今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第48回 2007/04

医療界全体に広がりかねない、小児科医、産科医不足の問題点

少子化対策が声高に叫ばれる中、産科医が急激に減って、地域によっては安心してお産ができないなどの問題が出てきています。また、小児科医の不足から小児科をなくす病院もあるなど、深刻な社会問題となっています。今回は小児科医、産科医不足の根底にある問題を指摘する、加部一彦さんにおうかがいしました。

愛育病院 新生児科 部長
加部 一彦 氏

愛育病院

恒常的に続いてきた小児科医不足

ここ数年、小児科医が少なくなった、産科医がいなくなったと言って大騒ぎになっています。特に産科は今、人が急に減って、私から見ればちょっとヒステリックな状態になっているように思うのですが、私たち小児科医、特に新生児医療に従事してきた人間は前から人がいないので、別にこの2、3年で特別何かが大きく変わったという気はしていません。

小児科医の不足は恒常的でしたので、私は以前から講演などで、「絶滅危惧種の小児科医をやっています」と自己紹介していたのですが、相変わらず絶滅危惧種のままで、もうそれに慣れてしまっているという状態です。でも、私がこの仕事を始めた20年以上前から、基本的にその状況は変わっていないのです。
なぜ小児科医が少ないのかということについては色々な意見があるのですが、昔からよく言われているのは肉体的にも精神的にもきついからということです。そもそも、人が少ないから色々きつくって、さらに、きついから人が来なくって、という完全な悪循環なのです。ですから、なによりまず一施設あたりの人を増やして、小児科医がもう少し一般的な普通の生活ができるようにしないとだめだと思いますね。ここにきてやっと、小児科学会でも施設の集約化ということを取り上げるようになってきました。新生児に関して言えば前から言われていたことなので、私たちにとってはあまり新鮮味はないのですが、やっとその気になったのかという感じがしています。

沈みかけている船のような日本の医療の状況

日本は世界でトップクラスの、赤ちゃんが亡くならない国です。ちなみに、アメリカでは日本の4倍近い赤ちゃんが亡くなっています。その要因として、日本の新生児医療がこの15年ほどの間に急速に進歩したことがあります。もちろん、全体的に赤ちゃんが亡くならなくなったのは、社会のインフラが整備され、妊婦さんの栄養状態が良くなったからですが、そういう状態が整った後の新生児死亡率の改善というのは、基本的には医療が関与した部分が大きいと思います。それから、短期的な生命予後だけではなく小さく生まれた子供たちが大きく育っていく、長期的な予後に関しても日本は諸外国に比べると成績が良いです。

新生児医療が進歩したために「中途半端な障害児」が増えた、と非難される方がまだいますが、これは誤解です。新生児医療は、少子化の進む世の中で、将来的には税金を納める国民を育てるということに、キチンと寄与していると思っています。しかしそれは、何日も家に帰らないで働く事を厭わないといった、他の国では考えられないような、医師・看護師等、スタッフの献身的な努力によって支えられているのです。しかも、これまでは、それが当たり前とされてきました。

しかし、世の中は変わりました。そういう働き方は皆さん敬遠するのです。医学部の講義に行った時、学生に「患者さんのクォリティライフはすごく重要ですが、僕らはクォリティ・マイライフも考えたい」と言われたことがあります。そういうふうに言われたら、私たちのようなある意味、滅私奉公的な、自分の時間を犠牲にして仕事をするという、日本の医療現場のこれまでのあり方は今後は永遠に成り立たなくなるでしょう。
人出不足は今は産科・小児科の問題として取りざたされていますが、やがて他科にも広がるでしょう。実際、外科系でも志望者が徐々に減っていると聞きます。外科はまだ全体のパイが大きいですから、今はそれほど人手不足が目立たないかもしれませんが、恐らくあるブレイクポイントを超えると大問題になると思いますね。

今、医学部の学生の間では、眼科や皮膚科など、あまり時間で拘束されないような診療科を選ぶ傾向が増えているそうです。それをどうしたらいいのか。賃金を上げてもだめでしょうね。最終的にはやる人のモチベーションの問題なので、そういうところを改善するような、人材配置なり人材養成なりをドラスティックに変えていかないと、日本の医療は非常に厳しいことになるだろうと思います。私は、ほとんど半分沈みかけている船のような、非常に厳しい状況だと思っています。

新生児は社会全体で守っていくべき存在

新生児医療に対して、一部の産科医や親御さんから、「こんな子を助けて何になるの」、「小さい身体にかわいそうだ」というようなことを言われるのは珍しくありません。例えば予定日まで育った、3キロくらいの赤ちゃんが重症新生児仮死の状態で生まれたとします。呼吸をしていない事に対して、気管内挿管をして人工呼吸器を使って、循環を維持するための薬物など、要するに体中チューブだらけになってNICUに入院するわけです。そうするとだいたいの方が、「こんな小さい子にこんなことまでして可哀想で見ていられない、もし助かって寝たきりになったりしたら困る、今のうちになんとかしてほしい」というようなことを言われる。なんとかしてほしいというのは、治療をやめて自然に任せてくれということなのです。

ところが、私が前に勤めていた病院ではNICUが4階にあって、一階下に大人の集中治療室があったのですが、田舎ですからけっこう交通事故などがあって、よく20代くらいの方がバイクで自損事故を起こして、救急車で運び込まれてきます。状況は仮死で生まれた赤ちゃんの場合と同じ。意識不明、仮死状態で運び込まれてくるわけです。やることは同じです。人工呼吸器をつけます。循環の維持のためにラインだらけになります。やはり家族が来ます。でも、この場合には、その家族に治療をやめてくれという人は誰もいないのです。「寝たきりになってもいいから、命だけはなんとか助けて」とおっしゃいます。いったいこの違いは何なのでしょうか。
命の重さに変わりはないというけれども、赤ちゃんという存在の「軽さ」と言うか、家族の中に一緒にいた歴史が短かかったり、これから育っていく未知のものであるということが、この違いを生むのではないかと思います。ですから、子どももそうかもしれませんが、新生児というのは、家族だけではなくて社会そのもので守ってあげないと、場合によってはすぐに弱者としてあっけなく洗い流されてしまうような存在なのだと思っています。

障害を持って生きるのはこの子にとって不幸だなどともよく言われます。でも不幸かどうかは本人が決めることであって、本人は不幸かどうかもまだ決められないわけです。むしろ、"こういう子を抱える私たち"が不幸なんですね。これはあくまでも大人の論理です。そういう状況で、新生児医療というのはある種の倫理的なジレンマを抱えながら展開されている領域でもあるのです。そうは言っても基本的に子どもが助かって大きくなっていくのは医療の力だけではなく、その子どもが本来持っている生命力の問題だと思っています。私たちは本当にわずかなお手伝いをしているだけであって、私たちが命をどうこうするというような、思い上がりは持つべきではないでしょうね。

周産期医療の問題は医療界全体の問題の始まり

これも前からわかってはいたことなのですが、ここにきて産科医が急に減ってしまい、福島の事件で担当のドクターが逮捕されたり訴訟ということがかなりクローズアップされて、一気に大騒ぎになっています。
私たちは病気の赤ちゃんしか扱っていませんから、私たちのところに入院する赤ちゃんは生まれながら何らかのトラブルを抱えている子です。ところが、こういう赤ちゃんは生まれてくる赤ちゃんの1%くらいにしか過ぎません。100人のうち98人、99人はまったくノートラブルで生まれてきます。産科のドクターやスタッフは、普段はほとんど元気な子ばかり見ていることになります。ましてや一般の人は、赤ちゃんは元気に生まれてくるのが当たり前と思ってしまうのも無理はないのかもしれません。

しかし、これは確率で当たるか当たらないかの問題で、たまたまトラブルに当たるレートが低いだけなのです。そこが最大の問題だと思います。確かにお産は病気ではありません。でも以前はお産で必ず何割かの妊婦さんや赤ちゃんが命を落としていたものなのです。命を落とさなくなったのは、人間が社会性を得て医療技術を進歩させてきたからで、だからこそ今があるのです。それにも関わらず、みんなそれを忘れてしまい、何もないのが当たり前で、結果が悪いとすべて悪いという形で問われることが多くなりました。
そのあり方をもう一回考え直さなくてはいけないのではないでしょうか。確かに、私は産科や新生児の医療にも問題があるとは思っています。でも、それを割り引いたとしても、昨今の過剰反応のような、世間の方々の考え方をもう少し変えていかないと、医療そのものが成り立たなくなってしまうのではないかと危惧しています。

周産期医療の問題は恐らく始まりに過ぎないでしょう。ここからいろんなところに広がっていきます。人がいなくなるのも、あるいは事故やトラブル、人間的なトラブルも含めて、やがては医療界全体の問題になってくるのではないでしょうか。

加部 一彦 氏
【略歴】

1984年日本大学医学部卒。同年4月より済生会中央病院に小児科研修医として勤務。1986年4月、東京女子医大小児科に入局。1987年1月より東京女子医大母子総合医療センター新生児部門に助手として勤務。'89~'94国保旭中央病院新生児医療センター(千葉県旭市)を経て、'94年7月より恩賜財団母子愛育会総合母子保健センター愛育病院に勤務。'96年4月、同院新生児集中治療室開設に伴い、新生児科部長を拝命、現在に至る。
'05年3月より東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医療管理政策学専攻医療管理学コース終了。'06年9月東京大学医療政策人材養成講座(第2期)終了。
【主な著書】
「Macintosh step 活用法」(秀潤社)
「てのひらの中のいのち」(共著、ゆみる出版)
「臨床倫理学」(共訳、新興医学出版社)
「赤ちゃんと子どもの医学百科」(近代文芸社)
「障害をもつ子を生むということ」(編・著、中央法規出版)
「新生児集中治療室-Baby ER-」(共訳、秀潤社)
「新生児医療はいま」(岩波ブックレットNo.580 岩波書店)
【主な論文(2001~)】
「新生児医療と医療事故」(「周産期医学」 東京医学社)
「新生児医療の現状と課題」(「小児科診療」)
「胎児・新生児と告知」 (「周産期医学:増刊号」 東京医学社)
「子どもの脳死と臓器移植」(「世界」 岩波書店)
「臓器移植と小児医療」(「日本の論点2002」 文藝春秋社)
「チーム医療における医師・看護師の関係」(「臨床看護」 へるす出版)他
【学会活動他(2001~)】
「新生児医療とインターネット」(平成13年日本小児科学会総会シンポジウム講演)
「新生児医療情報のデータベース化」(第三回白馬新生児医療フォーラム口演) 「新生児聴覚スクリーニング検査の実際(山の手小児科医会講演)
「インターネットと育児相談」(東京都小児保健協会シンポジウム講演)
「周産期医療と生命倫理」
(東京都周産期看護 エキスパートナース研修、平成13~18年度) 他
【主な所属学会】
・日本小児科学会(専門医)
・日本周産期新生児医学会 (評議員、専門医制度担当幹事)
・日本未熟児新生児学会 (評議員、教育委員会委員)
・臨床モニター学会 (評議員)
・日本保健医療行動学会
・日本生命倫理学会 他
【主な研究活動】
平成7年度~9年度
厚生省心身障害研究「周産期の医療システムと情報管理に関する研究」班 研究協力者
 平成10年度~12年度 
 厚生省心身障害研究「効果的な新生児聴覚スクリーニングの実施に関する研究」班 研究協力者
 平成13年度~平成15年度
 厚生労働省子ども家庭総合研究「周産期医療の質的向上に関する研究」班 分担研究者
 平成14年度~平成15年度
 厚生労働省成育医療研究「重症障害新生児医療のガイドラインとハイリスク新生児の診断システムに関する研究」 研究協力者
 平成16年度~
 厚生労働省子ども家庭総合研究「周産期母子医療センターネットワーク研究」班 研究協力者
 1993年~2000年
  Vermont-Oxford Neonatal Database Networkとの共同研究:project leader
 2000年~2004年
  国際共同研究 Kaizen project:project coordinator
インタービューTOPへ
ページの先頭へ戻る