今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第45回 2007/01

病院を人間工学の視点で捉える

最近、医療や福祉の分野で、誰にでも使いやすいユニバーサルデザインという言葉が飛び交っています。今回は、人間工学がご専門であり、福祉機器や車椅子のデザイン、病床におけるご研究等で著名な、上野義雪さんにおうかがいしました。

千葉工業大学
工学部デザイン科学科 助教授
上野 義雪 氏

千葉工業大学-工学部

しやすさと安全を考える人間工学

人間工学とは何かということを一言で言えば、「何々しやすい」という、「しやすさ」を調べたり、「しやすい条件」の環境を作るということだと言えます。それは、私たちは朝目が覚めてから夜寝るまで、色々な行為をしていますが、そのすべてに関わっています。たとえば朝起きて歯を磨くにしても、歯ブラシの柄は手に負担がかからず、本来の機能を果たせる握りになっているかとか、ブラシそのものの条件も考える必要があります。このように、目に入るものは何でも人間工学という視点で見たほうが使いやすくなりますし、それ以前に安全が確保されることになります。

人が使うものは、何よりも安全であることが絶対条件です。安全面で、最近皆さんが「えっ」と思われたのはシュレッダーではないでしょうか。もともと紙を粉砕する機械なのに、まさか指を粉砕する機械とは誰も思わなかったわけです。シュレッダーは私も仕事柄使っていますが、刃先が見えるんですね。ああいうものは本来刃先が見えてはいけないもので、私は正直危ないとは思っていました。要は、刃先が見えない形でなぜ作らないかということです。

本来なら、ちゃんとした思想なり見方ができる人であれば、ある程度危険は予測できます。ということは、それだけモノを作る側が、安全面から遠ざかってきているということが言えると思います。お客さんにとって何が大事かということよりも、売れれば良いということを優先してしまっています。また、消費者の側も、安全や使いやすさ以上に、デザインや色などを基準にして購入している気がします。でももうそういうことから脱却してもいい頃ではないでしょうか。

病院における人間工学とは

病室で回復を期待しながら入院している人にとっては、現在の病院は場合によっては地獄だと思うこともあるようです。そう考えると、病室のもっている意味をもう一度考えなければならないという気がします。

一つには多床室がいいのか、個室がいいのかという議論があります。私は人との多少のコミュニケーションは必要ですけれど、病室が基本的には自分の生活の場であると考えると、個室に近い環境を作らざるを得ないという気がします。多床室は、日中は場合によってはいいかもしれませんが、夜になるとそれぞれ皆さんの眠りなども違ってきますし、一日も早い回復を望むなら、夜の睡眠環境をちゃんと確保してあげたほうがいいと思います。隣の人の動きやいびき、或いは自分自身がいびきをかくので回りを気にして寝られないという人もいます。ちゃんとした個人の住宅の一室というふうに考えて環境を作ってあげれば、何日か早く退院できる可能性もあると私は思います。施設面でのそういう見直しは絶対必要かなという気がしています。

何かあったら病院に行って休みたい、というぐらいの空間にしていかないといけないと思います。不幸にして入院したけれど、いいところだからしっかり直そうという場所にしなければいけないのです。私は以前、今は筑波で教鞭をとっておられる人と病室の研究をしていましたが、当時の患者さんの気持ちは「仕方がないから」というものでした。ですからそういう「仕方がない」ではない状況にする、病院は治療する場ではあるけれども、それ以上に生活の場として考えることが一番大事だと思います。

病院内の事故は、結果としてそうさせている

病院の場合、通院であろうと入院であろうと、患者に対して何が一番大事かと言うと、多分カタカナの「サービス」ではないでしょうか。ご存知のように、サービスにはソフト面とハード面があります。ハードは今まで述べたような病室の話などになりますね。ソフトというのは人対人との関係になってきます。

患者を100%満足させる、あるいは患者の意見を100%聞く必要はないですが、声を聞く環境はすごく大事だと思います。入院する側というのは、言葉によってたいへん元気が出ます。また、言い方によってその人を元気づけたり死の淵に追いやったりすることもあります。多分、最後は人と人との関係だと思います。病院として施設面で多少不具合があったとしても、人というのはそれをカバーできるんです。人とモノ・空間を考えると、人はそれだけのことができる力を持っていますから、病院の或いは施設の先生方を含めて「人」の質をいかに高めるかが大事だと思います。

私は、看護師さんが病院内で安心して本来の仕事を全うできる環境を作ってあげないと、多分、患者には良い環境にはならないと思っています。患者さんのために尽くしたいという気持ちで、地道にやっている看護師さんの環境をまず良くしてあげなければ、日本の医療の質は絶対に良くならないと感じています。良い薬を作るよりも、優秀なナースを育てることのほうが私は大事だと思っています。
一時よく薬を間違えて云々という話がありましたが、あれは間違ってということではなく、もともと間違えやすいものを作ったわけです。それに気が付かないほうがおかしいのです。忙しい中で非常にたくさんある薬を正しく飲ませろというほうが無理で、誰でも間違わない袋の入れ方とか外装にしておく必要があるのです。逆に、そういうことが最近になってやっと出てきたということが、本当はおかしいのです。

私は病院内の事故は、結果としてそうさせている話であって、基本的に人間が原因ではないと思っています。ですから一つひとつ問題のあるものを消去していけば、多分、ゼロに近づくのではないかという気がしています。人間というのは、時間に追われるとどうしても大事なところを見逃してしまいます。それが人間の特性なのです。ですから、逆にまず人間というのはどういう動物なのか、を知ることから始めなければいけない。人間にとって一番大事なところをもう一回よく理解していけば、今のシステムが本当にいいのかどうかわかってくるはずです。

ユニバーサルデザインはできたモノではない

私はバリアフリーとかユニバーサルデザイン、福祉といった言葉が個人的にはあまり好きではありません。最近は多くの分野で、これはユニバーサルデザインですよと言って商売をしていますが、モノはユニバーサルデザインではありません。ユニバーサルデザインという視点で、最後にこうなったというそのプロセスがデザインなのです。つまり、デザインにingを付けたのが本来のユニバーサルデザインと言えます。結果として世に出ることではなく、そういう思想でやることがユニバーサルデザインなのです。ですから、何によらず使いやすくするのが当たり前で、たとえばおじいちゃんおばあちゃんが持って持ちやすい、子供も持ちやすい、私たちも持ちやすいものが持ちやすいわけです。したがって、一々ユニバーサルデザインという言葉を使う必要はまったくないわけです。

私は実は人間工学も否定しているのです。モノをつくるための常識であるのに、一々人間工学という言葉を使う必要はないと考えています。皆が使って安全安心なものをつくるのは、モノを作る側の責任です。そういう当たり前のことをあえて人間工学と言うほうがおかしい。教育の中で、たとえば建築やインテリア、或いは工業製品を教える先生方が、それぞれ、モノは「色々な人が使う」という観点から話をしてもらえば、人間工学は必要ないのです。

プロというのは、できたモノを正しく評価できるかどうかである

仕事柄、さまざまな分野の人たちが相談に来られます。しかし、今までの勢いで作っているだけで、よく知らないで作っているということに気がつきます。その原点は教育機関かもしれません。社会で適応する若い人たちをきちんと教育していないから、社会に出ていいかげんに物を作って出してしまう。言い換えれば、「これなら自分で使いたい」と思うものを作っていないわけです。中途半端なことが多いですね。

色々な企業が色々なものを作っていますが、まず自信作かどうか。自信のないものは作るなといいたいですね。たくさんの方が相談に来られますが、それははせっかく物を作っても企業の中で評価できないからなんです。作った方たちは当然良いとは思っていますが、やはり自信がない。見てみるとけっこう穴だらけというか、見掛けはいいが中身がないものが割合多いわけです。
プロというのは、作るのは当たり前のことですから、作ったものに対して、正しい目で評価できるかどうかなんです。実はそれができない人がほとんどです。ですから私は最近、教育の中でも、物を作ることばかり教えてはいけない、正しい、幅広い目で評価ができるような若い人を育てなければいけないという気が非常にしています。これは企業もまったく同じなのではないでしょうか。

上野 義雪 氏
【略歴】

昭和63年3月、千葉大学工学部建築学科 退官。昭和63年4月より現職。
【学会】
日本建築学会 日本インテリア学会・理事 日本人間工学会・評議員 日本感性工学会 日本デザイン学会 日本福祉工学会 福祉のまちづくり学会 日本看護研究学会 その他
【研究内容】
椅子・シート・ベッドの人間工学
浴室・洗面・キッチン・トイレの人間工学 
物・空間のユニバーサルデザイン その他
【主な著書・論文等】
『デザイナーのための生活動作とインテリアスペース図集』障国社 
『コンパクト建築設計資料集成バリアフリー』日本建築学会編 丸善 分担執筆
『ギャッチベッドの使用性向上に関する研究』日本建築学会大会学術講演集2003、ほか
インタービューTOPへ
ページの先頭へ戻る