今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第46回 2007/02

医療者本来のやさしさの発現には、時間的体力的ゆとりが必要 ――麻酔科の現状を踏まえて――

06年11月に開催された第35回日本医療福祉設備学会のテーマは、「やさしさを中心とした医療・福祉への回帰」でした。今回は、その時の学会長を務められた釘宮さんに、やさしさをテーマに掲げた理由とともに、麻酔科医として日々臨床に携わっておられるお立場から、麻酔科の現状などについておうかがいしました。

順天堂大学 医学部
麻酔科学・ペインクリニック講座 教授
医学博士
釘宮 豊城 氏

順天堂大学 医学部

医療者本来のやさしさをなくさないために

昨今の医療報酬の改定により、各病院が経営の健全化を図る上から、手術の症例を増やしたり、入院期間の短縮化などに取り組み、結果として医師や看護師を取り巻く状況が非常にぎすぎすしてきています。第35回日本医療福祉設備学会のテーマに、「やさしさを中心とした医療・福祉への回帰」を掲げたのは、医師本来、ナース本来の気持ちを忘れてはたいへんということで、ある意味警鐘を鳴らす意味合いがありました。つまり、具体的な方策というのではなく、心構えをこのテーマの中にこめていたのです。

医療従事者は患者さんに対して、やさしさを十分に表現できていないかもしれません。しかし、医療従事者は常にケアする立場にありますから、患者さんに対する思いやりの気持ちとかやさしさ、それは絶対に頭にあると思います。ただ、過重労働や睡眠不足などが重なりますと、人間ですから患者さんにそういうことがうまく出せないこともあります。そういうことから患者さんとのコミュニケーションがうまくいかず、医療訴訟にまで発展してしまうケースも考えられます。それを防ぐためにも、「医療従事者はやさしさを考えていますよ。逆に、考えていない人はちゃんと考えてください。」という両方の意味があのテーマにはこめられていたのです。

ケアを十分にしようと思えば、ケアする側に時間的体力的な余裕が必要です。これはどなたもおわかりではないでしょうか。ところが医療費が削減されたため、それがだんだんなくなってきているのが現状なわけです。医療はやはり時間とお金と体力に余裕がないと、患者さんに対して満足に行なうことができないものです。それがだんだんどの面からも減らされています。予算を削減しやすいところから削減している気がします。

本来、医師というのは命を救いたい、人を助けたいという思いでこの職業を選んでいるわけですから、やさしさに満ちているわけです。中にはそうでない人もいるかもしれませんが大部分の医師はそうです。そのやさしさを発揮できない、働きにくい環境になりつつあるというのは実感として感じます。現在の方針は、あまり良い方向にはいっていないと思いますね。

知られていない麻酔科の重要性

麻酔科は残念ながら、病院の中でも社会的にも認知度が低いというのが現状です。端的な例を言いますと、臓器移植などのテレビ会見の場に麻酔科医がいることはなく、外科医だけが並びます。しかし、そのような手術の場合、麻酔科医は臓器を提供する人を脳死レベルなりに保ちながら、なおかつ移植を受ける人の麻酔を担当して最善の状態にするという、非常に重要な役割を担っています。「手術は成功しました」と言うのはたいてい外科医ですが、本当は麻酔が成功したので、手術が成功したと言っても過言ではないと思っています。

麻酔科の成り立ちについては、あまりご存じないと思います。アメリカでは1900年頃からあったわけですが、日本では昭和28年に東大に麻酔科教室ができたのが最初で、それまでは麻酔科というのはありませんでした。麻酔科ができる前は外科医が自分で麻酔をやっていたわけです。今でもそういう病院があります。
外科医が自分で麻酔をして手術を行なうとどうなるかというと、患者さんが麻酔の影響でいつの間にか息が止まったり心臓が止まったりしても、気がつかない状況で手術を続けることになります。ですから、手術が終わってみたら患者さんが亡くなっていたとか、植物人間になってしまったということが多々起こっていました。それではいけないということで、手術中の患者さんの状態を最善にしておく麻酔科というものが誕生したわけです。

麻酔をかける手術はリスクを伴う

現在、麻酔は非常に安全になっています。麻酔が安全になってきた理由は、まず麻酔科医の質が良くなったこと、麻酔器が良くなったこと、昔は麻酔器でよくヒューマンエラーによる事故が起きましたからね。それから麻酔関連薬の進歩、モニター類の進歩、気道確保のための道具の進歩、そして医療ガス配管設備の規格化の6項目があげられます。

とは言っても、麻酔をかけて手術をするというのは、非常にリスクを伴うことです。麻酔をされるとういことは、お腹や、胸、頭を切り開いても反応しないという、全く無防備な状態になっているわけです。もし、麻酔科医が、スタートの麻酔薬を投与してそのまま放置すれば、患者さんは麻酔から覚めることなく確実に亡くなってしまいます。自分自身で肺に酸素を吸入することが不可能な状態になっていますから当然の結果です。それを防いでいるのが麻酔科医なのです。

麻酔科医の仕事は、痛みを感じさせないというのは二番目の仕事で、一番目の仕事は生命を維持することなのです。そのために麻酔科ができた事は前に触れました。麻酔をかけるというか、痛くなくすることは医師なら誰でもできます。しかし、ちゃんと生命を維持させるのがプロの麻酔科医の仕事なわけです。
患者さんは、たとえば脳や心臓の手術で、どうしても助からなかったという場合は納得されると思います。ところが、指先の手術で麻酔をして事故が起きて亡くなったりすれば、患者さんの家族は承諾できないでしょう。手術中の生命予後に関して、麻酔よりリスクの大きい手術は、脳や心臓、大血管の手術だけで、一般外科、整形、形成、眼科、耳鼻科の手術など、ほとんどの手術のリスクは麻酔のリスクよりずっと低いのです。これは患者さんはほとんどご存知ないことだと思います。

麻酔が非常に安全になった現在、今100人の患者さんに麻酔を施行したとすると、98~99人では何の問題もなく手術を終了すると思います。しかし、残り1、2人で様々な原因で問題が起こることがあります。大出血、心停止、元々の全身状態に起因する問題、その他の予想不能の問題です。これらが発生した時、麻酔科医の真価が問われますし、この時のために我々麻酔科医が存在するのです。

全身麻酔と局所麻酔とどちらが安全かということが問題になりますが、局所麻酔も危険なことがあります。局所麻酔の場合はほとんど麻酔科医が関与していませんから、局所麻酔作用自体による呼吸循環器系の抑制や、局所麻酔薬による中毒とか局所麻酔薬によるアレルギーを起こした場合にパニックになってしまうのです。それでかえって危ないことがあります。事故は起こさないようにしていますが、リスクはゼロではありません。

不足している麻酔科医の現状

麻酔科医は不足しています。最初に申しましたように、手術をたくさんしないと病院の経営が成り立たない状態になりましたから、手術が非常に多くなりました。当病院でも年間1000か2000例くらい増えています。麻酔科医の数は徐々に増えてはいますが、それ以上に需要が増してしまい、麻酔科医不足を招いているのです。

全国的に数が足りないですし、一人とか二人という少人数でやっている病院は、急患があったりすると夜中もやらなくてはいけません。それで過重労働になってやめたりする医師も多いのです。小さい病院では夜中働いて、また朝から普通の勤務をしなくてはいけないということが多いですからね。そうすると先ほど言ったようにやさしさどころではなくなってくるわけです。もう起きているだけでやっととかね。これは非常に危険なことでもあります。

私がボストンにあるマサチューセッツ総合病院でレジデントをやっていた頃は、夜中ずっと起きていても翌日麻酔をしなければなりませんでした。したがって、次の日も働いて帰った。しかし、私がやめてから10年くらい、'80年代頃からそれは危険だということで、当直した医師は朝になって完全に帰すようになりました。それは国が決定したのです。ところが日本はまだなわけです。やはり疲れると注意力は落ちますから、早くなんとかしないといけないと思っています。こういうことを国民の皆さんにぜひ知っていただきたいですね。

麻酔科医に対してほしい正当な評価

お医者さんといった場合、普通の方のイメージはまず内科医だと思います。次に外科医でしょうか。麻酔科医のイメージは浮かばないと思います。
私たちが一生懸命働いている時は患者さんは意識が無く知らないわけです。患者さんの意識がはっきりと戻った時には私たちはもうそこにはいません。麻酔科医は担当患者を持たない唯一の医師かもしれません。ですから、皆さんの印象が薄いのはわかります。しかし、これまで言ったように患者さんの生命維持という、非常に重要な役割と責任を担っているわけです。外科医や内科医と同様に麻酔科医を尊重してほしいと思っています。脚光を浴びる必要はありませんが、正当な評価をしてほしいですね。

釘宮 豊城 氏
【略歴】

昭和20年生まれ、61歳
昭和46年    東京大学医学部医学科卒業
東京大学医学部麻酔学教室入局
昭和47年    東京大学助手、医学部附属病院分院麻酔部
昭和49年    米国マサチューセッツ州ボストン市マサチューセッツ総合病院麻酔科レジデント
昭和52年    東京大学助手、医学部附属病院麻酔科
昭和56年    東京大学講師、医学部附属病院中央手術部
平成 3年    東京大学助教授、医学部附属病院分院麻酔部
平成 5年    順天堂大学教授:医学部麻酔科学講座
平成15年    講座名改変:医学部麻酔科学・ペインクリニック講座
【学会、資格】
日本麻酔科学会:指導医、常務理事
日本ペインクリニック学会:認定医、評議員
日本集中治療医学会:認定医
日本医科器械学会:理事長
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