今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第70回 2009/02

自然治癒力を引き出す、本来の"看護"を大切に

医療の現場は高度化・複雑化・IT化が進み、それに伴って看護師さんの仕事が超過密化・過酷化し、離職する人も多くみられるなど深刻な状況です。今、看護につきつけられている問題は何か、その課題等について川島みどりさんにうかがいました。

日本赤十字看護大学 学部長 教授
看護実践・教育・研究フロンティアセンター長
特定医療法人財団健和会 臨床看護学研究所 所長
川島 みどり 氏

日本赤十字看護大学
日本赤十字看護大学看護実践・教育・研究フロンティア
健和会臨床看護学研究所

療養上の世話=生活行動の援助が本来の看護

看護の仕事を規定している保助看法という法律では、看護の業務には「療養上の世話」と「診療の補助」という二つの仕事があります。この法律は、敗戦後、占領軍が来て1948年にできた法律ですから、世話とか補助という用語はもうなじまないという声もあります。しかし、私は保助看法が守り育ててきたもの、それまでは「診療の補助」だったナースが「療養上の世話」という、新しい言葉が付け加えられ、それが60年間続いてきたことを評価しています。

では「療養上の世話」とは何でしょう。人間は誰でも幼い頃から、お父さんやお母さんを見て、人間として必要な生活の営み、食べる、眠る、体をきれいにする、身だしなみを整えるといったことを覚え、それらを全部することで人間らしく生きていけるわけです。それに対して、病気や手術、障害、高齢などでそのような営みができない人に、その人が自分でやったのと同じようにお世話をするのが「療養上の世話」です。

私は、「療養上の世話」という言葉を、「生活行動の援助」と言い換えています。「生活行動」とは、いわゆる「生活」ではありません。「生活」とは、暮らし、暮らし方、暮らし向きということで、バックにある経済活動や、家族が家庭の中で一緒に暮らすこと、炊事・洗濯・掃除、買い物。それが「生活」です。

「生活行動」とはそういったことをしながら、個人が食べる、眠る、トイレに行くということであって、他人が代わることはできません。つまり、買い物や洗濯などは誰かが代理でできますが、「代わりにトイレに行ってきて」「代わりにごはんを食べておいて」などということはできないわけです。それが「生活行動」です。その「生活行動」が不自由になった方に対して、お手伝いしながら自分でできるように仕向けていく、これが看護の基本なのです。

効率化で人間性がおびやかされる事態に

今の看護の大きな問題点の一つは、機械化したことで患者さんの人間性をおびやかす事態になっていることです。医療が高度化し、技術化されてきて、電子カルテをはじめとするIT機器が医療の現場にどんどん入り込んでいます。機械化は、一方ではたくさんの命を救いましたし、寿命も延ばしたかもしれません。しかし、それに看護師が振り回されて、患者さんの人間性がおびやかされていると私は感じています。

一番典型的な例は、事故を防ぐために患者さんの腕にバーコードをつけて、患者さんにピピっとあて、点滴にピピっとあててコンピュータ端末にオーケーの丸が出ないと注射できないような仕組みです。非常にシステマティックになっていますが、逆に、この患者さんは「どこそこの誰それさん」ではなく、「ピピ」になってしまって、個人として尊重されなくなっているのです。

ナースたちは、個人を尊重しなければいけない、人間性を大事にしなくてはいけない、と厳しく教えられているのに、現場に出てみると「この人が個人である」ことよりも、「ピピ」でちゃんと一致するかどうか、パソコン上に出ているデータがどうかということばかりに夢中にならざるを得ない現実があり、患者さんの顔を見ないようになるのです。そういうことをなんとかしなければ、今ここで食い止めなければいけない、と私は強く思っているのです。

私が考えるに99.99%人間の目が正しいと思っても、0.01%でも間違えば事故は起こります。そのために機械の力を借りるのはいいのですが、今は99.9%機械の力を借りて、人間は見ていない。それは本末転倒していると思います。

医師の肩代わりは"看護"を狭めることに

そしてもう一つの問題点は、医師不足によって看護師が医師の肩代わりをする方向に向かおうとしていることです。
医師に代わる仕事をするのに一番便利なのは看護職です。歴史から考えても、看護師はずっと医師のそばで見習いをしてきましたし、今は知識的にもベーシックなところでは、ある程度医師に近いものを持っています。ですから、一番肩代わりできる人であることは間違いありません。しかし、それをしてしまうと、本来の看護の仕事がなくなってしまうと思います。

医師の肩代わりをすることについて、看護が専門職として拡大していくという観点から、良いことだと思っている人もいます。私は、看護職が拡大すること自体は良いことだと思いますが、それをなぜ、狭い医療の方に拡大していかなくてはいけないのかということに疑問を感じるのです。

自然治癒力を引き出すのが看護

人間は、自分でちゃんと食べられてトイレにも行けて、自然に息ができるということが一番充実した状態です。しかし、自分で食べるということや、体をきれいにすることがどれだけ良いことかということについて、健康な人は普段あまり意識していません。

ところが病人で、意気消沈してぐったりしている方でも、体をきれいにしてさしあげると、いきいきとして命がよみがえるような状態が起こるのです。私は、あるときまでは経験的にそういうものだと思っていましたが、実際には科学的にも裏づけがあるのです。温かいお湯で体をきれいにすると気持ちが良い、そういう気持ちの良さは副交感神経が優位になることからきます。内臓はゆったりして、心臓も呼吸も遅く、筋肉も弛緩して楽になります。そのときに唯一動くのが消化器です。胃液の分泌が起こり、何か食べたいと思うようになります。体をきれいにするだけで、食欲が増したり、腸が動くのでお通じも良くなる。リラックスするから眠くもなり、睡眠剤がなくても眠れるのです。人間としての基本的な営みは、体をきれいにすることでできるのです。

ナイチンゲールが、今から100年以上前におっしゃった「自然治癒力を引き出す」という言葉はそのまま現代にも生きているのです。自然治癒力とは自分で治る力のことで、それを引き出すのが看護なのです。現代の機械化された医療の中で、私たちがそこをきちんとやることによって、とても幸せになれると思います。病院の先生がこの方は治らない、助からないと言った方でも看護で助けるのが可能なこともあるのです。そういうところをわかってほしいですね。

看護は人間性を守る唯一の砦

人間の営みは、本来、非効率なものです。たとえば、ごはんを食べるのに効率よくしたかったら、錠剤を飲んでおけばいいのに、お米をとぐところからはじまって後片付けまでいろいろしています。非効率なわけです。でも、それをするから「おいしかった」と思えたり、一家団らんできるわけです。人間の営みはそういうものですし、高齢化すればするほど非効率になります。

お年寄りに「いつから具合が悪かったのですか?」と聞いて、「○年の○月頃からです」などとおっしゃる人はいません。「長男が嫁をもらった頃で、どうだったかな、ばあさん?」などという話が始まります。それを看護師があたりまえのことだと受け取れない。老人の専門家でも、いらいらして、早く答えてほしいなと思ってしまいます。次の仕事がありますから。このように、人間の営みはとても非効率なのに、それに逆らって病院は効率化を求めているのです。
私は効率化を否定はしません。能率よくやってほしいのですが、あまりにも機械的に、流れ作業化するのは人間性に反していると思います。看護は人間性を守る、唯一の、最後の砦なのです。みんながいくら「効率よくしよう」と言っても、それに逆らって「そうではない」と言っていかないと、不幸せになってしまうと思うのです。患者さんの目線やテンポを考え、そこに同調しながら、むしろ患者さんと一緒になって効率化に逆らっていくのが看護だと思います。
最初は、効率化で浮いた時間をベッドサイドケアにあてようと思って、機械を入れるわけですが、結局は追いつかないのが現状です。機械化のためにとられる人手もたくさんあるからです。

診療報酬の仕組みそのものを根本的に考えないと、なかなか看護の量は増えないでしょう。看護の人手を増やしたら経営的に絶対儲かるような仕組みにすれば、看護が増えていくのはわかりきったことですが難しい問題です。解決策がなかなかありません。

私はナースになってからこの3月で58年になります。学生時代を入れれば、61年です。その間、2回お産をしました。子育ての期間はたいてい休まれる方が多いのですが、私は休まず、ずっと共働きを続けてきました。休まず看護の世界にいましたので、良い意味でも悪い意味でもナースの世界をずっと見てきたのです。私より古い人はいないくらいですので、そう意味では言いたいことをびしびし言ってもいいかなと思っているのです。

今年、看護大学が167校になり、医学部の倍以上になりました。看護系の四年制大学が増えることは、看護界の長年の悲願でもありましたので、非常に喜ばしいことです。意識は高いところを目指しており、そういう面はとても良いと思っていますが、頭でっかちなだけで、本来のお世話ができなかったら意味がありません。看護界はそういう意味で難しい局面に来ていると思います。
私どもの大学では、実践できる、進んでぱっと手が出せる、そういうナースを育てたいと願い、実習を重視しています。ぜひ、すべての大学がそうあってほしいと思いますね。

川島 みどり 氏
【略歴】

1951年~1971年 日本赤十字社中央病院 (1952~1955 日赤女専、日赤女子短期大学派遣)
1971年より看護基礎教育、卒後研修研修、教員養成講座等講師
1974~1976 中野総合病院看護婦教育顧問
1982~ 健和会臨床看護学研究所所長
2003~日本赤十字看護大学教授
2005~同学部長、同看護実践・教育・研究フロンティアセンター長 
2007年 赤十字国際委員会より、第41回「フローレンス・ナイチンゲール記章」を受賞
【研究テーマ】
生活行動援助による癒しの効果
老年痴呆症状の緩和・予防ケア
看護における安全性
【主要所属学会】
日本看護技術学会
日本看護研究学会
日本看護科学学会
日本老年泌尿器科学会
日本看護管理学会
日本統合医療学会
日本生命倫理学会
【主な著書・論文】
(論文)
・高齢パーキンソン病患者への看護音楽療法の効果-プログラムの精練と看護技術の効果の再評価を通して(日本赤十字看護大学紀要18.P1~21 2004.3)
・患者とともに創る看護ナラティブ (看護実践の科学 29/3 P10~16 2004.
・優れた看護実践を可能にする条件とは (看護実践の科学 29/1 2004.1)
(著書)
『看護の技術と教育』(勁草書房(単著) 2002)
『いま病院看護を問う』(勁草書房(単著) 1997)
『看護技術の現在』(勁草書房(単著) 1994)
『新訂生活行動援助の技術-人間として生きてゆくことを-』(看護の科学社(単著)1987)
『看護の癒やし-そのアートとサイエンス』同上
『生き生き実践たのしく看護研究』(看護の科学社(単著)1994)
『看護を語ることの意味 ナラティブに生きて』同上 2007
『新訂キラリ看護』(医学書院(単著)2008)
『あなたの看護は何色ですか』(看護の科学社(単著)2009)
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