今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第58回 2008/02

電子カルテの現状を直視し、新たな方向性を探る

現代のIT化の進行はすさまじいものがあります。病院の情報システムの進化に関しても例外ではないような気がしますが、その実態はどうなのでしょうか。今回は日本の電子カルテの現状や問題点、今後の課題などについてうかがいました。

国立成育医療センター 医療情報室長
医師(医学博士)・診療情報管理士
山野辺 裕二 氏

国立成育医療研究センター

国立成育医療センターの病棟システムの特徴

国立成育医療センターの病棟システムは、すべてのベッドサイドにコンピュータの端末があるのが大きな特徴です。病室の壁から液晶テレビが下がっているという感じなのですが、医療者向け機能と患者向け機能が入っており、私たち医療者も使いますし患者さんもご利用いただけるようになっています。もちろん普通にテレビも見ることができます。入院患者さん向けにベッドの扱い方を説明したりするビデオも配信しており、ご自分で後から見直していただけます。

医療者向け機能としては、熱や脈、血圧等のデータをはじめ、点滴のスピードや、点滴を終えました、つなぎ変えました、食事を全部食べましたというようなデータを、看護師が画面から指で直接電子カルテに入力することができます。また、患者さんや薬に付けられたバーコードをリーダにかざすと、それが本人のものに間違いないかどうかをカルテと照合することができ、人違いを防止することができます。看護師が患者さんと話をしながら必要なデータをベッドサイドで入力できますから、患者さんの傍にいる時間が増やせます。ここが当院のシステムの非常に良いところだと思っています。

患者向け機能としては、食事を選んだりすることができます。また、メニューの中に『けいかひょう』というのがありますが、これは主にご家族のために用意されています。夜になって親御さんが来て、今日の熱の具合はどうだったのかなと電子カルテの体温のグラフを見ていただけるわけです。
この仕組みは、おそらく日本で一番進んだ電子カルテシステムと言って良いでしょう。ただ値段が高いので、なかなかここまで設備できる病院は少ないと思います。

日米で異なるIT利用の方向性

もう3,4年前になりますので今は違っているかもしれませんが、私がアメリカの病院に居たときに一番驚いたのは、病棟のIT化が遅れているということでした。もちろん、私たちが導入しているベッドサイド端末のようなものはありませんし、熱も担当者が検温表につけていくやり方でした。 ただアメリカと日本とで決定的に違うのは、スタッフの人数です。病棟のIT化は進んでいないのですが、極端に言うと熱を測る専門の人がいるわけです。病院の職員数が日本のだいたい7~8倍です。ですから病棟においても、熱を測る人は看護師ではなくて、看護助手だったり検査技師だったりします。

そして、その人が測ったデータをコンピュータに打ち込むのは病棟常駐の入力専門の人だったりするので、あまりIT化していなくてもデータは取れているのです。 1000ベッドくらいの大学病院でしたけれども、データ自体はきちっと入っているわけです。検査データなどもどこにいてもコンピュータで見られるようになっています。

しかし、日本でいうと検査データというのは、検査システムがあってそこからデータがオンラインで電子カルテに来るものなのですが、恐らくアメリカでは検査のデータ伝票があって、それを誰かが打ち込んでデータが入っているという感じでした。人手の違いは決定的です。 日本は人手を楽にするほうにシステムが行っていますが、アメリカではもっと医療の質に関わってくるデータを集めようという方向を向いています。ですから病棟のIT化もちょっと方向性が違いますね。

インターネットにより変化する電子カルテの概念

従来の電子カルテというのは、言ってみれば電子メールも普及していない頃に考えられたものです。まだインターネット環境がなかった頃、電子カルテによっていろんなデータが蓄積でき、それを医療に役立てることができると考えたのです。しかしインターネットの時代には、そういう自己完結のシステムではなく、電子カルテを使いつつインターネットの情報の海から自分でデータを拾ってくる、そういう診療スタイルになっていく気がしますね。

以前は、情報の引き出しを用意することがシステムに期待されていたわけですが、最近はドクターやナース自体が引き出しの場所をどれくらい知っているか、そういう時代になってきたと感じます。私たちシステム構築の専門家から見ると、これからはむしろそういう活動をじゃましないようにすることが大切だという気がしています。

電子カルテを使いながら、インターネットで情報を得るということは実は簡単ではありません。電子カルテからインターネットのWebサイトにぽんと飛ぶことができれば便利ですが、ウィルスに感染する危険を伴います。現代の趨勢としては、電子カルテシステムとインターネット系は別になっており、そのほうがシステム管理者としては安心です。しかしその分、情報へのアクセスを制限させてしまいます。業務の安全確保とインターネットを通じた情報収集の両立、これが今後の課題になってくると思います。

工業製品に及ばない電子カルテの品質

電子カルテ自体の品質は、工業製品としての品質にまだ至っていないように思えます。1文字ケタあふれするとデータが送信されないということも実際にありますし、画面の作りがバラバラというのも目立ちます。例として私はよく車を引き合いに出すのですが、1台の車で、たとえば前輪と後輪のホイールのデザインが違ったり、助手席と後ろのシートの色が違うというような車があれば、安心して買えませんよね。しかしメーカーは「ちゃんと走るからいいじゃないですか」と言って売っている。電子カルテはそのようなレベルだと言えます。

しかし電子カルテの品質の問題は、値段が安すぎるということにも原因があり、一概にメーカーだけを責めるわけにはいきません。私どもの電子カルテシステムはざっと20億円で高額といえば高額です。しかし、たとえば証券会社のシステムは何百億円もするわけです。一方、システムの機能や複雑性はというと、20億円の電子カルテのほうが200億円の証券会社や銀行の勘定システムよりも上ではないかと思います。つまり証券会社や銀行のシステムはお金を間違えてはいけないので、そのための品質確保に10倍の値段がかかっているのです。

電子カルテも人の命がかかっているわけですから、本当は100億くらいかけても良いのです。しかし結局は日本の医療費の問題に行き着いてしまいます。医療にお金をかけられないのなら、電子カルテもある程度のリスクの許容が必要なのではないかと思います。セキュリティにしても本当につきつめていくと値段が高くなるので、現実にはある程度の妥協が必要です。

汎用ソフトによる電子カルテの可能性

私はいま、汎用ソフトによるレガシー病院情報システムの代替ということに興味を持っています。つまり、電子メールとかワープロ、あるいはブログなどの今ある普通の技術を使って電子カルテを構築することができないかということです。たとえば、患者さんごとにブログがあって、その患者さんのブログにドクターやナースが書き込みをすれば立派な電子カルテになるはずなのです。従来の電子カルテという概念からの発想の転換が必要ではないかと思っています。 そう言うと、セキュリティはどうかとかきちんと保存されるのかなどと言われますが、現場で電子カルテの品質を見ていると、そんなに遜色がないだろうと思っています。

また、たとえば患者さんの「万力で締められるような痛み」という訴えをカルテに書いたとしても、「万力」という表現を病院内のすべての患者さんのカルテから検索することは現在の電子カルテの標準機能ではできません。ところが仮に電子カルテが院内ブログだとすると、既にグーグルのようなものがありますから検索が可能になります。ですから、記録と検索ができるということに目的を限るのであれば、今の電子カルテよりブログシステムのほうが優れているのです。検査データを全部データベースに集めて分析するなどということは別のシステムでやることになりますが、それも極端に言うとエクセルファイルの集合でも良いかもしれません。電子カルテと呼ぶには美しくないでしょうが、記載はブログで、検査データはエクセルで管理するというのでも工夫次第で使えると思います。日本の医療費を増やせないのであれば、解決は意外にその辺にあるのではないでしょうか。いま仕事を離れることができたとしたら、山の中に1年くらいこもってそんな研究をしてみたいですね。

山野辺 裕二 氏
【略歴】

1986年、長崎大学医学部卒業。1991年、長崎大学大学院医学研究科修了(形成外科学専攻)。1991年、愛媛県立中央病院形成外科副医長。1993年、国立佐賀病院形成外科医長。1996年、長崎大学病院形成外科助手。1999年、同医療情報室副室長。2000年、同医療情報部副部長。2003年、マウントサイナイメディカルセンター医療情報学客員研究員。2005年より現職。
【所属学会・役職等】
日本医療情報学会(評議員)、ITヘルスケア学会(理事)、日本診療録管理学会、日本医療バランスト・スコアカード研究学会ほか。日本診療情報管理士会(評議員)。
【主な論文・記事等】
●患者の実話を利用した米国の病院広報,看護管理,Vol.14:670~673,2004
●再考!病院の禁止規定 携帯電話、喫煙・・・エビデンスに基づいた院内規定の作り方-第1回- 医療機関での携帯電話規制を緩和するには、看護部長通信2005,Vol.3, No.1, 44-49, 2005
●患者配布文書からみた個人情報保護法対策の課題,看護管理,vol.15,638-644,2005
●連載エッセイ「ご近所の愛」,ジャミックジャーナル,2005年4月号~2006年3月号
●電子カルテの課題-動かし続けるためのヒト,モノ,カネ-,日本病院会雑誌,vol.53,No.11:1600-1608,2006
インタービューTOPへ
ページの先頭へ戻る