今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第54回 2007/10

副作用のないがん治療「免疫細胞療法」のさらなる普及をめざして

現在、日本人の疾病による死亡原因の筆頭はがん。がんの治療は、手術、抗がん剤治療、放射線治療が一般的ですが、再発しやすいことや抗がん剤の強い副作用は広く知られているところです。今回は、がんの再発を予防し、患者さんが副作用に苦しむことなく、生活の質を維持できるという免疫細胞療法についてうかがいました。2009年8月3日、江川滉二さんが急性心不全のためご逝去されました。謹んでお悔やみ申しあげますとともに、心からご冥福をお祈りいたします。

東京大学名誉教授   日本免疫治療学研究会会長
医療法人滉志会 理事
瀬田クリニックグループ最高顧問
江川 滉二(故人) 氏

日本免疫治療学研究会
瀬田クリニックグループ

がん治療の現状とは

がんの患者さんはいま、そもそもどういう治療を受けておられるのかというと、まだ転移が見つかっていない初期がんなら外科手術や放射線療法が有効で、それだけでがんが治癒してしまうこともあります。しかし、問題は進行がんです。
進行がんというと、末期がんだと思われる方も多いのですが、決してそうではありません。進行がんというのは、がんができたところから別の場所に転移が生じた状態を言います。ただ、転移が1つ見つかるということは、他のところにも目には見えないが既に転移があるだろうということを意味します。ですから、局所的な治療では意味がなく、全身を相手にした治療をしなければならないことになります。現在、一般に理解されているがんの全身療法は、抗がん剤治療しかありません。しかし、皆さまよくご存知のように、抗がん剤による治療は多くの場合強い副作用を伴い、患者さんに多大な苦しみをもたらすものです。

がんの全身療法として抗がん剤しかないという状況は非常に困ったことだと思います。そこで私たちは、がんに対する全身療法の別の選択肢として、免疫細胞療法という新しい治療法を提供しているわけです。

がん治療におけるエビデンス(evidence-based medicine(EBM))とは

この治療に対して、「そんなエビデンスのない治療をやるのはとんでもない」と言う非難をよく受けます。しかし、がん治療におけるエビデンス(有効性の科学的な証拠)とは何でしょうか。私はそこが非常に大きな問題だと思います。
たとえば解熱剤とか、抗生物質などは、効果の非常にはっきりした医薬品で、効能効果のエビデンスを得ることは難しくありません。こういったものについて、エビデンスのない医薬品を販売すべきでないことはもちろんです。

しかし、がんの治療薬のエビデンス、抗がん剤が有効だというのは何を意味しているのでしょうか。現在は、画像診断上、がんが面積で半分、直径で7割以下に縮小し、それが4週間以上続けば有効ということになっています。その後、患者さんの生命が延長されたかどうかは対象になっていないのです。さすがに最近は、それではいけない、生命の延長も考えなければという動きにはなってきていますが、現在販売されている抗がん剤の大部分は、このような基準によって有効性が証明されたものです。

抗がん剤の有効性のエビデンスを得るための従来の臨床治療研究(治験)はどのように行われるかというと、まず画像診断でがんの大きさが測れる、一定期間の抗がん剤治療に充分耐えられる体力がある、などの条件をつけて患者さんをセレクトします。その患者さんをなるべく均等に2群に分けて、一方に対して薬を投与し、もう片方には投与しなかったり、従来の薬を投与するなどします。そして、投与した患者さんの少なくとも3割程度以上で、上に述べた基準でがんの縮小効果が認められ、投与しなかった患者さんと比較して、有効な症例数に統計的な差が認められれば、有効性が証明された、つまりエビデンスがあるということになるのです。つまり、ある条件の範囲内での証拠ということになります。
このとき、患者さんの生命の延長や、患者さんの受ける苦痛などは問題にされていません。つまり、現行の有効性のエビデンスは、必ずしも患者さんが治療から受ける利益のエビデンスにはなっていないのではないかと思います。
有効性のエビデンスのある抗がん剤治療を使ってがんが小さくなれば「有効です。効きました」と言いますが、それでは「がんは治るのですか」というと治るわけではないのです。つまり、「有効」ということと「治癒」するということは別なのです。抗がん剤治療で進行がんが治癒するのは、残念ながら例外的と言わざるを得ないというのが、酷しい現実なのです。

私はここで、有効性のエビデンスなど不要だ、とか抗がん剤はダメだ、とか言っているのでは決してありません。有効性を科学的に証明することは非常に大切なことですし、抗がん剤が患者さんに利益をもたらしている場合ももちろんあります。ただ、現行の、がんの一時的縮小による効果判定にもとづいたエビデンスというものは、抗がん剤の効果判定に都合よくできているものの、金科玉条にすべきほどのものではなく、免疫細胞療法のような、がんとの共生を目指すといった色合いの濃い治療法の効果判定には不向きなものであり、この基準によるエビデンスが乏しいといって免疫細胞療法が非難されることは、いわれのないことだと私は思うのです。

副作用こそ抗がん剤の働き方の本質

最近は分子標的薬といって、がん細胞を狙い撃ちにする抗がん剤もでてきていますが、一般的に言えば、抗がん剤というのはがん細胞だけを殺すための薬ではなく、急速に増殖する細胞を殺す薬です。ところが人間の体には、がん細胞よりも早く増殖する正常な細胞がたくさんあります。たとえば小腸の上皮細胞や毛根の細胞、それから免疫系の細胞であるリンパ球などはものすごい勢いで増殖します。

ですから、がんの患者さんに抗がん剤を投与すると、がんも殺すかもしれませんが、それよりも先に、もっと増殖の早い細胞、つまり消化管や毛根の細胞、リンパ球を殺してしまうので、消化管症状が出たり、毛が抜けてしまうわけです。リンパ球が少なくなるのは見えにくいのですが、本当は一番恐ろしい副作用です。この副作用こそが一般の抗がん剤の働き方の本質なのです。

このように抗がん剤というのは基本的に毒ですから、いつまでも続けるわけにはいきません。耐性も出てきます。抗がん剤がもうこれ以上使えないということになると、進行がん治療の選択肢として抗がん剤しかないのが現状ですから、治療そのものを断念せざるをえないといことになり、「がん難民」が発生するのです。
がん難民を発生させないためには、副作用が少なくて、患者さんを苦しめず、したがってどんな病期の患者さんに対しても行なうことのできる、抗がん剤とは別の治療の選択肢を提供することが、どうしても必要なのです。

副作用のない免疫細胞療法

がんに対する免疫の中心はリンパ球です。一般の「免疫療法」といわれるものは、体に薬剤を入れて体の中でリンパ球を力づけようという方法です。この中で現在、一番新しい方法はサイトカイン療法です。サイトカインというのは、細胞が分泌するもので他の細胞に働きかけてその活性を強める働きをもつ因子です。免疫細胞が分泌するサイトカインとしては インターフェロンやインターロイキンなどがあり、この頃は遺伝子工学による方法で大量生産できるようになっています。

純粋にしたインインターフェロンやインターロイキン2を体に注射して、体の中でリンパ球を活性化しようというやり方がサイトカイン療法で、腎臓がんやメラノーマ(悪性黒色腫)には保険適用になっています。しかし、サイトカインの大量注射は強い副作用を伴います。

私たちのやっている「免疫細胞療法」は、いわばサイトカイン治療法の利点を取って欠点をなくしたものと言えます。患者さんのリンパ球をいったん体の外に取り出して、培養しながら高濃度のサイトカインやその他の薬剤をたくさん入れてリンパ球を強力に活性化させ、数も1000倍にも2000倍にも増やしたものを薬剤は洗い落とした上で体の中に戻すというやり方です。薬を使うのは体の外ですから、副作用を避けながら、同様の効果を期待できるわけです。

患者さんのメリットになる治療とは

がんの患者さんにとって良い治療とはなんでしょう。もちろん、治ることが一番良いのですが、がんの場合、残念ながら進行がんという状態に至ってしまうと、治癒することは例外的と言えます。そういう苛酷な現実に立って、では患者さんに対してどういう治療が良いのかということになります。きつい治療でも、がんの縮小を目指して頑張るというのも一つの行き方でしょう。しかし治らないまでも、なるべく元気で、なるべく長続きすることを目標にするという選択肢もあった方が良いのは当然です。免疫細胞療法ももっと進歩していくでしょうが、現状の免疫細胞療法は、その方向の治療法なのです。

この治療を行なうには、高度な無菌施設や安全管理体制が必要で、大変に手間もかかるために、高額な治療になり、おまけに保険適用になっていないのが非常に頭の痛いところです。
私たちのクリニックでは、約2週間おきに6回リンパ球を注入する3ヵ月間の治療に対して150万円いただいています。抗がん剤の場合でも一連の治療で同じくらいかそれ以上のお金がかかります。入院費や副作用を抑える治療のための費用などを含めると、たとえば肺がんに対する標準的な抗がん剤治療の1クールはだいたい180万円くらいかかります。しかし、保険適用になりますからご本人の負担はそれほどでもないわけです。私たちの治療は100%自己負担ですから、そこが違ってきます。なんとか保険適用の方向にもっていきたいと願っています。

通常療法との組み合わせがより良い効果につながる

がんという診断が出たということは、がんが目に見える大きさになっているわけです。昔のX線と違い、CTでは非常に小さいがんも見つかるようになっています。それでも5mm以下のがんは中々見つかりません。
先ほど免疫細胞治療では、抗がん剤の有効性判定の基準に拠っていたのでは有効性のエビデンスがなかなか得られないと言いましたが、実は非常にはっきりした治療効果のエビデンスが得られているものがあります。それは、外科手術後の残存微小がんにこの治療を用いた場合の長期生存率の向上効果、つまり再発防止効果(肺がん、肝がん、卵巣がん)と、抗がん剤治療と併用した場合の延命効果(手術不能進行胃がん)についてです。

手術で、がんは取れたけれど再発するということは、画像には写らないけれどもその時既に転移が生じているということを意味しています。見えないためにそのままにしておきますから、転移した先でがんが大きくなるのです。それを再発と呼んでいるのですが、実は再発ではなくて、手術をした時点で微小がんが既にそこにあったわけです。そういう小さながんに対しては、この免疫細胞療法がよく効くという結果が得られています。

手術をした後、あるいは放射線治療をした後、目には見えないけれど転移があるということは実質的には進行がんです。ですから進行がんという状況の中でも、できるだけ早い時期に治療させていただければお役に立てることが多いのです。6年7年観察して再発しないということは実際的には治ったに等しいですね。

よく、免疫療法をやっているお医者さんたちは、「抗がん剤は免疫とは相反するものだから決して使ってはいけない」と患者さんに説明します。しかし、そういうものではなく、上手に組み合わせた方が良い結果が得られています。がんは一筋縄で相手にできる病気ではありません。最近は副作用の少ない抗がん剤も出てきましたし、いろいろな治療法をうまく組み合わせていくことが肝要だと考えています。
現状の免疫細胞療法は費用のかかる治療法であり、もちろん力の限界も大きいのですが、それでも患者さんの利益につながる治療法だと私たちは考え、それ故に、この治療法を健全に発展・普及させることに力を注いでいます。

江川 滉二 氏(故人)
【略歴】

1937年、東京都生まれ。63年、東京大学医学部卒業。68年、東京大学生物系大学院博士課程終了、医学博士。東京大学医科学研究所で長年、基礎医学の面から、がん免疫研究に携わる。84年、同研究所教授。97年、東京大学名誉教授。99年、がんの新しい治療である免疫細胞療法の専門診療施設「瀬田クリニック」を開設、現在、付属研究室も含めた瀬田クリニックグループ全体の代表顧問を務める。
【主な著書、論文等】
最近(2002年以後)の英文論文、日本語総説および著書(免疫細胞療法関係)
1.Clinical Benefit of Non-toxic Therapy in Patients with Advanced Cancer (Opinion) S. Goto, N. Shirotani, M. Hatakeyama, C. Tagami, H. Arakawa, E. Kuwata, K. Noguchi, K. Egawa, Anticancer Res. 22; 2461-4 (2002)
2.Ex vivo enhancement of antigen-presenting function of dendritic cells and its application for DC-based immunotherapy. M. Nieda, M. Tomiyama, K. Egawa, HUMAN CELL 16(4)199-204 (2003) 
3.Immuno-cell therapy of cancer in Japan. Kohji Egawa, Anticancer Res. 24(5C):3321-6. (2004) 
4.Mature dendritic cells are superior to immature dendritic cells in expanding antigen-specific naive and memory CD8+T cells. M. Tomiyama, M. akahara, K. Egawa, M. Nieda, Anticancer Res. 24(5C) 3327-33 (2004)
5.Tumor cell-specific transcription of a murine histocompatibility class Ib Q5 gene. K. Noguchi, E. Kuwata, S. Goto, K. Egawa, Anticancer Res. 24(5C) 3379-86 (2004)
6.Detection of anti-HLA-F antibodies in sera from cancer patients. K.Noguchi, M. Isogai, E. Kuwata, A. Noguchi, S. Goto, K. Egawa, Anticancer Res. 24(5C) 3387-92 (2004) 
7.On the Safety Assurance of Cell Processing Carried out in Medical Institutions for Autologous Immuno-cell Therapy. K. Egawa,
HUMAN CELL 17(1) 1- 6 (2004) 
8.Efficacy of immuno-cell therapy in patients with advanced pancreatic cancer. T. Kaneko, S. Goto, A. Kato, A. Akeyama, M. Tomonaga, K. Fujimoto, Y. Miyamoto, M. Eriguchi, K. Egawa. Anticancer Res. 25(6A):3709-14. (2005) 
9.Combined immunocell therapy using activated lymphocytes and monocyte-derived dendritic cells for malignant melanoma. S. Goto, T. Kaneko, Y. Miyamoto, M. Eriguchi, A. Kato, T. Akeyama, K. Fujimoto, M. Tomonaga, K. Egawa. Anticancer Res. 25(6A):3741-6.( 2005)
10.第1特集 免疫細胞療法の躍進 概論 免疫細胞療法の現状と展望。 江川滉二, Bioベンチャー 別冊 1(2)16-8 (2003)
11.特集【癌の免疫学-癌免疫療法の理論と臨床-】  がんの免疫細胞療法:活性化自己リンパ球療法を中心として。 江川滉二, 呼吸 22(12)1190-5 (2003) 
12.高齢者に対する免疫療法:免疫細胞療法を中心として。 江川滉二, 老年医学 42; 1657-1672 (2004) 
13.免疫細胞療法 Immuno-cell therapy. 後藤重則,金子亨,江川滉二,日本補完代替医療学会誌 1:85-93 (2004) 
14.免疫細胞療法の現状:普及医療としての活性化自己リンパ球療法を中心として。 江川滉二, BCG・BRM療法研究会会誌 28:9-13 (2005) 
15.進行がんの治療について思うこと 「正論」 2005年8月
16.がん治療 第四の選択肢―免疫細胞療法とは 江川滉二 河出書房新社(2001年)
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