今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第149回 2015/09

正しいデータを集めて事故の再発防止につなげる。 2015年10月「医療事故調査制度」がスタート(前編)

2015年10月1日より施行される医療事故調査制度。2014年に成立した、医療法の改正に盛り込まれた制度です。近年の医療事故の増加を受け、医療の安全と質向上を図ることを目的に、慎重な議論が重ねられてきました。制度成立の背景と詳細、現場への影響について、日本医師会副会長の松原謙二氏にお聞きしました。

日本医師会 副会長
松原 謙二 氏

日本医師会

医師逮捕によって現場に広がった衝撃

1999年に起こった横浜市立大学医学部附属病院の患者取り違え事故。さらに都立広尾病院の消毒液誤投与事故は、医療の安全性に対する信頼を根底から揺るがすものでした。
2001年には東京女子医科大学病院で心臓手術中の人工心肺装置の事故にかかわった医師が逮捕されるという前代未聞の出来事が起こりました。手術を担当した医師は「絶対に自分は見落としをしていない」「間違っていない」と主張しました。しかし、病院側が作成した内部報告書が独り歩きして警察に持ち込まれ、業務上過失致死の疑いをかけられたのです。
2004年には福島県立大野病院で、前置胎盤の患者さんが死亡する事故が起こりました。患者さんと家族の「子宮を温存してほしい」という強い意向を配慮した結果、処置が遅れ出血多量で亡くなってしまったものです。県立病院であったため県が調査し、産科の担当医師に過失があるとする最終的な報告書が出され、医師が逮捕されました。逮捕される瞬間まで報道されたため、「医学的に合理的にきちんと処理しても、結果が悪ければ逮捕されるのか」と全国の医師たちに衝撃が走りました。
 
衝撃は特に救急の医師たちにも広がりました。救急現場にはまさに窮地に陥った人たちが集まってきます。それを助けようとして失敗したら、逮捕されてしまうかもしれないという不安が広がったのです。
これらの事件もあり、近年では「外科は手術しない。麻酔科も対応しない。救急は受け入れない。結果、たらいまわしになる」状況が各地で問題となっています。
 
福島の事件で逮捕の決め手となったのは「もっと早く状況を把握し、適切な処置をしていれば事故は防げた」という判断でした。しかし、物事はそんなに単純ではなく、いくつかの要素が合わさって起こるものです。原因がひとつということはなく、多くの場合、事故の要因は担当した医療従事者「個人」の不注意というよりも、「医療システム」に問題があると私は考えます。

善意で行ったことの罪を問わない

ルールを守って普通に運転していれば、交通事故は起こりません。事故が起こるのは、スピード違反など運転手に過失があるためです。しかし、医療事故は交通事故とは異なり、医療行為自体がリスクであり、何が起こるかわからないところで行われるものです。適正な医療が行われたとしても、事故は起こる可能性があります。そのことが理解されていないので、「やれ失敗した。逮捕しろ」という誤った風潮が生まれてしまうのです。
 
私はよく次のように説明しています。
「おぼれている人がいて助けに行ったが、助け方が悪くて死んでしまった。その人が死んだのは助けにいった人の責任だと言われたら誰が助けに行きますか」
 
聖書に「善きサマリア人のたとえ」という話があります。「窮地に陥った人を助けようとして失敗した場合、神はその罪を許す」とキリストが話したというものです。つまり、善意で行ったことについては罪を問わないという考え方です。
明らかな悪意をもって行われた違法な行為でなければ、医療によって生じた事故は本来罪を問われるものではないと私は考えます。

罪には問わないが、報告の義務が生じる

多くの事故の要因は医療システムにあるとお話ししました。事故を防ぐためには、事故が起きた状況などを集めたデータを分析し、原因を究明する必要がありますが、そのデータが正しくなければ再発防止に活用することはできません。
しかし、刑法の範囲で当事者(担当した医療従事者)から起こったことを引き出そうとしても、当事者は当然黙秘権を使います。国民の権利ですから当たり前です。そうすると、正しいデータを集めることができなくなります。
 
正しいデータを集めるために、当事者が正しいことを言える環境を作りたいと考え、医療事故調査制度を策定しました。つまり、この制度の背景には「個人の責任を追及する代わりに正しい情報を集め、安全を確保する」という考え方があります。


本制度は、免責はしても明確な定義を設けて該当するものには調査する義務を課しています。後編では、制度のくわしい内容や制度によって患者さんにどのようなメリットがあるのか、ご説明します。

日本医師会
副会長
松原謙二氏
 
【略歴】
1982年 広島大学医学部卒
1993年 松原内科開業
1994年 池田市医師会理事就任
2000年 大阪府医師会理事就任
2013年 日本医師会副会長就任
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