今月のインタビュー

医療・福祉のあらゆる分野の第一人者の方々に、ご専門分野に関する現状・課題・今後の展望などをおうかがいする「今月のインタビュー」。
多くの看護師、医療従事者の方々にとって"目指すべき医療とはなんなのか"を考えるきっかけにしていただけるよう、毎月テーマを厳選してお届けします。

第78回 2009/10

施設の維持管理の目的は治療の場の整備である

新型インフルエンザの拡大に伴い、その感染対策が重要な課題になっています。今回は、医療施設というハードの側面から感染管理を捉え、施設の維持管理を治療の場の整備というトータルな視点で考えることが必要と訴える筧淳夫さんにうかがいました。

国立保健医療科学院
施設科学部長
筧 淳夫 氏

病棟の感染管理を最初に論じたのはナイチンゲール

燭台の天使と言われるフローレンス・ナイチンゲールの一番大きな功績は、入院環境を合理的に作る必要性を証明したことでしょう。それまでの病棟は、合理性、つまり、どんな根拠に基づいて作るのかをあまり考えていませんでした。ところが彼女は、統計学を用いて、どうしたら患者さんの居住環境を適切に保てるか、彼女の言う「患者さんを傷つけないで」、患者さんの持っている治癒力を生かして病気を治すことができるかを明らかにしたのです。

その中で非常に大きいのが感染管理です。彼女はクリミア戦争で数多くの兵士が死んだ時に、何で死んでいくのかを統計的に調べ、ケガではなく感染で死んでいる事実を数字で明らかにしました。つまり多くの兵士は、ケアというソフトを含めての環境を良くすることによって、死ななくともよかったのではないかということです。そして彼女は、このような状態をなくすために、ソフトもそうですがハードとしての病棟のしつらえを、感染のリスクを下げるためにはこうしたほうが良いということをいろいろな文献に書いたのです。

たとえば、新鮮な空気を供給しなさい、その空気は温めなければいけない、シーツはきれいにしなさい、空気が汚れないようにするためには病室の容積を大きくしなさいなどと言ったのです。このように、感染対策として合理性をもって病棟の作りを論じたのは、おそらくナイチンゲールが最初だと思います。

現代の病院での"新鮮な空気の供給"の意味

それでは今、現場で働いている看護師さんが患者さんに新鮮な空気を供給するといった時に、その方法を知っているでしょうか。ナイチンゲールの時代は窓を開けることでした。しかし、今の、たとえば都会にある病院で新鮮な空気を供給すると言った時、窓を開けるという選択肢はほとんどありません。

春や秋など、気候のいい時に窓から風が入ると気持ちがいい。それは確かにそうなのですが、現代の病院の中はエアバランスがとれていて、汚いエリアからは空気が流出しないように、逆に清潔なエリアに対しては汚い空気が入っていかないように、空調でコントロールしています。ですから、そこで窓を開けてしまうとエアバランスが崩れる可能性があるわけです。
看護師さんは、暑い寒い、じめじめするといったレベルの話はしますが、新鮮な空気を供給するという視点において、そういうことを考えているでしょうか。空調のシステムを知っているでしょうか。多くの場合、新鮮な空気といったところまではなかなか話がいかないのが現状です。

手術室などでも、そこで働いている人たちは手術のことに関しては非常に熟達していますし、かつ手術室の空気の清潔度のようなこともよく言います。しかし、術野の真上のところにHEPAフィルターという清潔な空気を出すためのフィルターがあるのですが、そのメンテナンスはどのくらいの頻度で行われているかを、手術部のスタッフは知っているでしょうか。

空調となると、突然、施設課の営繕係の担当という話になり、そんなことは当然やっているものと思っています。しかし営繕係は、「感染のことはよくわからない。今年は予算がないと言われたからフィルターは交換していません」といったようなことが起こるわけです。

施設の維持管理の目的は治療の場の整備

平成15年の調査では、手術室が陽圧であるかどうかを、定期的に確認していない病院が四割ほどありました。つまり、陽圧である手術室を当然作るわけですが、作ってしまったらメンテナンスをあまりしなかったり、陽圧が維持されているかどうかを確認しなかったりしているのです。

施設の維持管理にどれだけ目を向けるかということは、実はとても大切です。施設の維持管理というと、普通は主にコストコントロール、水光熱費をなるべく安くとか、省エネ、最近ではCO2を減らそうなどということが頭に浮かびます。それも大切なのですが、そもそも医療施設の維持管理の目的は、"治療の場の整備"だということをわかってほしいのです。

施設の維持管理というと、自分たちに関係ないと思われてしまいがちです。しかし、「治療の場の整備だよ」と言うと非常に大切に思えてきますね。治療環境をどう整えるのかを考えるのだとしたら、医療スタッフも真面目に向き合わなければならないと思うでしょう。このことは感染対策にとっても大きな話になります。

増加する感染症の問題と対策のない病室

最近はいろいろな理由で個室の必要性が高まっていますが、そのような理由の一つに、感染症が増えているという問題もあります。入院患者さんに感染症があった時には、やはり個室の方が対応がしやすいのです。感染症には接触感染や空気感染などいろいろあるわけですが、そもそもそういう感染症の患者さんを入れるための病室が、今の病棟の中にはないのです。

たとえば、急性期の医療施設でよく話題になるのは結核です。ご高齢の患者さんが増えているということは、すでに肺の中に結核菌を持っている患者さんが数多くいるということを意味します。昔、発病はしなかったが、肺の中で結核菌が寝ているという状態の方がたくさんいらっしゃいます。こういう方が何らかの病気で入院するわけですが、病気のために免疫力が低下します。そうすると結核菌が表に出てきてしまうことがあるのです。

しかし、その患者さんに、「結核があるので結核専門の病院に行ってください」とは言えません。病気で入院して、そこで結核を発病したとしても、もともとの病気の治療が残っていますから退院させることが困難なのです。そのため、あるところまでは急性期の医療施設の中で治療をする必要があります。しかし、急性期の医療施設の中に、空気感染対策を施した部屋などどこにもないのです。そういうことが一つ問題になります。

空気の流れを感染対策の中に入れて考える

人類はこれからずっと新興感染症と戦い続けなければいけないと言われているように、新型インフルエンザに限らず、今後も新興・再興感染症(※4)との闘いは続きます。ですから、今回の豚インフルエンザには間に合いませんが、次の鳥インフルエンザには間に合わせようといったことで、ある程度は空気の流れを対策の中に入れて考えなければなりません。今後の重要なテーマなのです。

具体的な方法としてまずは、先ほどの結核の話しもありますから、急性期の医療施設の中に、感染症対応の病室を各病棟に一つずつの割合で作っていくことが必要です。そこは、もし感染症の患者がいなければふつうの患者が使ってもいいわけです。いざとなったら感染症の患者さんを入れられるような、全部が空気感染対応かどうかは別として、感染症対応の病室を一つ作っておく。それがまず第一歩です。二番目には重篤な患者が大量発生するようになった時は、何らかのサブシステムを使うことによって、病棟全体を、もしくは病棟の半分でもいいので、感染症病棟に変えることができる仕組みを考えていくことが必要だと思っています。

ファシリティに強いスタッフと一緒に考える

私が以前アメリカで見た病院は、普通の病棟と感染症の病棟が並んでいるのですが、供給する空気と排気する空気のバランスをパソコンで管理していました。緊急時用のボタンを押すと、ダクト内のダンパーが一斉にコントロールされ、普通の病棟が全部陰圧空間になるという、建物自体に仕掛けがしてありました。これはサーズ(SARS)対策でなされたものです。また、そういうお金のかかることはできないから、いざとなったら火災時に使用する排煙装置を回そうというところもありました。その病棟だけ排煙装置を回すと、そこは陰圧空間になるわけです。

日本の医療スタッフは「新型インフルエンザがくるぞ」という時に、「手を洗いましょう」「マスクをしましょう」などとは言いますが、こうしたことは言いません。私が言いたいのは、ハードの面もトータルで考えなければいけないということです。そのためには、ファシリティに強いスタッフと医療関係者が一緒になって考えることができるような、日常的な働き方を考えなければなりません。それが施設の維持管理であり、治療の場の整備なのです。

例えば、空調に関しては設備事務所やビル管理会社などと契約して月に数回来てもらって、一回は医療安全委員会に出てもらったり、給水関係や機械設備に関してはどこかとコンサルティング契約するなど、外部の知恵をうまく使いながら維持をしていく方法もあります。新鮮な空気を供給するということをナイチンゲールが言ったにもかかわらず、空調の設備のほうは営繕ベースで動く、そこが問題なのです。常に一緒に考えるべきなのです。

筧 淳夫 氏
【略歴】

1989年3月:東京都立大学工学研究科建築学専攻博士課程修了
1989年4月:旧病院管理研究所建築設備部 研究員
2000年4月:旧国立医療・病院管理研究所 施設計画研究部長
2002年4月:国立保健医療科学院 施設科学部長(組織再編)
現在に至る
【役職・社会的活動など】
日本看護管理学会評議員
日本医療福祉建築協会理事
【主な著書・論文等】
『急性期病院のあり方と外来分離』医療マネジメント学会監修(㈱じほう)
『医療・福祉用語の基礎知識』(社)日本医療福祉建築協会編集(中和印刷㈱出版部)
『回復期リハビリテーション病棟-新しいシステムと運営のしかた-』全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会編(三輪書店)
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