今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第55回 2007/11

異文化看護で、より良いケアを

同質社会と言われる日本で生活している私たちは、文化の違いをふだんあまり意識することはありません。今回は看護の国際協力や、がん看護のご経験などから、異文化を理解することがケアを考える上で非常に大切であり、より良いケアのために欠かせないとされる戸塚さんにおうかがいしました。

京都橘大学看護学部 教授
看護実践異文化国際研究センター 所長
戸塚 規子 氏

京都橘大学

レイニンガーが理論付けた異文化看護

異文化看護を理論として打ち立てた人は、マドレイン・M・レイニンガー(Madeleine M Leininger)というアメリカの看護理論家です。『レイニンガー看護論-文化ケアの多様性と普遍性』(医学書院 1995年)でこの理論が邦訳紹介されています。

レイニンガーという人は、精神看護の臨床と教育の専門家でした。彼女は、小児の精神病棟で、入院しているさまざまな国籍の子どもたちが、日常の中でそれぞれ違った欲求や仕種を強く示すのを見て、文化が異なることによるのではないかと考えたのです。そして文化人類学を研究し文化の概念を看護に取り込み、看護師が、患者さん一人ひとりが大切にしている文化的アイデンティティを考慮し、その文化特有の考え方や接し方を知って看護するかしないかによって、看護に違いが出るということを主張しました。

異文化看護(cross-cultural nursing)の研究では民族看護学(Ethnonursing)という人類学に基づいた看護独自の方法論も開発しています。どういうことかと言いますと、たとえば子どもが入院している母親への看護を考えるときに、看護師は医学や看護の新しい知識や技術あるいは病棟という生活の場、一言で言えば病院文化のなかで看護の方法を考え実践しがちです。しかし、そうした専門的ケアだけでなく、母親は自分の育ってきた集団の中で身に付けてきた価値観で生活しますし規範をもっていますからそれに目を向ける。母親の満足が得られる看護とは、もともと持っている子どもへの対応の仕方や看護師への欲求を、看護師は一緒に過ごすなかから観察し、それをまず知るということが大事なのです。母親が本来こうありたいと思ってやっていることを尊重し、それが子供に悪い影響を与えるものでなければ維持していく、危険ではないまでも医療や看護に支障をきたすような場合には変更する、子供にとって危険で生命をおびやかすような場合には再構成をする。この看護ケアの3つのパターンを調整しながら看護を提供することが母親の文化を考慮した看護ケアであり、レイニンガーのいう文化ケアなのです。

国際協力の経験で異文化看護の必要性を体感

文化というのは、価値観とか生活規範、言ってみれば人間の生活様式そのものです。私は個人的に、そういうものと看護の関係に強い関心を持ってきましたが、レイニンガーのこの論文を読んだ時にたいへん納得したのです。長年の実体験を裏付けるものだと感じました。

私が最初に異文化と出会い、そういうことを考えるきっかけになったのは、20代の終わりに3年間、インドで国際協力をした経験です。カルチャーショックと一言で言ってしまえば簡単ですが、インドの人たちの価値観や生活規範と日本で生まれ育った自分との違いに、正直、翻弄されました。

たとえば、家族や職場という社会組織で、家族をなによりも大事に考える文化もあれば、日本のように成人して社会に出ると、職場という社会組織を優先する文化もあります。私はそういう日本的感覚でインドに行って、看護の同僚であるメディカルアテンダントと一緒に仕事をしたわけです。家族をもっとも重要に考える同僚が、仕事よりも家族を理由に遅刻早退や無断欠勤があたりまえの日常に戸惑いました。

それは、看護師の私としては当然許せない、最初はすごく腹が立ちました。つまり、日本人としての自分の規範で良い悪いを決めていたのです。しかし、だんだんそうではない、相手は相手の生活文化があって、自分の規範を押し付けては本当のパートナーシップも生まれないのだということに気付きました。
患者さんのケアに関しても、象徴的なできごとがありました。ご承知のようにインドにはカースト制度があり、食事に関して自分より下位のカーストの人が作ったものは食べないという状況があります。私たちの病棟の食事を作るコックさんはブラーマンだったのですが、その助手は最下層のハリジャン、いわゆる不可触賎民でした。それで、熱が高くて入院してきたある患者さんが、助手といえども、と私たちの病棟の食事が食べられなくて退院したことがありました。でも、それを云々したところで、その患者さんは熱が出て苦しいことよりも、自分より下のカーストの人がかかわったものを食べることのほうがよっぽど苦しいのです。インドでの看護実践の中にはそんなことが沢山ありました。

そういう経験をした後、私はそれまでの「べき論」の強かった看護の仕方を変えるようになりました。その人の生活文化、自分とは違う部分をよくわかった上でどういう看護を提供すればいいか、という考え方を看護の中に取り入れていくやり方が自分の中にできあがってきたように思います。

どの世代のどの看護学にも必要な異文化看護

国際看護や異文化看護は、開発途上国の医療協力だけに適用されるものではありません。文化の違いを考えるわけですから、先進国であれ途上国であれ、看護をする時には当然考慮されるものですし、日本の中でも意識する必要のある看護の考え方なのです。

成人看護学や小児看護学は、発達段階のそれぞれの特性を考慮して適用される看護ですが、国際看護学や異文化看護は文化の違いを考慮して適用される看護です。したがって、どの世代のどの看護学にも必要なものです。在宅看護も、まさに患者さん本人の文化圏に入ってそれを大事にしながらケアをするわけで、異文化看護が必要になってきます。

私は、前職で静岡県立静岡がんセンターの開設を手がけましたが、がん看護はまさに異文化看護だと感じました。というのは、がんの患者さんの看護には、"その患者さんが自分に与えられた時間、ときには限られた時間をどうお過ごしになるか"について考えることが大変重要になります。その方が何を一番大切にしておられるか、今この時をどう過ごされたいか、看護師はそれにどう沿うかということです。それは、その方の価値観、いわゆる文化を理解し、考慮して看護するということなのです。

たとえばペットと暮らしていたお年を召した方が緩和ケア病棟にお入りになった時に、病棟のしつらえをなるべく家庭のようにするとか、すぐに庭に出られるようにするなどの建築上の「しつらえ」はできますが、時間をどう過ごすかということはなかなか難しいことです。病棟でペットと過ごす時間を作ることは、いま、何を大事にしたいかに関わっています。看護師が、病院の規則や他の患者さんの迷惑などを考えてノーと言うのではなく、問題を解決する工夫をして、その方の、いま過ごしたい時間をどのように作るかということです。「ケアを作っていく」ということはそういうことだと思います。

多文化社会、国際化の中で高まる必要性

レイニンガーのいう文化ケア、異文化看護というのは、自分の文化とクライアントや患者さんの文化を、「良い悪い」で見ないで「違う」という見かたをし、違いを理解して、それに沿ったケアをするということです。
今、日本で暮らす外国人の方が数も出身国も増えてきています。そういう方々が病院でお産をなさったり診療にいらしたりします。たとえば出産は民族によって非常に儀礼や慣習が違います。日本人は産まれてすぐ沐浴しますが、すぐには沐浴しない民族もありますし、産褥には特別な薬草の入ったスープを何日間か飲む、耳にピアスの穴を開けるという習俗もあります。そういう方々が日本でお産をした時に、ご自分や家族がこうありたいと思うことを、看護師がどこまでわかってそれを肯定できるか、それに沿う努力ができるかということが大切なことだと思いますし、いまはそういう場面が増えている時代です。

また、在宅看護の初めの頃には、病院文化の中で看護経験を積んできた看護師が訪問看護をして、患者さんから「明日から来なくて結構です」と言われた失敗例を聞いたことがあります。たぶん看護師は、病院文化をそのまま患者さんの文化圏に持ち込んでしまったのでしょう。このように、同じ日本人同士の看護の場においても異文化看護の考え方は必要です。より良い看護ケアのために、異文化看護の考え方を取り入れていくことは今後ますます重要になってくると思いますね。

もっと臨床の知を伝えていきたい

私は今、いわゆる研究者としてではなく、長い臨床の場での経験を踏まえて学生に教えています。臨床で若い看護師を受け入れた時に、病院という場での組織の一員であること、看護の楽しさやチームで協働することの楽しさなどをほとんど知らずに入職してくるという印象がありました。いわゆる一人前に看護ができるまでの最初の段階はたいへんですが、そのなかでも楽しく看護ができる、看護が好きになるということについて、学生の時代により多く伝え、将来自分が進む道について考える機会を作ることが大切だと強く感じていました。

ですから、基礎看護教育のなかで看護管理学はどうあったらいいかを考えた時に、単に管理とは何かを教えるのではなく、良い看護をするための仕組みや、その仕組みはどのように作られたり、発展のためにどのように医療者が協働し、そこで看護職はどのように期待されているのかなどを、きちんと学生に伝える義務が私にはあるのではないかと思っています。

そうすることで、学生は自分のキャリアデザインと、病院のめざす理念や組織理念、病院のキャリア開発のプログラムをよく見極めて、それが一致するような病院を選んで就職することができます。そこから良い医療・看護が生まれるわけです。今、学生は就職先を選ぶ時にそこまで考えているだろうか、また臨床側はどうかということを非常に感じます。臨床の知と言いますか、学生の関心をそそるような実践の知を伝えることで、自分が職場を選んだり、看護師になろうという意思を固めたり、目指す専門看護のキャリアアップにはどういう臨床の場を選ぼうかということを学生のうちに考えられるような、そういう学生とのかかわりをしていきたいと思っています。

戸塚 規子 氏
【略歴】

1963年静岡赤十字看護専門学校卒業後、静岡赤十字病院・同看護専門学校勤務。1970年より3年間インドでハンセン病の国際医療協力に参加。帰国後、聖マリアンナ医科大学病院(川崎市)の開設準備にあたり以後18年間勤務。後半の8年間は同医科大学の横浜市西部病院の建築・開設準備に携わり、開院後看護部長を務める。1991年退職し大学にて社会学を専攻、卒業後、日本看護協会学会部長などを経て、1999年新潟大学医学部保健学科教授就任。この間に大学院法学研究科修士課程を修了。2002年5月より静岡県立静岡がんセンターにて副院長兼看護部長、2004年より副院長。2007年3月より現職。JICA青年海外協力隊事務局技術専門委員、日本医療福祉建築協会理事、日本医療福祉設備協会理事等としても幅広くご活躍中である。
【主な関心領域】
看護管理学、異文化看護・国際看護、病院建築・設備
【主な著書】
『国際看護学入門』共著(医学書院1999年)
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