今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第75回 2009/07

医療安全文化の組織化

横浜市立大学附属病院をはじめとする、大病院の医療事故報道が相次いだ平成11年は、日本の医療安全元年とも言われています。あれからちょうど10年。医療安全の問題はますます大きなテーマになっています。今回は医療安全のためには、医療安全文化の組織化が必須と提唱される、橋本廸生さんにおうかがいしました。

横浜市立大学 教授
横浜市立大学附属病院 医療安全管理学
保健学博士
橋本 廸生(みちお) 氏

横浜市立大学
横浜市立大学医学部附属病院

安全確保をプラットホームにして病院の質向上を図る

まず近年の医療の大きな流れとして、病院活動がマネジメントに向けて動き出しました。その流れを概観しておきたいと思います。キーワードは標準化です。
1997年に、日本医療機能評価機構が病院評価事業を開始し、その評価基準が体系的に整理された病院機能の標準として社会的に認知されていくことになりました。翌98年、標準化はクリティカル(クリニカル)パスという医療内容にまで拡大しました。またその翌年、横浜市大病院での事故に続き、大きな病院の医療事故が相次いだことから、医療安全についても標準化の動きが出てきました。それが2002年に法律という形になり、安全体制の構築が義務化され、安全を確保する体制の標準化が求められるようになったわけです。これからもDPCや診療アウトカムなど、標準に収れんさせる病院におけるマネジメントは続くのでしょう。

つまり、医療安全は病院にとって重要な問題ですが、マネジメントすべき問題の一部なのです。したがって病院にとっては、医療機能を向上させるという目的に向けて、これらのマネジメント・イッシューをどう統合的・体系的に、相乗効果が出るような戦略に仕立てるかの見極めが必要となります。

その場合、何をプラットホームにするか、つまり共通の基盤をどこにおくかということが重要です。横浜市大病院は医療安全について苦渋の経験をしましたので、安全確保の活動をプラットホームにして、病院の質を向上させる戦略をとっています。この戦略は今のところ成功していると思います。

大事なのは組織の中に安全文化を醸成すること

安全を守るために、いくつかの価値軸をバランスよく評価して物事を決定できるかどうかは、現実の問題として重要です。例えば適切な競争をして価格の安いものに落ち着けるという、入札の仕組みがありますが、価格だけが強く働きすぎると安全の部分を損なう可能性があります。そこに安全の価値軸がどう入っていけるかというような問題です。

例えばガーゼの問題。まれではあっても、手術中にガーゼを体の中に残してしまうことがあります。しかし、レントゲンを撮った時に映るような鉛線の入ったガーゼであれば、後刻簡単に判るわけです。そういうガーゼは値段が高い。しかし、高いから買わないで、どこにガーゼがあるか分からないままの状況で右往左往するのか。そういう選択があるわけです。

また、たとえ購入担当者が医療職ではないとしても、病院の物品を扱うわけですから、ガーゼにどんな種類があるか見て、「これを使わなくていいのですか」と現場の医療者に問うレベルであってほしいのです。
そのような意味で、医療安全を実践する組織の中で何が一番大事かといえば、私は組織の中に医療安全文化を作ることだと考えています。

医療安全の目的は安全文化を確立させること

換言すれば、医療安全の目的は安全文化を確立することに他なりません。「あれをしなさい、これをしなさい」といった、安全上で不備のあるものに手順を作ってそれを積み上げていくことは、一見効果があるようですが、膨大な量の医療のすべてに手順を作ることはできませんし、それを全部頭の中に入れることもできません。もっと根本のところを確立することが大事なのです。

ちなみに、横浜市大病院の事故を分析すると、私は、取り違えというエラーそのものが本質なのではなく、典型的な組織事故だと考えています。
なぜなら、手術に関与した複数の医療者、麻酔科医も手術をした医師も、それぞれの場で、何かおかしいと気付いていた。複数の医療者がおかしいと思っていたのに、チームとしてはそれを反映したチェックができなかった。これが組織のエラーであり、安全文化の欠如がもたらした事故なのです。このことが本質なのです。
そもそも文化とは、「ある集団がある価値を大事なものとして共有し、それを守るための行動があたりまえになっている」ということです。

ですから、病院の中に安全文化を確立するということは、「安全に高い価値があること」をみんなが認識して、それにそぐわないことがあったら誰でもオカシイと言う、それが許される環境であることなのです。それが事故当時の横浜市大病院にはなかった。安全という価値がなかったわけではないが、低かったのです。

医療安全文化の組織化は、個人と組織の両面から

医療安全の組織化には、一人ひとりの問題と組織の問題という二つの側面を考える必要があります。
個々の医療者に求められるのは、「なぜそれが大事なのか」という原理的な理解と行動です。組織としても大事ですが、やはり個々の持分があって、それを組織にいかに反映するかが大事なのです。
組織としては、人間の行動エラーの特性を理解し、エラーを防ぐ行動戦略をたてることが重要です。
例えば、業務中断によって起こるエラーは、ルーチンで行なわれる行動が、何かで中断されたことで、本来やるべきことをやりそこなったということです。

これを防ぐために現場でよく聞かれるのが、「注意しましょう」ということです。しかし、気をつけなければいけないのは、この「注意力」の限界を考慮しない、認知負荷をただかけるだけの「注意しましょう」という掛け声です。
ではどうするか。それは、「業務中断中、誰々」という紙をおいておく、というシンプルなものです。業務中断札を使えば、「注意しなさい」という認知負荷をかけずに、戻ってきた時に何をやっているか思い出せる。誰か他の人が来ても、業務中断しているのだということがわかります。つまり、「注意しなさい」という美しい言葉ではなく、それをモノに置き換えること、それが大事なのです。これは、理論的には心理学者のラスムセン(Rasmussen)のSRKモデルに依拠した方策です。それぞれの行動とエラーの特性を理解して、エラー防止の戦略をたてることが重要です。

「医療事故ゼロは不可能」から導く、医療安全活動の二つの本質

「医療事故ゼロは不可能」という前提に立つと、医療安全活動には二つの本質があることが見えてきます。一つは「未然防止」です。リスクを制御することです。ただ、医療は本質的に不確実で、同じ病態の複数の患者さんに、同じ治療をしても出てくる結果は異なります。ですから不測の結果=事故の可能性があるのです。そうであれば、もう一つの本質は、望ましくない予測できない事態が起こった時に、どちらに過失があるかないかではなく、適切な対応ができるかどうかということです。つまり、事故発生時の対応がもう一つの本質ということになります。

医療機関として一番優先すべきことは、その不測の状況が起こった時に、望ましくない臨床的結果を最小化することです。救命をまず最初に考えるべきです。  そして、次にとるべきは、誠実な対応です。患者側は不測の事態に驚き、悲嘆の感情の中にあることが頻繁に観察されます。このとき、病院側が不誠実であったらどのようなことになるでしょう。

医療者と患者さんの間に必要な信頼の再構築

状況をよく説明し、残念な気持ちをきちんと伝えるという誠実な対応が求められます。それは丁寧に謝ることです。確かに、自分に過失があるかどうかわからないときに、自分が間違っていましたという言葉はおかしいし、不誠実でもあります。医療者と患者さんは、病気を治すという共通の目的があった。でも、それが思うようにいかなくて不測の状態が起こったかもしれない。そうであれば、その状況に対して「残念だ」、「力が及ばなくて申し訳ない」くらいのことはちゃんと言ってもよいのです。

医療安全のいろいろな対策は知恵を出せばできます。ただ、これから残っていくことは何かと考えたとき、やはり事故の当事者となった人たちの問題だと思います。医師がそっぽを向いてしまった患者さんの問題。それには信頼回復する仕組みが必要です。そうしないと、誰が悪いといった裁判の世界になってしまいます。

それからもう一つは、当事者になった医療者のケアです。事故を起こしたくて起こしたのではないのですから、医療当事者もひどく傷ついています。そのため、あまり知られていないのですが、自殺したり、辞めている医師はたくさんいます。1000回手術して999回患者さんの命を救っているのに、1回、確かにミスだったけれど良くないことが起こった。そのとき、その医師を一方的に責めていいのでしょうか。そのようなことに遭遇したとき、医師は、自分の気持ちを隠してしまったり、殻に閉じこもってしまいがちなのです。それはやはりおかしい。信頼の再構築という観点から医療コンフリクトマネジメントの活動を進めていかなければと思っています。

医療安全化の組織化から地域化、さらに垂直展開へ

私は医療安全文化の組織化、つまり個々の病院の中に医療安全文化を広めたその先には、医療安全文化の地域化があると考えています。
例えば感染の問題を考えると、抗生剤の使い方を注意している病院があったとしても、そこの病院だけでずっと診るわけではないのですから、地域ではどうなのかが大きく関係してきます。同様な意味で、医療安全の地域化が必要です。また、より大きな展望ですが、医療安全の地域化を水平展開と考えれば、垂直展開としての患者参加が重要になると考えています。患者参加には組織化された活動もありますが、私はそれとは別に、個人が患者になった時に、自律的に参加できる医療の場を作るべきではないかと思っています。

例えば、外来で抗がん剤の治療を受けてアナフィラキシーショックが起こりかけたとします。その時、一番最初に気づくのは患者さん本人です。もし、その兆候を察知したら自分は何をすべきか、ということを医療側が教育をしておく、あるいは、抗がん剤治療のレジメンがあったら見るなど、患者自身が自主的に治療に参加する場面があってもいいと思うのです。これからこのような患者の教育はとても大切になると思います。

橋本 廸生 氏
【略歴】

1975年東京大学医学部保健学科卒業。80年3月同大学院医学系研究科保健学専攻博士課程修了後、同年4月東京大学医学部助手。95年4月国際医療福祉大学教授。2000年8月横浜市立大学教授。 学位:保健学博士(1985年東京大学)
【役職・社会的活動等】
日本医療・病院管理学会 理事、日本医療マネジメント学会 理事、財団法人日本医療機能評価機構 執行理事。
【主な著書】
・特集「医療安全教育の変革のために」(監修,分担),看護,臨時増刊号,2008,日本看護協会出版会
・入門医療安全「楽しく学ぼう人工呼吸器」(CDブック)(監修),2005,メディカ出版
・ヒヤリ・ハット報告の分析と応用-ヒヤリ・ハット報告の意義とその活用法,1-8,(監修,分担) ,2002,メヂカルフレンド社
・リスクマネジメント-理論から実践へ,21-52,(分担),2002,医療科学社
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