インタビューアーカイブ

2016/3

災害医療は自然災害だけではない。日常に起こり得るNBC災害に備える(後編)

私たちの生活の身近なところに放射性物質や細菌、化学物質などが存在し、福島の原発事故の例のように、突如として災害を引き起こす可能性をはらんでいます。NBC災害での対応を期待されている医療機関として、災害医療に力を入れている都立広尾病院があります。傷病者本人と医療従事者の安全を確保しながら治療するために、どのような対応を講じているのでしょうか。都立広尾病院の院長、佐々木 勝氏にお話をうかがいました。

佐々木 勝

都立広尾病院 院長

東京消防庁との合同訓練で適切な救命を目指す

当院は、都立病院で唯一、災害対策担当の職員を置く病院です。前編でお話ししたようなNBC災害に対応できるよう、訓練を行ったり、災害に関する研修や講習会に参加したりして、病院職員は日々必要な知識・技術を学んでいます。

その一環として毎年1回、東京消防庁と合同でNBC災害対応訓練を行っています。2016年2月には、放射性物質を積んだ車両が交通事故に遭い、放射性物質で傷病者が汚染されているという事故を想定して、救出救護訓練、養生訓練及び傷病者受入訓練などを行いました。病院の敷地内で消防庁と合同で訓練を行う例は少なく、外部の医療機関からも20名ほどの見学者を受け入れました。

救出救助訓練は東京消防庁が行いますが、病院職員も救出救助訓練を見学します。消防庁がどのように対象者を救出し、救護を行っているかを知らなければ、病院への受け入れに混乱が生じますし、緊密な連携が組めません。現在どのような作業を行っているのか、消防庁の担当者が解説してくれるので、見学者も現場の作業の流れを知ることができます。

病院側の受入準備は、主に診療室の養生と個人防護衣の着用です。養生訓練では、患者さんに付着した放射性物質で院内が汚染されないよう、医療従事者と事務職員の協同作業により、治療室や医療機器を養生シートなどで覆います。慣れていなければ1時間以上かかる作業ですが、熟練の職員たちにより30分ほどで受入体制を整えます。
そして、個人防護衣を着用した病院職員が、消防庁の救急隊から患者さんと症状や除染情報などを引き継ぎ、治療をはじめます。

また、病院の近隣で化学剤による傷病者が多数発生したとの想定で、除染作業を行うテントの立ち上げと、来院した傷病者に対するゲートコントロールから除染前トリアージ、除染、除染後トリアージまでの流れをシミュレートする訓練も並行して行いました。これが当院のNBC災害対応訓練の概要です。

訓練後には消防庁と合同で検証会を行い、必ず評価と課題点を共有します。今回は、養生作業の展開スピードについて高い評価を得ました。今後は、現行の養生方法が適切なものであるか院外の専門家に再度評価していただこうと考えています。
また、今後の目標としては、院内のより多くの職員に技術を広めていきたいと思います。当院にはDMAT隊員など災害対応に精通した職員がおりますが、有事の際にそのような職員たちがいるとは限りません。対応できる職員を増やし、技術を継承していくことが今後の課題のひとつでしょう。

N東京消防庁による救助訓練
N災害受入れ訓練の様子
除染テントの設営
養生訓練
養生テント内での救護訓練

NBC災害への「疑いの目」を養うことから始める

地域包括ケアがメインとなる一般の病院で、NBC災害のような特殊な状況に対応する力を求めるのは酷なことでしょう。特殊な状況への対応は当院のように災害医療に強い病院で引き受けます。

私たち災害拠点病院がNBC災害に対応する力をつけるためには、医療従事者の判断力がカギとなります。もしNBCの患者さんを一般の患者さんと同じように受け入れたとしたら、他の患者さんや病院職員に二次被害が生じて、施設も汚染される可能性があります。ほかの分野での治療やケアができなくなってしまっては、元も子もありません。

養生など適切な措置をとれるよう、「NBC災害かもしれない」と疑うこと。それがNBC災害の対応の第一歩です。例えば、原因不明のショック症状で、同じ場所で複数の方が倒れているという要請を受けた時、患者さんの症状や、現場周辺の動植物などの状況などから、通常の事故ではないのではと疑わなければなりません。
NBC災害についてすべてを知っている必要はありませんが、農家の多い地域では農薬による中毒を理解し、対処方法を学ぶなど、その地域に起こる可能性の高いNBC災害についての知識をつけておくとよいでしょう。

NBC災害を疑うには、ある程度知識がないと判断ができません。。前編で申し上げましたように、日本ではNBC災害の例が少ないため、瞬時に判断できる医療従事者は少ないと思います。だからこそ、関係機関との連携が必要だと感じています。
1994年の松本サリン事件の時、原因がサリンだとはなかなか気が付けませんでした。地下鉄サリン事件では、松本サリン事件で得た経験から、東京の病院に治療方法が伝達されたといいます。「NBC災害かもしれない」と思った時に連絡して、原因物質や治療方法などの情報が得られる体制が大切です。

病院を利用する他の患者さんや働く職員たちの身を守るためにも、当院は基幹災害拠点病院としての役割を果たし、日頃から訓練をして、有事に対応できる体制づくりを整えてまいります。

佐々木 勝

都立広尾病院 院長

【略歴】
1977年3月
東京医科大学卒業
1997年7月
都立府中病院 救命救急センター部長
2007年6月
都立広尾病院 副院長
2012年4月
都立広尾病院 院長

【資格】
日本救急医学会 専門医・指導医、日本脳神経外科学会 専門医、インフェクションコントロールドクター(ICD)、産業医

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