今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第65回 2008/09

キネステティクの応用で、寝たきりにしない高齢社会を

高齢社会が進む中、病院では高齢者の入院患者さんに褥瘡を作らないためのさまざまな方法が考えられています。今回は、自力で動けない患者さんを寝たきりにしないためには、褥瘡だけを考えるのではなく、人の自然な動きを支援してケアするキネステティクの概念が重要と提唱する徳永さんにうかがいました。

宮城大学 大学院看護学研究科 教授
日本キネステティク研究会 代表世話人
徳永 恵子 氏

宮城大学 日本キネステティク研究会

エンテロストーマセラピーの勉強からキネステティクへ

キネステティクという概念が日本で紹介されたのは、日本褥瘡学会の2001年教育講演で私が紹介した時で、それが最初だと思います。私はたまたまその講演の数ヵ月前に、ドイツから医療用具を輸入している会社のナースの方から、<ドイツでは動けない患者さんの体位変換をする時、介助する人にも介助される人にも両方に負担がかからない方法があります。それを見に行きませんか>と、誘われて研修を受けたことがきっかけになっています。

実は私は1981年に、WOC看護認定看護師(現在は、皮膚・排泄ケア看護認定看護師)の前身である、エンテロストーマセラピー(Enterostomal Therapy)をアメリカのクリーブランドで勉強しました。エンテロストーマセラピーは、大腸がんや膀胱がんなどで、ストーマ(人工肛門や人工膀胱)の造設手術を受けたストーマ患者の社会復帰に必要なケアのことです。

ストーマ患者は、手術により社会復帰が可能になっても、本来の排泄機能を喪失しますので、造設されたストーマからの排泄管理を新たに修得する必要があります。基本的にはパウチを装着して排泄をコントロールしますので、患者さんにとってなかなか受け入れがたい手術です。エンテロストーマセラピーは、そういう手術後のQOL向上を目標にしたケアで、アメリカでは1958年くらいから始まっていました。

しかし日本では当時、手術前に患者さんにそんなことは言えない、命を救うのが先だということで、患者さんは手術が終わってストーマに気付き、適切なケアのために必要な皮膚保護材やパウチ類も手に入らず、ストーマ周囲の皮膚障害は当たり前という悲惨な状態になっているのがほとんどでした。私は1970年代初期の看護学生時代にそういう患者さんを目の当たりにし、そのことがずっと頭にありました。

その後、米国ではストーマ保有者が、日本と違い皮膚障害など経験せず社会復帰するのは当たり前で、それを支える専門ナース(Enterostomal Therapist略称ET)が存在することを、当時米国でナースをしていた同級生から知りました。ちょうどその頃、外資系医薬品会社がETを募集していましたので、私は新しいストーマケアの情報を得られるならばと、米国での研修を受ける機会を得ました。
ETはその後スキンケアのスペシャリストとして、失禁ケア、褥瘡管理など創傷管理にその役割を拡大しています。私はストーマケアと日本での創傷管理を変えた、ハイドロコロイドドレッシングのエビデンスである湿潤環境理論の情報提供と実践に関ることになりました。
キネステティク研修の話は、私のこのような経緯を背景に持ち込まれたものでした。

動きはコミュニケーションという考え方

現在の日本の看護基礎教育における体位変換技術は全部ボディメカニクスです。患者さんの体を動かす人が、体に負担がこないような動かし方を教えます。
キネステティクの動かし方はボディメカニクスと異なり、ハウトゥではありません。キネステティクは概念であり、「動きはコミュニケーション」という考え方です。コミュニケーションというと、私たちはバーバルコミュニケーション(言語的なコミュニケーション)を思いうかべますが、ノンバーバル(言語によらない)コミュニケーションも臨床の中で多様に使用しています。

特に看護は、患者さんの顔色や、表情、態度などでその人の思っていることや感じていることを察知する、そういうところがずい分あります。たとえば高齢者で認知症の患者さんや、身体障害のある子供たちなどは言語的なコミュニケーションが難しいことがありますから、接触や動きで伝えたりしているわけですね。「これから寝ますよ」とか「これから動きますよ」などと。

自力で動ける人や口で言える人にとっては、「右に動きたい」「左に動きたい」ということが言えますが、それが困難な状態にある人には、顔をどちらかに向けることによって「あ、こっちに動くんだな」と伝えることができます。動きというものを捉えると、どこかに向かう時には自然にまず顔がその方向に向きます。キネステティクは、こちらのメッセージを感じられるような動きや接触を一つのコミュニケーションと捉えて応用していくのです。

重力の中での人の動き方を理解する

私たちの体は地球上で生きている以上は重力に支配されています。重力がなかったら褥瘡もできません。自分で動けないで、2時間以上同じ姿勢が続くと骨があたる皮膚が傷み潰瘍ができることがあります。それが褥瘡です。しかし、私たちはふつう映画やテレビを見て2時間くらいは平気で座ったりしています。それでも映画などを観たあとに褥瘡ができたということは聞きません。それは健康な人の場合、継続して重みがかかっていても、皮膚のセンサーによって、無意識のうちに自分がもっとも快適な姿勢をとっているからなのです。足を組んだり頬杖をついたりすることは、気が付くと誰でもやっていることですね。

椅子から立ち上がる動きをよく見てみると、若い人はぱっと平行に動きます。しかし高齢者は、つかまるものが何もないと平行に立つのがたいへんなので、らせん状に動いて筋肉を使わないように立っていきます。キネステティクでは、そういう重力の中での人の自然な動き方を理解して、動けない人の体位変換に自然な動きを再現して動かします。そうすると患者さんは、ふだん元気な時の寝返りの仕方を患者さん自身の体が覚えているので、自力で寝返りできないのに自分で動いたように感じるのです。

私が、キネステティクで特に素晴らしい、優れていると思うのは、自力でまったく動けないにしても、ふだんの動作を再現していくという、その動かす支援の中にリハビリテーションが入っていることです。ですから、手術後で動けない状況にあっても、なんらかの状態で意識不明の状態になったとしても、その意識のない時にふだん使う筋肉を十分に使った動かし方をしていれば、意識が戻って回復したときにすごくスムーズに動けるのです。

看護は本来、セルフケアができなくなったところを支援していく専門家です。ボディメカニクスで、患者さんの動かせるところも動かせないところも一緒くたにして動かすのは、その人の持っている能力をむしろ阻害する動かし方になります。キネステティクは、本人が動かせる部分は十分使って、足りないところを支援していくという考え方ですから、自然な治癒力を最大限引き出す本来の看護のあり方であるとも言えるのです。

患者さんを動かすのは褥瘡予防のためだけではない

キネステティクの動かし方は、体の仕組みや構造をきちんと理解して、自分自身の動きや感覚に気づきながら、動きの支援を人に応用していくのです。ハウトゥだと応用はできません。人はみんな違いますね、100人100様です。その人のどこを支援していけばいいのかというのは、かなりアセスメントし計画的に実施する能力がないと応用できないのです。

ボディメカニクスは、人を"重たい物"として扱います。「こうしてこう動かす」というのは割合簡単なのです。しかし、キネステティクは"重たい物"ではなく、<この人はここは動かせるがここは動かせない、だからこういう動作の時にはこういう支援が必要>というアセスメントが必要になるのです。この考え方は、脳卒中の後遺症で動けない状況があっても、自然な動きを体位変換に応用して動かし早く自分の機能を取り戻し、寝たきりにしないということに対して有効なのです。
最近の目覚しい褥瘡医療の進歩に伴って、ハイテクベッドのような「動かさなくても褥瘡はできない」という、褥瘡予防環境整備としての道具の進化を無批判に受け入れるような今の風潮は気になります。私は、本来、人というのは重力の中に生きているものであり、褥瘡を予防するためにだけ動かすのではないという考え方を、看護者にしっかり持っていてほしいと思っています。

たとえば、看護の研究者が、最近極めてエビデンスレベルの高い体位変換に関する研究報告をしています。研究報告は体圧分散寝具使用時の体位変換を褥瘡の予防のみに焦点をあてていますので、4時間ごとの体位変換で褥瘡は予防できると発表しました。

しかし、人は本来止まっているものではないのです。眠っている時でさえも、実際には10分おきくらいに動いているのです。重力のある世界の中で、体に備わる人としての機能を維持するためには、絶え間ない体の動きが必要なのです。褥瘡は、動かさないことによって起こってくる局所的、部分的な廃用症候群の一つに過ぎません。今後、褥瘡のみに目を向けたエビデンスにより体位変換は4時間でいいということになり、それがいろいろな施設で採用されたりすると、褥瘡はできないけれど体が固まって拘縮が起こり体が胎児のように変形したり、人から触られないことによるメンタル的な廃用症候群も助長されるでしょう。それは非常に危険だと思うのです。褥瘡なしの寝たきり高齢者を医原性に増加させる結果を招いてはなりません。

最後まで自立して動けること、排泄を自分で管理できるということは人がみんな望んでいることだと思います。ですから重力の中で生きている人を、人としてケアしていく知識と技術を備え、動きの支援を実践できる看護が大切であり、しっかりサポートすることが大切なのです。キネステティクのコンセプトは、そういうことを再認識するためにも重要だと思います。ゆくゆくは、キネステティクの概念を活かしたケアを、病院の中できちっと応用していただけるように研究会を通して情報提供したり、人の動きに対しての科学的な裏づけを報告できるように機能し活動したいと思っています。

徳永 恵子 氏
【略歴】
鹿児島県出身
1973年 聖路加看護大学 卒業  (資格:保健師・助産師・看護師)
卒業後保健師として(株)三井銀行人事部健康開発センター、(財)ライフプランニングセンター 保健管理部勤務の後、1981年 米国 クリーブランド クリニク 、RB. Turnbull,School of Enterostomal Therapy修了
(株)日本スクイブ( 現ブリストルマイヤーズ スクイブ)コンバテック事業部学術部ETの後、コンバテック事業部学術部部長(1997年3月まで) 
1997年4月より 宮城大学 看護学部 成人看護学領域教授 
2008年4月より宮城認定看護師スクール長
      
1973年 聖路加看護大学卒業後、保健師として勤務の後、1981年米国クリーブランドクリニクでET(現WOC看護)研修を受け、ストーマケア、湿潤環境理論に基づくドレッシング法など最新の知識と技術を日本の看護師・医師に積極的に提供する機会を作った。1981年日本ET協会設立、1998年日本褥瘡学会設立に関る。1997年より宮城大学看護学部教授。
【主な著書等】
高屋通子・徳永恵子編著『スキンケア―ストーマケアから褥瘡ケアまで』(南江堂、1998年)
徳永恵子、塚田邦夫編・著『閉塞性ドレッシング法による褥創』(南江堂、2003年)
徳永恵子編・著『最新ストーマセルフケア指導マニュアル』(メディカ出版、2004年)
徳永恵子編・著『在宅療養のサポートシステム』(コロナ社、2006年)
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