出できます。だから、システマティック・レビューを読むときは、どんな研究論文をどのような理由で採択し、どのような基準で除外したかがきちんと書き込まれているかどうかを自分の目でチェックしてほしいのです。

看護師さんには向上心があって勉強の好きな人が多いのですが、ともするといろんなところからつまみ食いしてきた結論をつなぎあわせて、だからこうなんだという議論をする人を見かけます。
完成したEBM・EBNなどというものはないのです。たとえば去年のコクラン・ライブラリーにはこう書いてあったけれども、次の年には違ったことが書いてあるということがよくあります。そんな変化に接しても、どちらを信じれば良いのかと慌てふためくのではなく、なぜそのような結論に変わったのかを見比べてみて下さい。一番大事なのはそういうフレキシブルな感覚であり、いつも疑ってみる知性だと思いますね。

情報を利用する技術を磨き、看護師さんの身近な題材を学問に

今は昔と違ってコンピュータが使え、ちょっとキーボードをたたけば膨大なデータを瞬時に扱うことのできる環境が整っています。ちょっとしたこつさえつかめば、判断のよりどころになる情報をすぐ取り寄せられる状況にあるわけです。ですから看護師さんもそういうものを利用する技術を磨いてほしいと思います。英語だからだめ、コンピュータは苦手だからだめというのではなく、やはり努力してそういうものを利用する習慣を身につけてほしいのです。慣れれば何でもないことなのですから。

また、看護師さんの中には、EBM・EBNというと自分たちとは全然違う世界のものだとか、考える役割は医師だけだと思いこんでいる人たちがいます。しかし、そうではありません。看護師さんたちの研究発表をいろいろ聞かせてもらって思うのは、なんとなく医師を真似て、しかも場合によっては権威主義的な悪い面を真似ているように感じることがあります。そうではなく、もっと自分たちに身近な題材を使って、もっと自分たちの目で判断してほしいと思います。

そういう意味では、ナラティブ・ベースド・メディシン(Narrative-Based Medicine:NBMと略称される。患者の語る言葉がもつ情報としての重要性に着目し、そこから医療のあるべき姿をとらえる考え方)とか、質的研究というものを大事にして欲しいと思います。NBMはしばしばEBMと対立する概念だと思われがちですが、どちらもオックスフォードに端を発しているように、実は全く同じ根からでた二つの枝なのです。特にここでは、いま多くの人々の注目を集めているDIPEx(Database of Individual Patients' Experiences of Health and Illnessの頭文字をとり、ディペックスと呼ばれる)というインターネット・サイトを紹介しておきたいと思います。

患者さん、医師、看護師に役立つDIPEx

DIPExを運営しているのは、コクラン共同計画の発足にも関わった英国の臨床薬理学者ヘルクスハイマー(Herxheimer)氏らを中心に始められた活動であり、オックスフォード大学のプライマリケア部門と「DIPExチャリティ」という非営利団体によって作成・運営されているウェブサイトです。そこでは1,000人を超す患者や介護者が、病気になって経験した事柄を語っており、その言葉や表情の動きをビデオ画像として直かに見ることができます。

現在、DIPExがカバーしている疾患や医療経験は、がん、心疾患、神経疾患、がん検診、出生前診断など27項目にのぼり、それぞれについて35人から50人の語りが収録されています。出演している人々は匿名ではあるけれど、顔を隠したり映像をぼかしたりせずに、カメラに向って率直に自分の体験について語っています。

たとえば突然いまあなたが癌であると診断されたとします。それは一体どんな癌なのか、どれくらい確かなのか、どんな検査、どんな治療が必要なのか、あとどれくらい生きられるのか、これから起こる症状はどんなことなのか、どうすれば進行を抑えたり、症状を軽減したりできるのか、次々とわいてくる不安や疑問に呆然とするかもしれません。主治医からの説明ではなかなか分かりにくいし、それがどれくらい自分の場合に当てはまるのかも不明です。そんなとき、おそらく一番役にたつのは同じ病気を抱えている患者からの情報やアドバイスでしょう。1疾患につき35~50人のインタビューを見れば、その中の誰かは自分と同じような経験をしているはずです。

DIPExにはまた、個別インタビューだけでなく、それぞれの疾患についての概要が要領よくまとめてあり、診断・治療・合併症など、患者に関係する細々とした事柄についても分かり易い説明が提示されています。また、これらの情報は個々の患者さんに役立つだけでなく、医療を提供する側にとっても、また医療政策を立案する人々にとっても、非常に貴重です。専門家が陥りやすい誤解や盲点がどのあたりにあるかを教えてくれるし、何よりも患者さんの言葉が与えるインパクトに学ぶことが多いからです。

DIPEx-JAPANを設立し、利用者の幅を広げたい

実はいま私たちはDIPEx-JAPAN(仮称)を立ち上げようとしています。DIPExは全て英語で語られているので、その翻訳・吹き替えを行って日本人に利用しやすいようにすると同時に、将来は日本の患者さんを対象としたインタビューも加えてネットに掲載しようという計画です。DIPExは、看護師さんたちにとって非常に有用な情報サイトだと思います。NBMは看護職の独壇場だからです。看護師が患者さんたちから聞き取ってくる情報そのものがまさに貴重なデータなのです。そういう情報を基盤とする学問として、このような研究をぜひ育てて行きたいと考えています。

別府 宏圀 氏
1938年、京城(ソウル)生まれ。1964年3月、東京大学医学部医学科卒業。1965年、同大学医学部神経内科入局。1970年、同助手。1974年、都立府中病院神経内科医長。1980年、都立神経病院神経内科医長。1986年、同部長。1992年、都立北療育医療センター副院長。
1997年7月:都立府中療育センター副院長。2000年、都立北療育医療センター院長。2003年7月より現職(医療法人社団相和会 新横浜ソーワクリニック・横浜総合健診センター院長)

日本神経学会評議員
日本臨床薬理学会評議員
日本薬剤疫学会評議員
日本総合健診医学会評議員
医薬品・治療研究会 代表
The Informed Prescriber(「正しい治療と薬の情報」誌編集長
薬害オンブズパースン会議 副代表
医薬ビジランスセンター 理事

[専門分野]神経内科、臨床薬理学、薬剤疫学
【主な著書】
『医者が薬を疑うとき』(亜紀書房)、『薬のいちばん大事な話』(河出書房新社)、『神経内科学書』(朝倉書店)[分担執筆]、『世界のエッセンシャルドラッグ』(三省堂)[翻訳]、『P-drugマニュアル』(医学書院)[翻訳]、『システマティック・レビュー』(サイエンティスト社)[翻訳]、『暴走するクスリ』(医薬ビジランスセンター)[翻訳]、他。
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