今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第63回 2008/07

地域を活性化させる音楽療法を目指して

現代のストレス社会にあって、最も身近で心を癒してくれるものは音楽かもしれません。しかし、精神障害に苦しむ方、高齢者や子供たちの精神障害に、音楽を使って治療を行なっている音楽療法の世界はあまり知られていないのではないでしょうか。今回は、長く音楽療法に携わり、音楽療法士の国家資格化に向けて活動されている村井さんにうかがいました。

日本音楽療法学会 副理事長
東京音楽療法協会 会長
聖徳大学人文学部音楽文化学科 教授
村井 靖児 氏

日本音楽療法学会
東京音楽療法協会
聖徳大学

日本音楽療法学会が認定する音楽療法士

音楽療法士の資格は、現在、当学会で認定しています。既に認定審査に合格し音楽療法士の資格を取得した方は、全国に1500人くらいいます。実績を積んで認定の審査を受けようと待機しておられる方は、まだ6000人くらいいるのですが、暫定的な形で行なってきた当学会の第一次認定制度は、2011年で終了する予定です。積み残しが出てきますが、その方たちのためには、現在新しい制度を検討中です。(認定制度に関しては、当学会のホームページでご紹介しています。)

日本の音楽療法は芸術療法の中の一分野として発達してきました。現在の芸術療法は質が変わってきましたが、最初の頃の芸術療法学会の会員は、実はみなさん趣味として芸術活動を行っている医師の方々でした。精神科医で画家であったり、音楽家であるような人たちばかりでした。

ところが、私が精神科医として音楽療法を実際にやり始めて実感したことは、これは自分一人ではとてもできないということでした。つまり、医者をやりながら音楽療法を自分だけでやるのは難しく、どうしても専門家の助っ人が必要だということがわかったのです。それで、音楽療法士という特別な専門職を養成するということになり、学会の認定制度を設けることにしたのです。ですから音楽療法士になる人は、医師でなくてもいいのですが音楽をやっている人でないとだめなわけです。

当初、音楽療法士を目指す人は、自宅でピアノレッスンなどをしている、音楽教師が多かったのです。ところが、精神療法的に音楽を使う場合は目線が患者さんと同じにならなければなりません。その点で、先生と生徒の関係は上下関係ですから、教師の出身者はどうしても患者さんを上から見てしまう傾向があります。ですから、先生をやっていたことは、音楽療法士としてはむしろ有害なんですね。そういうこともだんだん分かってきました。

音楽療法で使う音楽は、必ずしも音楽の全領域を網羅しているわけではなく、みんなで演奏したり歌ったりできる曲を主に使います。鑑賞はあまり使いません。病院や施設、あるいは子供たちのグループの中に入って、音楽のプログラムを立て、一緒に演奏したり歌ってもらったりします。ですから、音楽を演奏する技術はもちろんですが、その他に、選曲の技術、音楽を楽しく一緒に共有していく技術が必要です。

心の病の治療法としての音楽療法

音楽療法の対象は心の病です。しかし、もともと音楽は心の病のためにあったのではなく、私たちの心の健康のために生まれてきたものです。音楽を心の健康のために利用することは、日常誰でも無意識のうちにやっています。疲れた時に音楽を聴いて癒されたりしているわけです。

ところが、日常の心と病気になった心は全然違います。心の病気に対して一般の心の問題に対処するのと同じ仕方で音楽を使うと、やり過ぎになったり逆に不足だったりします。問題なのは、音楽療法が病気を本当に治しているかどうか証明することが難しく、心の病いに対しての有効なエビデンスはなかなかとりにくいのが現状です。EBMの有無が重視されている今日、音楽療法士の国家資格化を進めるにあたってもそこがかなりネックになっています。

音楽療法の実際

音楽療法は実は薬に似たところがあります。薬は、細胞に抑制や賦活の刺激を与えて、悪いものが働いている時にはそれを抑制し、不足のものは強めることを目指します。音楽もそういう作用を持っていて、細胞を元気付けたり鎮静化したりする機能があります。

精神科の病気の主要因子はパーソナリティ、性格です。本当に治すためにはこの性格を治さないとだめなのです。病気に対しては症状に合った薬を処方しますが、その薬はいわゆる痛み止めのようなもので、原因療法ではなく対症療法です。ですから薬を飲んで退院し、治ったからと思って薬を止めるとまた病気が再燃してしまうのです。音楽療法はこの病気の原因になる性格に手をつけようとするわけです。

私が創った音楽療法に、嗜好拡大法というものがあります。嗜好拡大法とはどんなものか少しご説明しましょう。ある時、精神科の外来で1年半くらい薬物療法を続けても良くならなかった患者さんが、私のところに紹介されてきました。その人は悪化すると鬱病の症状が出てくる、不安神経症の患者さんでした。

最初は音楽談義から始めて、彼に好きな音楽を訊いたところ、「こういうものが好きです」とあげてくれた音楽は、バッハ、ベートーベン、ブラームスという、誰がみても悪いとは評価しない折り紙つきの芸術作品ばかりでした。その人は以前はたくさんのクラシックのレパートリーを聴いていたのですが、不安神経症になりだした頃から鑑賞する音楽が変化してきたのです。私たちはこういう状態を、表現病理に対して鑑賞病理と言っています。ベートーベンでも「エリーゼのために」のような、みんなの好むセミクラシック的な軽い音楽とかジャズなどを全部排除して、大曲ばかり聴くようになり、しかも聴く時は威儀を正して聴き、ながら聴きはしない。フロイトの言うところの、良心が善しと認めるスーパーエゴ(super ego)の音楽だけしか聴かなくなってしまい、本能的なイド(ido)の音楽を全部排除したわけです。これはフロイトの理論が説く不安神経症の人の性格そのものでした。悪いものは全部止めて善いものばかり聴いていたらそれは誰でも疲れてしまいます。

そこで私は、嫌いなものが存在することはとてもストレスになるわけですから、その嫌いなものをなくしてあげる意味で、患者さんが嫌いだという排除していった音楽を聴かせはじめたのです。その人はカラヤンが嫌いでフルトベングラーが好き。そして、チャイコフスキーの悲愴が一番嫌いでした。一番嫌いなものからやるのは過激ですから、チャイコフスキーの別の交響曲を聴きましょうと最初の回に宿題を出したところ、他の曲と一緒に悲愴まで聴いてきて、フルトベングラーで聴くとチャイコフスキーもいいですねと言うわけです。こんな風にしてだんだん趣味を拡大して行ったところ、一年以内でいつの間にか、不安が解消されていきました。これは一つの音楽療法の技法です。

もう一つ不思議な音楽療法があります。スイスの精神科医が、自分で作りだしたLSDという幻覚剤と、音楽療法士が選んだ不安を解消し高揚感を持続させる音楽を組み合わせ、5~6時間のLSD作用時間帯の中で心理療法を行ったらそれが非常に患者さんの症状に効果的だったのです。これにヒントを得て、LSDが使用禁止になった時に、音楽を担当していた音楽療法士のヘレン・ボニーは、音楽だけで行えるGIMという不思議な音楽療法を創り出しました。

この音楽療法は、無意識のメッセージを私たちに与えてくれる、無意識の世界に入り込む音楽療法なのです。今、世界で一番注目されている音楽療法です。統合失調症などは、無意識を引き出すと返って病気を悪くしてしまうので使えませんが、昔で言う神経症領域の患者さんにその音楽療法を行うと、音楽につれていろいろな夢のような世界が出てくるのです。その夢のような世界に表現される、無意識からのメッセージを現実にその世界に浸って体験してもらう方法で、自分の問題への無意識が提供する解決法を、患者さん自身に気付いてもらおうとするものです。

今あげたような二つの音楽療法は、精神病圏ではなくて神経症の領域の、病気としては軽い人たちに使うものです。では統合失調症など重い精神病の人たちにはどうするかというと、患者さんたちに彼らが好む懐メロ・演歌を一緒に歌ってもらうことを主に行っています。この点では、高齢者の音楽療法も統合失調症の音楽療法もほとんど同じです。
演歌を歌ってみると、本当に良い音楽が多いのに気づきます。良い音楽というより活力を与えてくれたり、慰めてくれるいわば人生の応援歌が多いのです。何か良い音楽を選びなさいと言われたら、私はまず演歌をあげますね。「楽しい」歌としてはオーシャンゼリゼのような外国の歌も患者さんは好きですが、「元気づける」音楽は演歌の中にたくさんあります。演歌は質が高いと思いますよ、本当に。

地域に戻るお年寄りや精神障害者のために

今、医療・福祉の世界では大変なことが起こっています。超高齢の方々が急増し、このままでは医療も福祉も崩壊してしまうと考えられています。もう一つは自立支援ということで、今まで私たちが治療していた統合失調症などの療養型の患者さんが行き場を失いかねないということです。

私は、この人たちをなんとかしないといけないと思い始めたのです。国がこんなに大変になってきている時ですから、私たちもやはり今までの施設中心の音楽療法の方向から方向転換しなくてはいけないと思っているのです。つまり私たち音楽療法士がマンパワーとしてお手伝いしないと、日本の医療・福祉がだめになってしまうのではないかとさえ思うのです。

音楽には鎮静効果と賦活効果(元気付ける効果)があることは誰でも知っています。この誰でも知っている音楽の力を利用して、施設や病院からデイサービスに戻されてしまうお年寄りや統合失調症の人たちに、もう一度、孤独な世界ではなく周囲のある世界を与えてあげたい。デイサービスで楽しくなって家に帰り、家で少しは自分の人間としての尊厳を自分で味わえるようにさせてあげたい。そういう世界を音楽療法で作っていかなければいけないと考えているのです。

きちんと国家資格を持った音楽療法士が、施設中心の音楽療法だけではなく、もっと地域の中に入っていくような音楽療法が求められているように思います。
地域に、たとえばデイサービスのような、気軽に集まり音楽をやれる場所をあちこちに作って、音楽の最も得意とする機能をフルに使って、高齢者や鬱病の人たちまでもケアしてあげられたらよいと思います。音楽療法自体も、地域の中で、一般の人たちがよく見えるところで活動することによって、地域の人たちがみんな活気付いていく、そういういわば心の栄養の供給者として音楽を提供してあげられたらよいと考えています。これからは地域が活性化し、生き返ってこなければだめだと思うのです。

村井 靖児 氏
【略歴】

1960年、慶應義塾大学医学部卒業。医学博士。1961年、東京芸術大学音楽学部楽理科に入学。1967年、同大学大学院修士課程終了。1965年、慶応義塾大学医学部精神神経科教室に入局。同年、国立下総療養所に精神科医として就職し、1989年まで精神疾患の診療、音楽療法に当たる。1989年、国立音楽大学教授。2001年より聖徳大学人文学部音楽文化学科教授。
【主な著書】
『こころに効く音楽』保健同人社、1992
『音楽療法の基礎』音楽之友社、1995
『音楽療法を語る』聖徳大学出版会、2004
(訳書)
『音楽療法―理論と背景』(E.ルード著)ユリシス出版部、1992
『音楽と無意識の世界』(H.ボニー著)音楽之友社、1997
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