今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第53回 2007/09

脳機能に働きかけて、運動麻痺の回復をめざす「認知運動療法」

三大成人病の一つである脳卒中や高齢社会の進行とあいまって、リハビリテーションを受ける患者はますます増える傾向にあります。今回は従来のリハビリとは一線を画し、脳機能に働きかけて運動麻痺の回復を図る新しい治療法を提唱している宮本省三さんに伺いました。

日本認知運動療法研究会 会長
高知医療学院 学生部長
理学療法士
宮本 省三 氏

日本認知運動療法研究会(現 認知神経リハビリテーション学会)
高知医療学院

イタリアで始まった認知運動療法

私は1990年に、イギリスやフランスを中心に一年間の海外留学をしたのですが、その終わりの時期にイタリアで認知運動療法と出会いました。その後、イタリア語という問題もあり5~6年は文献的な勉強をし、年に1度はイタリアに出かけて、発案者であるカルロ・ペルフィッティ先生に直接教えを乞い、98年に「認知運動療法:運動機能再教育の新しいパラダイム(ペルフェッティ著・小池美納訳・協同医書出版社)」という本を出版し、認知運動療法という新しいリハビリの治療方法があるということを日本に紹介したわけです。

実は広島県立保健福祉大学の沖田一彦先生も、だいたい同じ時期にイタリアでの研修に参加し私とともに勉強していました。それで2000年に、彼や一緒に勉強しようとする仲間と日本認知運動療法研究会を立ち上げ、現在、リハビリテーション医療の中の新しい学術集団として活動をしております。

この治療法は熱心なセラピスト(理学療法士・作業療法士)に高く評価されまして、今では1,400名近いセラピストが勉強しております。ただ、この数は50,000人を超えるであろうセラピストの総数からみるとそれほど大きい数ではありません。また、まだ学校教育の中で教えられてないという側面がありますので、日本の病院のどこででも認知運動療法の治療を受けられるかというと、そうはなっていないのが現状です。

従来のリハビリ治療と認知運動療法の違い

従来の伝統的なリハビリ治療の最大の特徴は、生きる人間の身体を物理的なものとして捉えていることです。ですから曲がっているものはまっすぐに、弱いものは鍛えればいいということになります。たとえば関節可動域訓練というのがありますが、曲がらない関節に物理的な力を加えて曲げようとします。あるいは筋肉の収縮力が弱ければ強くするために抵抗を与えたり電気刺激を加えるなどということをします。つまりこれまでのリハビリ治療は、すべて外から力を加える機械論的なものが非常に強いものになっています。

ところが実際の人間の動きというのはいろんなものを感じたり、知覚したり、あるものに注意を向けたり、記憶を使ったり、言葉で自分自身に指令を出したり、いろんな判断を加えたりする(私たちはこれを認知プロセスと呼んでいますが)、非常に高次な脳の認知機能を介して運動を行なっているのです。

脳は一人で勝手には発達しません。ある「問い」が状況の中に持ち込まれて、脳はその問いに答える形で発達していくのです。ですから、イタリアに生まれた子供はイタリア語をしゃべりますが、それはイタリア語で理解しないといけない「問い」の状況に追い込まれるからなんです。同じように運動の発達は、人間の生活の中に、たとえば椅子やテーブル、階段があったりする「環境という問い」によって発達します。

ですから、普通の子供はだいたい同じ時期にお座りし、立ち上がって、歩けて、言葉も話せて、社会性を身に付けていくというだいたいの運動発達年齢が決まっているわけです。ところが脳に何か障害が起こりますと、そのままではその環境に置いても発達しないのです。そうすると基本的な外部環境の中で生きていくための「問い」を、あらためてその脳に対して出していかなくてはいけないことになります。これが認知運動療法の仕組みです。

私たちは、認知運動療法を教育的なものであり、相当長期間を要する治療法だと考えています。私がイタリアのサントルソという町の認知神経リハビリテーションセンターで、発症して入院してきた脳損傷の高校生に対して行なった認知運動療法(認知神経リハビリテーションとも呼ぶ)の場合、まず午前9時から11時まで2時間くらい治療を受けます。その後11時から12時まで言語の治療を受けます。そして午後2時から4時までの2時間また治療を行ないます。つまり1日5時間ずつ、これを1年くらい行なうわけです。
ところが日本では「リハビリ難民」という言葉も出て社会的な問題になっているように、リハビリ治療は発症後基本的に一律150日とか180日でカットされ、しかも1日1-2時間の治療が行なわれる程度です。そういうことを考えると、日本は裕福だと言われますがリハビリに関して言えば非常に貧しい国だと思いますし、認知運動療法を広める上で治療時間の短縮が大きな障害となっていることも事実です。

認知運動療法の実際

今、認知運動療法を行なっている病院は確実に増えています。たとえば、大阪の摂南総合病院、東京の都立大久保病院、高知の愛宕病院などでは、リハビリセンターを認知運動療法を中心として運営しており、認知運動療法をマスターしたセラピストが多数集まっています。しかし、全国的にみればまだまだ少ないですね。私たちの研究会では3段階の「認知運動療法コース(ベイシック・アドバンス・マスターコース)」を全国各地で開催しており、最終的にイタリア・サントルソでのマスター・コースを終了したセラピスト(毎年50名程度参加し、現在約200名が終了している)を「認知運動療法士」と認定しています。認知運動療法を希望される患者さんは、受診されている病院の理学療法士や作業療法士のなかに認知運動療法士の認定を受けているセラピストがいるかどうか尋ねてみて下さい。

認知運動療法のやり方を簡単に説明してみます。患者さんには目を閉じて椅子に座ってもらうのですが、その状態でセラピストが患者さんの手をある方向に持って動かしたとします。そして元に戻します。その後、患者さんはセラピストに、今、自分の手がどこへどういう方向に動いたのか問われるわけです。そうするとそれに方向を答えなければならない。あるいは何か物体に触れたときに、表面の素材は硬かったのか、重さはどうだったかとかいうように、外部の物体の特性を必ず問われる、そういう治療形式なのです。

たとえば椅子に座って目を閉じ、「右の足と左の足のどちらが前に出ていますか」と問われたら、正常な人は簡単に答えることができます。しかし、麻痺がある患者さんは答えられないわけです。目を閉じると、傾いているけどどっちに体重がかかっているかわからないし、自分の身体がどっちの方向を向いているのかわかりません。脳卒中片麻痺などで身体の神経、脳が損傷されるとそういったことがまったくわからなくなるのです。

ここではセラピストは教育者としての役割を果たします。とにかく問いを出そうと思えば、患者さんの身体に対して無数の問いが作れます。しかし、麻痺のある患者さんにとっては、難しすぎる問題ではわからず、簡単すぎると「馬鹿にするな」ということになるかもしれません。いかにちょうど良い問題を出して、正答率を上げていくかということがセラピストの能力になります。したがって従来のような、関節を曲げたり筋力を強めたりするような治療とは相当かけ離れた治療になってくるわけです。また、麻痺があっても残された手足で代償的な日常生活動作の練習をさせるという治療とも違います。

脳に動きを教えるという方法論には、スポーツのコーチのように、もっと膝を曲げなさいとか、動作を口頭指示して後は本人にやらせるという、コーチングの指導は他の領域ではたくさんあります。しかしこれは、スポーツならスポーツの動きという、どちらかといえば行為そのものを反復練習しています。認知運動療法はそういうものとも違って、問題を出して「問い」を決めるのはセラピストですが、問題そのものには鉛筆で字を書くとか楽器を演奏するなどの行為は含まれていないのです。その行為が出てくるまでに脳が有していなければならない能力、認知機能といったものを作り出すのであり、そこが認知運動療法の特異的で素晴らしい所だと言えます。

認知運動療法の今後の展開

認知運動療法が投げかけている問題は、単に一つのリハビリ治療というだけの問題ではなく、人間がどういうふうに生きていくかとか、身体の存在をどう考えてゆくのかとか、自分たちの医療文化をどう作っていくのかということまで広がっていくものだと思います。

今のアメリカナイズされた医療では客観(数値)を重視します。ただ、相手が臓器の場合は客観重視でもかまわないと思いますが、食事をするとか歩くというような生活機能になると客観だけでは対応できません。
たとえば患者さんが自分の麻痺した身体について「語る」という点に着目してみましょう。「手が動かない」というのは客観的な言葉であり3人称言語と私たちは言いますが、麻痺した手は「紐で縛られているような感じがする」と言うのは、本人しか体験し得ない主観的な1人称言語です。リハビリ治療において、そういう言葉を引き出す、あるいはそういう言葉で患者さんと対話を始めると、自分の身体をもう一回見つめ直そうと患者さんの意識が変わってくるのです。多くのセラピストや看護師さんが、患者さんとの会話そのものの中に、相手の心の中に入っていくツール、間口があるということに早く気付いてほしいですね。

日本のリハビリの専門家は1970年前後にアメリカとイギリスから入ってきた、「ファシリテーション・テクニック」と呼ばれる運動麻痺の治療の特殊技法をたくさん取り入れました。しかし、それがあまりうまくいかなかったため、ある種の敗北感を抱きつつ従来の伝統的な治療法を踏襲している感があります。でもそれらの方法は、実際には1950年~60年代の知識です。50年も昔の方法なのですから、早く脳科学の進歩など新しい科学思考に基づく治療法を取り入れるべきです。現代のリハビリ治療は刷新すべきです。

この約十年の私たちの研究会の軌跡を振り返った時、セラピストのレベルは相当上がってきています。今までのものとはまったく違う状況を作れていると考えています。だからと言って民間療法ではありませんから、過度にジャーナリズムを使って「効果がある」などと宣伝するつもりはありません。脳機能そのものをどう治していくか、それが21世紀のリハビリであると確信しつつ、私たちはあくまでリハビリ医学という領域の中で認められるような、地道な臨床・教育・研究システムを作っていこうと考えています。リハビリテーションに奇跡はない、しかし進歩はあるのです。
私たちは、すべての運動麻痺に苦しむ患者さんたちに、回復のためには、麻痺した自分の身体を感じることが最も重要だということを提言します。

宮本 省三 氏
【略歴】

1958年、高知市生まれ、理学療法士。1981年高知医療学院理学療法学科卒業。1983年同学院講師。1990年イギリス・フランス・イタリアにて研修。1995年同学院学生部長。2004年イタリア・サントルソ認知神経リハビリテーション・センターにて研修。2000年より日本認知運動療法研究会会長を務める。日本理学療法士協会会員。脳損傷患者のリハビリテーションを主な研究領域としている。1991年にイタリアの神経科医カルロ=ペルフェッティ(Carlo Perfetti)氏の提唱する認知運動療法を日本に紹介し、以後、脳科学、身体哲学、認知科学の融合した運動機能回復訓練を模索している。
【著書・編訳書】
「運動制御と運動学習」(1997年)、「認知運動療法―運動機能再教育の新しいパラダイム」(1998年)、「子供の発達と認知運動療法」(2000年)、「認知運動療法入門」(2002年)、「認知運動療法講義」(2004年)、「脳のリハビリテーション」(2005年)、「認知運動療法と道具」(2006年)(いずれも協同医書出版社)、「リハビリテーション・ルネサンス」(2006年、春秋社)他多数。
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