今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第44回 2006/12

改正介護保険法施行から半年。見えてきた介護予防の実態

2006年4月に改正介護保険法が施行され半年を経過しました。今回の法改正では介護予防ということが大々的に取り上げられたわけですが、実際にどのようなものかということは、いまひとつ国民の間に浸透していないようです。今回は介護予防問題にお詳しい、鈴木隆雄先生におうかがいしました。

財団法人 東京都高齢者研究・福祉振興財団
東京都老人総合研究所 副所長
鈴木 隆雄 氏

東京都老人総合研究所

介護予防重視の法改正。その背景は家事援助サービス受給者の急増

介護予防が大事だというのは、理念的には異論がないと思います。誰でもなるべく介護を受けたくないわけですし、介護をなるべく受けないようにしようというのが平たく言えば介護予防の概念です。
介護予防には基本的に2つの意味があります。一つは国の制度である介護保険のサービスを受ける前に、そうならないように予防するという介護予防。もう一つは、介護サービスを受けるようになったとしても、それを悪化させない取組みも、つまり介護度悪化予防も介護予防なんです。みなさん一人ひとりが、あるいは行政がそういった介護予防の仕組みを作り、一人ひとりが介護予防に心がけてできるだけ自分らしく最後まで自立して生きていく。介護予防というのは簡単に言えばそれだけのことと言えます。

ただ今回、国が今年の4月からの法改正に伴って介護予防を強く打ち出した背景には、介護保険が始まって5年を経過した中で、本来は予防給付という中でなされるはずだった介護予防が現実にはうまくいかなかったこと。さらに軽度の介護サービスを必要とする方、具体的に言うと「要支援の方」と「要介護1」の方々が非常に増えてしまった。しかもそのサービス内容のほとんどが家事援助サービスに偏っており、言ってみればお手伝いさん代わりになっているということがありました。それはそもそも介護予防の主旨から見ておかしいし、経費的にも大変になり、今後維持していけないという現実的な流れができてきたわけです。ですから、本当に効率の良い介護予防とはという議論や、日本における介護予防のエビデンスに基づく対応がどれだけ蓄積されているかという検証を経て、この4月からいわゆる介護予防を今回の改正介護保険法の一つの柱としたわけです。

高齢者の生活機能は下がってもまた上がる可能性がある

私たちは1990年頃からいろんな地域で、高齢者の体力や生活機能あるいは健康度が1年1年どう変わるかということを観ています。それによると、普通、高齢期になって生活機能なり健康度がいったん下がっても、2-3割の方々は次の年には自助努力などでまた上がるということがわかっています。もちろんそこに深刻な病気、たとえば脳卒中などがあれば翌年下がって、低いまま維持するということはありますが、しかし、多くの場合「ゆらぎ」をもって推移してゆくものです。 しかし、介護保険が始まってから逆にそういうことがなくなってしまいました。言ってみれば、昔は保険がなかったので、自分である程度がんばって良くしないとそれ以降の自分の生活が自分で守れなかった。しかし、介護保険ではわずかな負担でサービスを得ることができる。人間誰しも易きに流れますから、そういうサービスを受けるようになりますと、本来はリカバリーする能力のある人たちでさえリカバリーできなくなってしまった。そういう現実があるのではないかと思います。

今回の改正で大きな影響のあった軽度の支援受給者

今回の改正では、例えば今まで家事援助サービスを受けていた人は、原則廃止になりました。他方、保険料は上がったわけです。その結果、今までの要支援や要介護1の方で急性期と認知症を除いた約7割の方のサービス量は減ることになりました。したがってこれまで軽度の支援をうけていた人たちは、割を食ったという思いが非常に強く大きな不満となっています。

ケアマネジャーの中にも、できるだけ保険の枠内でサービスを提供してサービス受給者に喜んでもらうのが仕事なのに、それを減らせとは何事かと怒っている人がいます。しかし、それは明らかに間違いで、木を見て森を見ない意見だと思います。 要介護認定を受けた人は1号被保険者の中でわずか15%にすぎません。残りの85%の方は毎月保険料を払いながら、介護保険サービスを受けずに自立して頑張っているのです。要するにそういう議論をする人は、高齢者の15%の方を残りの高齢者や国民の皆がサポートしているのだという意識が完全に欠落していると思います。

介護予防が必要な人を十分スクリーニングできない現状

今回の改正介護保険法の中で一番大きな問題の一つは、まだ要介護認定を受けていない高齢者の中で介護予防のサービスを必要とする人、法律上は特定高齢者と呼んでいますが、この特定高齢者のスクリーニングの仕組みがうまく働いていないことです。

今回の地域支援事業の中で、特定高齢者を選ぶ仕組みは、地域における65歳以上の人たちの基本検診に、介護予防のプログラムが必要かどうかを判定する生活機能評価を上乗せしたものです。 いわば病気ではなく、虚弱が進行していて、まだ介護保険を申請していないけれど介護予防の取り組みが必要だという人を、スクリーニングしようという新しい仕組みを作ったわけです。

国はこの特定高齢者を5%と想定しています。 要介護認定を受けた人以外の高齢者でおおよそ100-120万人を想定したわけです。しかし半年経って、基本検診の中からはほとんど特定高齢者が出てきていません。それはなぜかというと、一つはスクリーニングの基準が厳しかったこと。もう一つは、実は検診に来る人はみなさんお元気な人だからです。問題なのは、検診を受けない65歳以上の人の中に特定高齢者がたくさんいるということが見えてきました。今後はかかりつけ医などからの、いわゆる関係機関との寄り緊密な連携や未受診者での介護予防の必要な方の掘り起しがより重点的になってくると思われます。

まだ十分に機能していない地域包括支援センターの実態

介護予防というのは、介護を受けずに自分で自分の生活をきちっとできるようにすることです。加齢に伴っていろいろな機能が落ちてきますが、一番影響を受けるのが生活機能です。昨日まではちゃんと棚にあるお茶碗を取って食事ができた。でも最近、茶碗にも手が届かない、流しまで行くのもおっくうだ、足の筋肉も衰えている。生活機能はそういう話です。必ずしも病気ではありません。しかし、そういうことが起きると転びやすくなるし骨折もしやすくなります。十分な食事を作らないから、栄養が偏って血液中のアルブミンが低下し、身体の抵抗力が失われたりするわけです。

今回の改正では、地域包括支援センターで保健師さんが中心となって、介護予防のケアマネジメントを行なうことになっています。しかし現実には、今、地域包括支援センターは介護予防ではまだ十分に動けない状態です。なぜかというと、そもそも基本検診で特定高齢者を選ぶつもりだったのが、実際には特定高齢者が出てこないということ、制度改正の移行期でこれまでのサービス受給者からの不平不満、苦情の対応に追われていること、ホームヘルプサービスが通所型に変容したためのセッティングをしなくてはならないなど、多くの問題を抱えているからです。

地域包括支援センターの介護予防担当者は保健師さんですが、たいへん大きな負担がかかってきています。 保健師さんが今までやってきたのは地域保健であり、主に疾病予防です。それが急遽、介護予防の視点から生活機能低下を予防するという方針も加わりました。しかし、それに対するノウハウも不慣れであり、研修もまだ受けたことがないというのが実態です。

介護予防プランニングの問題

地域包括支援センターで責任をもつ介護予防プランニングは、最初は保険者直営でとされていましたが、計算上、保健師一人でざっと年間500-700人を扱うのは無理だということがわかり、居宅支援事業所に委託してこれをおこなうということになりました。しかし介護予防に関する報酬単価がかなり低く設定されたために、居宅支援事業所からの十分な協力が得られづらくなっているというのが現状だろうと思います。

今回の法改正のポイントは2つあって、一つは軽度者を介護予防に切り分け、中・重度者に対しては手厚くし、重度者に対する長期の継続的なケアマネジメントに対しては高い報酬を盛り込んでいます。これは決して悪いことではないと思いますが、介護予防に関しては必ずしも十分とはいえない報酬体系になっていると思います。だからと言って介護予防が不必要だというのではありません。介護予防というのは、基本的な理念として非常に大事なのでそれはいいのですが、今回の法改正がそれを上手に運用する役割を担ったかと言うと、ちょっと首を傾げざるを得ません。介護予防を実現する具体的なやり方が、はっきり言って理念とまだまだ乖離があるように思われるのです。

鈴木 隆雄 氏
【略歴】

北海道札幌市出身
1976年 札幌医科大学医学部卒業
1982年 東京大学大学院博士課程修了(理学系研究科)
1988年 札幌医科大学助教授(解剖学)
1990年 東京都老人総合研究所 研究室長(疫学)
1995-2005年 東京大学大学院客員教授(生命科学専攻分野) 
1996年 同研究所部長
2000年 同研究所副所長 (現在に至る)
2003年 首都大学東京大学院併任教授 (現在に至る)
【主な著書】
骨の事典 (朝倉書店)2004年
日本人のからだ -健康・身体データ集-(朝倉書店)1998年
骨から見た日本人 (講談社)2001年
骨が語る -スケルトン探偵報告書― (大修館書店)2003年
「老化の予防」がわかる本 (技術評論社)2005年
老人保健活動の展開 (医学書店)1995年
老年病の疫学 (東大出版)1997年
サクセスフルエイジング (ワールドプランニング)1995年
その他多数。
【その他】
2000年 東京都知事賞受賞 
2004年 日本骨粗鬆症学会奨励賞受賞
2004年 東京都介護予防推進会議(委員長;現在に至る)
2006年 社会保障審議会(人口部会委員;現在に至る)等
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