今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第73回 2009/05

急がれるトリアージナースの育成

とかく、たらい回しという言葉だけがクローズアップされがちな、最近の日本の救急医療の現場。命の危機に直面した患者やその家族のみならず、救急医療の現場はわたしたちみんなにとっての関心事でもあります。今回は救急看護の現状や課題について、中村惠子さんにうかがいました。

札幌市立大学 副学長 看護学部長 日本救急看護学会理事長
中村 惠子 氏

札幌市立大学
日本救急看護学会

救急医療の問題点とは

救急医療についての大きな問題の一つは、日本の救急医療体制にあると思います。救急医療ができる(可能にする)ということは、待ちの医療ができてこそ利用者が満足できることを意味しています。ところが病院経営からすれば、ベッドをフルに使っておきたいわけです。

しかし、ベッドをフルに使っていては救急患者さんが入院するスペースがありません。ある救命救急センターでは、病院経営者から「救急部門が赤字になるのはベッド占有率が悪いからだ」とお叱りを受けていると悩んで居られました。救急患者さんは予約入院とは違うのです。これが救急医療の非常に大きな問題なのです。占有率が高くなれば、いわゆるたらい回しという現象に結びついてしまうのです。 一方で、救急医療は、短時間の中で命を救う、そして社会復帰ができるように医療を行なう、看護を行なうということになりますから、それに見合う人材を育成しなくてはいけません。この人材育成ということは、ただ数だけ増やせば良いのではなく、救急医療活動に見合うような人材、さらに先を見越すことができるような人が育っていないと、スムーズな救急医療はできないわけです。

とっさの判断が重要な救急看護

救急看護の現状、これは救急看護だけでなくて、看護職全体あるいは医療職全体に言えることだと思いますが、やはり、働く場としては非常にハードです。そして責任も重いのです。人間の機能としては休んでいる真夜中も、緊張を強いられ、脳の機能・身体機能をフル稼働しなくてはなりません。よく、たらい回しなどということが言われますが、ほとんどの場合は、受け入れるのに非常に大変な状況だけれど、<救急状態・そういうことなら>とたくさんの施設が受け入れているのです。たまに受け入れできなかったことがクローズアップされている、というのが真相だと思います。

救急の現場と言っても、ウォークインといって歩いて来院されたり、自家用車やタクシーでいらっしゃる方などもたくさんおられます。救急車で搬送されてくる方はおそらく1割くらいではないでしょうか。ただ、そういう方たちは重症であったり、生命が危篤状態になっていたりしていて、重症度や緊急度は非常に高い状況が起っています。しかし、自分の車で来院した方の中にも、ご自分では気づいていないこともあるけれど、非常に危険な状態になってしまうという人たちもいます。救急車で来た人はもちろんですが、それ以外の人たちの、重症化や生命の危機状態を素早く判断し治療が開始できるようにする『チーム医療の中での調整機能』も、救急看護師の大きな役割となります。

さらにはそこにある人材・資器材を最大活用し、診療の優先度を決定するために選別する、振り分けることを「トリアージ」と言いますが、私どもはそういうこともしっかりできるナースを育成したいという考えの基(院内トリアージと称していますが)、検討会を開催し、研修の内容をどのようなものにするかということを検討しているところです。

そこにいる方(救急患者)が直ちに医師の治療が必要なのか、それとも15分位待っても大丈夫かの判断をする、さらに一時間位は大丈夫などという判断基準を作って選別をし、患者を救うこと。この事は少ない医師にとっても朗報となるでしょう。このようなことが制度としても認められれば、医師数が不足している中で実施する救急医療システムとしても有効であろうと考えています。

救急医療の場に最低3人くらいのトリアージナースを

これまでも日本救急看護学会では、そのようなトリアージナース育成の検討をしていましたが、日本救急看護学会と日本臨床救急医学会合同で、トリアージナースを育成しましょうということを打ち出して進める準備が整いつつあります。

救急看護認定看護師の人たちは、カリキュラムの中にトリアージの学習・訓練がありますから、トリアージはできるであろうと考えています。しかし救急看護の認定看護師は、現在、日本全国に356人(2009年4月現在)しかおりません。救急機関はおそらく何千とあるのにです。私は、救急医療を行なっているところすべての施設・機関に、最低3人はトリアージができるナースが必要だと考えています。救急看護認定看護師だけにそれを期待しようとすれば、何千人も育成しないといけないわけで、とてもそれを待ってはいられません。ですから、救急看護認定看護師だけでなく、救急の現場で活躍しているナースたちがトリアージできるような仕組みを作り、幅を広げなければならないと思っています。

救急車で来院された方だけでなくて、タクシーで来て外来の事務手続きが終わった途端に倒れる方など、私たちはたくさん救急患者の経験をしてきました。ですから、救急車の方だけでなく、ご自分でおいでになった方も含めて、病院に入られてからどのように治療を受けたらいいのか、振り分けて選別することが出来る職種、これはとても重要なことです。とっさの判断力が必要ですから、知識の量と深さ、そして経験(経験知)も非常に大切になってきます。即座に判断して実行に移せないと救急現場では意味がありません。救急外来のナースにはこれらの事が求められ・期待されているのです。

本当にとっさ時に、五感を使った観察をしたり判断をしたりする力は、救急外来では非常に大切です。そういうことができないと、トリアージは不可能です。外来は長いスパンで患者を観て考えるのではなく、その瞬間・瞬間でその人がどういう状態であるのかをキャッチし、判断しケアしていかなければなりません。救急外来の看護はとても高度で複雑ですから、いわゆるベテランナースが担わなければ患者サービスが低下します。外来と病棟の看護では、その量と質が違います。

推奨できない?日本の病院のローテーションの仕組み

救急看護に限らず、日本の病院の中での看護職は、<私は救急看護の専門家です、○○看護の専門です>などとは、なかなか言いにくい組織作りをしています。医師は、専門医や認定医というのは、それぞれの学会が認定をしているのですが、ご自分で専門分野を表示しています。看護職の場合は日本看護協会が認定看護師や専門看護師を認定している形になっていますので、認定された方々以外は○○看護の専門家ですとは言えない状況を作っています。ですから、それ以外の人たちは現場で育成することになるのですが、各看護師がどのような勤務部署で専門性を確立してゆきたいのかに関わらず、3年~5年位であちこちと勤務部署を異動するのが普通になっています。いわゆるローテーションという勤務異動です。このような異動を何時までも行っていたのでは、現在の医療ニーズに対応するのが困難になるのではないかと案じています。

<私は救急で専門に看護をやりたい>と思っていても、ある日突然、看護部長さんからどこそこに移動してくださいと言われたら、あと2,3年ここでやっていたら力がつくかもしれないと思っていても、移動しなくてはいけないわけです。ですから、私は今、多くのところで行っているようなローテーションはあまり推奨しません。

これだけ医療が複雑になってきますと、看護職もそれに対応してかなり専門的な知識と判断力が求められます。このようなローテーション法では、せっかくその専門領域で培った看護職の力を、一旦落としてしまうことになります。ローテーションにもいろいろメリットはあるのですが、メリットとデメリットをもう少し考慮する必要があると思います。

救急看護の緊急課題は人材育成

救急看護の現場は、肉体的・精神的に非常に厳しい職場ですからなかなか人が育ちません。ですから救急の場で人をどうやって育成するかが問題であり、課題であると言えます。

救急のナースは、非常に重篤な状態の患者、例えば大量出血に遭遇する、あるいは脚が切断された、手指が切断された、またはショック状態や急性呼吸不全など、次々に訪れる緊急性の高い・重篤な患者に接しなければいけないのですから、精神力も重要、理論的裏づけ(エビデンス)も必須です。例えば私自身も、火事で救出されて全身が熱傷の方を受け入れたときなどは、何回か夢に出てきたりしましたし、怖いと思うような経験を何度もしています。

若いナースにそういう精神力をつけるというのは、一朝一夕にはなかなかできません。冷静な判断力なども必要になってきますが、そういうことはその場を踏みながら、経験を積み重ねて行くことが大切です。実践知・経験知に裏づけされたOJTの内容が教育効果を持ちます。

ですから、そういう人たちを先輩たちは潰さないようにしなくてはいけません。「これができない、あれができない、だからあなたはだめ」などと言われたら、人間は誰でも嫌になってしまいます。救急の場では、"今すぐ、この時に"出来なければ役にたちません。でも、志して間もない人たちは、救急実践のすべてができるわけではないのです。先輩たちも自分自身が患者さんをケアしなければいけないのですから、余力やゆとりがないのはわかります。しかし、先輩たちのサポートで若いナースが育つと言う事を理解していただきたいですね。

救急看護はたいへんハードではあるのですが、たとえば、治療・看護の効果があって社会復帰ができる人を見たときに、<あんな状況だったのに、家に帰れるのね、良かった>という、その場にいたからこその人の回復の力を実感できます。人間のもろさも体験しますが、人間の強さ、底知れない力を持っている人間(人間がもつ治癒力・回復力)というものも実感することができます。このような醍醐味も救急看護の一つと言えるでしょう。ぜひ志のある多くの若いナースを、救急看護の現場に必要な人材として育てるサポートをしていきたいですね。

中村 惠子 氏
【略歴】

現職:札幌市立大学教授、看護学部長、副学長、公立大学法人札幌市立大学理事
最終学歴:弘前大学研究科人文社会科学専攻(人文社会科学修士)
勤務場所:札幌医科大学付属病院
杏林大学付属病院、杏林大学保健学部看護学科 青森県立保健大学健康科学部看護学科 札幌市立大学看護学部看護学科
札幌医科大学付属病院、杏林大学付属病院にて臨床看護、看護管理(看護部長)を実践した後、看護基礎教育に入り現在に至る。この間、看護部長と大学教授を兼任し、臨床と教育のユニフィケーションを実践する。
【主な著書・著書等】
救急・重症ケアマネジメント;2008年11月、中山書店
外来がん化学療法を受ける患者への支援のポイント;2007年3月、先端医学社
救急部門勤務後2,3年目看護師の職場適応(適応力)と支援モデル構築に関する研究;科学研究費補助金(基盤研究C)成果報告書、2008年3月
など
【主な役職・社会的活動など】
日本看護協会認定看護師制度委員会委員長
日本救急看護学会理事長
日本臨床救急医学会理事
日本看護管理学会監事
日本クリティカルケア看護学会監事
など
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