今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第59回 2008/03

医療安全を推進し、医療者と患者間に本当の信頼関係を

近年、さまざまな医療事故が明るみに出て以来、医療者側の体質改善や医療安全への多大な努力が積み重ねられています。今回は医療安全への取り組みの現状や今後の課題についてうかがいました。

武蔵野赤十字病院
医療安全推進室 専従リスクマネージャー 看護師長
杉山 良子 氏

武蔵野赤十字病院

武蔵野赤十字病院の安全への取り組みのきっかけ

当院が安全について進んでいるとよく言われるのは、1994~5年頃から安全にウェイトを置いて取り組んできた結果なのですが、実はそのきっかけは保険会社とのやりとりの中にありました。
病院は保険をかけていて、医療事故があればそれでお支払いするわけですが、当院はその支払額が赤十字でもトップの時期がありました。その頃に大きな死亡事故があったからなのですが、その時点ではまだ、「医療というのはそういうリスクを抱えているのだ」くらいの認識だったわけです。しかし、同じような事故が繰り返されて、保険会社の方から「病院というのは学習能力をもっているんですか。」と問われたわけですね。それで気が付いて、そこから医療安全の取り組みが始まりました。これは、前院長の三宅先生が講演でも話され、本にも書かれていることです。つまり、そこから安全を病院全体で考えるという仕組みづくりをしてきて、もう12~3年になるというのが当院の強みになっているわけです。

当院が他に先駆けてやったことは、品質管理などの日本の優れた産業界の手法を取り入れたことです。1999年頃から、東北大の上原先生が日本の品質管理のトップと言われる東大の飯塚先生たちとともに、医療の中に安全の仕組みづくりをしようという相談をされ、三宅先生も現場の院長(当時)という立場で参加されて2000年にNDP(National Demonstration Project on TQM for health=「医療のTQM実証プロジェクト」)が発足しました。

私もNDPに参加し(NDPは病院単位での参加)、品質管理の手法とヒューマンエラーに関して特に強く学びました。人間はどういうところでエラーをするのか、そのエラーを起こさないようにするにはどうすれば良いのか、病院の中の業務や看護業務にあてはめた仕組みづくりはどうすれば良いのかなど、非常に多くのことを学ぶことができました。『To Err Is Human』を読んだ時も衝撃を受けましたね。

どんな人でも間違えない仕事の仕組みづくりを目指して

実は、病院の中はどこも危険がいっぱいなのです。医療安全を考える場合、スタートは「安全はない」という認識に立ちます。つまり、「これは安全だ」ということは医療の中で存在しないと私たちは思っているのです。これに対して、「これは危ない」というリスクは認識できます。そういう、私たちが認識できるリスクを一つひとつなくしていくことが、実は安全というものに近づいていくことだと考えているわけです。

医療の中で起きる事故は、起こそうとして起こったものではありません。普通に一生懸命仕事をしているのだけれど、その中にたとえば思い込みや取り違えなど、人間なら誰でも持っている特性によって起こるのです。決して怠けていたから事故が起こったなどということではないのです。ですから、ちょっと体調が不良であるとか、いつもより少し忙しいというようなどんな場合でも、取り違えをしない、思い違いをしないような仕組みづくりが必要なのです。

品質管理はプロセスコントロールなどとも言い、仕事をこういう手順でやれば安全に品質の良い製品ができるという、一つひとつの仕事のプロセスを作りこんでいく考え方です。それを医療にあてはめて、患者さんに不安全が起きないように、私たちが間違わないように仕事のやり方を良くしていけば事故が起きないのではないかということです。ただしこれは、たとえば注射とか内服などの薬を扱う業務や検査業務などの、医療者が行なうプロセスのある事故に対してあてはまるものです。

大きなジレンマを抱える転倒・転落による事故

病院の中で起こる事故はいろいろあり、たとえば転倒・転落はこれまで述べた事故と性質が違います。転倒・転落は、「ドスン」と大きな物音がしたので、なんだろうと行ってみると患者さんが転倒していた、ベッドから転落していたというわけで、私たちの大きなジレンマとなっています。プロセスがなくて「あれっ」という時には事故が起きていますので、これを非プロセス型の事故と呼んでいます。
転倒は誰でも起こす可能性があり、転倒した結果、大腿骨骨折をしたりすればその後の患者さんの生活の質に関わりますし、頭を打ったりすると生死に関わることになります。患者さん自身の将来の生活や患者さんを支えるご家族のケアにとってもたいへんな問題になってきます。 転倒・転落は直接医療者が介在せずに、患者さん自身が動くことによって発生する事故ですから、従来は不可抗力の事故だと考えてきました。しかし、病院で起こる事故については、たとえ患者さんが自分で動いて転倒・転落したとしても、そうならないようにするのが医療者の務めであるという考え方に変わってきたのです。

転倒・転落の要因と対応の実際

転倒を起こさないようにケアをしていくためには、その人が転倒しやすい人かどうかを見分けなければいけません。今は高齢者の方が多く、高齢になると誰でも筋力も低下し視力も弱くなるなどいろいろあります。本当はすべての人に目を向けられればいいのですが、看護師の数は限られています。ですから特に危ないという人をピックアップして防止対策をしています。たとえば離床センサーなどを用いて、ちょっとでも動いたら「どうしました、お手洗いですか」と看護師が先回りをしてケアをします。

当院は独自に検証した転倒・転落アセスメントシートを持っているのですが、その中で患者さんの危険度を見る一番高いポイントにしているのが2項目あります。一つは、認知症があったり理解力が低下しているなどの意識レベル。もう一つはナースコール要因です。ナースコール要因と呼んでいるのはナースコールを押さないで行動しがちであるとか、ナースコールで呼ぶことの認知ができないことで、そういう要因を持っている人は転倒・転落の危険が一番高いとしています。

では、ナースコール要因が非常に高いと言った時にその対策はどうするのか。「ナースコールを押すように指導しました」などというのは×です。そこからもう一歩深めて、なぜ押せなかったのかというところを、ケアする視点でもう一歩深めて考えてほしいわけです。

ナースコールを押したいけれど、押しても看護師さんはすぐ来てくれないから自分で動いた、意識がはっきりしている人はだいたいそうです。特に排泄で動いて転倒されることが多いのですが、やはり下の世話というのは他人にしてもらいたくない、いつまでも自分でやりたいと思うものなのです。ですから自分は動けると思って動いたが、病気のために筋力が低下していて転倒して頭を打ったなどということが起こるのです。
そう考えてくると転倒・転落に対する対策は、私たちが患者さんを看る「看護」そのものだということがわかります。看護の本質は安全・安楽だと言われるくらいですから。自分たちが見ていないところで起きる転倒でも、どうしても守りたい、ちゃんとやりたい重要な部分なのです。ですから注射のエラー対策ももちろんですが、転倒・転落事故防止に対する看護職の気持ちは、ジレンマを持ちつつも、非常に高いのです。

転倒・転落の防止に有効な危険予知トレーニング

私が主に重視しているのは、転倒・転落のアセスメントシートで患者さんの状態把握をして、それをもとにこんな対策を実施するという、アセスメントがアセスメントで終わってしまわないように次の対策にケアを連動させることと、もう一つは危険予知トレーニングです。危険予知トレーニング(:KYT)は、まだ起こっていないことを事前に察知する能力を養います。今は何も起こっていないけれど、何かの変化や作用、行為が加わることにより発生する危険を事前に予測できる能力を養うのです。

その手法としては、みんなで写真やイラストを見て、その場面や素材を共有しミーティングをします。そして「○○する(要因)と△△して(行動)××になる(事故の結果)」というように、危険ストーリーを言い合います。そのことによってリスクをその場面場面で自分でより理解して、そういうことが起こらないように注意しながらやっていく行動化につなげていきます。転倒・転落の防止対策には非常に有効なトレーニングだと思いますね。

実は、事故はゼロにはできません。しかし、ゼロに近づけるために、私たちは、武蔵野赤十字病院で作成した本の題名のように「医療安全への終わりなき挑戦」を続けていきます。そしてその努力をもっと一般の方々やマスコミにも理解していただき、医療者への信頼につなげていきたいと思っています。

(終わりに)
30数年臨床看護の中で働いてきて、その集大成として医療安全に関わる仕事ができることを幸せに思っています。私にも忘れることのできない仕事上での失敗のアクシデント経験がいくつかあります。医療安全を通して思うことは、事故が起こった時に、起こった事故そのことに対してどれだけ謙虚さをもつことができるかということです。謙虚さがないと事故分析はできないと思うからです。これまでの臨床現場での学びや経験を未然防止活動にどう生かしていくか挑戦は終わりません。患者安全の取り組みは医療者を守ることでもあると、宝物のインシデント・アクシデントレポートを読みつづけている毎日です。

杉山 良子 氏
【略歴】

1972年3月 日本赤十字武蔵野短期大学の看護学科を卒業
  同年4月 武蔵野赤十字病院に看護師として勤務。
1984年4月 神奈川県立看護教育大学校 教育学科に入学。
1985年3月 同大学卒業し、武蔵野赤十字病院に復職。
2004年4月 武蔵野赤十字病院医療安全推進室所属の専従リスクマネジャーとなり、現在に至る。
【主な執筆等】
・医療安全ハンドブック②ヒヤリハット報告の分析と活用:メジカルフレンド社、2002
・武蔵野赤十字病院における医療安全文化確立への方略:インターナショナルナーシングレビュー26(4)、2003
・病院で標準化や安全の取り組みを進めるときの留意店:月刊ナーシング23(12)、2003
・医療現場におけるKYTの活用と実践:ナーシングセミナー27(8)18-26、2006
・KYTの効果的な導入・運用のコツ他:ナースマネジャー9(6)6-20、2007
・KYTシート研修支援ツール:医療安全、学研、2007より連載
・実践できる転倒転落防止ガイド、学研ナーシングムック42、2007
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