今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第157回 2016/05

患者さんの心をロジカルに分析。QOL向上に結び付ける看護心理学の力(後編)

患者さんを「真に理解したい」と、心に寄り添う看護を提供しようと努力している看護師さんは多いことでしょう。しかし、自分のケアは合っているのかと迷うことも多々あるのではないでしょうか そのような時、患者さんの心を論理的に分析し、QOLの向上に活かす研究領域に看護心理学があります。心理学が看護にどのように活かされているのか、聖路加国際看護大学大学院で看護心理学を教える心理学者の廣瀬清人先生にお話をうかがいました。

聖路加国際大学 看護学部 教授
廣瀬清人 氏

聖路加国際大学

心理学のロジックを学んで“情報”を看護に結び付ける

聖路加国際大学大学院では、看護心理学を前期・後期の1年をかけて看護心理学を学びます。基本的に看護心理学は、心理学を看護の現場に落とし込んだものです。そのため、まずは心理学の基本、その人の心にいったい何が起きているのか、思考のメカニズムを分析する学びからスタートします。当学では、前期の半年をかけてじっくりと心理学の基本を学びます。統計などの方法やデータの読み方、推論の立て方などを身につけます。
 
後期の半年間では、患者さんの心を言語として記録し、別のスタッフに伝える訓練をします。患者さんの行動を客観的に観察し、対象の行動を通して研究する行動分析を学びます。例えば、ある患者さんが看護師を呼び、頼みごとをしたとしましょう。しかしその頼みごとの裏側には、実は「言いたくても言えないこと」が隠れているかもしれません。看護心理学では、このような患者さんの行動を読み解きます。
 
前期も後期も、看護師にとっては慣れない、ロジカルな心理学的手法での学びになるので、非常に苦労される方も多いです。しかし、1年間の授業を終えた学生に感想を聞くと、「自分にとっても人生観の変わる授業だった」「生きていてよかった」などと言ってくれる学生がいたことは、励みになりました。また、受講生の中には大学や専門学校の教員もおり、「これからの看護教育に生かしたい」という声もありました。この学びを通して得た行動分析は、患者さんだけに適用できるのでなく自分自身や、同僚、医師などの周りのスタッフの行動も分析できるようになると思います。患者さんの心理について理解を深めただけではなく、自分自身を見つめなおすいい機会になるという声もありました。

看護学の先生からヒントを得て開発された心理学プログラム

私が当学のカリキュラム編成に関わったとき、看護の教員から、看護心理学の分野で看護師さんがどのようなことに困っており、心理学に何が求められているのか、お話をうかがう機会がありました。看護研究に必要な心的データやフィールドワークの方法、どういった分析が必要かなどの要望をいただいたのです。それらの情報をもとに、心理学者の目線から私なりに解釈し、組みあげたプログラムが、前編でお話した私の講義です。私も看護学の先生の話を聞くことで、看護師の皆さんが何を大切に考えているのかを理解できました。
 
しかし残念ながら、こうした看護学者と心理学者の目的共有は、全国的に見ると活動が少ないようです。この共有が広がれば、看護心理学の役割ももっと増えていくのではないかと感じています。私を含め、看護系の大学に赴任する心理学の教員は、専門的に看護を学んできたわけではなく、看護学の中ではある意味では外様のような立ち位置にいます。外様の心理学者では、なかなか看護学に踏み入れていくことが難しいため、看護学の先生と意見を共有して初めて、有意義な看護心理学が成り立つのではないでしょうか。
 
私が看護学の先生の考え方に基づき、私なりの看護心理学の授業をつくっているように、学生自身も私の授業を咀嚼し、自身のケアとして昇華してほしいと思います。配属される病院や病棟により、ケアの方法は大きく変わりますから、自分なりに噛み砕くことが重要だと考えます。

対人だけでなく、自らへの意識も変えていける

看護心理学が役に立つのは対患者さんのケアだけではありません。共に働く医療従事者とのコミュニケーションにも役立ちます。患者さんの情報を整理し、共有することで、チーム全体のケアに変化が起こります。看護師ひとりの尽くせる力はわずかかもしれませんが、複数がよいかかわりを持っていけば、間接的に大きくQOLが向上することになるでしょう。
 
私は授業を受けた学生に対し「授業を受けて変わったことはありましたか?」と聞くようにしています。「真面目にこれまで学んできたけれど、もっとのびのびと看護をしてもいいと気づいた」「マニュアルのとおりに正しい手順を踏むことではなく、失敗しながら学んでもいいと気づいた」と言ってくれる学生もいて、うれしい限りです。私の話を聞いた学生が、自身の中で咀嚼し、自身の答えとしてケアに活かしていく。看護心理学には正解がありません。学生一人ひとりに解釈が存在していいのです。それによって未来が作り変えられる。私の教えられる看護心理学はわずかですが、そこから広がる看護もあると思います。自身の看護に迷いがある方、整理して向き合ってみたいと思う方はぜひ、看護心理学を学んでみてはいかがでしょうか。

聖路加国際大学 看護学部 教授
廣瀬清人氏
 
【略歴】
1989年 社会福祉法人(知的障害児・者)
1993年 厚生省児童家庭局
1994年 東北福祉大学 助手
2001年 新潟医療福祉大学 専任講師
2004年 聖路加看護大学 准教授(助教授)
2011年 現在聖路加国際大学 教授(学術情報センター長)
 
【所属学会】
日本心理学会、日本応用心理学会、日本ヒューマンケア心理学会、日本心理劇学会
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